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人間を奴隷とした猫の物語

                    プロローグ

 

 「これより判決を言い渡す」裁判長の凛とした声が響く。

「被告を死刑に処す」

「そんな馬鹿な」松池宏は叫んだ。

「被告は静粛に!」裁判長の黒猫が、ニャーと鳴く。それが人の声となって聞こえてくるのだった。

 松池はカッとなって前に出た。すぐにも守衛が松池の両腕をとらえた。彼らは人間だった。

「道端に居た猫を蹴飛ばしただけだぞ」松池が叫ぶ。

 傍聴席から、ニャーニャーと驚きと怒りのざわめきが起こった。

「この人間を殺してしまえ。何と言う事だ。我らカミに対して、この暴挙は!」人の声として、背後から圧殺するように聞こえてくる。猫共が松池の行動を見守っているのだ。

「静粛に!」裁判長の黒猫が一喝する。

検察側の三毛猫が口を開いた。

「人間は牛や馬にも等しい獣ではあるが、法によって裁かねばならない」

 松池は気が狂いそうだった。張り裂けるような気持ちで叫んだ。

「何が裁判だ。弁護人がいないではないか」

 ここに居るのは、裁判長の黒猫、検察の三毛猫、傍聴席の多くの猫たち。それの洗脳された2人の人間だけだった。

「おい!君達」松池はは守衛に声をかけた。藁でもつかみたい心境だった。

「静かにしないか」2人は光のない眼で松池を睨むと叱責した。松池は声を失って、その場に崩れようとした。

「被告を退席させよ」裁判長の命令で、守衛は松池の腕を羽交い絞めにして、退出した。傍聴席の猫たちがニャーニャーギャーギャー、松池を呪う様に叫び続けた。

 ・・・一体、どうなっちまったんだ。猫が人間を支配するなんて・・・猫共の騒々しい叫び声を聞きながら、松池は流れる涙をぬぐう事も出来ず、力なく引きずられていくのみだった。


                   明日なき日々


妻の死を知らされたのは、松池が岐阜の笠松にいた時だった。分譲住宅用地を取得するために、岐阜の不動産屋さんに案内されて、土地の下見をした直後の事だった。

 携帯電話で、妻の母から知らせがあった。いつかこうなる日が来るだろうと覚悟はしていた。だがまだ2か月先の7月下旬ぐらいの事だろうと思っていた。予期せぬ悲報に、松池のショックは大きかった。不動産屋と早々に別れて、帰路についた。どのように車を運転して帰ったのか、覚えていない.気力が抜け落ち、疲労感が激しくて、妻との、様々な思い出が去来した。涙があふれるのを、止める事が出来なかった。

 松池は40歳の時に25歳の妻と結婚した。あれから3年。幸福な日々はあまりにも短かった。妻は癌で死んだ。1年ぐらい前だった。初めは食べた物を吐き出すので、胃腸に欠陥があるくらいとしか考えなかった。胃腸薬で直ると思って、大事を取らなかった。吐き気が激しくなって、血痕も混じるようになって、初めて病院に駆け込んだ。診断の結果、胃癌と判明。癌細胞が他の臓器へ移転していると判った。後1年ぐらいの寿命と判断された。今年に入って妻の体力は弱くなり、入院生活を余儀なくされた。

 妻との出会いは4年前、松池が名古屋の某不動産屋さんに出入りした時からだった。妻はその不動産屋で経理をやっていた。松池は彼女に一目ぼれして、その会社の社長さんに頼み込んで、結婚にこぎつけた。妻とは年齢の差があったが、趣味や好みの点で気が合った。

 妻は長い髪に、白い瓜実顔が印象的だった。大きな眼の、彫の深い顔立ちが好ましく感ぜられた。

 短い交際の後、結婚、そして妻の死、松池の幸福は、やりきれぬ絶望の日々に変わった。松池には子供がいなかった。それだけに、妻の死後は、生きる張りを失っていった。周囲の人は、また結婚すればよいと励ましたくれた。その好意は有難かったが、その気にはなれなかった。うつうつたる日が続いたが仕事だけはこなしていた。

  

 岐阜から帰って、市民病院に駆け込んだ。妻の母が泣いて迎えた。松池はその姿に目もくれずに、妻の死に顔に見入った。安らかの表情だけが救いだった。

 家に帰っても、何もする気もない。葬式の準備をする周りの人々の喧騒に取り残された。家の中の騒動しさに驚いてか、白猫のタマがすり寄ってきた。子供のない寂しさを紛らわすために、妻は猫を飼った。生後一年の猫だ。飼い猫であるが、人見知りをして、他人が来ると妻や松池の側に寄ってきた。

 葬式も終わり、家の中に1人取り残される身となった。

仕事に熱中している間は寂しさも紛れるが、家に帰ると、物思いに沈む日が続くようになった。酒を飲んで気を紛らわしたりする事が出来るタイプではなかった。

 松池の家は結婚と同時に建て替えした。50坪の家だ。西の窓から見下ろす常滑港の風景は穏やかで美しかった。つい1年ほど前までは妻と2人で眺めていたのだ。


 夏の終わり――、8月の下旬、松池は大谷の海岸にいた。そこは小さな湾内で、5メートル程の絶壁があり、下の砂浜まで降りる小道があった。伊勢湾の向こう、西の方に四日市の工業地帯がかすんで見えた。この場所で松池は妻にプロポーズした。その思い出の場所に来ていた。

 松池はしばらくの間、崖っぷちの下で佇んでいた。

 夕方、大きな夕陽が西の空に沈み込んでいた。その雄大で美しい光景を飽くことなく眺めていた。夕陽が沈みきっても、明るかった。

  幻想的な気分から我に還ると、松池は職業意識で沖を眺める。飛行場はあの辺に来るのだろうか。常滑沖に飛行場がくると言うだけで地価が上昇し、売り土地も無くなってしまった。仕方なく岐阜や三重の方まで住宅用地の買いに走ることになった。

 あのあたりが野間の灯台、あの北のあたりが常滑競艇場と、予想をつけて、飛行場はあのあたりだろうと、飛行場の想像図を頭の中に描いていた。

 突然、南の方から真黒な雲が湧き上がって凄い勢いでこちらの方に走ってくる。しばらくして、腹の底に響き渡るような音が響く。

 雨がくるか、そろそろ退散時だと思って、小道を登った。その途端に足元の石がずり落ちて、松池も崖下の砂浜に転げ落ちた。崖は草で覆われていたので、軽い擦り傷で済んだが、腰をしたたかに打った。しばらくは起き上がれなかった。

 雨がぽつりぽつりと落ちてきた。。雨足が急激に早くなって、たたきつけるような雨になった。松池は崖下の窪地にへばりついた。近くに稲光が落ちた。松池は生きた心地がしなかった。身震いして身をちぢこませた。あたりは暗闇だった。

 突然、真っ黒な海が燃えるように光った。まるで黒い海の中から、太陽の何倍も明るくしたような光がはじけ出したような感じだった。その光が松池の体を直撃する。のけぞるようにして、松池は窪地から這い出た。

 その刹那、身を切り裂くような雷鳴が体を覆った。松池の体は宙に浮いて、砂浜にたたきつけられた。真っ白な光に包まれて、体中が焼けるように熱くなる。松池は気を失った。


                    猫の国へ


  ・・・松池は妻と腕を組んで歩いていた。裸足で砂浜を踏む感触を楽しんでいた。松池は妻の為に精一     杯仕事に打ち込んでいた。それが松池の生きがいだった。

     妻の手が松池の腕から離れた。松池を振り返りながら、駆け出した。松池の足はどうした事か硬     直して動かなかった。やがて周囲の風景が靄がかかったようにぼやけてきた。少しずつ暗くなっ     ていく。波の音だけが、はっきりと聞こえていた。

  

 波の音・・・。松池はまだ朦朧としていた。意識がはっきりしてきた。生きていたのか。雷の激しいショックを思い出した。

 彼は砂浜にうつぶせになっていた。体中が砂だらけだった。太陽が頭上で輝いていた。顔を上げて海岸を見た。

「何だあれは!」絶句した。

 沖には、巨大な、島と呼んでもおかしくない堤防のような物が出現していた。眼を凝らしてもその長さがつかめなかった。巨大な戦艦が、錆びた色をむき出しにして横たわっている感じだった。その半ばは砂に埋まり、草木が生い茂っていた。ビルと思しき建物が朽ち果てた姿を晒していた。鉄塔と思しき物が、への字型に倒れていた。

 あれは一体なんだ。松池は眼を凝らして常滑競艇場の方角を見た。一点の曇りもない空の中、遠くの方に、かすかに見える筈の競艇場がなかった。代わりに、巨大なビルのような物が、銀色の光を反射していた。

 松池は胸の高まりを覚えた。常識判断を超えた光景に、恐れをと不安を抱いた。立ち上がると、急いで崖の上に登った。

 松池は愕然とした。

 崖の上の東側には、数軒の民家が立ち並んでいるはずだった。それがうっそうたる樹木で覆われていたのだ。その樹木も、十数メートルもありそうな大木ばかりだった。

 松池の心臓は破裂寸前だった。目の前が暗くなり、足元がふらついた。気を取り直して沖の方を振り返ってみた。巨大な堤防が、細長い島のように伸びている。波に洗われ、朽ち果てるかのように、伊勢湾に横たわっていた。

 もしかしたら、あれは・・・飛行場・・・松池はとっさに判断した。それは有り得ない事だった。そんなことは百も承知の上だった。しかしそれしか判断のしようがなかった。

 もし、そうだとするなら、私は・・・。

 とんでもない未来へタイムスリップしたことになる。たとえ飛行場ではなかったとしても・・・。

松池は力なくその場に倒れた。思考能力が停止した。痴呆のようにしばらくは身動きできなかった。

 気をとり直すと立ち上がって歩くことにした。とにかく、銀色に輝くビルの所まで歩いてみようと思った。人がいるに違いない。森の中に入る。アスファルトの道路もなければ、南稜中学校もない。その周辺に点散していた民家さえなかった。陽の光は射し込まず、薄暗く、気持ちの悪い雰囲気が漂っていた。方向感覚がおかしくなりそうだった。松池は来た方向に引き返した。海岸沿いを歩く事にした。

 地形的には松池のいた”世界”とほぼ同じだった。違うところと言えば。松池のいた世界の、大谷、古場、樽水、保示と言った海岸線は、高さ3メートルのコンクリートの堤防が延々と続いていた。テトラポットが波に洗われていた。

 今、松池が歩いている海岸線は白浜が百メートル程沖に延びている。堤防やテトラポットはなかった。

1時間程歩く。地形的に見て常滑港と思しき場所に来た。常滑港の堤防や小さな灯台はなかった。沖に長く伸びた砂丘が美しかった。飛行場とみた島はまだ伊勢湾の奥まで延びているようだった。

 約1キロ北の方に銀色に輝く超高層ビルが立ち並んでいた。そこは常滑市役所や競艇場があった所だ。

東の方に目をやる。そこは海岸線からすぐに保示の漁師町の家が軒を連ねていた。その奥の丘の上に松池の家があったはずだ。

 風景は一変していた。保示の町の南の方で森林地帯が切れて、牧草地帯となっていた。牛や馬が小さく見える。人の姿も見える。松池の表情に安堵の色が浮かぶ。

 それも束の間、松池の家の方に金色に輝く円錐形のピラミッドのようなものが見えた。樹木に覆われて見えずらかったが、海岸の砂浜から牧草地帯に歩くにつれて、それは、はっきりと大きな姿を現してきた。

 あれは何かと思う間もなく、牛の乳しぼりをする人の姿が現れた。数人、あちらこちらと、乳しぼりに精を出していた。彼らはねずみ色の作業服を着ていた。

「ちょっと、すみません」松池はその1人に声をかけた。振り向いた顔を見て、松池は背筋が寒くなった。

 若い女で、きれいな顔をしていた。眼だけがどろんとして光がなかった。死人が眼を開けているようだった。ほんの2,3秒松池の顔を見ると、また黙々と乳しぼりに精を出した。他の人にも声をかけた。彼らの表情は皆同じだった。生きたロボットの様だった。

 牧草地帯の高台から沖を見た。小舟が数艘、網を入れていた。人々の死んだような表情を除けばのどかな風景だった。

 松池は郷愁にかられて、自分の家のあたりがどうなっているのか知りたかった。金色のピラミッドも気になった。彼は丘を登った、あったはずの道はない。樹木をかき分けての行進だった。物の10分も歩くと、林が途絶え、草原が広がっていた。その中央に高さ100メートルはありそうな円錐形のピラミッドがそびえていた。陽に輝いて眩しいくらい黄金色に輝いていた。

 松池はピラミッドに近づいた。あと10メートル程に来たとき、眼に見えない壁に突き当たったように、弾き飛ばされた。

「そこの人間、近づいてはならぬ。立ち去るがよい」何処からともなく声が流れてくる。松池は慌てて、丘を下った。

 牧草地帯を北に歩いた。しばらく行くと、東の方の森林地帯が途絶える。青々とした田んぼが広がっていた。地形的に見て、丘陵地の谷間で、半田への県道が伸びていた筈だった。なおも北に歩く。この辺りは、西小学校やNTTなどがあった。西小学校の南側を流れていた小さな川は、町の中に埋没していて、見過ごがちであった。今は、川幅も広く、清らかな音を立てて流れていた。

 この北の方に、こんもりとした丘があり、神明社があった。保育園があり、その後ろに登り窯があった。常滑市内での繁華街でもあった。松池は記憶をなぞった。懐かしいと言うより奇妙な違和感があった。松池の感覚には時間の長さは存在していなかった。昨日の今日の出来事では、懐古気分に浸れなかった。

 市役所があった方へ歩いた。南に競艇場があり、西は護岸堤防で囲まれていた。常滑駅があり、町の中心部だった。分譲マンションや大型スーパーがあった。それが松池の”世界”であった。

