第百十二話 本気×鬼ごっこ
その後の四人はかなり忙しかった。
まず、遅れたが昼食を食べに食堂に入った時だった。
教員の席から顔を数倍に腫らしたストゥーがこちらに向かって、椅子やテーブルにぶつかりながら女子生徒にも謝りもせず、なりふり構わず走って来たのだ。
これには甲斐を除いて心当たりのある三名は驚いたようで、阿吽の呼吸であの化け物は一体何かと聞いて来る彼女の背中を押しながら全力で逃げる事となった。
どうにか死ぬ気で逃げ切ったと思ったのだが、次に出会ってしまったのはクリスだった。
まるで獲物を探す餓えた獣のように左右前後を確認しながら歩いていた彼女は、四人を見つけた途端百面相の様に表情が変わっていった。
まずは甲斐がいる事に対しての喜びが全面的に出たのだが、即座に仮にも異性に対してする顔ではなく、獲物を見つけた邪悪な狩人の顔へと変貌してしまった。
まるでこの距離でも切り刻まれそうな程アウトローな雰囲気を纏ったまま、雪を蹴り上げてこちらへ向かって来る。
しかしここでさながら殺戮マシーンのような彼女が辿り着くのを黙って待っているようでは、甲斐を除いた三人は文字通り皆殺しにされてしまう。
再び再会を喜んで手を振ってる甲斐の馬鹿な目印の両手をエルガとシェアトで引っ掴み、再び走り出すしかなかった。
「おい見たかあいつ! あれ人間の出来る表情かよ!?」
「ははは……あれは完全にクールダウンさせるまで身を隠すか僕達が全力で謝るかしないと、怒りは鎮められそうにないなあ……」
「ルーカスもたまには冗談を言うんだね! 彼女が死ぬまで身を隠すのかい!? そりゃ名案だ! 見つからない自信はあるんだろうね!? それかむざむざ殺されに行く、なんて頭がどうかしたのかと思ったよ!」
エルガの息はまだ乱れていない。
甲斐はエルガと同じように何故か楽しそうに笑っている。
「あたしのいない所で人間が凶暴になるウイルスでもばら撒かれたの? なんでこんなに追われてるの? ね~え~?」
「話せば長くなるんだよ! それにあの二人の内、女の方は元からあんなだったから心配すんな!」
「ほ~、流石。土下座した人の言う事は説得力が違いますなあ」
走り続けて命からがら逃げきった三人と無関係な一人は近くにあった月組の寮へと休みに入った。
ロビーにはピンクの頭をゆらゆらと前後させながら、フルラが座ったまま眠っていた。
「あ、フルラだ。まだいたの? それとももう帰って来た?」
ぱっとその声に反応して目を覚ましたフルラは、甲斐を見るなり涙を溜めて抱き付いて来た。
ようやく静かに休めそうだと床にシェアトがあぐらをかいて座り、エルガとルーカスは椅子に座って呼吸を整えた。
「カイちゃんを待ってたんだよぅ……おかえりぃいい」
「……そうなの? ごめんごめん、ただいま。あたし汗臭いかも、離れろ。うりうりうり」
フルラに抱きしめられているが、甲斐はその匂いをこすりつけるように動く。
「あううう……ん? 汗臭いっていうか……焦げた匂いがするけど…。カイちゃん、本当に無事なの?お化けとかじゃない?」
「正直あんまり自信無いけどたぶん生きてる……と思う」
「嫌ね、カイが死ぬわけないじゃない! やあねえ、フルラ! 今から死ぬ予定なのはこの災いをもたらす馬鹿共よ……」
いつの間に入り込んだのか、クリスががっちりとシェアトの首とエルガの腕を掴んでいた。
「よ、よお! ちょっと見ない間になんか可愛くなったんじゃねぇか!? モデルかと思ったぜ!」
「そ、そうだね! クリス、君を見ていると女性は毎日美しさに磨きがかかっていくという事が良く分かるよ! 素晴らしいね!」
「あら、それはどうもありがとう。だから私をストゥー先生に紹介してくれたのかしら? 素敵な友人を持って嬉しいわ……本当に、誇らしいわね……!」
ゆっくりと退散しようとしていたルーカスの服を、二人はクリスから目を離さずに掴んでいた。
いくら振りほどこうとしても、離れぬその手は地獄から伸びているように見える。
あんなにも悲鳴が響き渡ったのは、この学校が創立以来初の事だったという。