第百五十二話 甘い低音
バスルームから出た後も、色々と試し続けていた。
魔法の世界にあるこのアクセサリーは恐らく四文字をこのライン内に揃え、それが正解だった時、きっと何かが起きるだろうという膨らむ期待が好奇心と重なり、甲斐の指は止まらなかった。
「……幸せ……文字数オーバー。 神……? いや、あの金髪の思考じゃないんだから……。大切な人への言葉……う~ん。それに字数足りてないし……。彼女、彼氏…長すぎ。妻! ……違ったか。あああ辞書欲しい……! あ、そっか取って来よ」
濡れたままの髪の毛を何度かタオルで拭いて、クローゼットを開けば新しい制服と下着が用意されている。
その全てを高速で身に着け、指輪のみを持ち、知書室のある東館へと足を速める。
外はギアの言っていた通り、雪は降っていなかった。
冷え込みは先程よりも厳しく、東館に着く頃には濡れた髪が凍り始めていた。
流石に午前一時になろうとしているこの時間では、出歩いている生徒は見かけなかった。
思わず階段を上がる足を一度止めて、後ろを確認するがやはり誰もいない。
安心していいのだろうが、若干心細くもあった。
知書室へ入った瞬間、何かにぶつかった。
見上げると人だが、こちらを見下げているせいで顔がよく見えず、悲鳴を上げそうになった。
しかし、相手は痛い程の勢いで甲斐の頭を押さえ、もう片方の手で口を塞がれてしまった。
本が何冊も床に落ちる音を聞きながら、その相手を見ると更に驚いた。
「しっ! ダメだよ、知書室で騒ぐとしばらく入れなくなっちゃうんだ」
「……ひゅーひゃひゅ……?」
小声で囁いたのはルーカスだった。
「ごめんごめん。カイ……こんな時間に何してるの? 頭、冷たいよ!? 濡れてるじゃないか…風邪ひいたらどうするんだ」
「あ、あはは。ちょっと、辞書を借りに。髪の毛乾かすのめんどくさくて。でもルーカスもこんな時間まで知書室にいたの?」
手を放したルーカスは頭を押さえた手の冷たさに驚きつつ、落ちた本を拾い上げ始めた。
その作業を手伝いつつ、なんとなく何を借りたのかと本を見るとどうやら医療関係の本のようだ。
「手伝ってくれてありがとう。僕は授業だけじゃ足りないと感じる部分も多いからね。カイは辞書だっけ? 偉いね、頑張ってるんだ。目指してるのは何?」
「あ、勉強じゃ……。単語を調べたかったんだよね。四文字のアルファベットの単語を。……ルーカス! ちょうどいいや、まだ起きてるんでしょ!? 手伝ってよ!」
図々しい申し出も、悪びれなく言う甲斐の顔を見ていると断れない。
ルーカスは仕方ない、というような笑顔で頷いた。
「……それで、四文字のアルファベットだっけ? 一体何をしているの? 三時ぐらいまでは普段も起きてたりするから少しは手伝えるけど……」
「これこれ! 昼間にあたしの落ちてたとこに穴を空け直してみたんだ! ルーカスがあたしをへろへろ引っ張り上げてくれたあの時の穴!」
「余計な擬音を付けて来たね。……これは? へぇ、穴の中にこれが…。魔法がかけられているね、成る程。だから四文字なのか…」
甲斐に渡された指輪を興味深く観察してから返すと、優しい声で予想通りの言葉が返って来る。
「手伝うよ。どうせこれがどうなるか分かるまでカイは寝ないつもりでしょ? 仕方ない、付き合うよ」
「流石! 天使のルーカス! いい医者になるよ!」
「うーん……僕は別に医者を目指しているんじゃないんだけど……ありがとう」