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6.写真


Against ones will Ⅵ

写真


【1】


写真は、現実を写すものなのだと誰かが言っていた。けれど、写真は真実を写すものなのではないかと思う。そこにあるという現実だけでなく、撮った人の想いもそこに含まれているから。

桜が散って葉桜になってしまった頃、黒崎雫にマスターは新メニューの他になにかイベントをやりたいと提案してきていた。4月は、マスターの誕生月とこの喫茶店の開店記念日なのだという。何か案はないかと求められたけれど、何も浮かばなかった。

「他のお店だとお客様の誕生月に、ケーキセットをプレゼントしている」

ルカはコップを拭きながら、マスターの質問に答える。

「そうですね、開店記念に何かしているのはあまり見かけないですね」

私は普段あまり外を出歩かないので、たくさんお店を見たわけではないが、飲食関係では値段の割引のサービスを多く見かけたのでそう答える。

「この前、ルカと行ったところは記念写真のプレゼントをしていましたね」

夏美さんは、テーブルを台拭きで拭きながらそう言うと、マスターの目が一瞬でキラと輝く。

「記念写真いいですね。他のお店では店員と一緒に記念写真が撮れるのもあるそうですし。いい思い出になりそうです」

「記念写真と新メニューの2つだけじゃなくて、あともう一つ何かほしいような…」

「んー…開店記念の月にきてくれた人には、もれなく誕生月に招待券を配布。招待券を持ってお店に来店すると、ワンドリンク無料券つきで、常識のある範囲で言ってほしいセリフを言ってもらえる権利もあるって言うのはどうです?」

今まで提案のあったものと美咲の持っていたマンガに出ていた案をつなげて言ってみただけなのだが、マスターは気に入ったみたいで、今の案をノートに書き込む。

「その案をもっとねっていきましょう」

「いいですね」

夏美さんは台拭きを片付けると、楽しそうにマスターの書いたノートに新しく出た案を書き込んでいく。みんなで提案しながら、一つの事を作り上げていくのなんて学生の頃の学園祭準備みたいで楽しい。

「こういうのは、どうですか? 写真とアルバムをセットにして、アルバムに写真がためると割引できる、とか。写真の枚数が多すぎると、集めるまでに時間がかかってしまうので、五枚など、少し回数行けばたまるものだと、集めようって気になると思います」

「……そうですね。集める回数が少しの方が来てもらえますね」

少し考えてから、マスターがそう答えた。

「回数が多いと、集めるのを途中で諦めてしまうのはあるよな。集めていても、有効期限があって、集められない事が多くて」

ルカは苦笑を浮かべて、コップをすべて拭き終った。お店の名刺にイラストを添える内職を始めるために、テーブルの上に内職セットを持って来る。

「意外と主婦ですね…」

「生活費は節約できるところは削らないと、自分の趣味にあてる経費がないから。って、主婦って言われるのは、嫌だな」

「すみません、私の中では家事できる人=主婦みたいという公式ができていまして」

「ルカって料理も手際いいですよ。苦手なものは、苦手な感じが出ている結果になっていますが。そういうところも、主婦っぽいですよ。お嫁さんにほしいくらい」

夏美さんにそんなコメントをもらって、ルカは微妙な表情を浮かべている。

「あ、分かった。じゃ、ルカは主夫ですね」

「漢字が違うだけだよな、それ」

「ま、それはおいといて。じゃあ、夏美さん、そろそろまとめていきませんか?」

「そうですね、そろそろまとめましょう」

ノートを見ながら、夏美さんはまとめ始めた。

「お店の開店記念で来店された方には、期間限定の新メニューサービス。そして、帰る時には、誕生月に招待券を配布、その招待券はワンドリンク無料券が裏側についているもの。そして、好きなスタッフによる好きなセリフを言ってもらえる券もあるもの。記念写真は、開店記念の時にしませんか?」

「開店記念でもいいかもしれないな」

「うん、そうしましょうか。では、開店記念来店の時に、記念写真をつけるという事にしましょう。……誰かデジカメ持っていますか?」

マスターがそう質問すると、2人とも視線をそらしている。携帯やスマートフォンで写真を撮るのが手軽になっているので、デジカメを持っている人がいないみたいだった。

「美咲が、デジカメ持っているので持って来ましょうか? ついでに、USBケーブルでパソコンにつなげれば、写真用の用紙をセットしてプリンターで印刷する事も可能です」

「お店用のプリンターも、パソコンもあるので、それでお願いします。助かります」

「明日、持って来ますね」

そう言うと、夏美さんはノートにその事を書き加えると、私に視線を向けてくる。

「では、明日写真を撮る練習をした方がいいかもしれませんね。どういう感じで写真に撮るのかも含めて。いくら撮り直しできるデジタルカメラでも、何回も失敗していたらお嬢様たちが嫌かも」

