第百四十二話 彼の勇気に喝采を
「……おい、その背後霊がなんかお前に言いたそうだぞ」
シェアトに言われてクリスガ振り返ると、眠れなかったのか疲れた顔をしているビスタ二アが見下ろしていた。
思わずフォークを取り落とし、皿の上で踊る音が響く。
「えっ、あっ、わ、私!? 私に!? び、ビスタ二ア!? おはよう! どうしたのよ、怖いじゃない! ど うしてこの学校の人って人の後ろにぼうっと立つのかしら!?」
驚きの余り、ビスタ二ア相手だが口数が多くなる。
何故か彼の口は何度か開閉するものの、顔だけが段々険しくなっていき肝心の声は中々出てこない。
「いやあ、朝から所かまわず青春だねえ! なんだい、クリス嬢も鈍いんだね! さあさ、二人でじっくりと話してきたらいいじゃないか!」
「ちょっとエルガ!? やめてよ! ……ビスタ二ア、本当にどうしたの……?」
「……ここでいい。また、二人にならないと言えない様な臆病者にはなりたくないんだ。……あの時、俺は、どうしようもないほど子供だった。言い訳になんてならないし、するつもりもない。……すまな、かったな」
それだけ言うと、踵を返してウィンダムの待つテーブルへと戻って行ってしまった。
今度の返事は聞かなくても良かった。
これは決して逃げからのものではなく、確かに彼女はあの夕陽の中で見たのと同じ笑顔になったのだから。
随分とこの一言に時間が掛かった。
しかし、ようやく前へ踏み出せた気がした。
あの日の自分が違う選択をしていたならば、こうはなっていたなかっただろうという、下らない後悔は幾度もしたが、何かを変える為に行動をしたのは初めてだった。
そうする為には、こんなにも己を奮い立たせねばならないという事を知った。
結局の所、甲斐がきっかけだという事が非常に悔しいのだが。
まだ、昨日の出来事は何も考えられてはいないがきっとこれは確かな一歩であると思う。
そんな事を思っているとどすん、と腰に重い一撃が入った。
振り返ったが誰もいない。
いつの間にか前に回りこんでいた甲斐がファイティングポーズを取って、立っていた。
恐らく今の一撃は彼女から繰り出されたのだろう。
すっかり昨日、彼女にした態度を忘れていた。
しかしこの女、やはり通常の神経を持ち合わせてはいないようで、あの話の次の日に、こうして面と向かって一撃を入れてくるのだから手に負えない。
「やめろ、顔を腕でそんなに隠さなくてもばれているぞ……。人にこうして朝から物理攻撃をしてくる女がお前以外にいるはずがないだろう」
「馬鹿か! これは顔を見られたくないとかじゃなくて、相手からの攻撃をガードするれっきとしたポージングなんだよ! この無知め!」
「ああ、脳が揺れないようにか。お前に真っ向から一対一の肉弾戦を挑むような頭が病んでいる自殺志願者はこの学校には存在しないと思うが。……他をあたった方がいいんじゃないか」
「あたしが狙ってんのは、お兄ちゃん。あんただよ! ちょっとその可愛い面貸しな!」
こいつは自分の中で何かを留め込む、考える、という事は出来ないのかしないのか。
いくら顔を背けても、腕力で無理矢理顔を捻じ曲げてでも強制的に見たくもない正面を見せてくるような荒業使いには敵う気がしない。
恐らく昨日の事だろうが、休日なのでこのまま彼女に付き合う事にした。