 今・・・。

超高層のビルが立ち並び、銀色の光を反射していた。ビルには窓がなかった。ステンレスのようなのっぺりとした壁が、ビル全体を覆っていた。

 競艇場や護岸堤防もなかった。常滑港も存在していなかった。見渡す限りの白浜が伸びていた。

 人影はまばらだ。ビルとビルとの谷間には花壇が咲き乱れて、数人の人が手入れをしていた。松池は近ずくと声をかけた。どの人も、虚ろな目を向けるのみだった。松池に返答をする者はいない。無言のまま機械的に草むしりに精を出していた。

 この世界は一体なんだ。誰か返事をしてくれてもよさそうなのに、松池は苛立ってきた。それに昨日から何も食べていない。空腹が募ってきた。とにかく返事をしてくれる者を捜さねばならない。

 ビル群の中に入った。おかしな町だった。商店もない。車や色とりどりの服装で闊歩する人もいない。初めの内はそれほど気に留めなかったが、猫があちらこちらにたむろしていた。松池が近づいても、人なれしているのか、逃げようともしない。

 どのビルも入り口や窓がなかった。一様に銀色に輝く壁で覆われていた。ビルは数十棟あった。人間はみな草むしりに精を出している。男も女もねずみ色の作業服を着ている。生気が感じられず、緩慢な、操り人情のような動きだった。猫の姿のみが目に付いた。

 松池の苛立ちが最高潮に達した時、寝そべっていたキジ猫が松池の前に立ちふさがった。と言うより物珍しそうに、行く手を遮って、向きを変えて歩けと言わんばかりに、松池を見上げるのだった。

・・・この猫が!・・・ 松池は苛立って思い切り猫を足げりにした。

 その瞬間だった。今まで、のんびりと日向ぼっこをしていた猫共がむっくりと起き上がった。厳しい眼を松池に向けた。真っ赤な口を開けてギャーギャー鳴き出した。足げりにされたキジ猫が、毛を逆立てて、飛びかからんばかりに牙をむいた。

 驚くべきことが起こった。入り口のないビルから、逞しい男が2人現れた。ヘルメットを被り軍服姿だった。

 2人は松池の両腕を羽交い絞めにするなり、

「カミに対して、この不敬者が!」初めて聞いた人の言葉だった。唖然とする松池を抱え込むと、入り口のないビルに入った。松池たちは壁の中に吸い込まれた。


 松池は厳しい尋問を受けた。

何処からともなく奇妙な音が流れてくる。耳をふさいでも、頭の芯に響いてくる。5分も聞いていると気分が悪くなってくる。吐き気を催し、全身の血が逆流するような感覚だ。それにもまして大きなショックがあった。猫がニャーと鳴くと、人の声となって聞こえてくることだった。

 松池の心はズタズタだった。尋問に、松池は正直に答えた。昨日の事を話しても信じてもらえなかった。彼は椅子に腰かけていた。前に長机があった。その上に、数匹の猫が、前足をきちんとそろえて松池を見ていた。猫の後ろに5人の人間が軍服を着て、厳めしく控えていた。

「本当の事を言え。何処から来た」黒猫が言った。後日松池に死刑を宣告した裁判長だった。

「言ったとおりだ。信じてくれ。私は昨日、大谷の海岸で雷に打たれて、この世界にタイムスリップしたのだ」松池はこれだけ言うと、また吐き気を催した。気分の悪さをじっと我慢した。

猫たちはこれ以上尋問してもラチがあかぬとみたのか、

「それでは話を替えよう。お前が本当にタイムスリップしてきたと言うなら、その時代の状況を話せ」 

 松池は20世紀後半の、知っているすべてを話した。猫たちの間から嘆息が漏れた。どうやら信じてくれたようだ。

「住まいは?」

「南東の方角に、金色に輝いた円錐形のピラミッドがある。あの場所が、私の生まれた所で、住まいだ」

 松池の声が言い終わらぬうちに、猫たちの間に、ざわめきが起こる。ニャーニャー、ギャーギャーと姦しい。

 一体どうしたと言うのだ。あのピラミッドに何があると言うのだ。松池は猫たちの驚きと不安の錯綜した表情を眺めていた。不思議な光景だった。この猫たちの動作は松池の世界の猫と同じだった。一方はただの愛玩動物だ。知恵などあるわけがない。

 この世界の猫達は、松池の時代の科学技術を凌駕していた。彼らの知能は人間の天才並みだった。知能を持つと表情が豊かになるのか、猫たちの驚きと不安の表情が、松池にもよくわかった。

「もうよい。この人間を独房に入れておけ」

 黒猫の言葉が言い終わらぬ内に、松池と椅子が床の下に、すっと吸い込まれるように下がった。床が開いたわけではない。松池と椅子が、カーペット敷きの床に溶け込んだのだ。床下に引き下ろされたと思う間もなく、松池の体が引き上げられた。そこが独房だった。10帖程の広さがあった。四方は壁以外何もなかった。松池が椅子から立ち上がると、椅子が床下に吸い込まれて消えた。

 松池が戸惑ったまま、立ちすくんでいると、三毛猫が軍服姿の人間を引き連れて、壁の中から出てきた。

「裁判があるまでここで生活しろ」三毛猫が口を開く。

「欲しいものがあれば、言葉で言え。たとえばこうだ」

 三毛猫は言うなり「机を出せ」ニャーと鳴く。

木製の机が床からのし上がるように現れた。三毛猫はその上に飛び乗る。松池は唖然と見守っていたが、

「判ったか」猫の声に我に還った。

 三毛猫は満足そうな顔をすると「私の名はロム、また会おう」一言いうなり人間を引き連れて、壁の中にうずもれるようにして消えた。机も床下に沈み込んだ。

 松池は猫の消えた壁に走った。外に出ようとした。壁はがっちりしていて、彼の行く手を阻んだ。松池は部屋に中で大の字になった。天井を眺めた。四方壁なのに室内は明るかった。照明器具はなかった。起き上がると周りを見回した。影がなかった。改めて猫の科学技術に驚嘆した。

 今、何時ごろだろうか。松池は呟く。タイムスリップする前に携帯電話を車の中に置いてきたのだ。

途端に銀色の壁にデジタル数字が表示された。午後5時35分36秒。松池はびっくりする。

・・・もしかしたら・・・

「私がいた世界は、タイムスリップするとき、西暦1990年8月30日だった。あれから何年立っているのか」

「現在はカミ暦2百53年8月31日。あなたの時代から5百53年8月31年後の時代です」心地よい声が流れてくる。不安をいやしてくれるようなソフトな響きがあった。

「カミとは、どういう種族なのか。何処から来て、なぜ人間を支配しているのか」

「その答えは禁止されています」

 松池はため息をついた。どっと疲れが出る。昨日の夜から何も食べていない。

「何か食べたい」

「何にしますか」

「なんでもいい」

「答えになりません。具体的に言ってください。食べ物の名前が判らなければ、形を表示します」

「気が重い。軽い食事がいい。うどん出来るか」

「うどんは20世紀後半、あなたの世界の食べ物ですね」

 松池の確認をとると、壁の一方からテーブルに乗ったうどんが現れた。大盛りのどんぶりに入って湯気が立っていた。松池は生き返った思いで、うどんを食べようとしたが箸がなかった。

「箸がほしい」すぐにも箸が出てきた。

 おいしいうどんだった。汁も上手かった。食べ終わると机ごとどんぶりや箸が壁の中に吸い込まれた。

 ソファを希望すると、すぐにも現れた。横になった。気持ちが落ち着いた。風呂に入りたい。松池の声と共に壁からユニットバスの部屋がでてきた。風呂に入って疲れを取る。鏡を見る。43歳になる。松池は歳の割に若く見える。髪は黒くふさふさしていた。しかし鏡の中の顔は、白髪が混じり老けて見えた。高い鼻梁も切れ長の眼も生気がなかった。侘しい雰囲気が漂っていた。

 風呂から上がるとワイシャツや背広が消えていた。代わりにねずみ色の作業服が用意されていた。


 外の景色が見たいと思った。

「そろそろ、日が暮れます。外の景色は見えません。他の明るい海の風景にしましょうか」

 松池は浜辺の波の打ち寄せる景色を要求した。

壁に一面がスクリーンと化した。波の景色が目の前に展開した。驚いたことに、さざ波が目の前で聞こえてくる。潮の匂いも漂っていた。風が潮騒を運んで体を包み込んだ。浜辺の波打ち際にいるような錯覚にとらわれた。松池は陶然として眼を瞑った。

 妻の姿を思い出す。白い肌の妻は、肌が日に焼けるのを嫌っていた。夕方や朝焼けの海岸を歩くのが好きだった。妻は松池の仕事には関心を持たなかった。松池も仕事の事については話さなかった。2人で浜辺を歩いては、愛を確かめ合うのが無性の喜びだった。

 それも今は過去のものとなった。潮騒に引きずられて、愛情の念が心に吹き上がっていた。松池はソファに横になったまま、深い眠りに落ちていった。


                    猫の歴史


 独房に移されて、2日目に裁判があった。 死刑の宣告を受けて、松池は気が動転していた。裁判と言っても名ばかりで、松池の主張は受け入れられなかった。人間は猫の道具に過ぎなかった。その道具をどう処理するかの行為、それが裁判だった。

 1日が過ぎ、2日が過ぎた。いつ殺されるのか不安な日々だった。

松池は妻の事を思った。癌を宣告され、あと半年の命と言われた。松池や周囲の者は癌を隠したが、妻は薄々感ずいていた。しかし死ぬまで恐怖や不安を顔に出さなかった。安らかな死に顔を見たとき、松池は慰められた気持ちになった。

 じたばた騒いでも仕方があるまい。妻に笑われないように心を落ち着かせようとした。

「モーツァルトのレクエイムを聴きたい」荘厳な悲壮感の中に身を浸して、気を落ち着かせようとした。部屋の中央の、安楽椅子に座る。壁の中から立体音響が流れる。目の前に交響楽団がいるようだった。瞑目する。宙に浮いているよな幸福感に支配される。

 音楽が終わるのを待ちかねたように、三毛猫のロムが現れた。彼は検察側、松池の死刑を主張したにっくき猫だった。

 「死刑の執行かね」松池は観念していた。

「ヒロシ、私を憎んでいような」ロムは妙に親しみのある声で鳴いた。松池は答える代わりに薄笑いを浮かべた。

「君を助ける為にああするより他はなかった」ロムの意外な返事だった。

 松池は自分の耳を疑った。「どういう意味だ」

「君は我が同胞を傷つけた。死刑を宣告された事で同胞の気持ちは収まる」

 ロムは猫特有の澄んだまん丸い眼で松池を見上げている。そして諭す様にいう。

――君は改悛せねばならぬ。その姿を同胞にみせる。我々は人間と違っていたく寛大だ。君が我々に忠節を尽くすなら、死ぬことはない。―――

「判った。言う通りにしよう」松池の声にロムは満足そうに頷く。


 それと・・・。ロムは改まった顔で言う。

尋問の時、君の家が我らの聖なる塔、金色のピラミッドの中と聞いたとき リシ様、裁判長は君を助けるべきだと判断された。リシ様の同胞への説得もあった事を忘れるな。いずれリシ様から話が出よう。


 松池はロムの声に大きく頷いた。一度は死を覚悟した身だ。死にたくないのは本音だ。生きられるのなら何でもしようと考える。

「私は何をしたらよい?」

「この部屋にいて、コンピュータの指示に従え」

ロムはこれだけ言うと護衛を引き連れて、壁の中へ消えた。松池はまだ尋ねたい事があったが、ロムの指示に従った。

 とにかく死ぬことだけは免れた。安堵の気持ちが拡がった。もう過去へは戻れない。この世界で生きていけるだけ生きていこうと決心した。

「私は何をしたらよいのか」松池は壁に向かって言った。

「カミの歴史を学んで、現状を把握していただきます。質問があれば、お答えします」

「ロムは君をコンピュータと言ったが、私の時代もコンピュータとどう違うのか。それにこの壁について知りたい」

 数秒の間隔があく。

コンピュータの声が優しくなる。子供をあやすようなものの言い方だ。その場の雰囲気によって、喋り方が違う感覚だ。声は以下のように言う。

 松池の時代のコンピュータとは比較の対象にはならない。幼児と大人とは比較出来ない、それと同じだ。今のコンピュータは人間の感覚以上の機能を備えている。識別する対象が、生物であれ、無生物であれ、色、形、匂いや形状までも識別する。人間ならその行動、性格、感情の度合い、DNA分析まで識別できる。

 「例えば食事、あなたは最初ここに来て、うどんを注文されました。腹が減っていたせいもありましょうが、おいしかった筈です。あの味はあなたの好みの味です」そして続けて言う。

「今、あなたが何を求めているのか、精神的にどういう状態にあるかすべて識別できます」

 声は、しばらく沈黙後・・・。

「この壁ですが・・・。このビル全体を私と思ってください。あなたは私の中にいるのです」

 コンピュータは以下のように言う。

この地域には26棟のビルがある。その1つ1つがここのコンピュータと同じなのだ。この地域の地下にマザーコンピュータがある。ここから過去から蓄えられた膨大なデーターが供給される。

 地球の各地域には、この様な世界が無数に存在し、各マザー同志が情報を交換し合い、新たな情報を吸収して、成長を続けている。

「私はカミの命令によって行動し、カミの命令を遂行するにふさわしい方法を自主的に判断します」

「さて、壁ですが・・・」声は言いよどむ。無知な人間に理解させるにどうしたら良いか、そんな戸惑いが感じられた。

 ビルには入り口の窓もない。室内の採光は、コンピュータの判断で、この部屋に住む者に適した明るさを提供している。

 壁の中を出入りできるのは、コンピュータが、その時だけ、気体に変質させている。物質の原子の振動数を電気エネルギーに強制変質させることで可能となる。

「これはカミの科学技術の成果です」コンピュータは誇らしげに語る。ただしと付け加える。

「壁がどういう物質で出来ているかはお答えできません。カミの命令で禁止されています」

 次に・・・声は一呼吸置く。

 ソファや机、その他色々な器具が壁から出てくるのは、隣の部屋にそれらの物があるわけではない。物質変質機能により、一時的に作られる。用が済むと壁の中に消えて、元の何もない状態に戻る。