「確かに、そうかも。明日、美咲が休日なので来てもらいましょうか。写真を趣味にしているので、上手く撮れる方法も教えてくれると思います」

「了解です。では、雫に、明日デジタルカメラを持ってくるのと美咲さんを連れてくるのをよろしくお願い致します」

「分かりました」

私は、笑ってそう返事をする。

一人で考えるよりも、こういうイベントはみんなで意見を出しあう方が楽しい。みんなの横顔を見ながら改めてそう思う。はじめの出会った頃に比べてみると、みんなで何かをする事が楽しいと感じられる事が成長できていると感じていた。

時間は流れていってしまうもので、過ぎてしまったものは、とりかえす事ができない。時間が過ぎてしまえば、忘れてしまう事もあるから残しておけるものに閉じ込めておきたくなる。そんな時に、写真を撮りたいと感じるのかもしれない。

携帯を取り出すと、みんなの顔を撮ってみた。

「いきなり、撮るなよ」

嫌な表情をルカは浮かべている。

「撮るなら撮るって、言ってください」

少し怒った表情を、夏美さんは浮かべた。

「雫、写真撮るのが上手いですね」

マスターは写真を見て、そう褒めてくれた。

ただ、一枚の写真を撮るのにも、いろんな表情がある。撮り方によって、同じモノを写しているのに、まったく違う表情を見せる事もある。

私は、写真を撮る時には、不意打ちで撮るのが好きだ。その人の素の部分を撮っているみたいで、心の奥を見せてくれたみたいだから。


【2】


私にとっての写真を撮る事は、絵を描く事と同じだと思っている。


神崎美咲は、開店直後に執事喫茶に来て、店内でデジカメを使用して試し撮りをしていた。

店内での撮影で、照明が暖かいオレンジ色の照明で、若干暗い。かといって、フラッシュを使用して撮影すると、眩しく感じてしまう。今度は明るすぎて、はっきりしすぎてしまっている印象をうける。

「んー…少し、暗いかも。ピンボケっぽい感じもある」

「携帯で写真撮る時は夜にしているけど……この方法、試してみたら?」

ルカは携帯をポケットから取り出して、必要な情報を検索すると見せてくれた。

数件ヒットし、そのサイトに載っていた撮影モードでいろいろ設定を試して撮ってみると、ある程度明るく綺麗な写真を撮ることができた。フラッシュを使用しなくてもいいように、カメラの明るさを集める機能の設定をしておく。

「とりあえず、これでいいと思う。ただ、手ぶれをするとカメラが焦点を定められなくなってしまうから、テーブルとかで固定した方がいいかも」

「そうだな、写真の場所はあらかじめ決めておいた方がいいかも。相手は、お嬢様たちだから、綺麗な写真の方がいいだろう」

「記念写真だからね、いい写真の方がいいでしょ。雫と夏美の休憩が終わったら、試し撮りをしてもらおうかな。そうだ、ルカも撮ってみてよ」

「人物は苦手だからな」

ルカは苦笑を浮かべている。

「ルカはいつも風景の写真だけ撮っているから、人物の写真も見てみたい」

「分かった。じゃあ、そこの席に座っていて」

ルカはそう言うと、厨房から珈琲をいれるセットを持ってきた。テーブルの上に適当に置いていく。家で淹れるようにカップの中に珈琲を注ぎ込む。

「はい、コレ持ってみて。うん、そんな感じで。そのまま、動かないで」

テーブルから少し離れたところから、私の視線よりも少し斜め下からカメラを構える。適度に固定できるものを探して、椅子の上にカメラを置くと画像を確認しながらシャッターを押す。

「こんな感じかな」

「……もっと、人物撮ってみたらいいのに」

デジタルカメラの画像を見ながら、そう言った。画像には、少し斜め下から撮った事で、ただ並べただけではない構図が生まれている。人物の存在感がましていて、珈琲のセットを適度にテーブルの上に置いた事によって、奥行きも感じられる写真になっている。

