第百三十一話 兄弟のハナシ
毒舌のクロスに案の定興味を持った甲斐は、彼を見かける度に声を掛けるが、ビスタニアと違い難攻不落のようで無視をされ続けていた。
彼女の情報によると、どうやらエルガとフルラと同じ月組になったらしい。
今も朝の日課となった挨拶をしに、わざわざクロスとその友人の席に行っているがやはり駄目だったようだ。
その様子にビスタニアがクロスへ同情の眼差しを向けているのが見える。
第二の犠牲者とでも思っているのだろう。
「ふい~、あの頑な具合……たまらんね!」
「ど、どうしてそんなに嬉しそうな顔してるの……? 早く食べないと~!」
「全く、よくやるわよ。仲良くなりたいの? アレと?」
「ん?いや、手懐けたいだけ。相手が獰猛ならその分達成感がさ……」
フルラはその言葉によく分からないといった顔をしていたが、甲斐が楽しそうなので気にならないようだ。
「お帰り、諦めないね。でもクロス君に友達は出来たみたいだね、やっぱり僕らがお兄ちゃんの友達だから嫌なのかな?」
「そうだとしても、この天使の様なカイに挨拶をされて無視するなんて……! シェアト、弟君は何か悪い物に憑りつかれているんじゃないかい!?」
「知らねぇよ……。おい、俺先行くわ」
―――そんな事を言われても、困る。
―――あいつといつから仲が悪いかという質問はもっと困る。
気が付いたら、としか言いようがない。
本当に小さい頃は一緒に遊んでいた気もするが、変わったのはあいつだった。
勉強ばかりするようになって、やることなす事に細かく苦言を呈するようになった。
そんなクロスがいつしか疎ましくて、口を返す様になった。
ようやくなりたい物を見つけて、勉強をするようになった時にあいつはどこか面白くなさそうだったのは覚えている。
ここに合格したと言った時、両親は死んでしまいそうな程喜んでいたがあいつは相変わらずの鉄仮面っぷりで言った言葉は『いつ出て行くの』だった。
結局入学前に、大喧嘩をする羽目になったのもあいつのせいだ。
何がそんなに気に食わないのか分からないし、あんな性格になったのも何故かは分からない。
このまま一生、平行線で生きていけばお互いに嫌な思いをしなくて済むと思っていた。
交わらなければ、顔を合わせなければ。
もしかしたら、今が思春期だから。
もしかしたら、お互い時が立てば笑い合えるかもしれない。
だがそれは、今では無いんだ。
こちらがいくら歩み寄ったって、あいつがあの調子じゃ無理だ。
口を返されたらイライラするし、あいつの方が頭が良いんだから結局ぶん殴りたくなってしまう。
「なんでここなんだよ……。くそ……」
弟の受験があるのは知っていた。
どこを受けるのだろう、もう結果は出ているのだろうか。
なんとなく気にはしていたが、年末に帰って聞いたところで口を開けばまた生意気な事が帰って来るだけだと思っていた。
それでいいと、そうやって距離を保って生きて行くのだと思っていたのに。
クロスは本当に、何も考えずにここを受けたのかもしれない。
それこそ、兄がいるなど忘れてしまっていたかもしれない。
そう考えると平常心を保ちきれない自分が、酷く小さく思えた。