 「はあ・・・」松池はため息をつく。全く理解できないのだ。

 声は松池の心を見透かしている。

「あなたの食事は・・・」コンピュータは包み込むような声で言う。

「あなたの同胞が汗水たらして働いた作物から作りました」

 しばらくの沈黙―――

「知りたいことはまだ、山ほどあるでしょうが、3時間程休憩を取られてから本題に入ります」

声と共に床下からベッドが出てきた。松池は横になった。安らかな音楽が流れてきた。彼は深い眠りに入った。

 3時間しか寝ていないのに、気分は爽快だった。起き上がると食事が出た。何もかも満足のいく状態だった。


 ベッドが床下に消えた。椅子と机が現れた。松池が椅子に腰かけると、前面の壁がスクリーンに変わった。

「カミの祖先は、アンドロメダ星雲、ミトス星、第5惑星ムー。このムーは古代地球のムー帝国の地名として名づけられた」声がナレーションの役目を負った。

 スクリーンに映じた光景はアンドロメダ星雲を中心とした星々の世界だった。神秘な情景に松池は圧倒された。


 ―――今から1万7千年前、カミの太陽ミトス星に変化が現れた。1万5千年から2万年後に膨張をはじめ、惑星ムーは1万5千年後に消滅する事が判明した。

 ムー星は、地球の3倍の重力があった。人間の様な直立生命を育てなかった。地球の猫のような小さな生物しか進化しなかった。これがカミの悲劇の原因となった。

 話を元に戻す。

 ムー星の寿命が1万5千年と判った時、カミの世界はパニック状態に陥った。このままムー星と運命を共にしようとする者、他の惑星に移住しようとする者などで、カミの世界は混乱を極めた。カミの世界で1オンス、地球時間で約10年の間、無駄な時間が流れた。次第に他の惑星に移住しようと言う意見が大勢を占めるようになった。

 1万7千年前、カミの文明は、地球の20世紀後半の科学技術力を有していた。どの世界でもそうであろうが、その世界が存亡の危機に見舞われたとき、科学の技術は飛躍的に向上するものだ。10オンス、地球時間百年の間で、ムー星から他の惑星まで飛行できるまでになった。

その後、原子力エネルギーを基本としてしていた科学技術力は、重力波エネルギーに取って代わった。このエネルギーによる宇宙空間飛行で、想像を超えた現象が発見された。

―――A点からB点に移動するとき、10キロの距離を1時間かかったとする。時速10キロと言う、3次元の時間が存在しなくなる事実が解明された。―――

 つまり地球から太陽まで行くのに、光速で約6分と言われている。それを重力波エネルギーで飛行すると、時間はゼロ。つまり出発した瞬間に太陽に着いている。ただし、重力波エネルギーの強度によって、その距離が限定されてしまう。

 重力波エネルギー開発当初は、エネルギーが微弱だったため、時間を飛び越える距離は限られていた。地球時間で300年もすると巨大な重力波エネルギーを制御できるようになった。

 カミが初めて地球にやってきたのは、今から1万5千年前だった。この時代の大陸は現在とは違っていた。日本列島は中国大陸に近かった。大平洋の真ん中に大陸があった。カミはまずそこに上陸した。その陸地をムーと名付けた。人間はまだ未開民族だった。

 カミが地球で文明を築いていくうえで、人間の手助けが必要だった。カミは人間の進化に一役買った。科学、天文、医学などあらゆる技術を人間に教えていった。

 始めの内は、人間は神を尊敬していたが、避ける事の出来ない大きな溝があった。


 ・・・声と共に、壁のスクリーンは中国大陸とアメリカ大陸の間の大陸を映し出していた。今の太平洋であるが、現在の地形とはかなり違っていた。大平洋は、現在アラスカの先端、ベーリング海峡を軸とすると南の方に扇のように開いているが、スクリーンの俯瞰図はその間隔が狭かった。オーストラリア大陸のの北側にムー大陸があった。アメリカ大陸と中国大陸の間に、蜘蛛が足を広げたように配置されていた・・・


 声が続く。

「カミの容姿が人間の愛玩動物の猫そのままだった。歩き方から、顔を洗う仕草までそっくりだった」

 千年、2千年と経ち、人間がカミの教育を受けて、知識と知恵を身につけ自立するようになった。人間はカミがいなくても自分の力で文明を築く様になった。カミはその容姿故に疎んじられるようになった。カミは争いを好まなかった。一旦宇宙空間に戻り、人間の行く末を見守ることにした。

 ムー大陸と同じころに、カミが育て上げたもう1つの大陸があった。大西洋の中にあった大陸をアトランティスと名付けた。カミが地球をアトラスと命名したその中央の島と言う意味だ。

 ―――ここでナレーションのトーンが変わる―――

 人間は愚かしい生き物だった。それは今から5百年前の人間と少しも変わっていなかった。

アトランティスもムーも人口が増えた。文明もカミが与えた知識を土台として栄えたが、カミが最も忌み嫌った貧富の差が生じた。虐げる者と虐げられる者が現れた。人間は生まれながらに皆同じなのに、いつしか身分、地位、名誉が生じてきた。生まれによって、他を差別しようとする。当然、権力闘争が激しくなった。

 カミは人間の最悪の状態を放置できなかった。カミ族が地球に移住するのには、人間との共存が絶対に必要だった。カミは悪に染まらない人間だけを、内大陸、中国やエジプト方面に移住させた。カミの科学技術を結集させて、ムーとアトランティスを海中に没し去った。


 ナレーションの進行とともに、ムー大陸がふつふつと煮えたぎる溶岩の中に沈み込んでいく。多くの山が火を噴きながら、海中に没していく様がスクリーンに映し出される。

 これは本物の光景だろうか。シュミレーションだろうか。松池は壮大な光景に見入っていた。

「このシュミレーションは1日を1秒として、実際に起こった出来事を再現したものです」

 ナレーションは松池の心の中を見透かすように言った。

それから5千年が過ぎた。人間は着実に進化していった。過去の失敗に懲りて、カミは人間の前には姿を現さなかった。UFOから現れたのは人に似たロボットだった。

 中国、エジプトなどに散った人間が、自分たちの力だけで知識や知恵を獲得できるように仕向けた。人間が自分たちの力だけでは対処できない事態に陥った場合のみ、救いの手を差し伸べた。UFOの記録が、聖書や古記録に残ったのはこのためだ。

 やがて、2千年、3千年と経ち、人間の文明はカミの1万7千年前に近づいてきた。その間にもカミは2億すべての同胞を地球に移住させる計画を推進していたのだった。

 地球以外に住める惑星はなかった。カミの太陽の膨張の時期が、後2千年と迫っていた。地球に移住するすべての準備を完了した。

 地球の20世紀初頭が、カミの太陽の膨張期の千年となった。しかし人間はまだカミを受け入れる状態ではなかった。カミは焦燥せざるを得なかった。幸いカミは体が小さいし、食料も人間の50分の1もあれば十分だった。とりあえず、人間の住まない山奥や海底の洞窟など、人間に知られない場所へ移住する事にした。

 その時期は21世紀初頭と決まった。この時、カミを理解してくれる人間を確保する為に、宇宙人を信じる人間だけにUFOを見せる事にした。彼らはカミを崇拝した。UFOを信じるための団体が世界各地に出来た。それは宗教的儀式の感があった。

 特に20世紀後、人間社会は環境破壊、食料問題、人口増加、資源の枯渇などに悩まされていた。同時に世紀末思想がはびこり、悲観的な未来予測が人間の心をとらえていた。UFOを信じる人間が急速に増えていった。

 カミは用心深く人間に接触したが、正体は明かさなかった。カミが作ったアンドロイドが代理人となった。


―――シュミレーションと共にスクリーンが展開していく。古代エジプト、ピラミッドの建設など、場面が目まぐるしい程に早く移り変わっていった。


 20世紀の中途、カミ族の同胞2億は地球に移住すべく、アンドロメダ星雲を離れた。カミをはぐくみ育ててくれた母なる星、ムーとも永遠の別れだった。あと千年もすると、太陽の膨張でムー星は蒸発して、粉々に吹き飛んでしまうだろう。感慨をこめて最後の別れを惜しんだ。他にも数多くの生物がいたが、UFOには最小限の物しか積み込めなかった。

 2百隻の母船と探査用UFO4百隻が地球に近づいた。これらが一度に地球に着陸するわけにはいかなかった。母船は直径3百メートル、一隻で収容百万、目立たぬように地球に降下するためには、小型探査用のUFOに乗り換えて目立たぬように、着陸しなければならない。

 カミは一時的に月の裏側にとどまった。全員が地球に移住する期間を10年とした。1年で2千万の同胞を人間に判らぬように移さねばならないのだ。その計画がほぼ完了した時・・・。


 ナレーションは淡々と述べている。

円盤形の巨大な母船が月の裏側に集結する場面が展開している。円盤は太陽に照らされて、このビルの外壁と同じように銀色に輝いていた。壮大なSFファンタジーを見ているような光景だった。

  声は続く。

「カミの地球移転の準備が整った時、思いがけない事態が発生した」

21世紀初頭、第3次世界大戦が勃発した。

事の起こりは、20世紀後半、ソビエトの共産主義が破綻しかけていた。経済改革が叫ばれ、自由主義経済が導入されようとしていた。それを推進した偉大な指導者がいた。彼は西側自由主義国に、ソビエトの苦境を訴え、経済改革を断行しようと試みた。それは半ば成功しかけた。

 ところが、中東に戦争が勃発した。10年あまりにわたるイラン、イラク戦争の後、イラクは戦争による経済苦境を一気に解決しようとして、隣国のクェートを武力で制圧した。

 これに怒った西側諸国は、経済封鎖を断行した。ソビエトはロシアとなっていた。ロシアは西側諸国から経済協力を得る立場にあったために、同盟国のイラクを見殺しにすることになった。

 アメリカを主軸とする西側諸国はイラクに侵攻した。クェートを開放してイラクの独裁者を殺した。イラクは荒廃して国内の資材、食料が底をついていた。いつ暴動が起きてもおかしくない情勢に追い込まれていた。ロシアに裏切られた憎しみだけが残った。

 21世紀の初め、イラクのテロリストが、ロシアの大統領を暗殺した。もともと、経済的苦境から脱しきれず、改革派と保守派が対立していたロシアは、この事件で混迷を深めた。この機に乗じてアメリカがロシアに侵略すると言うデマが流れた。

 不安と恐怖に陥った保守派の指導者が、世界各地に向けて、ミサイルのボタンを押してしまったのだ。

時を移さず、アメリカも報復に出た。

―――スクリーンには、次々に発射されるミサイルが映し出される。世界の主要都市が破壊される凄まじい光景が展開していく―――

 松池は息をのんでスクリーンに見入った。

・・・これは本当の出来事なのだろうか・・・

松池は頭の隅で腑に落ちないものを感じていた。歴史には疎いが何かおかしい。しかし彼の表情は変わらなかった。心の動きと裏腹に顔はスクリーンに釘付けとなっていた。

 この時コンピュータは松池の心の動きを捉える事が出来なかった。淡々とスクリーンの動きを解説していた。


 地球は死の世界と化した。死の灰が熱い雲となって地球全体を覆い尽くした。不気味な雷が鳴り響き、真っ黒な雨がいつやむこともなく降り注いだ。

 カミは呆然自失した。このまま地球に住めなくなると、カミも死に絶えなければならない。悠長な議論などしている暇はなかった。

 無人探査船を地球に送った。生き残った人間は、地下や洞窟、地下街、ビルの残骸などで細々と生活していた。カミの推定で約10億人。当時70億余あった人間が文明とは程遠い原始時代に逆戻りして生きながらえようとしていた。食料や放射能に汚染されていない水が確保されていたのが、せめての救いだった。

 カミは生き残った人間を助ける努力を始めたが、UFOに載せて助ける訳にはいかなかった。地球全体を救う事が最良の方法と考えられた。

 カミはある限りの無人探査船を地球に送った。汚染された大気を浄化し、中和剤を散布して、放射能汚染の駆除に努めた。

 50年がたった。

 大気は昔日の新鮮な空気を取り戻した。海は浄化作用に優れていた。魚類が繁殖し始めていた。だが大地に浸み込んだ放射能はなかなか抜けきれず、数多くの動植物が死に絶えた。繁殖力の強い植物のみが生きながらえた。

 人口調査が始まった。50年前、10億余だった人間は3億に減っていた。彼らは50年前に残された生活資材で生きながらえていた。

 人間は浅ましい生き物だった。我欲を満足させるために、同法の持ち物まで奪おうとする。カミが1万6千年前に来た時から、人間の性は変わっていなかった。50年の間に食料は不足し、腕力のある者が徒党を組んで、弱い集団を皆殺しにしていた。

 一方、カミもいつまでも宇宙に滞在している訳にはいかなかった。食料が尽きかかっていた。カミは海底に移り住んだ。魚の繁殖を促進させるために、プランクトンの大量発生を促した。魚を加工し、人間に分け与えた。人間はカミを神と崇めた。


 スクリーンに映し出された巨大なUFOからは大量の食糧がばらまかれていた。原始人さながらの人間が、食料を拾い集めていた。UFOが現れると、彼らは拝跪して崇めた。


 カミは過去の苦い経験から、人間の知的向上を助ける事を断念した。人間のような救いようのない生き物は、完全にカミの統制化において導くしかないと結論した。

 また50年ほどして、人口調査を行った。人口は約3億。放射能の被害も下火となった。人間は生きるに精一杯の状況にあった。教育など行われていなかった。人間の知能は低下し、本能的的な行動のみが目立った。性衝動も人目をはばからずに行われた。そして―――、


 場面が一変する。地球上の各都市の荒廃ぶりがクローズアップされた。

ワシントン、ニューヨーク、モスクワ、東京、ロンドン、パリ、世界の都市はジャングルと化していた。うっそうたる森林の陰に、その片鱗を晒していた。超高速ビルは跡形もなかった。人類の文明は、自らの愚かしさによって、消滅していた。