「必要じゃなかったら、撮らないよ。人物は、緊張して苦手だから」

「夏美の事、撮ってみたらいいのに」

からかい口調で言うと、軽く睨まれてしまった。たぶん、『余計、撮れるはずがないだろう』と思っている感じがする。

「好きな相手なら、撮りたくなるから」

「……撮ったら、残るだろう。それに、手軽に撮れるとその場で感じた事も早くに忘れてしまう気がする。記憶の中に残しておきたいものは、撮りたくない」

「そう」

何回でも見る事のできる写真は、手軽に残せる。記憶に残していく事は、手軽には残せないものかもしれない。

もう一度、ルカの撮った写真を見る。

テクニックで撮った冷たくてつまらない写真じゃなくて、上手くはなくても写真の主人公を綺麗に撮ろうとしている写真は、あたたかみを感じる。きっと、夏美を撮る事になったら、もっとあたたかくて、大切にしたくなる写真を撮ってくれそうだ。

ちょうど、休憩から二人が帰ってきて、お店のホールにもどってくる。

「今戻りました。美咲、試し撮り上手くいった?」

「うん、設定はこれでいいと思う。練習で2人撮ってみて。場所は、そこで…」

雫に説明しながら、視界の隅でルカと夏美を見る。楽しそうに話している2人を見て、自然と笑みがこぼれる。説明が終わってから、いいなと思い、気づかれないように携帯のカメラを構えて撮った。

カシャっと音がして、2人がこっちに視線を向けてくる。

「あとで、ルカにも送るから」

ルカは、諦めて浅くため息を吐き出す。

「あ、私にもあとで送ってください」

夏美さんはそう言った後に、雫と写真の試し撮りをしている。

さっき撮った写真を、もう一度見る。

あたたかい雰囲気の写真が撮れているのを確認して、写真の加工をしていく。後から加工する事が出来るのは、デジタルのいいところだ。ただ、加工できてしまうから、そこに映っているものは、現実ではない気がする。加工部分は作られたもので、そのテクニックはよりよく写真をいいものにする方法だから。だからだろうか、写真を撮る事が絵を描くように感じている。

絵は、現実のこの瞬間の空気と、描き手の気持ちと一枚の紙の中に閉じ込めたものだと感じているから。

「……ピンボケしている」

雫は撮った写真の画像を見て、そう言った。

「どんな風に撮ったの?」

加工した写真を保存して、携帯をポケットにしまう。

撮った時の状況を聞きながら、原因をさぐっていく。対処方法を説明すると、もう一度、雫は、撮り直している。

ルカが淹れてくれた珈琲を飲み終わると、おかわりを淹れてくれた。

落ち着いた雰囲気で、このメンバーで過ごせている事は大切だと思う。

もし、ルカと出会ってなかったら。雫に出会ってなかったら。マスターに出会えてなかったら。夏美に出会えてなかったら。今、この時間をこんな風にみんなで過ごしている事はなかった。……梨江に出会えてなかったら。そのどれか一つかけていても、今みたいに心のそこから笑って過ごせる日常もやってこなかっただろう。

もう一度、携帯を取り出す。カメラの機能を出すとみんなが写る位置を探した。

やっぱり、私はこの瞬間を残して、何回でも思い出して、これからのみんなと過ごしていける未来を、大切にしていきたいと感じる。

お礼の気持ちをこめて、携帯の写真のシャッターを切った。


【3】


俺にとっての写真は、道具だ。

その時の事を思い出すための道具。時には、その道具を見る事が辛いと感じてしまう事もある。いい思い出も、後悔をともなう記憶も鮮明によみがえってきて、一瞬で当時の気持ちに戻ってしまうような、厄介な道具だ。


「この人、誰ですか?」

後日。

だが、夏美からこの質問をされて、ルカは冷汗をかきそうになっていた

せっかくだからと、携帯で撮った写真をプリントしたものをくれるというので、新山ルカは、自宅でいつものメンバー(夏美、美咲、雫)とお茶会をしていた。食卓の上に人数分のコップをだして、それぞれの好みによって珈琲と紅茶を淹れてあった。

じーっと俺の方を見てくる夏美の手には、プリクラが貼ってあるフォトアルバムがある。

学生の頃に撮っていたプリクラは、フォトアルバムに撮った日付順に並んでいるが、本棚の中にしまってあれば、見られないだろうと思っていた。そして、開かれたページにはある人と撮ったプリクラが並んでいた。

「学生時代に知り合った人、よね?」

美咲の助け舟に、なるべく平静をたもちながら頷く。雫は、何も言わずに視線をそらしてしまう。

「ふーん」

「どうして、そのページだけ気になったの?」

「なんとなく、このページだけ雰囲気が違う気がして」

「気のせいじゃない?」

「そうかもしれません」

夏美はぱたんとアルバムを閉じると、そのまま本棚にしまう。

「アルバム、普段使わなさそうなところにしまっているのですね。あ、卒業アルバムも」

「最近、あまり開かないからな。それに、本棚の方が並べられるから」

学生の頃に比べて、アルバムを開く回数が減った。時々、ふと気まぐれで開く事はあっても、頻繁に開かなくなってきていたので、普段、あまり使っていない本棚にしまっていた。

