第百四十六話 そういつだって君は突然に
「そういえばさー、あたしこの辺に埋まってたんだよ」
唐突に何かを言い出すのは彼女の癖である。
頭の中で浮かんだことを全て口に出さないと気が済まないらしい。
「……こっちに来た最初の話か? つーか埋まってたわけじゃねぇだろ。廊下に倒れてて足元見てねぇからはまっただけだろ。その穴もなんで空いてたのか分かんねぇけどな」
「だよねぇ、最初はそういうトラップが各所にちりばめられている屋敷なのかとも思ったんだけど違うんだもんね」
「滲み出る適応力にただただ驚くわ。なんだその屋敷。そういうのもあるかと受け入れられるお前はどんな生き方してきてんだよ」
授業が終わり、移動していると時々甲斐はその最初の場所で立ち止まる事があるのは気が付いていたが、何か思うところがあるのだろうか。
「ここの穴って誰が直してくれたんだろ。やっぱ天使ちゃん達?」
「……まあ、そうだろうな。なんだよ、気になんのか?」
「うーん、まあ。誰が空けたのかも分からない穴だし、ここに来てから似たようなもの見たことないな~って思って。……えっ、何!?」
驚きながら甲斐のおでこに手を当てて熱を確認していると、足を蹴られた。
「いてぇな…! まともな会話がお前と成り立つのって久しぶりじゃねぇか……!? 熱とか大丈夫か?」
穴があったとは聞いてはいるが、それがどんな物だったのかも分からない。
それを聞いた時にはここはもういつもと同じ廊下だったし、第一いくら甲斐が小さいとはいえ人がすっぽりと入る穴が廊下に空いていたら他にも被害者は出てもおかしくはない。
しかし、そんな話は今まで聞いた事が無かった。
「でもどの辺だったかなあ……。シェアトー、 学 校 っ て 壊 し た ら ど う な る の ?」
何故彼女はこうも自分といる時に限って、暴挙に打って出ようとするのだろう。
こういった場合の対処法は嫌というほど考え抜いてきた。
絶対に言葉を間違えてはいけない。
この前も『知書室の成績優秀者しか入れない資料室へ無理やり押し入ったらどうなるの?』と子供の様に聞いて来たが、考えるのが面倒で適当にさあなと返事をした。
すると、どうだろう。
数秒後には驚くほどの腕力で知書室まで引きずられ、資料室のドアをぶち破る勢いで開けようとしている彼女がいた。
完全にシェアトの目には悪魔に見えていた。
そしてこじ開けた資料室のドアの先は、何も無かった。
そう、床すらもだ。
ぽっかりと抜け落ちた床はどこに続いているのか分からない程、深く深く、底は遠いようだった。
何故か下から吹く風を感じたが、それに気が付くのが遅れていたらコードレスバンジーをさせられていただろう。
その第二の事態が、起きるか起きないかの瀬戸際なのだ。
悪いことに今は昼休憩になり、皆食堂へ足を進めている時間であり、結論としては彼女のストッパーが一人もいない。
「いいか……? やめろよ……? お手伝い天使が直すったって、罪だからな……? 絶対だぞ……?」
「あっ、やべっ!」
拳に炎を宿しては引っ込ませていたが、それに重力と重量をどんどん上乗せしていたようで何度か下に向けて振った時にとうとう速度が増し、甲斐の体が右手を支えにして逆さになった。
同時に床に拳が当たり、硬い物が壊される音と弾け飛ぶ大理石が飛び跳ねて行く。
しかし、こんな事で動じるシェアトではなかった。
粉や破片が飛び散り荒れる視界、喜びも興奮も感じない甲斐の下着がもろに見えている中で、冷静に待ち受けている鬼達への言い訳を幾つも考えるのには慣れているのだ。