第百四十三話 監視役と認定
「ナバロは、あたしの監視役って聞いた」
「お前……それ、本人に言うか……? 普通……。はぁ、お前に普通の話をしても無駄だったな。……そうだ、だから大人しくしてろ。そうすればお前もここにいられるだろ」
小声で渡り廊下を歩きながら話している二人は進行方向を見たまま、目を合わせない。
余りにもストレートな物言いをしてくるので、聞いているこっちがひやひやしてしまう。
「いや、無理でしょ。あ~、目を離したらこっちの世界の人間滅ぼしちゃうかも~」
いつも通りにやりと笑うこいつが実は異世界人で、更に監視を自分がするなど急に色々と知らされ、その現実へ追いつくのに必死だったのに、なんだか馬鹿らしくなってくる。
それに今、この状況でそのブラックユーモアは如何なものかと思う。
「……そうか、それは大変だ。やはりしっかり監視させてもらうとするか」
「そうだよ~? ちゃんと見てないと、毎日この学校から人間が一人消えていくことになるかもしれないしね…ふっふっふ!」
「……分かった、分かったからちゃんと前を見て歩け」
こちらに体を向けたまま、後ろへご機嫌な様子で進んで行く彼女がどうしてこんなに楽しそうなのか分からなかった。
きっと尋ねたところで、どうせまともな返答は来ないのだろうが。
「しっかりとあたしを見て! さあほらじっくりと!どう!?」
「……ほう、よっぽどこの学校から出て行きたいらしいな」
「も、もしかしてバスタイムまで入り込む気!? やだ~、『風呂も怪しいから仕方ないだろ、いいから早く脱げ』みたいな展開期待しちゃってる!? もう、ナバロのむっつりさん!」
「俺が何故そんな拷問を受なければならないんだ。おぞましい……」
詰め寄られ、目を逸らしてみるとどうにか視界に入ろうと周りをちょろちょろ動くこいつは明らかに何かが人と違う。
本当に、異世界人なのかもしれない。
監視役は面倒だが、心に残っていた荷が不思議と無くなったのを感じた。
裏切られたように感じていたが、それは自分のプライドの問題だったのだろう。
鬱陶しがっても、いくら追い払ってもやって来て、馬鹿丸出しで笑う彼女が自分に隠し事をしているという事実が面白くなかっただけだ。
彼女にそんな気があった訳ではないのは分かっているし、事情が事情だけに人に話さないようにと口止めがあったのも推測出来る。
きっと、今まで自分は誰かを分かろうとしなかっただけだったのだろう。
相手なりの考えを、気持ちを汲む事が出来なかったのはそれほど自分に余裕が無かったからなのかも知れない。
それは父も同じなのだろうか。
今まで父のようになろうと考えてきたが、それは果たして今も胸を張って言えるのだろうか。
「あ、なんで笑ってんの! 感情メーター壊れた?」
「うるさい。邪魔だ」
これから一年、進む道に入り込んできた彼女と別れる時が来るまで、適度な距離のままこうして歩いて行けたら。
それだけで、とても大きな事だろう。
まずは、第一歩。