第百五十一話 指輪の仕掛け
部屋に戻り、クリスに羽織らせてもらったブランケットと手に持っていた冷え切っている上着をベッドに放ると、上着のポケットの中から何かが転がり出た。
床に落ち、少し転がった先で円を何度か描くと勢いを失い、やがて止まった。
だが甲斐はそれに気が付かないまま、スカートのホックを外すとチャックを下ろし、足元に落ちたスカートを足に引っかけたまますり足で移動する。
そしてちょうど、落ちていた何かをしっかりと踏んでしまい、後ろに足が持っていかれた。
「あぶぇっ! 痛い…… だらしないあたしにご先祖様がキレて転ばせた可能性が捨てきれない……。いった……あれ?何でここに……」
落ちていたのは、廊下に空けた穴に埋まっていた銀色の指輪だった。
デザインが特殊でかなり太めな造りになっている。
縦に二本、ラインの役割をしている黒い金属があり、その下となっている指輪を作っている部分には上下の縁の中に英数字が等間隔で刻まれた細いリングが全部で四本、左右どちらにも全てが回せるような細工が施されていた。
縦のラインの間から、四本のリングに刻まれた英数字がそれぞれ一文字ずつ見える仕組みになっているようだ。
下着姿のままでその指輪をいじってみるが、かちゃかちゃと金属が小気味良い音を立て、細いリングがそれぞれ回るだけ。
これといった変化は無かった。
そうしてしばらく床に座り込みながら、試行錯誤を繰り返していると鳥肌が立つ。
体が冷え切っていた事を思い出す頃には、くしゃみが止まらなくなってしまった。
「寒い……。そうだお風呂入ろうとしてたんだった。これは、後にしよ……」
指輪の置き場所に困り、指にはめてみたがどの指にも合いそうもない。
それどころか、普通よりも小さく細い甲斐の指が二本入ってしまいそうな程の余裕がある。
「う~ん、お湯に浸かりながら考える。もう無理、寒い」
風呂場にこのアクセサリーを持って行っても錆びないかを一瞬考えたが、上がった時によく水気を拭き取ればいいだろうと考え、下着を素早く脱ぐ。
クローゼットからバスタオルを引き出すついでに、着ていた服全てを集めて放り込み、目的地をバスルームに合わせてノブを引いた。
蒸気が体を包み、急な寒暖差に身震いする。
熱いシャワーを軽く浴びて、そのまま湯船に足先をつける。
「どうして人ってお風呂に長い時間いても、身に火が通らないんだ……? これって普通にボイルされてるのと一緒なんじゃ……」
どこか気持ちの悪い考えを口に出すと、こんな下らない内容でもバスルーム内にエコーがかかり、良い声に聞こえる。
足を踏み入れ、体を沈み込ませるとびりっとした熱さを感じるが慣れるまで黙って耐え、肩までお湯に浸かった。
「はあ~ああぁ……。さて、頭を使うお時間ですね……」
皆のいる時にこれを見せようと思っていて忘れていた。
これはただのアクセサリーかもしれないが、こういった細工物はルーカスやビスタニアに聞いた方が早いと思う。
しかし、明日の朝まで待つのもなんだかもどかしい。
湯船の中で、ぐるぐると順に回してはライン内にアルファベット四文字の単語を作ってみるが特に意味も見出せそうにない。
汗が滲んできた頃にはそれも飽き、指輪の内側を見てみる。
すると何かが刻まれていた。
「……ソンザイ……? ん? 『私にとっての、君の存在』……? うわ、もしかしてこの指輪ってプレゼントだったのかな……」
誰かが大切な人の為に用意した物のような気がして、気が引けてしまう。
だが、あんな所に埋められていたのだ。
この指輪に刻まれている『私』も『君』も一体誰の事なのか、見つけるのは困難そうだ。
考えながら、指は滑りの良い四本のリングをまた回し始めていた。