「そうなんだ」

夏美は少し寂しそうな表情を浮かべている。

「あ、忘れるところだった。写真、今渡すね。はい、これ」

美咲はバックの中から写真を取り出す。一枚は、一般的なハガキほどの大きさ。もう一枚は、いつも書類でよく見慣れているサイズのような気がするのは、気のせいか。

「どうして、A四サイズ?」

「せっかくなので、大きいサイズにしてみました。ほら、こういうファイルにしまえるサイズだし、綺麗に撮れているから。夏美に渡すのは、持って帰る事を考えたら、A四は大きいから、普通のサイズ」

「ありがとう」

お礼を言うと、そのままファイルの表紙の部分にしまった。

「……さっきのプリクラに写っていた人は、俺の大切な人、だった」

「そうなんだ」

それ以上、夏美は何も聞かなかった。

写真は、プリクラも含めて学生の頃はよく撮っていた。思い出のために撮っていたように思う。自分が写っていない、友達のプリクラもよく交換したものも貼ってあった。

写真で残しておきたくないと感じるようになったのは、たとえば、今みたいな時に感じる。写真を見ると、あの頃の自分の気持ちと後悔がよみがえってきてしまうから。なら、その写真を捨ててしまえばいいのに、捨てる事もできずに、本棚の中に封印していた。

「やっぱり、ダメだな」

美咲がくれた写真を見ながら、苦笑を浮かべる。

切りとったいつまでも残ってしまう写真より、未来を望んでしまうから。その相手と一緒に歩んでいく未来が欲しくなって、相手自身を欲してしまうのが分かっているから、写真で人物を撮るのは、苦手だ。

「人物の写真は、撮りたくない」

「そういえば、人物の写真撮るのが苦手だって言っていましたね」

雫は、そう言いながら珈琲を一口飲む。

「それで、その人は大切な人って誰ですか?」

ストレートに聞いてくる雫の質問に、俺は視線をそらした。

ぼかそうとして大切な人なんて言ってしまったのだが、たぶん、夏美もうすうす気づいているような表情を浮かべているのを見て、浅くため息を吐き出す。

「その人は、俺の数年前に別れた恋人だ」

「やっぱり、そんな感じがしていました」

その答えを聞いて、夏美は、納得したのかすっきりした表情を浮かべている。食卓の上に出してあった紅茶に口をつけた。

「変に隠そうとしなくていいのに。隠されるとかえっていろいろ考えてしまうから」

「…ごめん」

「謝ってほしいわけじゃなくて、ごまかされてしまうのが、嫌です」

「うん、それもあるわね。だけど、ルカも言いにくかっただけなのよ」

「分かりました。今度からは、ごまかさないでくださいね」

「分かった。今度からは、ごまかさないで話す事にする」

明るい口調でそう言った夏美に、俺は微笑を浮かべた。

「約束ですよ」

俺は、自分用にいれた珈琲を一口飲む。

「ねぇ、ルカの写真撮ってもいいですか?」

「いいけど、急にどうしたの?」

「撮りたくなったから。あと、開店記念イベント用に撮る練習をしておきたくて」

「どうぞ。どんな風にしていればいい?」

「そのままでいいです」

「了解」

夏美は数枚撮った後に、一枚選ぶと保存をかけた。選ばなかったものに関しては、削除していく。一番気に入った一枚のみを残しておくタイプのようだ。保存にした一枚は、いつのまにか待ち受け画面に表示されている。

それに気が付いた雫と美咲の二人は、ニヤニヤしているのだが、二人が思っているような進展は何もない。

「この写真、大切にしておきますね」

「ありがとう」

俺は、笑みを浮かべてそう言う。

これからは、この厄介な道具とうまく付き合い、人物の写真を撮るのもいいと感じている。使い方によっては、前に進むために必要な事を教えてくれる道具になってくれるのなら、心のもちようによって、いい存在になってくれる予感がする。


【4】


私にとっての写真は、証拠。何か行動をしたという動かない証拠だったから、自分から写真を撮りたいと感じる事がそんなになかったし、いい印象をもてなかった。

開店記念イベント初日、夏美は執事喫茶のホールの隅で緊張していた。

思っていたよりも、いつもと同じようなお嬢様たちの帰宅だった。正直なところ、もう少し帰宅するお嬢様たちが多くなるのかと構えていたのだが、緊張している私の姿を見て店長が声をかけてきてくれた。

