第百二十話 イブってこんなに激しい始まり?
「イブだー! イブが来たぞー!」
太陽組の男子寮に向かって先程から叫び続けているのは、甲斐だった。
早朝五時過ぎにこうして殺されてもおかしくない事態を引き起こしているのも、クリスマスイブ当日だと興奮して早くに目が覚めてしまったというだけの自分勝手な理由からなのだが。
太陽組の前は月組だった。
もちろん、とっくにエルガは一発目の甲斐の大声で飛び起き、数秒で身支度を終えて爽やかに出て来るという偉業を成し遂げている。
いつもこうして甲斐が起こしに行けば早いのだが、普段は面倒だと言って起こしに行こうとしない。
「いいのかー! イブに追いつかれたぞー!」
「迷惑通り越して問題行動だぞテメエ……!」
ふらつきながらシェアトは目の下にクマを付けてようやく階段を下りて来た。
まだ太陽も昇っていない中、三人は外を歩いて行く。
特に甲斐も何をしようという訳では無かったようで、全く迷惑極まりない。
しかしエルガだけは非常に浮かれていた。
「まさか天使の呼び声で目が覚めるなんて! そして僕を一番に起こしてくれるなんて、カイ! 君が僕を大切に思ってくれている事はちゃんと伝わったよ!」
「ねぇエルガっていつ死ぬの?」
「クリスマスイブになんて事言ってんだお前は。……なぁ、お前スカートで寒くないのか?」
「す、スカートを脱げなんて君こそ一体なんて事を言うんだい!? 肉食系にも程があるよ!」
エルガはシェアトを思い切り突き飛ばした。
「逆になんか履けっつってんだよ俺は。なんでお前と友達やってんのか最近分からなくなるぜ……」
ぱしっとエルガの腕に雪玉が当たり、少し先で甲斐がガッツポーズをして雪玉を固め始めた。
ニヤリと笑うシェアトは走って彼女に近付くと、目の前で雪を蹴り上げ、浴びせかける。
ぎゃあぎゃあと二人が騒ぐのをエルガは一人遠目に見てから、白んで来た空を眩しそうに見つめていた。
ひとしきり遊んだ後に食堂に入った三人は漏れなく鼻をすすっていた。
自然とビスタニア達のテーブルへ座ると、二人は三人から冷気を感じた。
「な、なんなんだ! 貴様らの体はどうなってる!? それに他にも席があるのが見えないのか!?」
「おはよう皆さん、今朝は随分とお早かったようで」
からかうウィンダムの言葉に朝の騒音を思い出したのか、ビスタニアは更に怒り始めたが三人はそれに構っている場合ではなかった。
全員温かいスープを頼むと、カップを両手で包み込みガタガタと震えている。
「う、薄気味悪い奴らだな……。今日は何かあるのか?」
「言われてみたらクリスマスイブだ。まあ僕達は去年そんなの気にしてなかったよね」
去年二人はここで過ごしていたが、クリスマス当日に食事が妙に豪華なのでクリスマスを実感したという残念さだった。
それが寂しいとも思わなかったのは、一人じゃなかったのもあるがビスタニアの場合は楽しく家族でクリスマスパーティ等という思い出は物心がつくかつかないかの、幼い頃で終わっていたからかもしれない。
ウィンダムに関しては、未だに家族で仲良くパーティをしてプレゼントも用意していたりする家庭なのだが、ビスタニアを一人残して楽しむよりも部屋で二人勉強をしていた方がずっと安心出来るのだ。
校内の装飾も一か月近くクリスマス仕様なので、特別感も薄れてしまっていた。
「こ、今夜……だから……あばばばサムイ……」
甲斐に震える手でカードを差し出され、受け取ると『ビスタニア・ナバロ様』『ウィンダム・なんたら様』と書かれた二枚があった。
ウィンダムにも渡して裏面を見ると『クリスマス・パーティ開催!月組ロビー集合・午後八時から・参加資格は二品以上の食べ物持参』と随分と下線が多く書かれている。
ビスタニアは残りのシェアトとエルガにも配っている甲斐に、この緩みそうになる口元を見られないよう、咳をする振りをした。