第百二十六話 花の意味を知っているか
「終わっ……た……。もう……途中で泣きたくなった……多すぎるよ……。完全に先生共、生徒の事嫌いなんだと思う……」
課題を年末当日に仕上げ終わった甲斐は机に伏したまま、動く元気すら残っていないようだ。
しかし、組が違うエルガのおかげでこの速度で仕上げられたのは確かだった。
一方で集中力の無いシェアトはまだあと二つ、重量感のある課題が残っている。
ここ数日は宣言通り、ビスタニア達と食堂でも会う事が無くなった。
恐らく彼らも課題の他に、勉強をしているのだろう。
甲斐達の手伝いで使った資料を戻す為、知書室へ行っているエルガは信じられない事にとっくに全ての課題を済ませていた。
「んだよ、一抜けした奴がぐだぐだ言うんじゃねぇ。……お前さあ」
「何……? 今うざったい事言ってきたら一生残る傷を付けてやるから……」
「なんだその恐ろしい宣戦布告は。いや、それ……」
だるそうに体を起こす彼女の襟元に輝くサカサソウをペンで指すと、彼女の目線がピンバッジへ動いた。
それで、と言いたげな顔をされ次の言葉を選ぶ。
ビスタニア達からは四季に合わせて植物が変わり、天気によって天候が変化する箱庭を貰ったそうだ。
机の上に飾っていると自慢していたが、彼らがプレゼントなんて気が利く事と共にお手製だというのにも驚いた。
そして、彼女へのプレゼントを何も用意しなかった事を、ほんの少しだけ後悔した。
クリスマスの翌日から甲斐のジャケットに付いているピンバッジ。
これはエルガから貰った物だという。
彼ならやりそうだとも思う反面、サカサソウを選んだ事が引っ掛かる。
彼女は花の意味を知らないのだろう。
そう、知るはずもないのだ。
「……お前、告白とかされたのか? まあ、毎日がそんな感じだから今更かもしれねぇけど」
「……そうか、課題が辛くて頭がますます変になったのか。かわいそうに……うう……」
「なんでだよ、真面目に聞いてんだろうが!」
「……あたし、エルガに一言だって好きだなんて言われた事ないけど。戯れ言はいつも言ってるけど、あれは違うでしょ。ていうか聞いてどうしたいの、君は?」
こっちこそ大真面目だという表情で、真っ直ぐに目を見て来る彼女に何も返せなかった。
言われて、気が付いた。
確かにエルガは甲斐にふざけた事は日課のように言ってはいたが、重要な部分を抜かしている。
自分の気持ちにはこれまで触れていなかった。
それに、実戦で甲斐とビスタニアでペアになった時も嫉妬さえ見られなかったし、いつものように笑っていただけだ。
その反応は、普通なのだろうか。
こうなると、分からなくなってきた。
甲斐の言う通りだとも思う。
例えば甲斐がエルガに告白されていたとして、だ。
それを聞いてどうしたかったのだろう。
興味本意だったのだろうか。
「いや……、別に。……その花、サカサソウって……」
「戻ったよ、シェアトまさか君カイを口説いたりなんてしてなかっただろうね? そんな勇気は君には無いと信じているよ!?」
音を立てて開かれたドアに、思わず体がびくっと動いてしまった。
カイは椅子の後ろ脚でバランスを取りながら、適当な返事をして立ち上がった。
「あ~……だめだ、最近寝不足だったから……。ちょっと寝て来る。今日は年越しだから仮眠取んないと寝ちゃいそう。エルガ、助かったーありがとー。 後はその問題児、何とか頼みますよ!」
体を伸ばしながら寮に戻って行く甲斐を見送りながら、エルガと二人ロビーに残されたシェアトはペンを置く。
ちょうどいい機会だと、思った。