「チラシでは宣伝していないので、知っているお嬢様たちだけなので、そんなに緊張しなくても、いつもと同じですよ」

「宣伝しなかったのですか?」

そう聞くと、店長は苦笑を浮かべている。

「普段、来てくれているお嬢様たちにささやかなお礼ができたらいいと思っただけなので、サイトと店内の掲示以外の宣伝はしてないです。ココを始めたのだって好きな事の延長で始めた事だから、利益は、お店がまわるくらいで考えています。あ、バイト代が払えるくらいは利益が出ているので、気にしないでください」

「店長らしいですね」

「そうですか?」

「はい」

利益をそこまで求めていないから、心の余裕ができてココの執事喫茶店の雰囲気があたたかくて、居心地がいいものになっているのかもしれない。普通の喫茶店よりも、一杯のコーヒーの値段が少し高くても、お嬢様たちが常に帰宅してくれる理由かもしれない。

ルカがすっと近づいてきて小声で話してきた。

「記念写真撮りたいとお嬢様の要望で、俺と撮りたいそうです。撮ってくれますか?」

「分かりました、今行きます」

そう答えると、デジタルカメラを持って、ルカと写真を撮る場所に向かった。

「失礼いたします。では、その壁に並んでください。視線はこのカメラのレンズを見てください」

カメラをテーブルの上にセットし、2人が画面の中にちょうどおさまっているのを確認する。

「では、撮りますね」

カメラに視線をあわせて2人が笑みを浮かべている。カメラのレンズ越しに見える楽しそうに笑っている二人を見て、静かにシャッターをきった。

撮れた画像を二人に確認してもらい、OKが出たので、そのままカウンターに向かい印刷をする。印刷したものを渡すと、お嬢様は「ありがとう」と言って喜んでくれた。嬉しくなって、私も自然な笑みを浮かべていた。


閉店作業が終わり、更衣室で着替えたルカにさっき撮った写真を渡した。

「いい写真だね」

「ありがとう。今日は、撮りたいって思えるようになったから」

「今までは、撮りたいって思わなかったの?」

「うん、そうかな」

歌手活動をしていた頃、写真は、撮るよりも撮られる側だった。

携帯にカメラ機能がついてから、手軽に写真が撮れるようになった。手軽に撮れる事は、すぐ撮れるようになっていい面もある。

だが、悪い面もある。写真を撮る意図を考えもせずに、とりあえず撮っておく写真も多くなったように感じている。知らない人から撮られる事の方が多い。歌手としての仕事の中で、写真やテレビカメラを向けられる事もあった。街を歩けば、気づかれると本人の意思とは関係なく撮られていく事もあった。

その事があったから写真は、仕事をしたという証拠だと感じるようになっていった。そう思うと、向けられてくる複数の冷たいレンズが怖いと感じた。相手の意思が分からない、カメラのレンズがそう思わせていたのかもしれない。

「今は、こういう写真が撮りたいって思えるから。ほら、今日の写真みたいなの」

相手も喜んでくれて、撮り手の感情が写りこみ、テクニックだけではない写真を撮りたいと感じるようになっていた。

「一生のうちで、何回も見たくなるような写真」

「何回も見たくなるような写真か。そういう写真なら、撮ってもらいたいな」

一生のうちに何回も見たくなるような写真を撮れば、写真を見ている間は離れていても寂しく感じないと思えた。その間は、つながっていられるような気がする。相手が、好きな相手の場合は、写真を見てくれている時間を独占できる気がするから。

私は荷物を出して、ロッカーを閉めて鍵をかける。

「今度、撮りに行こうよ。せっかくなら、外に出かけた時にでも」

「了解、休日の予定今度メールする」

「分かった。どこに行くか考えておくね。その時には、ルカも私の事を写真で撮ってね」

「あぁー……上手くは撮れないかもしれないけど、それでもよければ」

「うん、ルカに撮ってもらいたいから」

「分かった。楽しみにしている」

更衣室の入り口で壁にもたれかかって待っていたルカは、私に笑顔を向けている。

正直なところ、私はルカにたいして抱いている感情をもてあましているのだろうと思う。名前をつけて区別しようとすればするほどに、ゆらいでいる自分の気持ちに気づかされてしまう。自分の気持ちに気づかされしまうほどに、感情の迷路の中に迷いこむ。『写真に真実が写りこむ事がある』と誰かが言っていた。