―――カミは人間がこの悪環境にどれだけ耐えられるか見守った。その間、カミは着実に地上に都市を築いていった。―――

 第3次世界大戦から300年がたった。放射能の影響も少なくなった。人間は3億からわずかに増加したが、文明と言える程のものではなく、先祖が残した遺産を食いつぶしていた。

 カミは人間の飼育を始めた。食料に事欠く人間をかり集めて、耕作の方法や魚の採集などを教えた。その他に衣服や、住居などを与えた。

 カミの元に集まる人間の数が増えてきた。カミは姿を人間にさらした。原始状態に還っていた人間は、カミの姿を見ても驚かなかった。カミを崇めて、与えられる仕事に嬉々として就いた。

 ナレーションはやんだ。

・・・これが猫の歴史か、松池は違和感を感じていた。何故かしっくりしなかった。第3次世界大戦が起こったとすれば、松池がタイムスリップした後であろう。それにロシアは・・・。1990年頃はまだソビエトだったはずだが・・・。(ソビエトがロシアになるのは1991年である)それに、イラクが眼の敵にしていたのはアメリカの筈だが・・・

 松池の疑問は尽きなかった。しつこく質問すると死刑にされそうなので、黙って頷いた。


 1時間の休憩後、

「あなたの同胞の現状について話します」

 スクリーンに田や畑、牧場の風景が展開する。ねずみ色の作業服姿を省いては過去の見慣れた景色だった。コンバインやトラクターの様な機械は見当たらなかった。

 牧歌的な情景と共に声が進行していく。

全ては手作で行われる。この地域の人間が食べる量の倍の収穫があれば、それで充分だ。余った食物は、不足している地域へ供給される。あなたの世界のように、貨幣を媒介としない。穀物や天然資源を戦争の道具にするような、悪意はここには存在しない。欲しいものは何でも手に入る。余分に貯め込む必要もない。働きたいときに働き、休みたいときに休めばよい。病気になればコンピュータが介護する。

「娯楽はないのか」

「それは必要としない。音楽や芸能、その他の地域の情報は、いつでも提供される」

山の風景を味わいたければ、居ながらにして3次元的体験ができる。あなたの世界のように、娯楽と称して、自動車と言う、1つ間違えば殺人凶器になりかねない道具を他人の迷惑の顧みず乗り回したり、一方では食うに困る人がいると思えば、金持ちといって、あふれる物質を自分の欲の為に消耗する人もいる。便利さを求める一方で自然を破壊する。それが人間の文明なのだ。

 スクリーンには自然の中で働く人間の姿を映し出している。黙々と働く人の姿は、松池が見たロボットの様なものだった。彼らは本当に幸福なのだろうか。松池の疑問に答えるように、人間の夜の姿が映し出された。

 松池が経験したと同じように、食事は、料理の必要はなかった。食べたい物が即座に現れる。耳に快適な音楽が流れる。ヒマラヤ山脈の壮大な光景、海底の魚群、色とりどりの花の咲き乱れる平原、それらの風景が展開されていく。風や花の匂いなどが部屋中に拡がっていく。陶酔感の内に安らかな、深い眠りに入っていく。

・・・松池の世界は人間関係や仕事が複雑だった。毎日仕事に追いまくられて、不眠症の日か続く。ストレス解消にアルコールに溺れたり、性欲に取り憑かれたり、他人を傷つけたりする。中にはストレスの解消法を持たず自殺する者もいた。限られた富を得ようと、必死になって生きていた・・・


 ストレスの解消法は、潜在意識に直接働きかける。悩みや問題点の原因を探り、その解決を図る。セックスによってストレスを解消したい者は、好みの異性と合意の上で性行為を行う。生まれた子供は、両親が育てるのも良し、コンピュータに任せるのもよし。強制はしない。

 健康で長生きして、楽しく仕事をする。これがカミが人間に与えた贈り物なのだ。カミに抵抗する人間はいない。誰も人間の行動を制約しない。

「まるで極楽だ」

「カミの科学技術のお陰だ」

「ここに人間が、他の地域に行きたいと思ったら、行けるか」

「必要とあれば行けるが、意味なく行く事は出来ないし、その必要もない」

「ここは私の時代に、常滑と言われたところだ。沖にある広大な島は飛場跡と思うが・・・」

声はその通りだと答えた後以下のように付け加える。

―――松池がタイムスリップして、15年後に完成した。飛行機、原始的な乗り物だ。騒音が激しく石油エネルギーを使用しているため、大気の汚染がはなはだしい。経済的利益の享受が大きい割には、この地域の住人の受けた苦痛も大きかった。―――

 声がやむとスクリーンは知多半島を大写しにした。銀色の超高層ビルがあるのは、常滑の他、大府市あたり。その周囲では田や畑が拡がり、放牧や牧畜も行われているようだった。

「あなたの着ている服は木綿だ。この地域で生産されている。知多と呼ばれていたこの地域は海に面しているので、漁業も盛んだ」

「名古屋は?」

「存在していない」

 スクリーンは名古屋地方を大写しにした。うっそうたるジャングルと化した名古屋の北の奥の小牧の方に、銀色の超高層のビルがかすんで見える。

 松池は嘆息する。松池の世界は何処にもなかった。人間の長い歴史は消滅していた。猫に飼育され、ロボットのように生きていたのだ。松池は心の中が虚ろになっていく。人間の優れた知能や、生き抜く行動力は何処へ行ったのか。原始状態に戻ってしまったとはいえ、5百年ぐらいで失われてしまうものなのだろうか。疑問が次々と湧いてくる。

 その時室内で玄妙な音楽が流れてくる。松永はソファに横になって、深い眠りに入っていく。


                  我が故郷


 「ヒロシ、起きろ」声に促されて、眼を開ける。

 三毛猫のロムがソファの肘掛けにいた。松池は起き上がってロムを見た。ぼんやりとした脳裏で、白猫のタマを思い出す。表情が似ていると思った。猫は毛並みさえ同じなら、皆同じに見える。

 ここに来てから松池は変わった。今はロムを上司のように接していた。

「よく寝たか」

松池は生あくびを噛み殺しながら頷いた。

「君は従順になった。ここの人間のように仕事をしてもよいし、自由に歩き回るのもよい」

「ありがたい事だ。ここから出ても良いのか」

「もっとも、ここから出たところで、一人では生きてはいけない。結局はここで暮らすしかない」

ロムは言った。

 しばしの沈黙の後、ロムは顔を洗い出した。前足を舌で撫でて顔を洗うのだった。松池は呆気にとられた、その行動に見入った、ロムは一通りの仕草を終えると、顔をゆがめて、歯を出して二ャッと笑った。松池は背筋が寒くなった。人間以外の動物が笑うと気持ちが悪いと思った。

「おかしいかね」

「いや、そういうわけではないが・・・」松池は慌てて言い繕う。

「今日は護衛の人間がいないが・・・」

「その必要はなかろう」

 松池は頷く。猫に反抗する気力は失せている。彼らは松池の主人なのだ。

「ところでヒロシ、リシ様が君に尋ねたいことがあるそうだ。外の空気を吸う前に、リシ様に会ってほしい」松池は裁判長の黒猫を思い出す。

 スクリーンにリシの姿が映し出される。

リシは言った。

「君がここに来て、7日になる。君は今でも自分の家の事は判るかね」

「判るも何も、家の設計から建物の仕様まで自分でやったのだ。細かいところまで判るよ」

「そうか、実は君にお願いしたい。我らの聖域、君の住んでいた場所に来て、見てほしいのだ」

「見るって、何を」

「君の家だ」

「家って・・・。私の家があるのか!」

 リシは頷いた。松池は興奮した。まだ自分の家があるなんて・・・。今どういう状態なのか知りたかった。あの金色のピラミッドが一体何なのかも興味があった。

「リシ、教えてくれ、あれがどうして君たちの聖域なのか」 

 リシは体を丸めて、眼を細めていた。しばらくして大きな眼を見開いた。

「ここは我らの世界、地球の中心地になる。あの聖域は・・・」

 リシは大きな口を開いてニャーニャー鳴く。

君達の世界で言えば、心の拠り所。神社や仏閣に当たる。奇しくも、あの場所が君のいた場所だったとは。

我らの先祖が聖域を建立した時と、君が住んでいた頃とはどのように違っているか知りたいのだ。

「ヒロシ、判ってくれるか。詳しい事はおいおい話す」

松池は頷いた。

「それでは、ロムと一緒に来てくれないか」リシの姿がスクリーンから消えた。

「それでは行こうか」ロムが先に壁の内に消えた。松池が後に従う。

 壁を抜けると同時に、トンネルの中にいた。百メートル程歩く。鉄の扉があった。

「私だ」ロムはニャーと鳴いた。ここからは壁の中を通り抜けられないとみた。

「声紋識別完了」声がした。鉄の扉が左右に開いた。松池たちが入ると、入り口が閉まった。

「ここは聖域の百メートル真下にあたる。円錐の直径は2百メートル。この聖域は4百年前に作られた。ここに入る人間は君が最初だ。我々でも、誰でも入れるわけではない」ロムは歩きながら言う。しばらくするとエレベーターがあった。

「すべて4百年前の施設だ」エレベーターに乗り込みながらロムが答える。

 エレベーターから降りて外に出る。天井が広々として、金色の光に満ちていた。松池は周囲を見回す。見覚えのある光景だった。

 松池の家の西側はなだらかな勾配となっていた。北側は昔、山だったが海を埋め立てる為に土砂を削り落としている。5メートル程の崖となっている。東側も崖で一部を土管で補強している。南側だけが平地が続いている。西にある海岸からは2百メートル程の高台となっていた。

 後ろを見ると松池の家があった。エレベーターは家の前の空き地にあった。

家は妻と結婚して間もなく建築に着手した。松池がタイムスリップした時は完成して2年ぐらいだった。檜の香りも香しい真新しい家だった。

 妙な懐かしさがあった。家を出てからまだ1週間しかたっていないと言うのに、数十年ぶりに我が家に帰ってきたような郷愁があった。

 家の南に工場があった。松池が若い頃には土管を造っていた。2百坪ほどの広さがあった。工場は板囲いで粗末な造りだったが地震や台風にも耐える程頑丈な構造だった。五十坪ほどの建物を南北に四つ繋ぎ合わせた工場だった。外観は多少変わっていたが、5百年の歳月を超えても、ほとんど変わっていなかった。

自宅も方も、外観は古びているが、5百年たった建物とは思えなかった。

 家は簡易式の入母屋だ。ねずみ色の陶器瓦は昔のままだった。外壁のサイジングの白が灰色に変わっていた。サッシ窓のブロンズ色が浅黄色に褪せていた。

「驚いた。私が家を出たときと大して変わっていない。タイムスリップなどなかったみたいだ」

「この家は君がタイムスリップしてから30年後に保護された。多少の改造が行われ、保管されてきた。中に入ろう。リシ様がお待ちだ」

 松池は玄関の引き戸を開ける。玄関の先に東西に一間幅の広縁があった。西側は二間続きの和室八帖と六帖の2部屋と16帖の応接室があった。玄関を上がると一軒幅の廊下が南北に走っている。東側が別棟で松池の不動産業の事務所となっている。廊下の奥が10帖の台所、台所の西に、6帖の和室に接して10帖の書斎があった。台所の北には古い蔵があった。新築する前は築120年の家が建っていた。それを取り壊しての新築だった。

 何から何までそのままの状態で保護されている。

松池が家の中を見回していると、書斎からリシが出てきた。台所のテーブルに飛び乗った。

「ヒロシ、どうだね。懐かしいかね」眼を細めて聞いた。

「ああ、懐かしい。5百年以上たっているとは、思えない」

「ここは我々の聖地だ。当時の状態を保とうと努力しているのだ。ところでどうかな。君のいた頃と比較して、変わった所はないかな」

 松池は注意深く部屋の中を見回した。和室にあったタンスや応接室のテレビが無くなっていた。台所の食器棚や食器などが消えていた。

 彼は書斎に入る。本好きで、当時月に10万円ぐらいを本代にあてていた。小説や政治経済に関する本は読まなかった。宗教関係や神秘思想、古代哲学が好きだった。その他、易学、日本や世界の古代の歴史なども読んでいた。書斎にはこのような本ばかりが並んでいた。

 部屋の中の本棚には、松池がタイムスリップする前のままの形で本が並んでいた。5百年も経ったとは思えない程本はしっかりしていた。机やベッドなどが当時のままの形を保っていた。松池は棚から1冊の本を取り出す。紙は新しい。本も新品の様だった。

「5百年も経っているとは思えない」彼は感嘆の声を上げる。

「この中の空気は温度、湿度ともに一定に保たれている。清浄な空気だ」

ロムは得意そうに、長い尻尾をくるりと回した。

「どうだね。これらの本に見覚えがあるかね」

「まるで1週間ぶりに帰ってきたみたいだ。それにこれらの本は町の本屋さんには売ってない物ばかりだ」

 松池は新聞の小さな広告欄で捜したり、名古屋の古本屋を歩き回ったりして買いあさっていた。1冊1冊に愛着があるし、何度も読み返している。特に易学関係や神秘思想関係の本は擦り切れる程読み返している。

「どうだね。この中で、失われた本はないかね」

 リシの問いかけに松池は改めて書棚を点検する。千冊余の本をすべて覚えているわけではなかった。それでも大体の本は把握できる。1冊づつ手に取ってみる。紙は少し黄ばんでいるが紙質はしっかりしている。

 書斎は南と北の壁に7段の棚がある。あまり読まない本を南側の棚に、よく読む本を北側の棚に並べていた。その中でも頻繁に手にする本を下から3段目の棚の並べていた。松池の眼はその棚に釘付けとなった。

「私の記憶に間違いがなければ、3冊無くなっている」

「それはどんな本かな」

「まず、エメラルドタブレット」

「どんな内容の本か」

 松池は大体の内容を話す。

―――今から5万年前、アトランティスにいたトートヘルメスが書き残したと言われている。内容はエジプトのギゼーのピラミッドは彼が造ったとか、人間が神になる方法が書かれている。その他、時間と空間の概念、つまり4次元世界においては時間も空間も存在しない。この世界、つまり3次元世界は、4次元世界の1つの表れに過ぎない。その4次元に入る方法など―――

