第百三十六話 異世界人は誰だ
校長室に着くと、確かに存在していた本棚が全て布一枚の絵柄となりそれをランフランクが下へ引くと上へ巻き取られて行った。
現れたのはありとあらゆる鍵や鎖が巻き付いたドアだった。
ランフランクがノブに振れると、一斉に音を立てて開錠していく。
最後の錠が開いた時に、押し開けたその部屋には立体映像となってサクリダイスが立っていた。
促され、早鐘を撃つ心臓を上から押さえつけながら中へ進むと無表情のサクリダイスと向き合う。
そして、仕事中のはずの彼は早口で話し出した。
「これ以上成績が落ちても困る、手短に話すぞ」
多忙な父が校長を通し、更に授業があるというのに映像通信を繋いできたという非日常にまだ頭が後れを取っている。
「これから話す事は、お前が俺の息子である期間内で出来る事だ。お前の学校に、異世界から来た者が入り込んでいる。この世界のバランスを考えると、こちらで始末する訳にもいかないのが現状だ。そいつがどういった経緯と意図でこの世界に来たのかは不明だが、この先何かしでかすかもしれん。だからお前は卒業するまでの間、動向に注意しろ」
息子である期間、その言葉はビスタニアに重くのしかかった。
しかし、父の言う言葉を理解する方が先である。
最初の感想としては、一体何を平然と言ってのけているのだろうと思った。
しかし、わざわざこうして連絡を取ってまでブラックジョークを言うような、ユーモラスな父親ではない事を一番自分が分かっているはずだ。
では、この校内にその異世界人が入り込んでいるというのは事実である。
何故、いつ、何の目的で?
そういった浮かび上がる疑問はこのサクリダイスには一切通用するはずも無い。
彼が今この不愉快な沈黙の中で待っているのは、返事でもなくただ自分の話した意味を理解できているのかどうかを判断したいだけだ。
口の中がカラカラに乾いてしまっているが、声を出そうと喉を開いた。
「と、父さん……。あの……だ、誰か、そっその人物がもう分かっているようであればお、教えて頂きたく……」
「お前はこの学校で日々を過ごしていると思っていたが、違うようだな。飯も食わずに勉学に励んでいるともあの成績では思えん。普段は何処にいるんだ? ん?」
こうしてサクリダイスが嫌味を羅列する場合、それは自分の言葉から汲み取る力が聞き手に不足している時だ。
何を自分は見落としたのか。
この学校で日々を送っている自分は、その相手を知っていて当然ということなのか。
異世界、そんなものが存在していて尚且つこの学校に入り込むなど到底受け入れ難いが問題はそこではないのだ。
そして、最初から何故か頭の中でちらつく人物を無意識に除外している自分をようやく捕まえてしまった。
まさか、そんなはずはない。
いくら常識が無くても、どんなに頭のネジが外れかかっていても。
違う、そう思いたかっただけなのかもしれない。
最初に出会ってしまったあの時、もしも出会っていなければこんな考えに至らなかったのかもしれないのに。
否定したいのは、何故なのだろう。
自分の知らない単語を言ってきた、あの恥知らずな格好をしてきたあいつ。
「編入生……?」
「分かっているならば人に聞く前に自分の考えを伝えるようにしろ。お前が仮にここを首席で卒業できたとしたなら、私のいる機関に入る資格となるが今の状態では何一つ仕事を任せられん」
「……はい、申し訳……ありません」
ビスタニアはただ、謝るしかできなかった。
言葉がうまく、口からだけでなく頭に浮かばなくなってしまう。
「何かあればすぐに校長を通して私に報告しろ。フェダインで保護するというが、もしも怪しい動きや不審な素振りがあれば即刻こちらに身柄を引き渡す約束だ。だが、その異世界人には気付かれるな。上手くやれ、といってもお前には然程期待して否いないがな」
「……ご命令、承知いたしました……」
「なんだ、その顔は。……ああビスタ二ア、お前まさか異世界人との間によもや友情など感じておらんだろうな? この世界を守る機関の頂点にある私の息子たるもの、まさか、なぁ?」
サクリダイスの顔を見て、寒気がした。
あの瞳は決して笑う事は無い。
しかし今、口元だけが歪み笑いを作り出している。
確信したのは、いつからか分からないが自分の学校生活を見られていたということだった。
異世界人との関係を知った上で、今回の協力要請など名ばかりの一種の警告をしてきたのだろう。
このサクリダイスが動くにはいつだって自分の評価にプラスになる事があってこそだ。
この異世界人への見張りも、上手く何か尻尾を掴めたとしたならば父の機関で貴重な異世界人を確保できる上、『防衛長の一人息子が手柄を立てた』という経歴も出来るのだ。
これが何も結果を得る事が出来なかったとしても、『異世界人と交流があった警戒心の無い息子』という出来損ないのような息子が卒業する事も無く、『生徒の安全の為、異世界人を見張り続けた栄誉ある息子』が誕生するのだから面白い。
「……まさか、ですよ。馴れ合い等、足枷でしかありませんから」
不思議といつもと違い、スムーズに言葉が口から流れた。
それは一種の決意に似た感情が、ビスタニアを支配していたからかもしれない。
彼の瞳は、向かい合うサクリダイスにとてもよく似ていた。