もしそうなら、写真を撮っていけば、この感情に答えはだせるのだろうか。写真に写った自分の表情で、相手への感情を冷静にむきあう事ができるのだろうか。

「久しぶりに、夏美の書いた詩も読みたい」

「……書けたら、持っていくね」

詩におこしてみるといいかもしれない。書いてしばらくしてから、冷静になった頃に読み返してみたら答えが出そうな気がする。ルカの書いた詩が、ストレートに気持ちを伝えてくれた時のように。


【5】


私にとっての写真は、記念だ。もう変える事のできない過去を、大切な思い出にした記念だと思っている。


開店記念のイベントで、写真を撮っている様子をホールの隅で見ていたマスター(零音)は、喫茶店を始めた時の事を思い出していた。

「マスター、写真を撮りたいお嬢様がお待ちです」

すっとルカが、近くによってきて小声でそう告げる。

「了解。今、行きます」

待っているお嬢様たちのところに向かう。

ルカは路上で喫茶店にスカウトした。特別な事をしていたわけではなく、ただ道ですれ違っただけだったのだが、同じ時間に同じ場所で見かけるうちに声をかけてみたのがきっかけだった。

ルカは、自分を持っている人が放つ魅力的な雰囲気をしていた。一人でいるのに、地面にしっかりと立って歩んでいる覚悟を決めた強さに、俺は惹かれてしまったのかもしれない。その強さがどこからくるのか、気になったから声をかけた。仕事を探しているとの事だった。

『喫茶店をやらないか』

そうもちかけてみると、ルカは笑って

『どうせ、喫茶店をするなら個性的なお店がいいな。……執事喫茶をしていたのなら、自分の理想の執事喫茶をやってみたらどう?』

こう返してきた。その時からルカは煮詰まるといろいろとアドバイスをくれるようになっていた。お店のデザインや店舗の土地探し、経費の計算に珈琲などを仕入れるお店の調査などすべてに関わっている。だから、雫や夏美には話していないけど、ルカは副店長のような存在だ。

「来てくれたのか」

「うん、新山さんからイベントの事聞いたから」

ルカに案内された席に行くと、そこに待っていたのは美佳だった。お世話になっているお嬢様で、私は彼女の執事をやっている。その彼女は、この春高校を卒業する事になっている。

お嬢様と写真を撮ると、ルカは印刷をしにカウンターに向かった。後ろ姿が凛としているのは、あの頃と変わっていない。

隣に立っている彼女が少し寂しそうな表情を浮かべている。

「新山さん、カッコイイね」

「そうですね」

「……私の友達で、いいなって言っている子がいるけど、付き合っている人いるのかな?」

「付き合っている人がいなくても、好きな相手がいるから入りこむ隙間がないと思います」

「そっか、黒崎さんは?」

「決まった相手がいるから、可能性がないと思いますよ」

「分かった。相手がいるって伝えておくね」

そう言うお嬢様は、友達にとっては残念な結果だったのに、嬉しそうに目を細めた。安心したような表情を浮かべているのを見て、疑問に感じた。

「今日、この後予定があるから、先に行くね」

「かしこまりました。気をつけていってらっしゃいませ」

彼女がお店から出ていくのを見届けていると、近くのテーブルで食器を片づけていた黒崎がお嬢様に視線を向ける。

「マスター、心配されていましたね」

「何を?」

「マスターが心変わりしていないか確認して、安心したかっただけだと思いますよ」

「……なぜ?」

「マスターが、ルカの事をジーっと見ていたからじゃないですか?」

「ジーっとは見ていないけど、気をつけるよ」

黒崎は食器を持って厨房にさげに向かった。

開店記念日近くになって、黒崎は髪をショートの長さにバッサリ切っていた。

出会った当初は、冷たい瞳をしていたのだが、どこか怖いと感じさせずに、強い意志が隠れている気がした。


彼女を雇ったきっかけは、前に勤めていた執事喫茶店で常連だった香月 愁という青年の紹介がきっかけだった。いつものように私のお店でティータイムを楽しんでいた彼は、

『いい人材がいる』と話をもちかけてきた。


『なぁ、お前の喫茶店で雇ってほしい人がいる』

『……いきなり、ですね。ちょうど、もう一人増やしたいと思っていたところですが、どんな人ですか?』

愁は鞄の中から黒崎の履歴書を出して、すっと私に渡してくる。

『コイツだ。人見知りのところもあるが、人の気持ちを敏感に感じとれる優しい子だ。お前のところで、人と接する機会をふやしてやれないか?もちろん、面接してから見極めてもらっていい。書類はこの履歴書をおいていくから』

