第十二話 編入決定
「おや、これはこれは。そう、若さは見せつけたくなるものだったな」
部屋に入ると杖を体の中心に置き、揺り椅子に座っている男性がいた。
鼻の下に髭を蓄え、七三分けにしたロマンスグレーの髪がよく似合う、癖になる渋さを残した声。
甲斐の服装を見るとからかうような声で笑う。
目尻には柔和なしわがあり、青みがかっている灰色の瞳にはなんともいえない威厳があった。
白地に黒色のチェック柄の上下セットのスーツを着こなしており、スタイルもしっかりとしている。
「校長、彼女は……」
校長の目の動きで、ギアは制止される。
甲斐に視線を移すと、更に目尻を下げ、揺り椅子を揺らした。
思っていたよりも若いが、仕草や雰囲気が非常に丁寧で独特の流れを作り出している。
広く丸い部屋、天井は高く上には輝く月が大きく輝いている。その高さに合わせてそびえ立っているのは壁一面の本棚だった。
様々な色と形のキャンドルが上へ下へとまるで波に浮いているように漂っている。
「初めまして、カイ……トウドウです」
「会えて嬉しいよ、カイ。私はランフランクだ……まだ会ったばかりだ。敬称を付けてくれても構わない。もちろんニックネームも大歓迎。ただ、もし考えてくれるならキュートなものにして欲しい」
握手を求めるランフランクに応えると、彼はウィンクをして冗談めかした。
そしてまた一定のリズムで揺れながら、両目を閉じてしまった。
「あの……!」
「元の世界に戻りたいか?」
何も言ってはいないが、ランフランクはどうやら全てを知っているようだ。
ギアは甲斐の隣でそっと彼女の様子を伺うと、やはりどこか緊張しているように見えた。
無理もないだろう。
ランフランクについて何かしらの情報を先に伝えてあげたら良かったのかもしれないと後悔した。
「そうですねー、ランランならなんとかできます?」
反射的にギアが甲斐の頭を、手の平で切る様に殴った。
「えっ……おま、えっ……? 冗談……冗談ですよ? 校長は、冗談を言ったんですよ?」
「えっ。ニックネームはワイルド嗜好だったってことですか? 濁点多めとか?」
ギアはまるで話にならない甲斐から視線を外した。
「もう……この……馬鹿野郎ですね……。校長、失礼を……申し訳ございません!」
「いやいや、構わんよ。ただそのニックネームは少しキュートすぎやしないだろうか。さて、本題に戻ろうじゃないか。カイの期待にお応えしてあげたいのは勿論だ。しかし、残念ながらこの世界で君を元の世界に戻す事が出来る者は君以外にいないと断言できよう」
「ん?あたしが戻ろうと思えば戻れるってこと? ……ですか?」
「君がそれを意識的に出来るのであればそうだろう。カイ、君がいた世界がどこかは私達には分からない。だからこそ難しいといえよう。もし仮に方法が存在しても、君の来た世界がどこにあるのかは誰も分からないだろう」
結局のところ、甲斐はどうしたらいいのか分からなかった。
戻れない、と言われてもこのままではどうしようもない。
「じゃあ、あたしはどうしたらいいですかね……? 何やらさっきこのジャケットを貸してくれた生徒が校長先生なら統制機関がどうこう言っていたんですけど、そこに連絡したらなんとかなるんですか?」
「カイ、カイ。よくお聞き。君が思っているほどこの世界は君が知っている世界からかけ離れたものではないだろう。多少は違う部分があるかもしれないが。我々人間は、目に見えるものや根拠が伴うものを信じる。逆に不確かなものに対しては排他的である。それは何故か。恐れるからだ」
ランフランクはじっと甲斐を見つめている。
何処か懐かしいような、そう、これは幼い頃、両親に心配をかけた時に見た目だった。
「そしてそれは時に知ることに対して臆病になる。それが今のこの世界だ。我々は魔法を扱える。だが、異世界に対しては存在を認めてはいないのが現状だ。他の世界があり、行き来が可能になった場合に起こり得るリスクがあまりにも大きい」
「じゃあ、この世界では異世界への戻り方どころかあたしのいた世界の存在自体が認めてないってことかあ……。うーん……」
「だから、こちらへ来た君ならもしかしたら何かのはずみで元いた世界へ戻れるかもしれない。ただ私も努力はしてみよう。それまでは編入生としてここにいるといい。部屋も用意しよう。不安はあるだろうが、それがどうにもならない時は今はそれを考える時ではないということだ」
ほんの一瞬、ギアへランフランクが目配せをした。
この決定への異論など、あるはずもない。
「おっ、ありがとうございます! じゃあ、しばらく学生として頑張っちゃおっかな。服と靴も用意してもらえたりします?」
「問題ない、何か困ったことがあれば私でもいいが先生方にも君のことを話しておくから頼るがいい。……その上着を貸してくれた生徒も事情を知っているのだろうが、あまり他言しないよう言っておくように。それは君の為でも、相手の為でもある」
「ほいほいっと。んじゃ、遠慮なく戻れるまで存分に遠慮なくお世話になりますね! よろしくお願いしまーす!」
ぺこりと頭を下げた甲斐に、ギアはとんとん拍子で話がまとまった事に驚いていた。
「そ、それでは、私は食堂へ戻っています。後からいらっしゃいますか?」
「そうだな、カイの今の格好は青少年に少し刺激が強すぎる。服を用意してから共に向かおう」
流れが一段落した所でギアが退室して行った。
ようやく自分の身の安全を確保できた甲斐の口から思わずため息が漏れた。