第百二十九話 お久しぶりです
年が明け、授業が始まり、前と同じように人が揃い、食堂も廊下も混み合う日々が続いていた。
いつの間にかビスタニア達は自然と別のテーブルへ座るようになってしまったが、挨拶は交わすのが習慣となったので甲斐は良しとしているようだ。
そうしている内に上級生の卒業式典も行われたのだが、下級生は参加しない決まりがあるようでその日は一日各教室で自習だった。
三年生はそっと卒業していった。
それぞれの道の門が開き、進んで行くのを許されたのだ。
考えてみれば上級生と関わる機会がほぼ無く、見たことがある人物はいても、名前など一人も知らない。
もし、関わりがあったなら何か思うところがあったのかもしれない。
人が、少なくなったのは良く分かった。
それも食堂に行って思っただけの感想だった。
そして今年から、最上級生となった自分は流されているだけな気もする。
とりあえず目の前にある課題や授業をこなしてみるもののその先に『未来』が自分にあるのか、分からなかった。
そして、自分もきっと下級生からしたら名も知らぬ先輩として卒業する事になるのかもしれないと思うと酷く寂しい気もした。
そもそも卒業が出来るのかどうかも、出来たとしてもこの学校から出られるのかもまだ分からないのだが。
「はあ……忘れてたわ。この後、新入生入学式よ」
「うっわ、マジかよ。長いんだよな、あれ。一人一人名前呼んでくんだぜ……。腹減ってんだよこっちは」
「まあまあ、僕らが入学した時だって先輩達はこうして待ってくれていたんだし。今度は僕達の番だよ」
だらしなく椅子に沈み込むシェアトをクリスが睨み、ルーカスが袖を引いて姿勢を正すように促す。
「なんか昨日の朝、ランランが言ってたよね。やっぱどこもそうなんだ。でも夕食時っていうのびっくりだけど。授業潰してやってくれたら喜んで迎え入れるのに。なんでこう恨み買う真似するかね」
「授業を潰せないから夕食の時にやるんだと思うよぅ……。お茶菓子なら今の内に食べられるから、頑張ろうよぉ……!」
「一人一人名前を呼ばれてからの入場だから、尚更長く感じるよね。カイ、どうしても退屈になったら僕のこの美しき姿を見つめているといい! さあ、始まるよ!」
ランフランクがテーブルの前へ立ち、挨拶を述べる。
テーブルの上は綺麗に天使達によって片づけられてしまった。
「皆の後輩となり、意思を継ぐ者が今夜これから入学する。精一杯の敬意と愛情を持って接してほしい。そして今、緊張しているであろう彼・彼女らが安心できるような雰囲気を少しでも作ってもらいたい。では、一人ずつ名を呼ぼう」
とても幼い顔つきをして、まるで本当に子供のような子が入場しては新入生専用となっている教員達の方に用意されている席へ向かって行く。
完全に興味を失い、女子の名前の時だけやけに大きく拍手をするシェアトにクリスは冷ややかな目線を送っている。
しかし、シェアトの様子はここで一変する。
名を読み上げたランフランクを驚愕の表情で見たのだ。
それはルーカスとエルガも同じだった。
「な、何よ急に!? 言っておきますけど、空腹が我慢出来ないからって校長に発言しないでちょうだいね。一緒の席の私達が恥ずかしいわ」
「しねぇよ、なめてんのか! 違ぇよ、今……なんか校長が……まさか、そんなわけ……」
「いや……僕も聞いたけど……。……偶然じゃないかな……?」
「それは、この後分かるはずだよ……来た。どうだい?」
三人が何をぼそぼそ話しているのか、聞こえなかった。
うたた寝をしかけていた甲斐は、三人が食い入るように見ている新入生を見た。
くしゃりと毛先の遊んでいる黒髪に灰色の瞳、背は高い方だが細く、顔立ちは整っており、周りの新入生と比べると非常に大人びている。
「マっジっかっよっ! あいつ……!」
「しぇ、シェアト君! 静かにしないと怒られちゃうよぉ!」
「ちょっと、座って! 一人で大興奮してるけど、なんなの? パンツ姿だけど女子なの?好み!?」
「もう、いい加減に教えなさいよ! さっきからなんなの!? 知り合いなの?」
女子全員に責められて椅子に落ちるように座ったが、シェアトは頭を下げて両手で抱え込んだまま黙ってしまった。
そして髪の毛を握りながら、弱々しく言った言葉に、このテーブルにいる全員が新入生を再度よく見ようと色めき立つ事になる。
「……知り合いならどれだけいいか! ……クロス・セラフィム ……あいつ、俺の弟だ!」