『かしこまりました。考えてみます』

渡された履歴書を読むと高校卒業してからの記入がなにもなかった。得意な事は、お菓子作りとしか書かれていない。

自己PRは家庭科部での事が書かれていた。あたりさわりのない内容で、はっきりいってしまえば、文章は下手だった。下手だったが、不器用なりに相手に伝えようという意思だけは感じ取れるものだった。

『雇ってみるか』

携帯を開くと、愁に黒崎に来てほしい日時を伝えた。その後、新山に『連絡をとって会ってみてくれ。様子もみてよければ採用だと伝えてほしい』と伝えた。

その後、黒崎の話では、『制服のチェックになったので、びっくりしました』との事だった。


「店長、写真撮ってもらっていいですか?」

「了解です」

デジタルカメラを渡されて、夏美とお嬢様たちを写す。嬉しそうに話している彼女たちを見て、画像を確認してもらってから、印刷をしにカウンターに向かった。

夏美のブログにお店の事が書かれていたらしく、彼女たちは夏美に会いに来たらしい事を話している。お嬢様たちにとっては、身近に夏美と会えて嬉しかったのだろう。


夏美は最初、お店によく来てくれる常連客だった。もともとは、ルカが連れてきたのがきっかけだったのだが、それからも一人で来る事が多くなってきていた。高校卒業した後に、どういう進路に向かうか迷っていて、バイトもどういうものにしようか悩んでいると相談されたのは、三月上旬の事だった。

『……ギブアップ!』

執事喫茶に来ていた夏美は、そう言うなりノートの上につっぷして、ジタバタしている。

『どうしたのですか?』

『まとまらない』

そう言って見せてくれたのは、自己分析をするための文章だった。まず、興味のある職種を探るために書かれた文章で、ノートには、ひたすら音楽と書かれている。

『何度書いても、ここにもどるのよね』

ルカ言うには、歌わずにはいられないほどの音楽が好きな彼女が、興味のある職種で探ったら当然の結果といえるかもしれない。しかし、夏美はある理由から歌う事ができない。できないのと、収入面での問題で他の仕事を考えているのに答えがでないようだった。

『では、長所から埋めていきましょうか』

長所や短所を聞きながら、もう少し詳しく書いた方がいいところを埋めていく作業をしていった。だいたいまとまってきた頃、私は彼女にある質問をした。

『夏美さんは、このお店が好きですか?』

『はい、大好きです』

『では、ここで働いてみませんか?バイト代ぐらいしか払えませんが、夏美さんなら大歓迎しますよ』

と、お店でスカウトした。4月からがきりがよかったので、4月から働いてもらう事にした。夏美さんが来てくれた事で、お嬢様たちが減るどころか増えてくれるような結果だ。

制服は、美咲さん用に考えていたデザインがあったのでサイズだけ直して使用する事にした。


「みんなにとって、写真ってどういう意味がある?」

一日の終わりの閉店間際の時間、いつものように来店した美咲さんは黒崎に淹れてもらった珈琲を飲みながら、撮ってもらった写真を見ながらそう質問してくる。

「んー…俺にとっては、その時の事を思い出すための道具かな」

「道具って言い方は、初めて聞いた気がする。私にとっては、証拠だったかも。何かをしたという動かない証拠」

「証拠って言うのも珍しいな。美咲は?」

「私にとっては、写真は絵を描く事と同じかも。そこにある現実だけをそのまま撮るっていうよりは、別の感情とか写りこんでいる気がするから」

「あ、私にとっても、同じような感覚かもしれない。私にとっては、その場にある真実を写すような感じですね。マスターは?」

「私にとっては、記念ですね。代える事の出来ない過去を大切な思い出にするために撮っています」

「写真なのに、人によって考えている事が違いますね」

雫は美咲のおかわりの珈琲を淹れながらそう言う。

「ここにいるのは、物を作るのが好きな人たちだからな」

ルカは、レジを閉めながら笑みを浮かべている。

「そうだよね。たぶん、他の友達に同じ質問をしても「?」って表情をされて終わりで、会話がなりたたなそうな感じがする」

「そうですね、私もそんな感じがします」

「……せっかくなので、みんなで記念写真撮りませんか?」

「いいですね♪カメラ持ってきますね」

私がそう提案すると、夏美さんはデジタルカメラを持って来る。夏美さん以外は、いつもお嬢様たちを撮っている壁に集まった。カメラの画像を見ながら、全員が入るように調整を行った後、セルフタイマーをセットして夏美さんも一緒に並ぶ。