 松池は話しながらリシを見ていた。猫の歴史と矛盾する表現があるからだ。


 リシは大きな黒猫だった。どっしりとして、猫の中の猫といった風貌を備えていた。太くて長い尻尾をだらりとたらして松池の話に聞き入っていた。

 穏やかそうな眼が、ギラリと光る。何を考えているのか奥の深い眼差しが不気味な印象を与える。リシは無表情に松池の話に聞き入っているのみだった。

「次に奇門遁甲家相術」

―――この本は不動産と言う松池の仕事上必要な知識として購入している―――

 この本の内容はこの物質世界は、木、火、土、金、水から成り立っていると考えて、人間の性格や、行動を推察する。幸福になるためには、住む家をどのような形にするかを考える―――

「もう1冊は、日本の超古代を記録していると伝えられる竹内文書」

「それは何か」

―――一般に日本の古代の記録は古事記、日本書紀に書かれているとされていた。竹内文書やこの棚にある秀真伝や上記等からみれば、古事記や日本書紀などはこれらの古記録のダイジェスト版と言われている―――

「しかし、国撰だと言われているが・・・」

 リシの言葉に松池は驚く。

「我々でも、人間の過去の歴史ぐらいは知っている」

「国撰だからこそ、歴史として強制させることが出来た」松池は反論した。がすぐにも

「こんな事を言うのが目的ではない。これらの本の中には不老長寿の方法や、死者を蘇生させる秘密。頭脳を何倍にも飛躍させる方法が記されている・・・」

 松池は次の言葉を継ごうとして、リシを見て、背筋が寒くなる。リシの大きな眼がギラリと光ったのだ。知能を持っているだけに、眼の異常な輝きは不気味だった。

「実は・・・」言おうとして、松池は口をつぐむ。この猫は一体何を探ろうとしているのか。この家と言い、書斎の本と言い、5百年間、完璧に保存されてきた。誰も近づけないように、円錐形のピラミッドで覆っている。この方がむしろ異常ではないか。

 松池は本棚の中に本を読んだ後の感想文を残していた。ある物質を使用する事で、人間が神のような存在になる方法を具体的に記録したものだ。人に見せる物ではないので大胆な仮説として記録しておいた。

 ―――人間は元々神から生じた。何億年もの長い間、転生を繰り返し、色々な試練を繰り返しながら神そのものになって大宇宙(神)の懐に帰ると言うものだ。この物質を使用すると、その期間が何百倍の縮まる―――

これが松池の仮設の結論であった。

 この仮説のメモ帳は本棚にはなかった。松池はこの仮説について口にするのをためらった。

「リシ、教えてくれないか。何故ここにこだわるのか。何故こんなに完璧に保存しなければならないのか」

 リシは松池の顔を凝視する。

「それは言えぬ。ここは我々の心のより所だ。だから完全な形で保存した」

 松池はリシが本当の事を言えば仮説の事を話そうと思った。

「ほかに失われた本はないか」

「私の記憶では、ないと思う」言いながら松池は外に出る許可を求めた。

 家の外に出ると、三毛猫のロムが尻尾をぐるぐる回しながらついてきた。彼は人懐こい猫だ。

「ヒロシ、気付いた事があったら、どんどん言ってくれ。それが君のためだ。ここの真相を知りたければなおさらだ」松池は内心を見透かされたような気持になった。内心ぎくりとした。

 家の前の工場は粗末な板で囲われていた。ガラス窓は内側からベニヤで覆われていた。中を見る事は出来ないようだった。

「工場の中を見れないか」

「だめだ、中に入れるのは、リシ様だけだ」

 松池はますます真相を知りたくなった。自分が一番知っている筈の故郷ではないか。それが1番知らない場所となっていた。彼は家の周囲を歩いた。

 工場はどの窓もベニヤで覆われていた。入り口も外から入れないようになっていた。工場の東側は崖になっていて、赤レンガの階段があった。その南側に弟の家があった。階段の下には南北に走る道があった。道の東側はまた崖になっている筈だったが、その手前で金色の壁が聳えていた。

 工場の南側に借家があった。それもそのままの形で存在していた。借家の南側も金色の壁になっていた。

松池は工場の西側に行った。そこからは常滑港や市役所などが展望出来た。足元の崖の下の方から金色の壁で仕切られていた。次に家の後ろ、北側へ行った。常滑市役所一帯を埋めたてる為に、土砂を取り崩したので、絶壁となっている。その崖下にも借家が建っていたが、それもそのままだった。

「ヒロシ、感想はどうかね」ロムの言葉に、

「すべて、昔のままだ。しかし・・・」

「しかし?」ロムは松池の顔を覗き込んだ。

「樹や草がない」彼の心のなかに虚しさが拡がってきた。

「1つ1つ、注意深く排除した」ロムは事もなげに言う。

「何のために」草木と言えども幼い頃から、松池の体の一部のようになっているのだ。

「聖域に必要ないからだ」

「ロム、ここは私の故郷だった」松池は理由もなく感情が高ぶってきた。

「今でもそうだ」

「違う!ロム、感想を言おう。口では言えない何か違和感がある。草木がないからだけではない」松池は泣きたい気持ちを抑えていた。無性に悲しくたってきた。

 初め、ここに連れてこられた時は懐かしかった。内実を知るにつれて、空虚な気持ちになっていった。この家だけが故郷ではない。家の周り、隣家、周囲の景色、そこに住む人々、そのすべてが故郷なのだ。これではまるで囲いに入れられた標本ではないか。松池は気持ちを正直に話した。

「何故ここを聖域にしているのか。何故、家の中や、書斎の本にこだわるのか、教えてくれないか。君たちに何でも協力するつもりだ」

 ロムは松池を見上げていた。

「判った。リシ様に話してみよう」


 「人間は奇妙な生き物だ」リシは言った。

松池は部屋に戻されていた。リシは不思議なものでも見るように松池を見ていた。

「あの家が、君の神経を高ぶらせる程のものとは思わなかった」

「あの家は、私が丹精こめて作ったものだ。それに妻との思い出深い場所でもあるのだ」

 リシはしばらくの間、松池を見ていた。

「それでは、あの家が何故聖域で、書斎の本にこだわるのかを話そう」

そのうえで・・・。納得がいったら、お願いしたいことがある。リシは大きな眼を炯々と光らせてかたる。

―――コンピュータが我々の歴史を話したから、判ってくれていると思うが、君がタイムスリップして、約20年後に第3次世界大戦が起こった。その直後の事だった。我々が地球に移住するのに最適な場所を探す偵察が行われていた。

 偵察隊の小型UFOがこの戦争の犠牲になった。その中に、当時の我々の最高指導者がいた。彼は、中部国際飛行場の基礎の下の海底の調査を行っていた。

 この戦争で、日本に水爆が投下された。東京と大阪に1つずつ。常滑が水爆の直撃を受けなかったことは不幸中の幸いと言えた。しかし、広島型原爆の百倍という威力に、地球の磁場が狂いだした。偵察用小型UFOは飛行能力を失った。

 最高指導者以下数10名の同胞がUFOを見捨てねばならなかった。騒然とした人間の社会に放りだされたのだ。不幸な事に、我らの姿は猫に酷似していたので野良猫と間違われて迫害を受ける事になった。しかも世情は戦争の為に混乱を極めていた。

 彼らは必死になって見の安全を図った。彼らを救ったのが、君の家に住んでいたマサルだった―――

「マサル・・・?」

―――君の弟の子供だ。君がタイムスリップした後、君の弟一家が移り住んだ。それから10年後、君の弟が死んで、マサルが跡を継いだ。25歳だったと言う。それから10年後に彼らはマサルに助けられた。猫好きなマサルは、彼らを哀れなノラ猫と思い、家に入れた。すぐに宇宙から救助隊が派遣された。

 水爆投下1か月後、死の灰は日本国中はおろか、地球規模で広がり、大気を覆い尽くしていた。日本はすでに政府と言う中枢機能は存在していなかった。臨時政府が造られたが、国民を救う存在に至らなかった。死の灰によって多くの生物が死に絶えていった。人間は地下や洞窟などに生存の場所を求めていった。大気は汚染され、黒い雨が降り続き、我々の地球移住計画は無期延期された―――

 黒猫のリシはニヤーニヤー鳴いている。それが人の言葉として聞こえてくる。猫の鳴き声は甲高い。初めは耳障りだったが、慣れてくると猫が人の声を話しているような錯覚に陥る。リシのまん丸い眼は松池を見詰めたままだ。松池は身じろぎもせずに聞き入っていた。


――― 最高指導者を救ってくれたマサル一家を見殺しにはできなかった。とりあえず、2百メートル四方の円蓋を張り巡らした。せめてその中の空気だけでも浄化し、マサル一家とその周辺の人々の生命の安全だけでも確保した。

 円蓋で覆った当初は空気は浄化できたものの、土地は放射能が浸み込んで、草木は枯れ果てて、家の外に出る事は危険だった。我々が食料の調達を行っていた。

 それから3か月後、不思議な事が起こった。マサルの家と工場を含めたその周囲の土地から放射能が消えていた。草木も若々しい芽を吹きだした。太陽がないにもかかわらずだ。

 我々はこの現象に眼を見張った。原因の究明が行われた。特別な土地でもないのに、我々の科学技術力をもってしても判らなかった。

 それから百年後、今のようなピラミッドにした。今でもその究明が行われている始末だ。当初からその原因解明の秘密が書斎の本にあるのではないかと考えられてきた。というのは、マサルが生存中に、家の周囲に何か特殊な”物”を埋めたという噂が流れていた。本はすべて調べ尽くした。土地も家もすべて調査済みだが、原因は不明のままだ。これが解明できらた、放射能の浄化や、植物の育成に大きな期待が出来るのだ―――

 リシは松池が何かを知っているのではないかという眼つきをしている。

松池は3冊の本の行方とメモ帳の事を思った。リシの説明だけでは、納得いかないのだ。これらの本とメモ帳には、超古代に栄えたムーやアトランティスの神秘思想の秘法が集約されていた。リシの説明や猫の歴史に、肌の合わない違和感を感じていたのだ。

「リシ、よくわかった」松池は努めて明るい声で言った。

「ヒロシ、他に知っていることがあるだろう」リシは誘い水をかけてきた。

「知るも知らないも、本が3冊失われている事は判ったが、それ以外の事は判らない。何せこの世界に来てまだ、日が浅いのだ」

 リシは眼を閉じた。「わかった。君を信じよう。ところで君にお願いしたいことがある」

リシの言葉が終わらぬ内に、壁がスクリーンととなって、夕闇の牧場が映し出された。

 そこには、闇夜に紛れて数人の人間が牛小屋に近づこうとしている。

「これは!」

「人間が牛を盗もうとしている」

「ほかに、人間がいるのか」

「我々に従おうとせぬ者たちだ」

 リシは以下のように語る。

 我々と共にいる人間には、物心ともに幸福になるよう心を砕いてきている。しかし彼らは我々に対敵して森の中で棲息している。自分で食料を作らない為に、いつも飢えに悩まされている。時々こうして牛を盗みに、いわゆる里に出没するのだ。

・・・まだほかにも人間がいたのか・・・松池は新たな驚きに襲われる。

「我々は彼らと共存する方法を模索している。穀物や牛や馬なども欲しいだけ盗ませてている。監視もしていない。彼らが生き延びるにはそれしか方法がないからだ」

 リシはなおも喋り続ける。

「どうしたら、彼らと共に生活できるか、それが問題だ」

 スクリーンは、牛小屋から牛を1頭盗み出そうとしている数人の人間を大写しにしていた。

髪を伸ばし、毛皮をまとっていた。顔中髭だらけで人相が判らない。

 「ヒロシ、君の力で、彼らを我々の元に導いてはくれぬか」

「私にそんなことができるのか」

「君ならできる。いや君にしか出来ないと言ううべきかな」

「今まで、彼らを導いたことはあるのか」

「ここ5百年の間、何度か試みられた。ある時は、人間そっくりのロボットを送り込んだり、ある時は、我々の人間を送り込んだりした。いずれも彼らに皆殺しにあった」

「私が行っても殺されるだけではないか」

「その心配はない。君は聖域の中の住人だったからだ」

 リシは淡々と話しているが松池には驚く事ばかりだった。リシはなおも言う。

「あの場所が我々にとって特別なら、彼らとて同じ様に考えている。それに、君の事は彼らのラジオ短波に流している」

 彼らは最低限の科学文明は持っていると話す。

「我々との接触を絶たないためだ。我々が与えてきた」


 リシはさらに驚くべきことを話す。

彼らの人口は百万人はいると言うのだ。

「百万!」松池は驚く。

彼らは食うに精一杯の生活だ。彼らをこの境遇から救い出して、我々と共に明日の社会を築いてほしいと願っている。説得してほしいとリシは言う。

 松池は気になることを聴く。

「ここに居る人間は、ロボットみたいだ。眼に光がない。何故なんだ」

 リシは体を丸めて、眼を細めて黙想していた。決心したように眼を開く。

―――今から150年前、原始生活のような状態から、人間を救い出そうとした。ところが、厳しい環境の中で生き抜いてきた人間は荒々しい気性になっていた。彼らを手なずけようと、色々な方法が試みられた。しかし我々と共存するどころか、我々を猫と言う抜きがたい動物意識を持っていた。我々はやむを得ず、人間の脳の改造を行った―――

