第百三十話 大物新入生
「どういうつもりだよ……、聞いてねぇぞ!」
平常心を失い、誰の言葉にも耳を貸さなかったシェアトは食事が終わると、周囲の制止も聞かずに新入生達の席へ行き、クロスの腕を引いて無理やり立たせると太陽組のロビーまで連れて行ってしまった。
何か問題が起こってはいけないと、まだ食べ足りなそうな甲斐を説得してその後を追いかけてきたが、やはりシェアトは、もうクロスの胸倉を掴んで壁に押し付けていた。
「……聞いてないも何も。年末に帰って来なかったのは兄さんでしょう」
シェアトと見比べると、確かに似ているがクロスの方が幼さが目立つので可愛らしい顔立ちをしている。
しかし、兄に乱暴されているこの状況にも全く動じていないようで眉すら動かない。
答えるその声は、思ったよりも低く特徴的で時折掠れていた。
「なんでわざわざここを受けやがった……? 何しに来たんだよ」
「……わざわざ、ねぇ。僕の魔法の才能のおかげで世界最難関校を狙えた、というだけの話なんだけど。それ以外に何も理由は無いですよ?」
「シェアト、手を放して。ほら、他の新入生も驚いちゃうから……手遅れかもしれないけど」
間にルーカスが入り、ようやく手を放したがシェアトはまだ怒りが鎮まらないようだ。
どうにもこの状況では、シェアトが弟を一方的に嫌っているようにしか見えない。
エルガはいつも通り揉め事には我関せずという姿勢を貫いている。
「大丈夫かい? 僕達、シェアトと同級生で仲良くしてるんだ。僕はルーカス、あの金色の髪がエルガ。後ろの女の子達も同じで、ピンクがフルラ、黒がカイ、こげ茶がクリスだよ」
「へぇ。兄さん、 偽善者と仲良いの? 意外だな、へらへら笑う事なかれ主義は嫌いなタイプかと思ってた」
ルーカスの笑顔にヒビが入る音を聞いた気がした。
その中で一人笑い出したのは甲斐だった。
「これが前言ってた弟か~。いや、いいキャラしてんね。シェアトと馬が合わないの良く分かるよ。よろしく」
「それはどうも。もう行ってもいいですか? 低俗な人達と関わっていると、今後の僕の学校生活に支障が出そうなので」
とうとう怒鳴り声を出したのはシェアトではなく、クリスだった。
「シェアト、貴方のお家はどういう躾をしているのよ!?」
「うわっ、 ケバいなぁこの人……。朝の化粧に命かけてそうですけど、その時間をもっと別の方面にかけたら良いのに。まあ個人の勝手ですから、僕にとっては無駄な事でも貴女にとっては意味があるならそれでいいんでしょうね。関係無いんでどうでもいいですし興味無いですから、弁解とかしなくて結構ですので」
今度はクリスの手がクロスの胸倉を掴みそうになったが、ルーカスに止められた。
新入生は深夜に組分けが行われるので、今夜は好きな寮で眠れるのだがクロスは太陽組のロビーから出て行こうとしている。
「別にどこ行こうがそれこそどうだっていいが、先輩として一つだけ言ってやる。お前ら新入生はどの組の寮でも今夜はいいんだぜ。知ってるか?」
「……はぁ、僕は兄さんと違って人の話を聞けるので知っています。貴方と同じ寮で寝たくないから出て行くんですよ。それにしても、この先輩達を見てるとこのフェダインも大した事無さそうでがっかりです」
そう言って出て行ってしまった後、シェアトは壁を殴り、クリスはシェアトの背中を殴り、ルーカスは笑顔のまま固まっていた。
意外な事に甲斐は苛ついてはおらず、いい笑顔で三人を見ている。
被害を受けないよう甲斐の後ろに隠れていたフルラはその笑顔を知っていた。
それはかつての、つんけんしていたビスタニアに絡んで行く時の甲斐の顔と、同じだった。
一人壁に寄り掛かり、本を読んでいるエルガは一度状況を見てまだ落ち着きそうにないと判断すると、金の瞳は細かな文字を追い掛け始めた。