自動でシャッターがきれた音がするのを聞いてから、画像を確認すると全員が笑顔で写っていた。きっと、これからいろんな事が起こっても、このメンバーでなら前に進んでいけそうな気がした。この画像のデータを保存する。

「いい写真ですね」

「印刷したら、渡しますね」

今の画像を見ながら、まだ、一回目の開店記念のイベント写真だが、何回も重ねられるようにしていこうと感じた。


【6】


「美咲が、写真を撮ることは、絵を描くようなものだって考えているなんて知らなかった」

マスターからもらった全員が写った写真を見ながら、黒崎雫はすねたような口調でそう言った。自分の部屋にある食卓の椅子に座り、写真をはさんである手帳を閉じる。

「話す機会がなかったからね」

苦笑を浮かべて美咲は、自分で淹れたモーニング珈琲を飲む。

「あ、そうそう。写真といえば、今度、写真をインターネットで投稿してみようかと思っているから、どの写真がいいか選んでくれる?」

「いいよ」

カメラを鞄から取り出す美咲を見て、パソコンの電源をいれた。カメラとケーブルをつないで、カメラの中の写真をパソコンに移動させる。

最初の頃、ほとんどなにもなかったこの部屋には、いろんな小物の飾りが増えてきた。最初の頃は、冷蔵庫もなければテレビもない。調理器具も料理をしないのでない。あるものといえば、箪笥とベッド、洗濯機ぐらいだった。特に必要だと思えなかったからだけど、初めて部屋にきた美咲は部屋の様子を見て、

『……。買い物に行こう!』

と言い出していろんな色の物を買ったおかげで、冷たい印象があった部屋があたたかく感じられる部屋になった。

パソコンの中にある画像ファイルを開くと、撮りためてあったらしい風景写真がたくさん出てきた。

「あ、この写真がいいね」

夜桜の写真で、夜の公園で照明に照れ足出された桜の花びらが、風に吹かれて舞っていた。昼間の青空にはえる桜も綺麗なのだが、夜の深い闇の中で公園の照明に照らされた桜は、不思議な魅力があって視線がひきつけられる。

「この写真か。うん、これは私の自信作」

「そうなんだ」

「あとは、これもそう」

そう言って、美咲が指差してきたのは、茶色と黒の子犬のぬいぐるみが2匹写っている写真だった。窓辺で二匹の子犬が後ろ姿で寄り添っているもの。

「あたたかい気持ちにさせる写真だね」

「よかった。あたたかさが伝わる写真にしようと思って撮ったから」

笑っている美咲を見て、この居場所ができてよかったと感じた。美咲とならこの先も歩んでいける気がするから。

ポケットに入れていた携帯が鳴る。ディスプレイを見ると愁からだった。

「はい、もしもし」

電話に出ると、今度の仕事についての依頼だった。その仕事についての打ち合わせをするのに、後日待ち合わせを決めると電話をきる。

「……仕事?」

「うん、仕事」

冷たい印象しかなかった部屋が、あたたかみを感じられる部屋になったように、私も変化しているかもしれない。正直、愁には苦手な仕事をまわしてくるから、苦手だった。だけど、今は苦手意識が、ほんの少しなくなった気がする。

「そっか、雫に出会えたから愁に感謝しないとね」

「感謝しないといけないね。出会いがあると思うけど…いいものにしたい」

写真のファイルを開いていくと、私が写っている写真があった。まだ、美咲と出会ってすぐの頃に撮ったもので、自分で見ても冷たい雰囲気をしている。

「……いつ撮ったの?」

「一年前くらいかな」

美咲は視線を私からそらしている。写真に写っている私は、上から街の中を歩いているものでどこかに向かって歩いていた。窓の枠が写っているから、どこかの建物の窓から写真を撮った隠し撮りだった。

もう一枚は、風景写真が続いた後に、最近撮ったと思われる寝顔の写真だった。いつのまに、撮られてしまっていたのだろうか。写真は、撮り手と相手の気持ちが写りこんでしまうものなのかもしれない。

私は、ふっと笑みを浮かべた。

きっと、人は人を思いがけず傷つけてしまう事もあるけど、そこから先に進んでいけるかどうかは、自分の気持ち次第で変わっていくのだろう。変わりたいと感じて、行動に起こしていくうちに、いろんな事をひきよせていける。それは、出会いやチャンスだったりするだろう。その事は、変わりたいと願って、行動を起こさなければ何も始まらないし、何も変わらない。行動を起こしていけば、いろんな事が始まっていけるのだから。


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