「脳の改造?」

「難しい事ではない。額にある前頭葉に電気的な刺激を与えるだけだ」

 これによって前頭葉の機能は麻痺して、性格は大人しくなる。健康上問題はなかったし、我々の言うう事も素直に聞いてくれた。我々はそのようにして人間を導いてきた。

「しかし・・・」

「しかし?リシ、彼らはもはや人間とは言えないぞ。言われたことを黙々とこなすだけだ。人間としての喜びも楽しみもないぞ」

「ヒロシの言う通りだ。2つの大きな問題が生じていた。1つは前頭葉への麻痺は遺伝する事だ。それにもう1つ、セックスに興味を抱かなくなった」

 人口が減少の一途を辿っていると言うのだった。リシは大きな眼を松池に向けて以下のように言った。

我々の生まれた星では人間に似た生物がいた。彼らは小人で我々を主人と崇めていた。見ての通り我々は”手がない”。故郷の星では彼らの助けを得る事が出来た。この地球では人間の協力が必要だ。ロボットの開発に期待をかけたが、人間以上の能力は得られなかった。我々の生死がかかっている。我々は人間の神になる必要はない。我々の科学技術を人間に分かち与える事で、我々も助かる。人間に我々の手足になってい欲しい。


 リシの言葉には真摯な響きが感じられた。嘘はないと思った。人間が彼らの科学技術を習得できれば、昔日の繁栄を取り戻す事が出来る。 

「私はどうしたらよいか」

 松池の問いに、リシは以下のように答える。

―――君は我々にとって、特別な人間であるように、彼らにとっても特別な人間の筈だ。彼らの地域に入って、君が見た通りの我々の世界を、話せばよい。我々と一緒に生活するように説得してほしい。時間がかかるかもしれないが、我々は気長に待つ―――

 松池は1人になって考えた。タイムスリップして予想もしなかった体験をした。リシは何処へ行こうとも拘束しないと言った。彼らは自らを”カミ”と呼んでいるが、松池は猫と呼ぶことにした。町を歩いてから、猫に従わぬ人間の世界に行ってみようと思った。


 のペリとした窓のない銀色の超高層ビルは常滑市役所の近辺に集中していた。

松池は久し振りに外の空気を吸った。町の中を歩くと、猫が至る所でゴロ寝をしていた。ロムの話だと、猫にとって日光浴は何よりのご馳走だと言う。生態は人間の猫そのままだった。猫たちは松池をみても、ちらりと見上げるだけだった。松池の事は熟知しているらしく、彼らの顔付は穏やかだった。

 競艇場のあった所から、白浜が沖の方まで続いていた。護岸も堤防もなかった。田や畑は樽水方面の丘陵地帯に、牧場は旧常滑市街、三和、榎戸方面に集中していた。

「コンピュータ、護岸がないが、台風がきたらどうなるのか」

「台風は日本に上陸する前に、電気エネルギーに変換させて消滅させます」

「君のエネルギーは何だ」

「基本的には太陽です。人口衛星に集中された太陽エネルギーを電気エネルギーに変換します」

松池はコンピューターと話をするにが楽しかった。ねずみ色の作業服は着心地がよかった。服の襟に取り付けられたマイクロチップがマザーコンピューターとの受信や送信を行っていた。猫の鳴き声も人間の声として受信出来た。


 松池は数日間、大野から板山、古場あたりまで歩いた。知多半島のほぼ中央に当たる。田や畑が途切れる所からは、うっそうたる森林となっていて、昼なお薄暗くなかに足を踏み入れるのがためらわれた。5百年前の面影などどこにもなかった。

 人々はそれぞれの分に応じて働いていた。動作は緩慢だったが、怠ける者はいないようだった。一見して牧歌的な光景だった。陽が沈む頃になると、人々はそれぞれの持ち場に応じて一か所に集まる。コンピュータの磁気変質作用で、一瞬にして超高層の各部屋に戻るのだった。

松池も自分の部屋に帰りたいと思えば、コンピュータに指示すると、何処にいようと、一瞬のうちに壁を通り抜けて部屋の中に入ることが出来た。部屋の中の生活は快適だった。できる事なら、このままここで暮らしたいと思ったが、猫に従わない人間に会いたいと言う気持ちが強かった。彼等こそ、人間らしい人間ではないかと思った。


 「リシ、明日の朝、この街を出る」松池は壁に向かって言った。すぐにもスクリーンが出て、リシの姿が映し出された。

「ヒロシ、よろしく頼む。なお、彼らの地域に入ると、磁場変質作用は不可能だから、心得てくれ」リシの姿が消える。代わってロムが現れた。

「ヒロシ、困ったことがあったら言ってくれ。マイクロチップは何処にいても通じる」

 朝9時、食事を終えると、松池は壁に向かった歩いた。壁を通り抜けると、三和地区の外れに立っていた。そこは牧場だった。以前、数人の人間が牛を盗んだ場所だった。牧草地帯が切れると、その奥は、うっそうたる森林だった。松池は高まる緊張を抑えて、森の中に入っていった。


                      我が同胞達


 松池は北東の方向に向かって、コンピュータの指示に従って歩いた。スクリーンでみた知多半島は、常滑の一部と半田と、阿久比の中間、東浦の一部を省いてはすべて森林地帯となっていた。ロムの説明によると、森林地帯の中に人間の住む場所が点在している。人間は厳しい環境下で生活しているので人口は増加していない。ここ百年ばかりは横ばい状態だと言う。

 松池が行こうとしている場所は、知多半島の中でも最も勢力があり、この地区の中心的存在だと言う。松池が行く事はすでに知っているとのことだった。

 1時間程歩いた。大樹が林立していたが、熱帯地方ではないので、アマゾンの密林のような状態ではなかった。むしろ今にも森の妖精が出てきそうな、樹木の間から日の光が射し込んで、穏やかな雰囲気だった。

「ここらはどのあたりなのか。どれだけ歩いたのか」

「5キロ程歩きました。場所は知多半島の佐布里あたりです」コンピュータは松池の時代の呼び名で教えてくれた。

 1つ丘を越えて谷に入った。また丘を登る。丘を下ると「もうすぐ、湖に出ます。あなたの時代には佐布里池と呼ばれていました」コンピュータの声は優しい。

「湖が見える所に来たら、そこで休憩してください」松池はコンピュータの指示に従う。

 高台からみた佐布里池は、松池の時代とは随分異なっていた。知多市の飲み水の供給源としての佐布里池は、池の間に橋がかけられて、市民の憩いの場所だった。

 今見る湖は森林の中に青々として横たわっていた。大きさも松池の時代の倍はあろうか、神秘的な趣を漂わせていた。本当に水の妖精が出てきそうな妖しい雰囲気さえ漂わせていた。

 自然が自然に還るとはこういうことを言うのか、人を寄せ付けない厳しささえ感じられた。松池は疲れも忘れて佇んでいた。

「お前がヒロシか!」

 背後から声をかけられて、思わず振り返る。いつの間にか数人の男が松池を囲んでいた。厳しい顔つきやその姿は映画で見た山の民のマタギそっくりだった。髪はぼうぼう、無精髭も荒々しい。熊の毛皮こそ着ていなかったが、牛の革をなめした半袖を着ていた。

「いつの間に・・・」松池は絶句する。

「お前が森に入ってから、ずっと後をつけていた」

「ついてこい」リーダー格の男が言う。

 男達は松池をぐるりと取り囲んで出発を促した。佐布里の方に向かって歩き出した。湖の西側を回っていた。道がないので歩きずらかった。男達は軽々と歩いていた。しばらく歩くと、男達の足の速さについていけず、音を上げた。

「もう少し、ゆっくり歩いてくれないか」

「子供のような足だな」

 男達は嘲笑したが、言葉の割には優しかった。松池の歩調に合わせて歩いてくれた。

「もうすぐだ」リーダー格の男が言う。

 森の中を歩くので、歩く時間の割にはその距離は少なかった。

 しばらく行くと、大木が無くなった。高さが4,5メートル程の樹木に変わった。木もまばらになった。

「あれが、わしらの住まいだ」男の1人が指さした。


 コンクリートのビルが林立していた。ほとんどが半壊していた。ビルは長屋方式の細長いものが多かった。ビルとビルとの間は樹木が繁殖していた。ビルは何十棟もあるらしく、子供や女の姿がまばらに見えた。

「こっちへこい」リーダー格の男が松池を手招いた。気が付くと、他の男達は消えていた。

 男はあるビルの方へ歩いていく。このビル群の造りは見た事があると松池は思った。ポケットから耳栓を取り出した。他の者に聴かれてはまずい時のコンピュータ用イヤホーンだった。

「ここはどこか」松池は密かに聞いた。

「あなたの時代に知多市つつじヶ丘と呼ばれていました、大規模な団地です」

「住まいに適するよう、周りの樹木を払わないのか」

「カミを恐れているからです。人間は、カミが空から眺めていることを知っています」

 コンピュータは続けて以下のように言う。

人間はカミにさとられないために、森林に住んでいるが、カミは人間の動きをすべて察知している。松池の役目はこの事実を人間に知らせるためもある。

 松池の気持ちは複雑だった。

 ここに住む人間たちは、猫に見つからないように、必死になった生きているのだ。しかし、お釈迦様の手の中で動き回っている孫悟空みたいだと、さとってはいないようだった。人間が生き延びるためには、猫達と共存するしかないことを松池は知らされている。

・・・彼らを説得できるだろうか・・・不安と期待に松池の胸は高鳴った。


 男は壊れたビルの一階に入る。松池の時代、このビルの扉はスチール製だったが、今は壊れそうな木の扉に代わっていた。部屋の中に入る。室内はガランとしていた。男は次の部屋のドアを開ける。中に入る。松池も後に続く。地下への階段があった。明かりがなく手探りで降りた。

 20段ぐらい降りると、長い廊下が続いていた。

「地下室があるのか!」松池は驚いて声を上げる。

「口をきくな!」男は厳しい声で言った。

 廊下は下り坂になっていた。10分くらい歩くと、突き当りになった。豆電球が天井からぶら下がっていた。淡い光を放っていた。鉄の扉があった。扉にはのぞき窓があった。男は扉を激しく叩いた。

「誰だ!」声と同時にのぞき窓が開いた。

「俺だ。オサムだ」男が答えた。のぞき窓のなかの男が松池を見た。

「例の男か」言うなり、のぞき窓が閉じられて、鉄の扉が開いた。

 中に入って、松池は思わず声を上げた。

 広大な地下ホールになっていた、天上の蛍光灯の明かりをうけて、地下ホールは延々と何処までも続いていた。間仕切りされた部屋があった。それが行く部屋も奥の方に続いていた。

「ここは!」松池が叫ぶ。

「我々の本当の場所だ」

「本当の?」

「地上は仮の住まいだ。もっとはっきり言えば見せかけの住まいだ」

「みせかけ?」

「そうだ。カミへのカモフラージュだ」

「でも、この事は」

「カミのコンピュータが聴いていると言いたいんだろう。安心しろ、地下ではコンピュータも送信できん」

 男は言いながら、ぼさぼさの髪と伸び放題の髭を無造作に取った。牛皮の半纏を脱ぎ、作業服に着替えた。呆気の取られた松池を見て、にやりと笑った。

「俺はオサムだ。よろしくな」意外にも若々しい表情で言った。見るからに好青年だった。


 オサムは歩きながら「ここの地上には昔、知多市という役所があった。ここから3キロ程先に、海に面して製鉄所があった。カミはこれらの施設をことごとく破壊した。俺たちの先祖は苦心の末、この地下ホールを作った。ここでは製鉄から電力など生活の基盤となる物がすべて整っている。電力は潮の満ち引きを利用して作り出されている。皆カミに対抗する為に必死で生きている。

 オサムは暗い話の割には屈託のない言い方をする。松池は好感を覚えた。少し歩くと階段があった。

「まだ地下があるのか」松池は驚く。

「地下は3階になっている」オサムは何事もないように言う。

地下3階まで降りるとオサムは1つの間仕切りの部屋に入った。

「連れてきました」オサムは敬礼した。室内には長机の周りに数人の男達がいた。

「そこに掛けたまえ」正面の年配の男が言う。松池は椅子に腰かけると「オサム、ご苦労だった」年配の男は言った。

「はっ!」オサムは再度敬礼すると、部屋を出ていった。

「さて、ヒロシ、自己紹介をしよう。私はタロー。カミの通信によると、君は5百50年前の過去からタイムスリップしてきたとか。信じられない話だが、・・・」

 タローは浅黒い顔をしている。他の数名の男達も黒い顔で松池を凝視していた。彼らは皆着古したような作業服を着ている。室内には息苦しい緊張感が漂っていた。

「それはそれとして・・・」タローは以下のように話続ける。

 我々が興味を抱いたのは、君の故郷が、あの塔の中だと言う事だ。我々は多大の関心を抱いている。君にも大いに興味がある。

「どうだね。ここに来た印象は」タローは優しく問いかける。室内の緊張が和らぐ。

「こういう世界があるとは想像もできなかった。もっと詳しく知りたい」同じ同胞として松池はこの世界に入り込んでいきたいと思った。

「ヒロシ、カミから何か頼まれたかね」タローの口調が改まる。

「彼らは君たちと共存したいそうだ。私はその仲介を頼まれた」松池も言葉を改める。

「共存だと、馬鹿にするな。いつもわしらを奴隷にするだけではないか」

タローの左側の1人がこぶしで机をたたきながら叫んだ。

「キタ、止めないか。ヒロシはカミの使者として来ている。彼はカミについて何も知らないのだ」

タローは大男のキタを制した。

「ヒロシ、カミから何を聴いているのかね?」

 松池はカミの歴史や、カミの下で生きている人間たちの生活状況を詳しく説明した。男達の間にざわめきと苦笑が漏れる。

「ヒロシ、笑ってすまない。君を笑ったわけではない。カミとの話し合いは後にしよう」

 タローは一息入れる。一同を見回す。

「諸君、カミの下で生きている同胞たちが、このままでは死に絶えてしまう」

「だが、わしらはカミと共存できんぞ。わしらがカミを作ったんだ!」キタが叫ぶ。

 松池はびっくりしてキタを見詰める。

「しかし、共存できなければ、我々もこれ以上カミと対決出来んぞ。食料の増産が限界に来ているし、資材も底をついている」

 タローの張り裂けんばかりの説得に、皆の顔に沈痛の色が浮かぶ。

「ヒロシ、カミは本当に我々と平等の共存を望んでいるか」タローは真剣な眼差しで言う。

 松池はリシの真剣な顔を思い出す。

「嘘はないとおもう」

「その保障はあるのか」キタが疑わしそうに言った。

「保障はない。ただ、カミの下で生きている人間の人口が減っている。このまま推移していくと、カミの生存にも影響が出る。だからカミは人間と共存したいと願っている」

 松池はリシの気持ちを察して熱弁をふるった。猫の高度な科学技術が人間の物になれば、あるいは猫を支配できるかもしれない。彼は密かな期待を抱いていたのだ。


 男達の間に沈黙が流れた。

「よく検討するとしよう」タローが沈黙を破った。

「ところで、ヒロシ、塔の中はどうなっているのか?」

 タローの問いに対して松池はぐっと息を飲む。彼はキタの、人間がカミを作ったという言葉に引っかかっていたのだ。

 タローや皆の熱い視線が松池に注がれている。まず彼らの疑問に答えねばならないと思った。

松池は見た儘を話した。男達の間に失望の気配が表れた。もっと特別なものがあると期待していたらしい。

「ただ・・・」話していいかどうか口ごもった。

「ただ、何だね」

「彼らは書斎の本に執着していた。失われた本がないかとね。異常なくらいしつこかった」

「ほう・・・」男達は互いに顔を見合わせた。


 「1つ、聞きたい」今度は松池が尋ねる。

「さっき、人間がカミを造ったとが」言いながら、カミはあの塔を聖域として他の場所と区別している。君達もあの塔に関心があるようだが、どうしてか。問い詰めるように言った。

