第十三話 ラッキーガール
食堂のある大広間の塔はそれぞれの館から少し離れた場所にあり、授業を終えた生徒達が続々と歩いている。
辺りがオレンジ色に染まり、木々の影から覗く夕日が生徒を染めていく。
シェアトとルーカスはいつもより少し速度を緩め、甲斐について話をしていた。
「また後で、って言ったけどホントにいるよな?」
「たぶん……、ただもしかしたらもう自分の世界に帰ってるかもしれないね。校長先生が戻る方法を知っていたら、だけど。それとも統制機関に連絡するのかな……?」
「でもそうなっちまってたら会えないよなあ。……あー、やっぱり付いて行けば良かったかあ?」
「そうかい!? そう思ってくれるだけで僕はとっても幸せだね! ありがとう!」
後ろから二人の間に割り込む形で美しい少年が入って来た。
中央で分けられた肩より少し長く伸びたブロンドの髪をなびかせる華奢な彼は、こうして二人と並び、見比べるとどれほど色白なのかがよく分かる。
ジャケットにはチェーンの付いた安全ピンを刺しており、ネクタイにも色とりどりのストーンが縫い付けられている。
夕日に照らされ、白光りする刺繍は三日月だった。
「エルガ! そうだ! そうだった! お帰りなさい! 大丈夫だった?」
「ただいま友よ! いやいや、お待たせしたね! 退屈させてすまない! さあ、夕食でこの僕の想像を絶する悲しいストーリーを聞くといいよ!」
「ほざきやがれ! お前の場合、呼び出しは自業自得だろ。そんなことより大変だったんだぞ!」
ルーカスはシェアトが次の言葉を発する前に耳打ちをして制止を試みる。
「あ、シェアト……カイの事はあんまり話さない方がいいんじゃないかな」
ルーカスは生徒で混み合うこの廊下と事の重大さによりシェアトを止めたが、エルガが片手で目を押さえて崩れ落ちるようにシェアトの肩をもう一方の手で掴んだ。
「なんということだ! 組は違えどこの三人は仲良く、切磋琢磨してこの先も一緒だと思っていたのに! 信じていたのに! たかだか二時間弱の間に何が起きたというのだ! 僕を仲間外れにして楽しいか!? そうか! 楽しいのかい!? ならば笑いたまえ! さあ! どうしたんだい!?」
声を張り上げる度にシェアトの肩を大きく揺さぶり、その都度シェアトが痛みに叫んでいる。
「痛え! エルガこらてっめえ! 痛え!! 止めろルーカス !テメエ何突っ立ってんだ!」
「あ、ああ……ごめん。エルガ、分かった。僕らちゃんと話すから!」
「おや、そうかい。嬉しいなあ、ありがとう。ルーカス、君を信じていたよ! ところでその話は僕が聞いても問題は無いのかい?」
シェアトの肩をついでに思い切り引いてから突き放し、ルーカスに抱き付く。
三人の中で一番背の低いルーカスはエルガを引き離そうともがいている間、打ち捨てられたシェアトは肩を押さえて呻いていた。
「ま、まあ……エルガだけならいいんじゃないかな。ただ、周りに聞かれたらまずい話ではあるんだ…」
「夜は長いからね! では紳士たちの夜の語らいに備えていくつか料理も頂戴しなくてはならない!食事の後にでも教えてくれたまえ!」
「おい、ルーカス。夕食の後、一回ギア先生のとこ行こうぜ。あとまどろっこしいのはめんどくせえ!
簡単に道すがら話すから耳貸せ!」
舗装された道から外れ、話し込んだ三人が食堂に着く頃には夕日は沈み切り、月が薄く空へ浮き上がっていた。
食堂内は円卓や長方形の大型の食卓が無数にあり、それが全て縦の列が揃えられて配置されている。
生徒たちは思い思いのテーブルに好きなように座るのだ。
食事の時間にはまだ少し早いので、食前のフルーツや焼き菓子がテーブルに並んでいる。
各テーブルには呼び鈴が置いてあり、鳴らすと小さな天使がそのテーブルに出現して紅茶を淹れたり、注文を聞いたりしている。
入り口と対面して教員達のテーブルだが、生徒を囲うように長い机が壁に沿っており、椅子が一人一人違うようで、随分とおんぼろの物から玉座のようなもの、背もたれが異様に長い椅子まで様々である。
ルーカスが三人がまとめて座れる席を探しながら進んで行く中、エルガはルーカスに興奮冷めやらぬ様子でまくし立てている。
「君たちはなんて……なんてラッキーなんだい!?」
げんなりとした顔をシェアトはルーカスだけに向けた。
エルガは輝く瞳で興奮を抑えきれないようだ。
「僕もその不思議ガールに会ってみたいよ! もう食事なんてしてられないね! 今日の事は君の日記に書くべきだ!」
「やめろ! 日記なんかつけてねえよ! 誤解されるようなこと言うな! いいからほら、早く行くぞ!」
「良かった、この席全部空いてるみたいだよ。ここにしよう。先生方はまだいらっしゃっていないみたいだね。間に合って良かったけど……いつもより少し遅いね」
三人が席につくと、しばらくしてから教員達が列になって入室してきた。
今までざわめいていた生徒達も波を打つように徐々に口をつぐんでいく。
天使達は茶菓子の乗ったテーブルクロスの端を協力して持つとそのまま上へ持ち上げ、裏返した。
すると今までの茶菓子は消え去り、綺麗な状態のテーブルクロスに戻った。
端をしっかりと引いて皺を伸ばして仕上げをすると、天使達はまた静かに室内を飛び始めた。
続々と入室していく教員達を生徒は黙って待っている。
ギアは相変わらずどこを見ているのか分からない目線で歩き、自分の白黒の椅子へと座った。
「……シェアト!」
静まり返った食堂内にルーカスの大声が響いた。
皆の視線が集中するも、ルーカスは口を開けたまま固まっている。
いや、固まっているのはルーカスだけではない。
シェアトもだった。
二人は同じ方を見つめ、何かから目を離せないでいる。
「おい、エルガ」
「なんだい?二人とも何を見ているんだい?僕は皆に合わせて君たちを見ればいいのか、君達に合わせて何かを見たらいいのか分からないんだよ。出来たら可哀想なこの僕に教えてくれるかい?」
「よく見ろ……ラッキーガールのお出ましだ!」
最後に入室して来たのは、いつも通り杖の音を一定に響かせながら歩くランフランク。
そして、その横にまっすぐ前を向いて歩く、制服姿の甲斐がいた。