第百四十九話 人力除雪
ギアにコートを取って来るように言われた二人は指示に従った。
その後、連れて来られたのは校舎裏の、普段は実戦練習に使われている広大な敷地だった。
今は雪が積もったままで、誰かの足跡の上を歩かなければ膝下まで埋まってしまう。
「さあ、全ての雪を端に避けて下さい。終わったら、部屋に戻っていいですよ」
「……はっ? 罰どころか刑じゃねぇか。どんだけここ広いと思ってんだよ……!」
「でも雪なら焼き払えば早いよね。余裕余裕。シェアトが三分の二以上溶かす算段だとあたしめっちゃ楽」
鼻歌混じりに早速取り掛かろうとする甲斐の頭をシェアトが掴んだ。
そしてそのまま指に力を入れる。
「お前の頭の中ではそんなおかしな算段になってんのか。よし、今すぐ忘れろ。いいか、半分ずつだからな」
「では、お願いします。今夜はこれ以上積もらないらしいので、明日の朝に確認します。無いとは思いますが、万が一やり残しを見つけたら全成績から評価を二つ下げますので」
「お、恐ろしいぜ……。初めて成績表にマイナスという記号を見る事になるかもしれねぇのか……!」
「どんだけ悪い評価の成績があるの……。これから協力する相手がバカだなんて再認識したくなかった」
白い息を吐き出しながらそそくさと行ってしまったギアを見送るしかなく、残された二人は温かいディナーを諦め、この広すぎる敷地の除雪に取り掛かるしかなかった。
道具も無い為、お互い大きくした炎を使って地道に溶かしていくが、下の方は凍っているようで時間がかかる。
「……火力が足りない。シェアト、自分の体に火を放って転げ回ってみたら?」
「お前はその提案に俺が『うん』と言うとでも思ったのか?それにしても効率悪いよな。なんかもっと楽に終わんねぇかなー」
「……楽しそうだな……。寒くないのか……?」
制服姿のままのビスタニアが白い息を吐きながら声を掛けると、シェアトはうんざりとした顔をした。
「嫌味しか言えねぇ口なら無くてもいいんじゃねぇか……?」
「ナバロ! 今日もあたしのストーカーご苦労! 聞いて、雪が溶け切るよりもあたし達が凍死する方が先だと思う。もしかしてそれが罰……!?」
「……廊下を破壊したんだって? 普通に暮らしたら心臓が止まる呪いでもかけられているのか? あとその炎だが、熱量のほとんどは大気に逃げているぞ。非効率すぎるし風に煽られるだろう。それに水になった後に蒸発するまで面倒を見ないと、氷になってしまうぞ」
その言葉を聞いて、とうとうシェアトはやる気を無くしたのかその場に座り込んでしまった。
甲斐の手から出ていた炎もぷすんと寂しい音を立てて消え、ビスタニアに悲しそうな顔を向ける。
「な、なんだその顔は。いや、溶かせと言われたのならそれでいいんだろうが、除雪を目的としているのなら普通に雪をどかして行く方が早いんじゃないか」
「どかすったって、道具も何にもねぇんだよ! んな広い敷地、どうしろっつーんだよ。凍えて死んじまう!」
「お前は何の為に魔法を三年間習ってきたんだ……? 大地の上の雪を目標に定めて端にでも移動させていけばいいだろう」
簡単に言うとビスタニアは右から左へ手を振り、最後に上へ手を挙げると辺りの雪は全て持ち上がった。
そして右側へ手を振り切ると、すべての雪が固まって右の端へ落ち、久しぶりに見る地面が顔を出した。
「やはり問題無く出来るな。別に好きなようにしたらいい……が……」
笑顔の二人に詰め寄られ、しっかりと捕まってしまったビスタニアは強制的に手伝わされる事が決定した。
甲斐が何故廊下を破壊するに至ったのかを聞きに来ただけだったが、どうやらこの除雪作業を手伝わないと答えないつもりらしい。
三人は左右中央に分かれて除雪を始め、みるみるうちに前進していった。