 「カミはあの塔から生まれたのだ。カミを造ったのは、君の弟の子供なんだ。我々の悲劇はあの塔から始まったのだ」タローは怒りをぶつけるように言う。

「まさか、それじゃカミの歴史とは・・・」

「嘘っぱちに決まってるだろう」キタがつっけんどんに言った。

 タローは松池を諭す様に話す。

当分ここに居るとよい。色々な疑問も自然と判る筈だ。カミが失われた本に執着していると言うのも気にかかる。

「ヒロシ、図書室でそれらの本があるかどうか調べてくれないか」

「本があるのか」

「馬鹿にするんじゃない。10万冊はある。」歴史、科学、物理など、項目別に分類してあると言う。

タローは松池の身分が保障されたわけではないと釘を刺した。その上で松池の時代の事を聞いた。

 松池は1990年代の知っている限りの事を話した。だが大して役に立つような情報がないとみて、深くは尋問されなかった。


 尋問が終わると、オサムが呼ばれた。松池は間仕切りの小さな部屋へ案内された。ベッドが1つあるだけだった。

「しばらく休め」オサムは言いながら部屋から出ていった。

 疲れていたが寝付かれなかった。猫の歴史が嘘ならば、どうして松池をここに送ったのか。リシの真意はどこにあるのか。色々な事が錯綜していた。やがて、うとうとした。寝ているのか、醒めているのか判然としないうちに「起きろ」オサムにたたき起こされた。まだ寝足りなかったが、ベッドから立上がった。

 オサムの眼は輝いていた。逞しく生きているようだ。頼もしい印象を与えた。

「ヒロシ、食事の時間だ。皆を紹介する。タローから丁重に扱う様に言われているからな」オサムは快活に笑った。松池はオサムの後についていった。


地下の2階は、むき出しのH鋼の梁が天井にかかっていた。約10メートルおきに、蛍光灯がぶら下がっていた。幅2メートル程の廊下には数十人の男達が忙しなく行き来していた。廊下の右側には間仕切りの部屋が続いている。男女共に同じ紺色の作業服を着ていた。松池がねずみ色の服装なので、行きずりの人たちは松池をちらりと見ていく。

 オサムは一つの部屋に入った。そこは大広間の食堂だった。一斉に皆の視線が松池に向けられた。オサムはその視線を無視して、松池に金物の皿を持つ様に言う。皿を持ってカウンターに行くと、姉さんかぶりの年配の女の人が無遠慮に松池を見る。皿の中にドロドロした羹を入れる。

 オサムは空いた席に座った。松池もオサムの側に座った。

「オサム、この男か」男の1人が聞いた。男女共に精悍な面構えをしていた。眼の光が野獣の様だった。食事を終えた人々はあわただしく出ていった。食後の休息をとっている者はいなかった。

 オサムは質問に答える代わりに、羹を一口頬ばって男を見た。

「紹介しよう。ヒロシ、こっちはダン、こっちはタツヤそしてこっちは・・・」オサムは早口に数人の男を紹介して、「ところで、ダン、潮流発電の具合が悪いそうだが・・・」

「オサム、こんな男の前で話してよいのか」

「心配するな。この地下じゃ、カミへの通信も無理さ」オサムは軽く受け流す。

 松池はオサムと、細面の、カミをぼさぼさに伸ばしたダンとの会話を聞きながら、羹をスプーンですくって食べた。塩気が効いただけの、何とも言いようのない味だった。お腹がすいていたので無理して食べた。

「まるで戦時中だな・・・」松池は誰に言ううともなしに言った。

「そうさ、ここ5百年、ずっと戦争だ」タツヤと呼ばれたマル顔の男は小さな眼を無理して大きく見開いて叫んだ。

「タツヤ、怒るなよ。ヒロシのあずかり知らぬことだ」

オサムの声に「そりゃ、そうだが・・・」タツヤはまだ何か言いたそうだったが口をへの字にして黙った。

「ヒロシ、聞きたいことがあろうが、次の機会に譲ろう。やらねばならんことが一杯ある」

 ダンとタツヤは数人の男達と共に席を立って、そそくさと食堂を出ていった。後は松池とオサムだけとなった。


                    真実の歴史

 

 食堂には松池とオサムの2人しかいなかった。3方が壁に囲まれて、天井高も2メートルしかない。蛍光灯の明かりだけが淡い光を放っていた。2人は黙々と食事を摂っている。

「オサム、君達に苗字はないのか」

「苗字?」

「私はヒロシと呼ばれているが、正確には松池宏という」

「あるにはあったが、今はない」言いながらオサムは以下のように説明する。

 生き延びる事に必死で、必要でないものはすべて捨てられた。昔は苗字があったが、同姓同名の者もあり、分類するのに不都合な事が多くなった。なにせここには4万人以上の人が暮らしている。住居は1部屋で5人割り当てられて、何号室と呼ばれるようになった。何号室の誰と言えば判りやすいし、簡単だった。

「俺は13号のオサムと言えば判る」

「君の仕事は何だ」

「リーダーの意志を現場に伝えるのが任務だ。ヒロシ、お前の仕事は?」

 松池は自分の仕事を話した。

「何だ、その土地の売買とは」オサムは怪訝そうな顔で聞いた。松池は詳しく話した。

「地上の土地を、売ったり買ったするとは理解できん。それにお金とは何だ」

 話はかみ合わなかった。それでも松池は噛んで含めるように話した。

当時の日本の人口は1億を超えていたこと。政府と言う機関があって、人々に委任された代議員によって運営され、税金やら法律などが制定される。子供でも分かるように話したが、オサムはますます信じられないといった顔つきになった。


 話が途切れる。

「オサム、どうしてこのような世界になってしまったのか、教えてくれ」

「それについてはリーダーのタローが話をする筈だ」オサムは金物のコップに入った水をぐっと飲んだ。

彼が言うには、ここの世界はあらゆる面で行き詰まっている。現状を打開する方法が模索されている。食料の増産も、衣類も、鉄鋼も、あらゆる物が供給の限界に来ている。こんな時に、カミは松池を送り込んできた。

「カミと共存は出来ないのか」

「リーダー達はそのことで苦慮している。もっと情報が欲しいんだ」 

 松池は同胞たちが悪戦苦闘している姿をみて、自分に出来る事はないかと考えた。

「とにかく、お前を図書室に案内しよう。そこにはお前の時代からの書物が保管されている。カミの記録があるかもしれん」

 食事が終わる。食器を調理室のカウンターに置く。2人は追い立てられるようにして食堂を出る。


 図書室は食堂の倍ほどの広さがあった。本は鉄製の本棚にびっしりと並べられていた。食堂にあると同じ長机が並べられ、、数人の大人や子供たちが本を読んでいた。中には破れかかった本を修復したり、かなりボロになった本を書き写したりする者もいた。コンピュータにインプットしている者もいた。

 教室を開いて子供たちに文字を教える施設もあった。ここに保管されている書物は彼らの知識の源泉だった。生きていくための貴重な資料でもあった。

 松池はざっと見回したが、小説類は少なかった。歴史ものが僅かにあるだけで、化学や物理関係、工業用専門書が圧倒していた。全て500年前の書物だからどの本も古ぼけていた。過去の遺産の集積室の感があった。

「やあ、アイ、ここに居たのか」オサムはこちらに背を向けていた髪の長い女に声をかけた。

「あら、オサム、この人が例の・・・」女は振り向いて言った。

「そうだ。今、何をしている」

「植物のバイオテクノロジーの研究を深めたいの。このままでは食料が不足するもんね」


 ・・・佐代・・・松池は驚きの眼で女を見た。妻と瓜2つだった。

「おい、ヒロシ、どうした」松池がアイに見惚れているので、オサムが怪訝そうな顔をした。

「いや、彼女が亡き妻にそっくりなんで・・・」

「ヒロシに妻がいたのか。改めて紹介しょう。妹のアイだ」

 オサムはアイに向き直ると「アイ、お前がヒロシの妻にそっくりだそうだ」

 アイは松池の顔を見据える。厳しい表情だった。気の強そうな顔をしていた。妻の佐代は大人しくて、奥ゆかしい女だった。

「アイ、どうだ、ヒロシと結婚しろよ」オサムは唐突に言った。松池はびっくりしてオサムを見た。

「馬鹿な事言わないでよ。ヒロシの正体がまだはっきりしないんだろう。オサムはいつも粗忽だから」

 アイは口をとがらせて言った。オサムはアイの怒った顔を面白そうに見ている。

「アイ、ヒロシは塔の中で失われた本を捜したいそうだ。手伝ってやってくれ」

 アイは松池の顔をみて、しぶしぶ頷く。

「ヒロシ、しばらくしたら迎えに来る。アイと仲良くやってくれ」

「オサム!」アイは怒鳴った。

「アイ、気を悪くしないでくれ。君には好きな人がいるんだろう」

 「いないよ。たとえいたとしても、いちゃついてはいられないんだよ。でも、ヒロシ、オサムはあんたが気に入ったみたいだ」松池は彼女の言葉を聞いてほっとした。

「ところで、どんな本を探しているんだい」

 松池は弟の子供のマサルの事を話した。

「知ってるさ。カミを創造した奴さ。マサルの法則を作ってね」

「マサルの法則」

「ああ、知的生命体は人間以外にも存在可能で、ある一定の環境と物質的効果が与えれると、人間以上の生命体が存在し得ると言うものだ」

 奴のお陰で、我々はとんでもない目に会ったと言う訳だ。アイは男のように喋る。

「カミは、我々の時代には猫と呼ばれていた」

 松池の言葉に、そんな事は知っているとばかりに、アイは以下のようにまくしたてた。

過去、猫は人間の愛玩動物だった。今は人間をはるかにしのぐ知的生命体で、人間の支配者として君臨しようとしている。彼らは自らをカミと称している。猫と呼ばれることを極端に嫌っている。自分たちの過去にふられたくないのだろう。

 松池は何故こんな状況になってしまったのか知りたかった。アイはそのうちに判ると言う。タローと同じ返事だった。失われた本を探すのが先決と思った。

 本棚の間を歩きながら、松池の時代の事、特に男女関係について、アイに優しく、語り掛けるように話した。アイは眼を輝かせて聞き入った。

 松池の話が終わると、

「ヒロシ、あんたの奥さんって、どんな人だった」アイが媚びるように松池を見た。

「えっ?」松池は思いがけない質問に戸惑った。

「どんなって、アイと瓜二つで・・・」

「そうじゃなくて、何というのかな・・・」アイはもどかしそうに言う。

「つまり、性格?」「そうそれ}

 松池はアイをまじまじと見詰めた。アイは上目使いに松池を見ている。彼は、妻の佐代が優しくて、忍耐強い女だと話した。

「あんた、惚れていたのかい」

 松池は頷く。

「でも、優しいって事は、弱いって言う事だ」アイは吐き捨てるように言った。

「それは違う。優しさは強さだ。佐代はどんな苦しい時でも弱音を吐かなかった」

「それじゃ、あたしと大分違うじゃないか」アイは口をとがらせる。

「いや、アイは強いし、優しい」

「あんたの奥さんの身代わりかい、あたしは?」

「妻は妻、アイはアイだ。アイは最高の女だ。私はアイが好きだ」

 本棚の間を歩きながら、松池はアイの耳元で囁いた。

「ヒロシって、会ってまだ間がないと言うのに、図々しいっていうか。でも、こんなこと言われたの、生まれて初めてだ」アイは照れ笑いした。

「好きだから、好きと言った」松池はアイの肩を抱きよせた。アイはピクリと肩を震わせた。


 松池はアイと丹念に本棚を見て回った。失われた3冊の本はなかった。それに類する本もなかった。歴史物と言えば数10冊程度あるのみだった。全てが5百年前の本だった。

「君たちが地下に移ってから、本は作られたのか」

「全くない。そんな余裕すらなかった」

「アイ、さっき言っていたマサルの法則と言うのは、出版されたのか」

「そう聞いている」

「ここにあるのか」

「ない」アイはそっけなく言った。

「ない?。何故だ。君達をこんな目に会わせた重大な本だろう」

 アイは松池を直視している。彼女の口から洩れる言葉は不審に満ちていた。

出版されて間もなく、回収されたとか、焼き捨てられたとか、世界中の同胞にも捜し求めたが芳しい返事は得られなかった。

「それじゃ・・・」

「カミがあの塔からどんなふうにして創造されたかは謎のままだ」

「マサルに関する本は?」

 あるが、虫食いだらけで、その上文字で書かれていない。ただ本の裏にマサルのサインがあるのでマサルの本ではないかと言われているだけだと言う。

 和紙で束ねて、こよりでつずっただけの物なので、本とはいいがたい。

 アイはすべて過去の遺産なのでどんなものでも大切に保管してあるだけだと言う。

 松池はそれを見せて欲しいといった。アイは、部屋の片隅に案内する。そこには古文書類が山積にされていた。そな中から分厚い和紙の綴りを取り出した。

「これがマサルに関する唯一の資料よ。サインがあるからって、マサルの本かどうかも判らないのよ」

 

