第百四十五話 ピュアスマイルは数量限定
「ナヴァロせんぱっ……ゴミが付いていますよ」
随分と最初は浮かれた声を出していた癖に、ビスタニアに纏わりつく甲斐を見た途端低い声になった。
そして信じられない事に、クロスの顔に一瞬だが笑顔が見えた気がした。
「人をゴミ呼ばわりとか王族すら流石にしないんじゃない? なんだよ、弟君はナバロにはそんな可愛い後輩キャラなのかよー! 今めっちゃ可愛い顔で笑ってたよね!? 声も完全に違ったし!」
「ああ、セラフィム……。どうした? 何か用だったか?」
騒いでいる甲斐を後ろへ押し戻しながら前へ出ると、見たことの無い怪訝そうな表情を浮かべた後輩がいた。
これまでビスタニアは後輩とは無縁なものだと思っていたが、入学式の後にクロスが憧れていますと瞳を輝かせて来て以来、邪険にも出来ずに可愛がってみている。
彼はいつも素直で体格は同じぐらいだが年下らしい性格で、教え甲斐のある良い後輩だ。
途中からいきさつは不明ではあるが、彼は小さい龍らしき生物を常に従えているようになった。
暇を見つけては世話をしているところを見ると心優しい少年のようだ。
「……ああ、ナヴァロ先輩に借りた本がとても面白かったので感想を言いに探しに来ちゃいました! 流石ですね! ……あの、その野蛮人、邪魔ですよね。困っているんでしたら、僕が始末しておきますよ?」
小脇に抱えていた重量感たっぷりの本を二冊、ビスタニアに返しながら飛び切りの笑顔でクロスが言う。
最後の辺りを気にしなければいいのだろうが、後輩の目が異様にぎらついているのを見て放ってもおけない。
「おっ、やるか!? ひょっこに負けるような甲斐ちゃんではないのだよ! あたしが勝ったら弟君を骨格標本部屋に飾っちゃうぞっ!?」
「だ・め・だ。さらりと殺害予告をするな。あー……クロス、こいつは」
「ナヴァロ先輩のストーカーですか? 名前は知ってますよ、絶対に呼ばないですけど」
「なんだよー、またつんけんしてんの? 蓄積した友好度って毎朝リセットされちゃうの? おっ、龍だ。こんにちは!」
足元をうろうろとしていた灰色の龍が、甲斐がしゃがむとすり寄って来た。
相変わらず不細工ではあるが、可愛がられているのが分かる。
足の爪が床を傷つけないようになのか、靴下を履いている。
「ちょっと、その不愉快な表情でこっちを見ないで下さい。馬鹿が飛んで来る。ナヴァロ先輩、もう行きましょうよ。そうだ、分からない課題もあるんで良ければ聞いてもいいですか? あと、聞いて下さい!
僕、先生に褒められたんですよ!」
「あ……ああ……?」
ビスタニアは一秒ごとに変化するクロスの態度に戸惑いを隠せていない。
「ねぇ、この子に名前付けてあげたの? どれ、課題はあたしが見てあげるよ。一つやるごとにあたしの言う事聞く条件付きでね」
「名前はありますけど、教えません。ちょっと何勝手にそいつを抱いてるんですか! 運動不足になるから離して! それに課題の件は貴女に言っていません。親切の押し売りはやめて下さい。付いて来ないで下さい」
ビスタニアを中心として二人はぐるぐると追い掛け合う。
どうしていいのか分からずに大人しく柱となりながら、ビスタニアは甲斐の精神年齢がかなり心配になった。