第百十三話 重い扉・高い壁
「いやあ、一年ぶりに戻って来るとやっぱり新鮮だね」
屋敷と呼ぶに相応しい家が立ち並ぶ閑静な住宅街を歩きながら、ビスタニアと共に帰省しているウィンダムは白い息を吐いた。
去年も互いの実家が近所という事もあり、死にそうな顔をしていたビスタニアを気にしながら共に帰省した。
ビスタニアはその時も同じような雪景色で、特に何を話すでもなく、無言で並んで歩いた事を思い出していた。
ウィンダムが自分と同じ日程で帰省の予定を立て、戻る日も偶然と言いつつ合わせてくれている事を知っていた。
正直、クリスマスや年越しに大した思い入れも無いので、一人寮で過ごしていても全く平気なのだが、ウィンダムは昔から妙にその辺のイベントにうるさいのだ。
「……全く同じことを去年も言っていたぞ。……じゃあ、ここで明日の夕方に」
そう言ったビスタニアは、襟元から全ての縁に白いファーが付いた黒のロングコートと、赤い髪のコントラストが白い雪の中で良く映えていた。
一方で小さく手を振り、歩き出したウィンダムは丈が短めの暗いえんじ色のコートを着ている。
この二人はどこにいても見つけられそうな色のコートと髪色だ。
そしてぎこちなく笑顔を作るビスタニアに笑いかけ、ウィンダムも自宅へと向かって行った。
ビスタニアの顔色の悪さと、気の重さは相変わらずだったが、厳重な門の前で自分の名を名乗り開門させるとポケットから手を出して自然と姿勢を正した。
長いアプローチを進み、広々とした玄関ポーチに立つと胃が痛む。
しかしここにいても話は始まらないのだ。
心構えをしないまま完全に勢いでドアを引いてしまった為、玄関前まで響いている低音の声が耳に入り思わず落胆する。
「(……父さん……もういるのか……)」
コートを脱いで手に持ち、制服のタイをきつく締めて声のしていたリビングへと向かう。
広い廊下も、飾られている幸せそうな笑顔を次々に振り撒いている女性の絵も、どこか寒々しく感じた。
玄関のドアよりも重く感じる両開きのリビングに通じる扉を押して開くと、中は変わっていない。
大きなシャンデリアが不規則に揺れ、黒い壁に美しい放射線状の光が模様として現れている。
三人以上が座れる革のソファ、その中心に座っているのは、父だった。
銀色の髪は腰ほどまで長く、黒い金属の筒状の髪留めで頭の下で一つに纏めている。
ちらりともこちらを見ずに、立体映像での通話をしていたようでドアが開いたのに気付くとすぐに切り上げてしまった。
「も、申し訳ありません……。只今、戻りました」
ようやく、目だけがビスタニアを捉えた。
かなり低音で、どこか冷え切っている声色は聞く者を緊張させる。
「成績は今回も上がらないな、何故だ? ん?」
「……申し訳、ありません。自分の……努力不足です……」
「ならば何故、努力をしない? 原因が分かっているのに何故対策を練らん? 去年は私に何と言ったか覚えているか? 自分の口で言ってみろ」
「……ナヴァロ家の恥にならぬよう、必ずや……」
もう、消えてしまいたかった。
これでもかという程頭を下げたまま、去年の思いと後悔と自分への怒りが渦巻いていた。
サクリダイスが立ち上がり、窓辺の花瓶に活けられた花を見に行ったようだ。
どうしても、あのミカイルとベインを抜かせない。
そして、どうあがいても自分以外を責める事が出来なかった。
息抜きもほどほどにしているし、授業にも真面目に取り組んでいる。
予習に復習だって欠かす事は無い。
それでも、追い付けないのだ。
自分のせいで今までのナヴァロ家の歴代の功績に傷を付けてしまっている。
首位以外の者など今まで一人もいなかったのだから。
ビスタニアの顔の横を、花瓶が横切って行った。
後ろのドアに当たり、粉々に砕けたが何が起きたか分かったのは、跳ね返った破片が頬に当たり、鋭い痛みを感じてからだった。
熱を持った頬に触れると、指が赤く染まった。