第百三十七話 すれ違い・何を守るか
朝にランフランクと共に出ていったきり、ビスタニアは授業にも出席していなかったそうだ。
そしてとうとう夕食時にも、彼は姿を見せなかった。
ウィンダムだけが一人で夕食を摂っているようなので、せっかくならば一緒のテーブルで食べようと甲斐が差そうと笑顔で応えた。
「どこに行っちゃったか分かんないの? ナバロなら熱で引きつけ起こしても授業に出そうな迷惑野郎っぽいのに、これは一大事だよちょっと」
「ははは、そんなクレイジーな人間がいると思うのかい? 僕が知っている中での彼の授業に対する熱意を感じたエピソードでは……昔、少しやんちゃな部類を注意した彼が、 まああっさりやられてね。しかしその後、反対側に曲がった腕を庇いながら授業を最後まで受け切って帰ったのは覚えているよ!」
「何だその体はひ弱だけど心の強靭さは凄いエピソード。どっちにしても気色の悪い奴に変わりはねぇじゃねぇか!」
「ちなみに、そんな鋼の心を持った彼はあそこにいるけどね!」
エルガの指示した指の先には、確かにビスタニアは悠々と一人でここから離れたテーブルに座り、普通に食事をとっている。
何故見つけられなったのだろうか。
「……ちょっと、僕が行って来る……よ!? ちょ、ちょっと待って!」
彼の様子がどこかおかしいのを感じたウィンダムが立ち上がった瞬間、ビスタニアの隣には甲斐がいた。
どういう動き方をしたらこの速さが出るのだろう。
今の彼に、出来れば彼女を近付けたくなかったが遅かったようだ。
「あたし達が先に食べてたからいじけたの? だからこういうちょっとめんどくさい構ってアピールしちゃうの?も~! ごめんって! ちゃんと待ってみたんだけど、ウィンダムもナバロが授業に出てなかったっていうからさ~」
「……ああ、悪い。少し一人で考え事をしていた。お前に聞きたい事があるんだが」
「ん? バストはBカップだよ。まだまだこれから成長期、注目度が高まっております!」
いつもと違い、薄く微笑むビスタニアにむしろ甲斐が少し戸惑っている。
口調も心なしかどこか、優しいように聞こえるが甲斐はそうは捉えていないらしい。
ようやく両手にあるナイフとフォークを皿に置いたと思ったが、今度はパンを千切りながら彼は聞いた。
「……この世界はどうだ? 前よりも食いものはうまいか?」
予想外の質問に、何も答えられない。
甲斐の表情を見たビスタニアは酷く失望したような瞳をして、パンを口に運んだ。
「ビスタニア、何かあったのかい? ……良かった、食欲はあるみたいだね。カイちゃん?」
「すまない、ウィンダム。何でもないさ、少し話が長引いただけだ。おかげで腹が空いてな、部屋に戻るか」
彼女は酷い悪戯が大人にばれた時に子供が見せる、あの絶望に近い表情のまま立ち尽くしていた。
そして何かを言おうとした甲斐の言葉を聞かず、ビスタニアはもういいとばかりに席を立ち、背を向けてウィンダムを連れて行ってしまう。
追い掛けようとしたが以前に話したランフランクとの会話が浮かび、止まってしまっていた。
もしも口が滑ってしまったら、と言った時ランフランクは甲斐に関わる記憶を消すことになると言っていた。
自分のせいで彼の記憶を改変するかもしれない。
そうならない事を願いつつ、気が付いた時にはランフランクの元へと走って行った。
どこかへ走りゆく彼女の足音を聞きながら、追い掛けても来ない彼女に対し、ビスタニアは自分でも勝手だと分かっていたが更に苛立った。
いくらでも、弁解のしようはあるはずだ。
今なら何も疑わずに鵜呑みにしてやりたい、そう、本気で思っていたのに。