第百八話 帰ろうか
いくらドアを叩いても反応が無く、開くのを待たずにシェアトは二人が何か言う前にドアを吹き飛ばしてしまった。
そして随分と視界の良くなった玄関を入った右側にある階段の真下に、白く強力な魔方陣があるのと、そのたった一段上で甲斐がスカートの裾を両手で握りしめたまま硬直しているのを発見した。
「カイ! ……あー、ドアはどっかその辺のドア外してここに付けりゃいいだろ」
「まっったく! 君は何てことをしてくれたんだい!? 僕の印象まで悪くなってしまう! ああ、お母様やお父様はご在宅かな? 僕が一つ、謝罪と少しばかりお話をして来よう!」
「二人共! 言語共通魔法が校内から出たから解除されてるんだ! 今かけるから! 今は遠く・昔と呼ぶにも事足りぬ・世界は一つだった……日本のご家庭では靴を脱いで!」
ずかずかと入って行く二人の後ろで靴を脱ぎながら言うルーカスに従い、シェアトは足を使って脱ぎ捨て、エルガはその場で丁寧に脱ぐと靴を廊下に揃えて置き、汚した部分を適当に手で払った。
しかしもはや炭となったドアの破片等で存分に汚れきっているので、あまり効果は見られない。
「おい、他には誰もいねぇのか?強盗だと思われて撃たれる、なんてのはごめんだぜ?……なんだよ、何泣いてんだ!」
「カイ! 泣き顔も可愛いね! 理由は分かっているよ。 一日も僕と会えなかった、すなわち人生の中で最も無駄な時間を過ごしたんだもの泣きたくもなるさ! さあ僕の胸に飛び込んでおいで!」
「え、エルガ! ふざけ切った妄想を垂れ流すの今すぐやめて! カイの涙がさっきより酷くなってる!」
三人を見たまま魔方陣を挟んで、涙が止まらない。
どうしてここにいるのかは全く分からないが、ようやく甲斐の口から声が出た。
「さっ……さっき……みんな…っく、英語喋ってなかった……? が、外人みたい……」
「うわっ、頭悪ぃ発言! 泣きながら言う事かぁ、それ? ったく、ほら帰るぞ」
「ああ! なんだ、これは学校からのスポットなんだね。良かった、僕ら開錠スペルも聞かずに来てたからさ。でもこれで戻れそうだ」
シェアトはエルガの言葉に弾かれるように魔方陣を見る。
そして書かれている魔法文字を読み解き、行き先を見て安心したのか、いつもの斜め笑いを浮かべて甲斐に手を伸ばした。
後ろで二人もそれに気付き、微笑み合っている。
学校へ戻る魔方陣だと聞いた瞬間、甲斐の表情はどこか喜び切れていないように感じた。
しかし、シェアトの手を取ると、思い切り体を引かれて魔方陣の中に入り込み、不敵に笑う彼女を見て気のせいだったのだ、とルーカスは思い直す。
四人全員が魔方陣に入り込み、やがて足元から白い光に包まれて行った。
「……誰かさんが吹き飛ばしたドアの破片が一つ残らず全部あたしの目に入って来たの。これはその涙だから」
「はいはい、そりゃすげえな。その吸引力があれば掃除も楽そうで羨ましいよ。ほら、来るぞ」
光に全身が包まれ切った後、全員の姿は家の中から消えていた。