 松池は本を開いた。ところどころ虫食いになっていた。

「これは!」松池は思わず叫んだ。

「アイ、これは記号ではではないよ。秀真文字だ」

「ホツマ・・・?何それ」

「日本の古代文字。漢字が輸入されるまでは、日本には文字がないとされていたが、事実はこのような文字が使用されていた」

 松池は以下のように説明する。

この文字で書かれた本が秀真伝ホツマツタエと言って、古事記、日本書紀と言った後の国撰の歴史書以前に存在した歴史書である。そこには国撰の歴史書とは違った歴史が記されている。このような歴史書は、この他に上記ウエツフミ、旧事記、東日流ツガル三郡誌、竹内文書など沢山ある。時の権力者が、国撰の歴史書を作る特に、その多くが抹殺されたと言い伝えられている。

 アイはポカンとして聞いていたが「で、そのホツマ文字で書かれているというの?」早く説明しろと言わんばかりに言った。

「この文字、読めるのかい」

「ああ、少しはね」

 松池はホツマ文字で秀真伝の原書を読んでみようと思っていた。漢字に書き直された秀真伝からは、原書のニュアンスをくみ取ることは困難だと言われていた。英語訳の”源氏物語”からは原書の”源氏物語”の雰囲気を感じ取ることは出来ないと同じだ。

 タイムスリップする一年前からホツマ文字に親しんでいた。だが全部判読する自信はない。塔の中の家の書斎には秀真伝があった。こんなことになるなら、持って来ればよかった。この本はここで自力で解読するしかないと思った。内容によってはリシに話をするか否かを決めればよい。

「何とかやってみる」時間がかかるかも知れないが、やれるだけやってみよう。

 松池はまず、知っている文字を平仮名に書き換えていった。

 一時間ぐらいして、オサムがやってきた。松池は解読の作業を中止した。

「ヒロシ、タローが呼んでいる。来てくれ」

 松池はアイに平仮名に書き換えたホツマ文字を綴り本の中から拾い出す様に指示してオサムの後に続いた。タローたちのいる部屋に入ると、失われた本はなかったと伝えた。その代りマサルの名前が入った和紙の本があった事、その本の解読を進めていることを話した。

 タローたち数人の指導者たちはこの話には興味持たなかった。代わりにカミの科学について問われた。

松池はカミの科学力の素晴らしさを説明した。カミがその気になれば、人間は滅ぼされるだろうと話した。指導者たちは松池の説明を聞き終わって、ざわつきだした。カミの科学力を過少評価していたらしい。特に物質転質装置は予想外だったらしい。

「ヒロシ、本当にカミと共存が出来るだろうか」タローの表情には不安の陰りが見えた。

「共存しなければ、人間の明日はないかもしれない」松池は力説する。タローは弱気になっていた。どうしたらよいのか戸惑っているのだ。

「何故、ためらうんです」松池は尋ねる。

「ミツル、5百年前の歴史を説明したまえ」タローは促した。

 ミツルと呼ばれた男は、髪を7・3にきっちり分けた端正な顔をしていた。感情を顔に出さない性格なのか、淡々とした口調で話し出した。

 松池が聞かされたカミの歴史は、ここに居る者は皆知っているが、誰も信じてはいない。それと本当にカミは人間と共存する気があるのか、それを信じていいのか不安が残るのだ。

 昔、猫と呼ばれたカミの秘密は謎に満ちていて、詳しくは判らない。

 静かな口調でミツルが話し出した時、部屋の雰囲気は静寂になる。タローも唇をきちっと締めて、その声に聞き入る。


 約5百年前、人間の科学、経済は人類史上、最高の状態にあった。その50年ほど前までは、アメリカとソ連は冷戦状態にあったが、それ以後は、資本主義と共産主義と言う国家の枠は外されようとしていた。世界は人類の幸福と言う1つの目標の為に融合しようとする、うねりが生じていた。

 そんな世界情勢の中で、ヒロシの弟の子供、マサルが「マサルの法則」と言う本を出版した。ある環境下において、ある物質的効果が与えれると、人間以外の生物でも、人間以上の知能を持つことができると言う内容だった。

 出版当時この本はだれも関心を持たなかった。本はほとんど売れなかった。1部の人が購入していたので、大まかな内容が明らかになっていただけだった。それにも関わらず、本はすべて書店から回収された。出版社の在庫も全部破棄された。本を買った人も、不審な人物が高額で買い取っていった。売ることを拒否した人の家は荒らされて本が無くなっていた。

 本が消えて間もなく、マサルが行方不明になった。彼は生涯独身で過ごした人だった。無名で誰も注意を払わなかった。当然、マサルの法則は誰も知らなかった。事の重大さに、人々が気付いたのは、マサルが行方不明になって、10年も経ってからだった。

 まず、マサルの住んでいた土地、建物、つまり黄金のピラミッドのあるところが、世界平和教という宗教団体の所有地となった。その敷地の周囲に柵が設けられて、立ち入り禁止となった。毎日小型貨物車が出入りして、いずことなく消え去った。

 それから3年後、国会で”囚人更生法案”が可決された。これは2度3度と法を犯して刑務所に収容され、3年以上刑に服する者に対して、社会人としての適性を欠かないように性格改善を行うと言うものだった。その内容は不明な点が多く、反対者が多かったにもかかわらず、法律として施行された。

 その効果はてきめんにあらわれた。

 暴力団の構成員として刑を終えた者、家庭内暴力で刑を終えた者、暴走族、殺人犯などで刑務所を出てきた時、彼らの性格はガラリと変わっていた。大人しく、穏やかで、怒ることもなかった。社会の中で、前科者と蔑まれながらも、黙々と働く姿が目立ち始めたのだ。

 刑務所の中で何が行われているのか、誰も知らなかったが、犯罪が減少していく事に、世の人々は喜んだ。それから2,3年の内にこの法律は世界中に取り入れられた。特に犯罪者が多く,治安の悪い国は積極的に取り入れられていった。

 それと並行して、世界平和教は急激に膨張して、2,3年の内には巨大宗教団体として世界中に支部を設けていった。

 世界平和教の設立者も不明であれば教祖も不明だった。中心となる教祖はいたが、彼はただの操り人形に過ぎなかった。幹部連中も何の実権のもたず、教会の運営方針は”カミ”から支持されていた。

 教団は毎日のように、新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなど媒介メディアを通じて、大々的なキャンペーンを繰り広げていた。入信者は例外なしに穏やかで大人しく勤勉になった。世の人々は、歓迎の意をもって、教団を迎えていった。

 マサルが行方不明になって10数年後、世界平和教団はその本性をあらわにした。

 まず、都市に隣接した地域、名古屋であれば春日井市、東京なら千葉といった地域の大部分が世界的規模で教団の所有地となった。政治家、警察、軍隊、経済界の首脳などが、教団の信者となっていたので、そこに住む住民は立ち退きを命ぜられた。当然、世の非難が教団に向けられたが、軍隊の力で強制的に排除させられた。

 当時、常滑市は市役所とその周辺が立ち退きを命ぜられ、拒絶する者は殺されたり行方不明になった。

 社会は騒然となった。今まで、穏やかで大人しかった信者たちが殺人教団と化していった。政府の高官は教団の信者だったので、もはや無政府状態に等しかった。これらは世界的規模で進行していった。

 それから3年後、教団が強引に取得した土地に、あののっぺりとした銀色の建物が建てられていった。窓もない超高層ビルが次から次へと世界中に聳え立って行った。


 松池はミツルの話を聴きながら、身の凍るような思いにとらわれていた。マサルは一体何をしたのか。人類を滅亡に追い込むほどの、とんでもないものを発明したのか。それが失われた本とどう関係するのか・・・。 松池の心は複雑に動いていた。


 ミツルの話は続いていた。

―――それから本当の悲劇が始まった―――

 世界中の権力者や、政府の高官たちは異語同音に、世界平和教団に忠誠を尽くすように、国民に呼びかけ、強制した。多くの人々は反発し、抵抗した。そして、戦争が始まった。

 人々は銀色のビルに殺到し、破壊しようとした。信じられぬ光景が生じた。空から紫色の光線が降り注いだ。一瞬にして、人々の姿が霧のように蒸発した。この情景はテレビによって全世界の人々の眼に映し出された。

 次の瞬間、またもや信じられぬ光景がテレビモニターに映し出された。

 背を丸めた白猫がかっと目を向けて現れたのだ。呆気にとらわれる人々を尻目に、

「全世界の人間に告ぐ。我らはカミである」

 これが人間の前に現れたカミの最初の姿だった。猫が人の言葉を喋った。パニックが起こった。 

 猫は声高に宣下した。

「人間に告ぐ。我らは人間の支配者として世界に君臨する。我らを崇めよ。敵対する者は抹殺する」

 カミに対する人間の闘いが始まった。カミは東京、大阪に限らず、世界中の都市という都市、ビルと言うビルを、空から紫の光線で破壊していった。カミの支配を好まない人間は地下に潜ることになった。

――― 今、世界中には、約10億の人間が生きている。我々はラジオ短波で情報交換を行っている。―――

 ミツルは一息ついた。湧き上がる感情を抑えようと、肩で大きく深呼吸した。

 世界平和教団に操られた人間は群衆に殺されたり、カミに保護されたリしたが、結局はカミの奴隷として、松池が見たような、自由意思を持たない、ロボットのように生きる人間になり果てた。

 ミツルの話が終わる。


 「あれから5百年・・・」タローが苦悶の顔を上げた。誰に言ううともなしに呟いた。

 しばらくの沈黙の後、

「ミツルの話はおおざっぱだが、実際にはもっと複雑だった。世界平和教団の影響は文化、芸術、科学、経済、政治など人間生活の全てに及んでいた」

 マサルの法則が注目され出したのは、マサルの家や工場を保護するように金色のピラミッドが建てられてからだった。マサルの家からカミが創造されたのだという、噂は昔からあった。ピラミッドの建設がその噂を確定する事になった。その謎を解くカギがマサルの法則にあると言われるようになった。我々はその本を懸命になって探した。その他にカミに対する情報を集めたが、役に立つような情報はほとんど得られなかった。

 カミは地球の支配を宣言した。我々は戦った。しかしカミの科学力は、我々を凌駕していた。我々は地下に潜らざるを得なかった。手足のないカミにとって、人間は必要な道具だった。この5百年、カミは食料が絶えぬようにしておいて、人間を繁殖させて、捕らえて、道具として使ってきた。

 今、我々はカミから逃れる方法を体得している。カミが打ち上げた衛星によって、カミが放つ宇宙電波を受信して、解読する事に成功している。彼らが何を行おうとしているのか、予測がつくようになっている。彼らが我々を捕らえる時は、ロボットと化した同胞にその仕事を担わしている。

 我々は50年ほど前に、超音波発進装置を完成させた。彼らが我々の地域に足を踏み入れた時、装置が作動する。耳をふさいでいても、乗りものの中にいようとも、彼らは気絶して、戦闘意欲を失う。

 カミは我々を捕獲する事が目的だから、殺人光線は使用できない。戦闘は今でも続いている。それはそれなりに効果を上げてきたが、今は人口の増加に悩まされている。我々はカミの食料、牛や馬、、米や麦などを失敬してくるが、見つかれば生け捕りにされる危険があった。それでも人口増加に食料増産が限界に来ているのだ。

「カミの提案に乗るか、否かで、まだ結論が出ない現状なのだ」タローの説明が終わる。

 重ぐるしい空気が流れた。


 リシは、人間と共存するためだけに私を遣わしたのだろうか。何か裏があるのではないか。松池の心の中に猫に対する疑心が渦を巻いてくる。

「とにかく、猶予する時間はあまりありません。このままカミと対敵するか、共存していくか・・・」

共存していくにしろ、そのための確固たる保障が得られるか―――ミツルが静かに言った。

―――このままでは、食料はおろか、他の資材も不足する事は眼に見えている。ここの西側に、日本有数の製鉄所と大きな町があったので、生き延びてこれた。―――

 キタは誰に言うともなしに言った。キタの弱みを見たのはこれが初めてだ。

「現状のままで、あと何年生き延びる事が出来ますか」松池が尋ねる。

「約10年」タローが言った。

「10年?たった!それは皆知っているんですか」

 タローは首を振った。

「これを発表してしまったら、パニックが起きるだろうし、5百年以上も続けてきた戦闘意欲が無くなって、カミの思うつぼにはまってしまう」

 重ぐるしい空気が流れる。


 その時だった。壁のスピーカーから、アイの甲高い声が響いてきた。

「タロー、キタ、それにヒロシ、コンピュータ室に来て!カミの謎が判った」

 松池たちはお互いに顔を見合わせた。

「皆、行こう、ヒロシ、ついてきたまえ」

 コンピュータ室は地下3階の奥の方、鉄の壁に囲まれた部屋の中にあった。数人の男女がアイを囲んで、スクリーンを見守っていた。皆の顔を見るなり、

「マサルの法則が判った。ヒロシ、ホツマ文字が解読出来た。あんたが指示したホツマ文字を基準にして、コンピュータが解読した」

 アイは眼を輝かせて早口に喋った。

「アイ、カミの謎を、早く聞かせてくれ」タローはアイを急き立てる。

「コンピュータが話します」アイの後ろにいた男が言った。


                            ―――つづく―――


  お願い

 この小説はフィクションです。ここに登場する個人、団体、組織等は現実の個人、団体、組織とは一切関係ありません。なお、ここに登場する地名は現実の地名ですが、その情景は作者の創作であり、現実の地名の情景では有りません。

 

 







 





 


 





 

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