第百五十六話 脳ミソフル回転
とうとう本当に授業を休んでしまったエルガに責任を感じ、甲斐は根性で意識を取り戻した。
なんとなく皆が集まる場所として定着した月組のロビーで、二人は向かい合う。
甲斐のジャケットのポケットに入れていた指輪を手渡し、穴に落ちていた事とルーカスが朝まで奮闘していた事を伝える。
細く綺麗な指が指輪を回すように触れているのを見ていると、太いこの指輪すら、まるで高級そうな物に見えるのは不思議だ。
「魔法がかけられているのは間違いないけど、どういったものかまでは特定出来ないな。このラインに特定の単語が並ぶように回した時に発動するんだろうけど、それが安全とも言い切れないね」
「でも、気になるからさ。そんで、裏面に刻まれてるのがヒントらしいんだけどよく分かんなくて」
「……『私にとっての、君の存在』か。恋人に宛ててる物ではない気がするな。デザイン的にもそうだけど、単語が選べる意味も余り無いし、選ぶにしても四文字で表現できるという制限付きだ。それに少し触ればこうしてすぐに言葉は変わってしまう」
指でアルファベットの並ぶ四本を回しながら、彼は微笑んでいた。
その姿は新しい玩具を貰った子供にも似ている。
「そう考えると、これは逆に誰にでも考え付くような単語ではないのかもしれないね。そしてこの指輪は本来受け取るべき相手以外の手に渡るのも考慮して、何かを隠している……」
指輪をテーブルに置くと、腕組みをして甲斐を見ている。
やはり彼は月組にいるだけあって、頭が良いのだろう。
「ってことは、渡す側と受け取る側で何か知っている言葉ってこと? もしかしたら数字かもだよね……。魔法で贈り主が誰とか分からないの?」
「やってみようかとも思ったんだけど、指輪に掛けられている魔法がもしも攻撃を受けた場合に滅ぶようなものだったら困るしね。ただこの数字は惑わせる為に刻まれているだけだと思う。 ああ! 僕のこの頭の回転に今カイの胸は高鳴っているのではないか!? 全く困ったものだね!」
額に手を芸術的に当てたエルガに甲斐は困ったような顔をして、明るく笑う。
「あっちゃー、このエルガの相手を寝不足のあたし一人でするのかー。しんどいなー!」
「まあ、僕がカイに宛てる四文字ならば『FREE』……そして文字数はオーバーするが『LILLY』かな」
「百合? なんで? そうやってまたあたしにキモい事言って来るの?」
「いつそんな酷い事を僕が言ったんだい!? 『LILLY』、清純な人っていう意味もあるんだよ。カイはどの花にも例えられないくらい、とても美しいけどね」
試しにエルガが『FREE』とラインへ文字を合わせたが、やはり変化は無かった。
しかし、こうして贈る相手の事が分かればきっと答えに近付ける気がした。
「誰に贈ろうとしたんだろ……。でもこれ箱とか無くて、このまんま穴の床に埋まってたんだよ。もしかして誰かの落し物なのかな」
「……そうか、カイ。これは君の落し物だったんだね」
「……御冗談を……。あたしの物じゃないよ。こんな指輪知らないし。……えっ、もしやそれ本気で言ってんの?」
含み笑いをしたまま頷かれたが、こんな不思議な指輪を持っていた記憶など無い。
その上魔法がかかっているのであれば、尚更自分の物ではない。
だがエルガは自信有り気に笑っていた。