第百五十五話 寝不足二名
ルーカスは少し腫れぼったくなった目を擦り、甲斐に申し訳なさそうな顔を向けた。
「……ごめん、あんまり役に立てなかったね」
「いや、着々と製作者に対する怒りのボルテージが上がってるから大丈夫! でも、朝まで付き合ってくれてホントにありがと。ど、どうする? あと二時間位は寝れそうだけど!?」
「うーん……カイは眠れそう? 君が戻るなら僕も戻って寝ようかな」
「うんうん、そうしとこう! 授業中寝ちゃわないように! おわー、冬の朝の匂いって凄く懐かしくならない? これって全世界共通なんだから不思議だね!」
まるでルーカスも他の世界を知っているように、にっと口を横に広げて甲斐は笑った。
きっと、彼女がそう言うのだからそうなのだろう。
この世界ではない、違う世界を知っているのは彼女だけなのだ。
その言葉はキャンディの甘さと共に喉を下る。
太陽に照らされて、雪の白さが目に染みる。
寮へ向かう為に二人は手を振り別れた。
冬の寒さを身に受けながら、もう、違う季節が入り込み始めている気がした。
「はぁ今日は……冷え込むな。……それもそうか。 だってワイシャツ一枚だもん……カイ! ちょっと待って! ストップ! ジャケット! もう! また忘れたね!?」
「お前ら……飯食うか寝るかどっちかにしろよ……」
甲斐とルーカスは頭が自然と真下に向いてしまう度に、その衝撃で目を覚まし、頭を持ち上げていた。
持っていたバケットを、ルーカスはこれで三度もテーブルに落としている。
いつもは隣のテーブルにいるビスタニア達は今朝は見当たらなかった。
「二人揃って昨夜何かしてたの? カイはあのまま寝たのだと思ってたわ。フルラ、息が荒いわよ。自重して」
「……へぇ? ルーカス、僕の目を見て昨夜カイと二人きりで何をどうしていたのか話してごらんよ……」
「……あっ、何? そうだ……カイ、エルガにも聞いてみたらいいよ……」
欠伸を噛み殺しながら、バケットを千切って口に放り込むと噛んでいるのか怪しい速さで飲み込んだ。
座ったまま伸びをすると皿の上の料理を片付けきらぬまま、クリスと授業へ向かう。
甲斐は完全に睡眠時間となってしまっているが、移動が一緒のシェアトが揺らして起こす。
「おい、寝るなら部屋で寝ろよ。授業どうすんだ、出れるのか? 朝一からギーグの授業だからその調子だとうるせぇぞ」
三年になってから増えた科目の『対有効魔法』担当教諭であるギーグは、非常に厳しく、そして神経質であった。
授業中に寝ている生徒など見つけたら、それは長いお説教だけでは済まず、成績の評価を下げるに違いない。
それであれば、体調不良を理由に欠席した方が得策である。
「あたしの眠りを妨げるのは貴様か……」
「誰なんだよお前は。とりあえず俺は座学は授業態度だけしか望めねぇから、もう行くぜ? どうせ点数は取れねえからな」
「私ももう行かなきゃぁ……エルガ君?」
立ち上がろうとせずに、エルガは綺麗な仕草で紅茶のカップへミルクを入れて混ざている。
同じ授業のフルラが不思議そうに聞くと、エルガはカップを持って立ち上がり、甲斐の隣に座った。
「僕は甲斐に付き添うよ。次の授業には出席するよ。ああ、寂しいだろうけれど待っていておくれ」
「う、うん。じゃあ、また後でね! カイちゃん、エルガ君……あんまりはしゃぎ過ぎないでねぇ……」
「ははは! 誰のナニがはしゃぐんだい!? フルラは朝から容赦が無いなあ!」
「……エルガ、授業……いいの?」
何度開いても瞼がまたくっついてしまう。
自分自身と戦いながら甲斐が聞くと、当然だというような声が返って来る。
「何やら僕にも聞きたいことがあるらしいからね! 授業なんかよりもカイが大切さ! それに君のお役に立つかもしれないよ?」