第百二十七話 『君の為に生きたい』
「……なぁ、エルガ」
「なんだい?はいこれ、残りの課題に使える資料。 ああ! なんて僕は気が利くんだろうね! 自分でもたまに恐ろしくなるよ!」
上を見て得意げに笑っている彼に、どう切り出すか。
しかし、考えても彼のペースに飲まれてはタイミングなど一生来ないだろう。
「あいつの事、本当に好きなのか?」
回りくどいのは自分らしくないと、直球勝負に出たがエルガは動じない。
それどころか小気味よく笑った。
「シェアト、君の口からそんな疑問が飛び出してくるなんて思いもしなかったよ! 急にどうしたんだい?」
「……いや、俺もふと気になっただけなんだ。悪い、そんな突っ込んで聞くとか、詮索見てえなコトするつもりじゃなかったんだけどよ」
呼び鈴を鳴らして紅茶を頼むと、足を組み替えたエルガは寂しそうに笑う。
正直、人の恋愛事情などどうでも良いと思っていた。
しかし、彼の場合はどこか、何かが違う気がした。
「そうだな、最初はね、ちょうどいいと思ったんだ。最低だと、罵ってくれて構わないよ。女子達のアピールに一々反応するのも、いい加減面倒になっていたし、カイに夢中になっていればその内諦めるだろうと。彼女は他の子と違うだろう?僕の言葉を真に受ける事もないし、もし女子達の反感を買ったとしても打ち勝てるだろうし」
「……隠れ蓑かよ。俺も言えた立場じゃねぇけど、お前も中々性格悪いぜ」
思わず舌打ちが出た。
エルガに紅茶を持って来たお手伝い天使は、舌打ちをされたと思ったらしく、シェアトに嫌な顔をして消えて行った。
「ただ、段々と彼女と一緒にいる内に惹かれたのは本当だよ。誰にでも真っ直ぐで、それでもどこか飄々としているカイには一種の憧れに近いものなのかな。彼女といると、何でも出来るような気がしてくるんだ。おかしいだろう、僕はそんな理屈に合わないような事を割と本気で考えているのさ」
「ま、あいつは特殊だからな。でも、あのピンバッジ……サカサソウだろ」
「これまた意外だな、君も知っているなんて。ルーカスは知ってそうだと思っていたけれど」
――『サカサソウ』
枯れる前に花全体が一回転してからぽたりと落ちる、白く大きい花だ。
それは昔から男性から女性に一輪で贈られる。
落ちる回転の向きが右ならば来世でまた出会い結ばれ、左に回れば結ばれるのはこれが最後という占いじみた言い伝えがある。
なのでその最後を見る場合は鏡に映し、左回りを回避した。
鏡の世界だけでも右回りになればその世界での自分達は幸せだと悲しみを紛らわせたという。
シェアトの家の庭にも小さな頃から植えられており、母が好きな花だと言っていたのを聞いていた。
そのサカサソウの花言葉は『君の為に生きたい』だ。
エルガが何も知らずに贈るはずもないと分かっていたが、贈られた本人こそ何も知らないのではないか。
「悪かったな、意外と博識で。……俺が聞きたいのは、そんな過程の話じゃねぇよ。最初から本気であんななら悪い魔法にでもかけられてるだろ。なんでこの前のクリスマスの時、それこそ告白しなかったんだよ」
小さく声を出してエルガは笑う。
しかし、その目は全く笑ってはいなかった。
「僕はね、シェアト。終わってしまう事は始めない主義なんだ。きっとそれは、とても虚しい。カイに送ったサカサソウは回らない、それでいいんだ。回らずに、落ちる花があったって」
彼はそう言うと紅茶を飲み干して、にこりと笑った。
今見たあの瞳は、気のせいだったのだろうか。
暗く淀んだ何かに包まれたような気がした。
「さて、君の課題は僕が出て行った時から何一つ進んでいないようだけど。これはつまり部屋で一人寂しく年越しを希望しているという現れかい?皆で年越しなんてやってられないぜ、と?ほほう、思春期万歳だね!」
「い、いやこれはもうあいつの丸写しした方が早いだろ! 俺達も仮眠取った方が……」
「へぇ? テーマも同じで中の考察も同じレポートを提出して『お前達もう結婚したらどうだ?』とか言われて照れたいっていう魂胆かい?そんなレポートがまかり通ると思っているのかい!? ほら、早く書き上げて!」
結局、甲斐が起きて来た午後六時になってもシェアトは机に噛り付いている事になった。
年が明けるまであと六時間、彼の課題はあと一つだ。