第百二十三話 イルミネーションマジック
「そうだ、これ忘れない内に渡しておくよ。ちょっと早いけど、メリークリスマス」
シェアトの口にシャンパンボトルを突っ込んだまま、無理強いしている甲斐にそんな無茶な姿は見えていないかのようにウィンダムは自然に話し掛ける。
誰しも生贄の悲鳴が耳に入っても、助けようなどと思うはずも無かった。
持って来ていた食料の入った紙袋の中から小さな白い箱を取り出し、甲斐に差し出すと散々遊んだ玩具を捨てるようにシェアトから手を放した。
「えっ、えっ。いいの? ご、ごめんあたし何も用意してなくて……どうしよう。この髪を切り落として人形とか編んでみようか!?」
「はは、それは呪術の一つかい? 遠慮させてもらおうかな。それにこれは、僕とビスタ二アからだよ。お招き頂いたから、お返しなんて考えないで。急だったからお手製の物になってしまったけど、喜んでもらえると思うな」
そう説明する横で気恥ずかしいのか、急に目を閉じて頭を軽く揺らしながら狸寝入りを始めたビスタ二アと、微笑んで箱を受け取るよう促すウィンダムを交互に見ながら甲斐はようやく両手を差し出した。
箱は案外軽かったが、ここで開けてもいいものか悩んでいるとエルガが興味を持って近付いて来る。
「僕のカイに気を使って頂いて、すまないね! さて、僕もそのプレゼントの中身がカイのプライベートを覗き見るような物じゃないかどうか判断したいから、早く開けてごらんよ! さあ!」
「今、凄く犯罪者の思考回路に触れた気がした……。いや、これは自分の部屋で開ける! その方が楽しみが倍増するし! ナバロ、ウィンダムありがとう! 感想もちゃんと言うからね!」
「どういたしまして。さあ、そろそろ始まるよ。コートを着て、皆で外に行こう」
もう遅い時間だが、ウィンダムはいそいそと上着を着出した。
「おや? これから何が始まるんだい?」
「おっと、少し寝てしまったな。もうそんな時間か」
目が覚めた振りをしてコートを羽織るビスタニアと、ウィンダムは答えようとはしなかった。
エルガは完全に酔い潰れているシェアトにコートを着せ、自分も身支度をすると背に乗せて連れ出した。
あと数分で日付も変わろうかという間際に、五人は校舎全体が見える位置までどうにか辿り着いた。
背後には夜空よりも暗い森があり、時折風のせいなのか何かしらの気配を感じる。
熱を持った頬を冷ますこの冬の冷気が心地良い。
「さあ、目を逸らさないで……」
ウィンダムの妖艶な声色に聞き惚れ、次の瞬間に甲斐は思わず、息を呑んだ。
校舎全体から、一瞬にして灯っていた全ての明かりが消え去った。
そして一秒も待たずに、全校舎が色とりどりに光り、点滅する度に違う色となって空を照らした。
闇に浮かび上がる校舎は『Merry Christmas』と文字が流れ、リボンが巻き付く様子などを次々と見せ、楽しませる。
後ろの森の全ての木々が手前側から発光し始めたのも、同時だった。
白から電球色に輝き、やがて下から上へと流れるように輝いた。
「去年は急に部屋の明かりが消えたから何事かと思ったし、見逃したからな……。しかしまあ、中々の……」
一番騒ぎそうな人間の声が聞こえず、校舎を見たまま話し出してみたがエルガに腕を突付かれた。
彼が指差したのは甲斐だった。
口を両手で隠したまま、瞬きすらも忘れてこの光景をただただ目に焼き付けているようだ。
その様子はまるで、自分と見えているこの光景が違うのではないかと思うほどの反応だった。
これで多少は、誘って貰った礼が出来ただろうか。
きっとまた、今年もウィンダムと二人で部屋にいたら、去年同様このイルミネーションマジックが終わるまで待機していただろう。
どうせ中で使用する灯り関係全てが規制されてしまうので、若干鬱陶しく思いながらもわざわざ外へは出なかっただろう。
この校舎全てを見る事が出来るこの場所を探すのに、昼間の内にウィンダムと走り回って良かった。
被ってしまう館が出来ないように、下見をしておいて良かった。
ウィンダムも同じ思いだったらしく、後ろ手にて二人は拳を軽く合わせた。