第百話 知らない部屋・家・両親
亜矢を振り切れずにいると、甲斐は逃げないようにとフードを掴まれたまま自宅へ連れ込まれた。
隣の庭を横切る時に、再び暗くなっていた花達が満開になるのを見ると人に反応して咲き誇るようだ。
こんな日常の風景にも魔法が使われているのに驚いたが、亜矢は気にした様子も無い。
玄関で靴を脱いでいると、やはりこの世界の甲斐は不在のようで並んでいる靴は父、遊馬と亜矢の物だけだった。
間取りも同じで、事の発端となった階段もちゃんとある。
ということは、二階にはこの世界の甲斐の部屋があるのだろうか。
リビングに入ると遊馬はまだ起きてソファに座っていた。
「おかえり、疲れたろ。その格好は……?」
遊馬の声はかなり低いので聞き取りづらい。
綺麗な輪郭で、少し細い目をしているのは覚えていたが黒髪の中で前髪に白いラインを何本か入れているのには驚かされた。
やはり若干ではあるが、違いがあるようだ。
自宅用として使っているメガネも、今こうして掛けているような金の縁のものではなかった気がする。
甲斐の背が伸びなかったのは亜矢に似たのだろう、遊馬はこの世界でも背が高く、そして細身だった。
コートを脱いだ甲斐の制服姿に両親は複雑な顔になった。
この世界の甲斐は学生でいいのだろうか、そして何処へ行ってしまったのか。
それともまさか部屋にいるのではないか。
いいやこれから帰って来るところかもしれない。
どうにか言い逃れをして撤退しないとまずいと思い、咄嗟の思いつきを並べ立てる。
「い、いやほら可愛いでしょ。ね? 似合うかなーって思って! 友達から貸してもらったんだ! キュート過ぎて困る?」
「制服姿なんて、懐かしいな……。その刺繍は……フェダインの物じゃないか? いいのかい?」
「へぇ、あんたにそんな凄い友達いたっけ!? 何が目的で借りたのよ? にしても、何しに帰ってきたの? 数年帰らないって言ってなかった?」
実は在学中だと言ったらどうなってしまうのだろう。
そして亜矢の言葉は聞き捨てならない。
数年帰らないと言っただろうか。
そして娘が帰って来たというのに、何をそんなに迷惑そうな顔をしているのか。
これなら泊まっても大丈夫そうだと宿が出来た事に少し安心したが、この世界の甲斐は何処へ行ってしまったのだろう。
この二人と長い時間話していると不審に思われてしまいそうだ。
やはり早々に切り上げることにした。
「うん、ちょっと色々あって。 その辺はデリケートゾーンの話だからあんまり聞かないでよ。疲れたから部屋に戻ろうかな!」
「あんたの局部の話はこっちだって聞きたかないわよ。ま、今日は泊まってくのね? おやすみ、お風呂はいいの?」
「な、何てこと言ってんの……。まあ、勝手に入るよ~。おやすみ!」
二人から離れられ、甲斐は正直ほっとしていた。
それにしても、本当にここが異世界なのかと思うほど元の家と全く一緒である。
違うのはやはり生活に組み込まれている魔法がある事だろうか。
部屋のドアを開けると、電球色の明かりが灯る。
ベッドも机も少しデザインが異なっているが同じ位置にある。
壁一面が星空のデザインになっているのに驚いたが、触れるとそれはカーテンだった。
見ていると流れ星があちこちで流れていき、やがて暗い空に飲み込まれて行く。
やはりここは、知らない部屋だ。
甲斐は校長の言っていた懐かしさとは全く逆の感情を持っていた。
むしろ、懐かしいのは元の世界でもなく皆のいる学校だった。