第百三十三話 森に潜むモノ
彼女を置いて戻ろうとした時だった。
校舎のある方に生えている木々の枝が、突然身を寄せ合うように互いの腕を伸ばし合い、隙間を埋めていく。
幹の間を埋めていくのは、木の根だった。
根が地面を押し戻した際に、積もった雪が辺りに落ちていく。
それらは甲斐とクロスにも降り注ぎ、眠っていた土も掘り起こされて散った。
「なっ……!? 閉じ込められ…!」
甲斐にジャケットを強く掴むと後ろに引かれ、尻餅をつく。
ちょうどクロスが立っていた場所からも野太い根が下から大蛇の様に身を起こすとのたうって出現した。
小さな彼女を下から見上げると、一体この状況の何がおかしいのか笑みを浮かべて入り口を塞がれていくのを見ていた。
「……これは一体どうしたものか! クロスちゃんは召喚できたりする? ほらあのふわふわのとか」
「……なんの考えも無いんですか!? 急げばここから出られたかもしれないのに! 召還なんて出来ませんよ、僕がここに来てどの位だと思ってるんですか? アホなんですか? しかもそれを聞いて来たって事は貴女も出来ないんですよね!? ……あああああ、使えない! 本当に!」
「あ~、じゃあ上から出るのも無理かー。どの道この木達に邪魔されそうだしなあ……、よし、端から端まで見に行こう。どっかに出口があるかも」
暴言が聞こえていないかのように前へと進む甲斐に、雪を払って付いて行くしかなかった。
離れて行動するのは流石に何かあった場合は不利だろうし、認めたくはないが彼女は一応女の子であるという事も考慮しての決断だった。
「ここ、別に立ち入り禁止ではなかったですよね? そもそも貴女はここで何をしているんですか。相変わらずの神出鬼没ぶりに正直な所ドン引きしてます。暇なんですか? 暇ですよね?」
「この森、なんなんだろうね。あたしもよく分かんないや。でも入ってく人も見たことない気がするようなしないような? あたしの組じゃあ授業で使う訳でもないし。ちなみにあたしは君がこっちに行くのを見かけて、付いて来ただけだよ。だから実際君のせい」
ぴっとピストル型の指を向けられたが、クロスは瞬時に払いのける。
「どこがですか、勝手に付いて来ておいて責任転嫁もいい所ですよ。しかもこの森について何も知らないとか、本当に無能が極まってますね。……静かに」
話し続けていたのは自分だろうと甲斐が塞がれた口をまごつかせていると、やはり何かの動く音が聞こえる。
校舎からの明かりも木々が塞いでしまっている上、すっかり陽も落ちてしまい森の中では至近距離にいるお互いの顔がようやく目視できる状態だ。
荒い息が、こちらの様子を伺っているように一定の距離で止まった。
「何か、近くにいます……。貴女、太陽でしょう。いくら無能とはいえ攻撃位は出来るんでしょうね」
「いや~ん、あたしぃ怖いぃ。嘘です、暗いのに物凄くこっちを睨んでいるのは伝わってます。でもどこ狙えばいいか分かんないし~」
緊張感の無い馬鹿は、これだから嫌いだ。
余計な事ばかり話す癖に一番大切な事は、後出しなのだから。
確かにどこに相手がいるか分からない。
こちらとしてはいつ何が起きてもいいように戦闘準備をしておくしかない。
それをわざわざ言わなければならないのが面倒だが、どうやら彼女には頭が付いていないようなので仕方がない。
口を開きかけた時、突然ここら一帯が明るくなった。
「ほら、どうよ! 流石先輩でしょ!? これで~森も~怖くない~! そして~君も~あたた~か~い~!」
「このバッ……!」
自慢げに両手の先に炎を集めて大きな明かりを作っているが、これでは明らかにこちらを狙っている相手に自分の居場所を知らせてしまう。
罵倒よりも先に、自分たちの周りの木々の陰全てから動き出したものを見るのが先だった。