第百二十八話 無事に年が越せまして
甲斐に連行されて来た二人はエルガに見張られているシェアトに愕然としていた。
完全に彼の目の色は変わっている。
「……なんだ、まだ終わらないのか。言っておくが太陽が一番課題が少ないんだからな」
嫌味すら聞こえていない様子で、シェアトは必死にペンを走らせ続ける。
「あちゃー、予想以上にシェアホだったか……」
「もうそんな時間か……あと少しだしここらで差し入れでも食べようか。カイ! 僕の為に持って来てくれたんだね! ありがとう!」
エルガは意気揚々と立ち上がり、当然のように甲斐の背に手を回す。
「うわ、こっちはもっとアホだった。もう八時になるよ、もう諦めたら? まだ休みもあるし、そんな根詰めてやらなくてもいいんんじゃない?」
「いや、こいつはここで止めたらきっともう手を付けなくなるぞ。やらせておけ」
「ビスタニアの言う通り、あと少しなら尚更やってしまった方がいいね、暖かく見守ろうか」
食料を別のテーブルに広げ、久しぶりに顔を合わせた四人は話出した。
全くこちらの様子が目に入っていないシェアトは、一時間後にようやくふらつく足取りで椅子を引き寄せて参加して来た。
「もう知らねぇ……。完成したけどなんか文書いてるうちに途中からタメ口になってったし、終盤には段々文字でかくして字数を稼いだ……。これ以上は俺には無理だ……」
それは幅が取れただけで字数は稼げていないと、一同が思ったがこの短時間でやつれた彼にそんな事は言えそうになかった。
今度は一心不乱に食べ始めたシェアトに、甲斐は肉類を取り分ける。
「さあ、お食べ。あらあらそんなにがっついて!」
上品に笑うふりをする甲斐にウィンダムがノリを合わせる。
「おやおや、可愛いペットですね、何歳ですか?」
「十七歳ですの、来年で十八ですわ。おほほほ」
二人が始めた茶番劇に、ペット呼ばわりされているシェアトは口に物を詰めたまま話し出した。
「ふぉふぁふぇふぁ、ふっほほふふぉ!」
「おい、躾がなってないぞ。飼い主ならしっかりしろ」
今度はなにやらバタバタとロビーの外がやかましい。
そして数人の話し声が近付いて来る。
何かあったのだろうかと、全員ドアを見ているとクリスが後ろを向きながら入って来た。
その後ろにはフルラとルーカスがいる。
「もう、ここにもいなかったら許せないわ! ……いたわ! 許すわ!」
「クリスと愉快な仲間たち! なんで!? 戻るのは最終日じゃ!?」
てこてことフルラが駆け寄って来た甲斐に抱き付く。
その上からクリスも覆い被さるように抱きしめた。
ルーカスはシェアト達の座るテーブルへ向かうと、三人分の飲み物を注文する。
少し居心地の悪そうなビスタニアの肩に手を乗せ、席を立つのを止めるとウィンダムに目で挨拶をした。
「どうしても気になってね、 このメンバーだけ残すと胃に悪いって発見できたよ。家族とも随分ゆっくり過ごせたし、早目に戻って来たんだ。あの二人も同じだったらしくて、驚いたよ。で、三人を見つけるのにあちこち回ってたってわけ」
きゃあきゃあと楽しそうな女子達の声の中、異色の組み合わせとなったテーブルは案外話が弾んでいるようだった。
クリスはビスタニアがいるのを見て、少し困ったような顔をしていた。
しばらくすると、確かに他のメンバーよりもビスタニアは必要以上には話さないが出来る範囲で普通に接しようとしているのが分かり、クリスも開き直る事にした。
多目に取ってきたつもりの料理も、それぞれの冬休みについて話している内にあっという間に底をついた。
そしてカウントダウンイベントが始まる前に、ビスタニア達の見つけた名所へ皆移動する。
眠そうなフルラのおさげを甲斐が何度も強く引っ張って起こしていた。
「さーん!」
よく通る声でクリスからカウントを始める。
「にーい!」
アルコールが入っていないので、今日は元気そうなシェアトが引き継ぐ。
「いち!」
そして甲斐がジャンプしながらラストの声をあげた。
イルミネーションは点灯しなかった。
不思議そうに甲斐がビスタニアを見上げると、校舎を見たまま甲斐の頭をぐきりと同じ目線に戻す。
何か、線の様な光が空へ向かってどんどん昇って行く。
そして、ぱっと輝いたのは大きな芯菊が夜空に輝き、体の底に響き渡る花火特有の音がした。
「ハナビ! 私、初めて見たわ! 凄い! こんなに形があるのね!」
「私も初めてっ……音がちょっと怖いかも……。でも、綺麗だねぇ!」
フルラとクリスは身を寄せ合って感動を共有している。
「へぇ、校長の魔法かな。凄いね、空一面に上がるなんて」
「はあ……なんか開放感が凄いぜ……」
「おっと、今回は寝たとしてもここに埋めて行くよ。それが嫌なら起きてて貰おうか」
「なんでわざわざ埋めるんだよ! せめて放っておけ!」
「うるさいぞ! 年が明けたというのに早速これか!」
「またまた~、ナバロったら~! それも嫌いじゃないく・せ・に~」
「やっぱり大勢で見ると一味違うね。いいものだ、こういうのも」
一つの花火が夜空に飲まれる度に、次の花が咲き誇ろうと根を伸ばしていく。
八人のシルエットは花火が消えると雪の上で同じように消え、そしてまた花が咲くとその姿を映し出していた。