第百十一話 おかえりなさい
そんな事が、あり得るのだろうか。
まるで入れ替わったかかのような、信じ難い事態が正解だとランフランクが無言で肯定する。
「私はもう一人のカイを見つけてしまった時にどうすべきか悩んでいた。それはもちろん、異世界から現れた君を守れないかという意味でだが。しかし、運命とは実に面白いものだ。ミカイルの言うように、彼女もまたどこかの異世界へ行ってしまったとしか思えぬ状態なのだ」
「えっ、あのスーパー甲斐ちゃんがどっかの世界へ!? ……あたしのいた世界じゃありませんように……。元の世界に戻った時に急に馬鹿になったと思われるでしょそんなん……」
着目すべき場所はそこではない、そう言いたかったのだがようやくシェアトは耐え忍ぶことを学んだようだ。
「観測者という、世界の動きを見ている者にも内密に依頼したが、彼女の消息は一切辿る事は出来なかった。さて、そこでだ。機関は結果を求めるが、逐一過程の報告は義務ではない。なので私は君を日本に行かせる事を決めたのだ」
「カイが消えない事を知った上で行かせたのは、少しでも時間を稼ぐ為ですね? この世界のカイが自宅にもおらず、止むを得ず戻らせた。探してみたら、彼女はこの世界から消えていた。その言葉は正しく、そこから機関の返答を待つことも出来るし、大元が消えたという事実に辿り着けば今いるこのカイはオリジナルとなるので消されずに済みます」
結論と、ランフランクが何を考えての行動か理解したルーカスはそれを確かめるように言葉を繋ぐ。
「考えは合っている。だが、理由はもう一つある。そうする事によって私が彼女に肩入れしていると思われるのを避けたかった。それは保身の為ではなく、信頼を無くし、この先機関がどう動いこうとするのかを私が知れなくなるのは非常にまずいだろう。……しかし」
椅子が足の着かない高さの為、ぶらぶらと前後に両足を振りながら大人しくしている甲斐を見て、ランフランクの瞳が優しい色を宿した。
「危険が無いとは限らなかった中で、一人行かせてしまう事になったのは申し訳無かった。すまない。一応君の行動全てはこちらで見守らせて貰っていたがね。無事に戻って来た事は本当に嬉しく思うよ。それにしても、君達の妨害が思ったよりも早かったのは計算外だった。ベイン、君の思考力が機関のかけた閲覧規制の上をいったのだ。これは胸を張っていいだろう。しかし、事情を話す訳にもいかなかった。許せ」
謝罪を受けた甲斐はそんな事よりも、自分の為に精一杯動いてくれていたという事実が間違いではなかった事が嬉しいらしく、頬を赤らめて笑っている。
褒められたルーカスは首の後ろを掻きながら、小さな声で謙遜していた。
「そして、ギア先生の事を悪く思わないで欲しい。彼は私の言葉に従っただけだ。君達の妨害を受ける前にカイを日本へ送る様にと言っていたのだが……やはり間に合わず、あの様な荒い真似に出てしまった。どうしても邪魔される訳にはいかなかったのでな。彼はまだあの時の事を気にしている、優しい心を持った人間だからな。顔を合わせたら普段通り接してくれるな?」
一同が頷くと、安心したようにランフランクは笑う。
その顔は、普段見せる事の無い一人の人間としての表情だった。
「セラフィム、君の素直な心と獅子をも恐れぬ行動力は友を導くだろう。そしてミカイル、その道が違わぬように常にそうして全てを疑う心を持っていろ。君は何も間違ってはいないよ」
今までの態度から一変し、照れ臭そうに目を逸らしたシェアトとぴくりと眉が動いたが髪の毛を全て後ろに流して妖艶な笑みを浮かべるエルガはもうランフランクに言う事も無いようだ。
「さあ、後は私が機関に難しい顔をして報告を上げるだけだな。君をうちで保護するという結論に動かすと約束しよう。機関からしても『カイ・トウドウ』という人物がこの世界に一人となっている今、君をどうこうしようと動く理由はないはずだ。いるはずのもう一人の君が何処かへ行ってしまっているのは心配ではあるが、最初に言った通り私は生徒を守るのが務めだ。そして今回はカイ、君という大切な生徒を守る事が出来た。この先もこの世界が君にとって暖かいものであるように、私は力を尽くそう」
目の奥に、熱さを感じた。
この気持ちを何といえばいいのか、ランフランクがシェアト達に無茶をし過ぎないようにと苦言を呈している間に心臓の音がこの部屋全体へ響いているのではないかと心配になる。
「ありがとう、ございます」
しっかりと立って頭を下げる甲斐に続き、三人も直立して声を揃え、頭を下げた。
ランフランクは口元が少し緩んでいたが、皆が顔を上げるといつもの威厳のある校長へと戻っていた。