第百五十話 手伝い損
「ここまでやりゃあもういいだろ……。寒いっつーか体が痛ぇし……。指とか感覚ねえよ……」
端に寄せられた雪は山の様に積み重なり、膨大な量となっている。
そして地面が全て見えるようになった頃には三人の顎は小刻みに震え、歯ががちがちと音を立てていた。
「も、戻ろう。死ぬ。な、ナバロありがとう……。このご恩は数日間忘れないから……」
「き、記憶力を鍛えろ……。は、早く行くぞ……。お、お前には聞きたいことがある……」
月組のロビーに行くと、フルラとクリスが真っ赤な鼻をした甲斐の冷え切った上着を脱がせ、室温で温まったブランケットをかけに来た。
中にはウィンダムとクロスの姿は無く、ビスタニアが二人を探して部屋への階段を上がって行った。
「おかえり。罰ってなんだったの? 思ったより早かったね、二時間ぐらいじゃない?」
くすくすと楽しそうにルーカスは笑っているが、エルガは憤慨している。
「一生の内、カイと過ごせる時間は限られているというのに! その内の二時間を失ったんだ! 何が早いもんか! さあ、僕の腕の中で暖まるといい!」
「これ以上寒気を起こさせないで……。フルラ達も手伝いに来てくれると信じてたのに……裏切り者……」
「い、行こうとしたんだけど三人を探してたらギア先生に見つかっちゃってぇ……。止められちゃったからぁ……ごめんね、カイちゃぁあん」
「ダメだ、俺はもう寝る。寒くて仕方ねえ。着替えてベッドに入りてぇ……」
「先にお風呂に入った方がいいんじゃないかな。おやすみシェアト」
風呂という考えが無かった甲斐は急に立ち上がると、スムーズに動かない体でシェアトに付いて、ロビーを出て行こうとしている。
クリスも大きな欠伸をしてから、ルーカスに声を掛けた。
「二人も戻って来た事だし、私も戻ろうかしら。あったかくって眠くなってきちゃった。ルーカスはまだここにいるの?」
「そうだね、本の続きが気になるから読んでから戻るよ。おやすみ」
「おや、じゃあ僕ももう少し付き合うとするよ。おやすみ、カイ。夢で逢うのはもう少し後だから、先に待っていておくれ!」
「あ、じゃあ私ももう寝ようかなぁ。カイちゃんも寝るなら……。最近課題のせいで寝るのが遅くなってたし……」
甲斐が大きな舌打ちを残し、三人はそれぞれの寮へと戻って行った。
フルラも手を振ってから残る二人に笑いかけて、階段を上って行く。
入れ違いにビスタニアがウィンダムとクロスを連れて下りて来た。
「……おい、あいつはどうした……」
「……ああ、カイ? もう部屋に戻って行ったけど。お風呂じゃないかな?」
「告白かい? いいさ、それなら僕が相手になろう……!」
「……いいか、冗談でもそんなグロテスクな発想をするな。聞いておきたい事があったんだが……」
エルガとルーカスをまじまじと見ているクロスは、つかつかと二人に歩み寄ると以前からは想像できない程にこやかな表情になった。
ルーカスがたじろいでいると、少年らしい声で朗らかに話し出す。
「兄と認めたくない生物がいつもお世話になってます! ミカイル先輩、ベイン先輩!」
「……く、クロス君……? あれ、僕達の名前覚えてくれたの? ……そ、そんなに声、高かったっけ?」
「当然です! 総合首位を守り続けているミカイル先輩と、総合二位! 不動のベイン先輩じゃないですか! 通りでお二人とも聡明そうな顔をしてらっしゃるわけです! 以前は失礼を……お許しく下さい!」
頭を下げたクロスの態度の豹変ぶりに、ルーカスは戸惑っていたがエルガは相変わらず楽しそうに笑っている。
その中で一人ビスタニアだけが、ショックを受けていた。