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5.恋桜

Against ones will Ⅴ

恋桜


【1】


 「春になりましたね」

 やわらかい日の光を浴びながら、黒崎雫は桜を見上げる。満開になった桜の花びらは、風が吹くとゆっくりと舞い落ちていく。澄んだ青空と雲が適度な模様を描いていて綺麗な風景だ。

 「そうだね」

 視線を向けると、美咲が水筒から飲み物を紙コップにいれてくれていた。少しだけ肌寒いので、紙コップから湯気が出ている。今日は、集まれるメンバーで花見にきていた。私、ルカ、美咲、夏美さんの四人。場所は、近くの公園にレジャーシートをひいて、食べ物とかをみんなで持ってくる事になっていた。

 「早いね、君たちが出会って約一年が経つのか」

 新山ルカは、持参した飲み物を飲んでいる。一見、珈琲に見えるが、たぶん、違う。なぜ、そう思うのかといえば、アルコールの香りがかすかにするからだ。

 「……なんで、昼間から飲んでいるのですか?」

 「美味しいから。今度、喫茶店で出してみようかと思って、珈琲酒。飲んでみる?」

 「いりません。私は、ワインが好きなので。何のお酒使用しているのですか?」

 「日本酒」

 ルカの答えに夏美さんが一人ぼそっとつぶやく。

「日本酒は、ストレートが一番美味しいのに」

 本人以外の三人は驚いた表情を浮かべている。夏美は、諸事情により一年留年しているが、未成年のはず。

 「この前、誕生日がきて。成人しました」

 「そう、日本酒好きなのか。今度、飲みに行こうか?」

 「こらこら、ルカは飲みに誘うのが禁止!」

 さっそく飲みに誘ったルカに、美咲はとめにはいった。

 「…冗談だよ、冗談。でも、日本酒のどういうところが好きなの?」

 「カクテルみたいに甘いお酒が苦手なので。口の中に残る甘さと違って、喉の奥を厚くする感覚と、すぅーっとしみこんでくる感覚が好きです」

 夏美は苦笑を浮かべて、そう答えた。

 「感覚は、なんとなく分かる気がします。甘さって後に残りますよね。ね、美咲」

 「それは、分かるかも。本当に美味しいケーキは、甘さがしつこく口の中に残らないで、自然にとろけていく感覚がするかも」

「こだわりの甘さがあるって感じだな。みんな」

 「珈琲が好きだから、こだわりの甘さがあるのかもしれないですね」

 夏美さんは、ふっと優しくて心からの笑みを浮かべる。最近、ルカの隣にいる夏美さんは、生き生きとしているように見える。美咲から聞いた話では、この二人が恋人としての付き合いをする事はない気がすると言っていた。今でも、ルカは彼女の事が好きなのだろうか?

 

 「ルカは、結局、夏美にたいして行動に起こしたのですか?」

 バイト先の執事喫茶店で、制服に着替えている途中にふいに聞いてみる事にした。更衣質の隣のロッカーで着替えていたルカは、一瞬、ジャケットに袖を通す手の動きをとめて、私に視線を向けてくる。

 「黒崎は、相変わらず質問がストレートだね」

 「聞きたい事は、ストレートに聞いた方がいいかと思いまして。変な誤解もうまれないでしょうし」

 「黒崎らしいね。行動ね、広い意味では起こしているよ」

 ルカは苦笑を浮かべながら、ジャケットに袖をとおす。襟元から手で整えるとそれだけで、ぴんっとはって綺麗な直線になる。かっこよく着こなせるのは、やっぱりルカだからなのだろう。黒い携帯をジャケットの裏ポケットにしまう。

 「あれ、スマートフォンに機種変更しました?」

 「インターネットで調べものをするのに便利だからね。それに、文章を打ち込むのはノートパソコンになるのは変わりないし。2個持ちが変わらないなら、そろそろいいかと思って」

 「そういうものなの?」

 私は、自分で作成したいと思う文章作品は興味がないのでよく分からない。

 「そうだよ。携帯で打ち込むのは、結局指一本で打ち込むから、長文は指が疲れてしまうし、集中して書いたところで、千文字ぐらいで区切らないと長すぎるしね。修正するために、読み直すのが、苦手な作業になる。けど、ワードは、両手で打ち込むから、早く打ち込めるし読み直しも、携帯よりも大きい画面で行うから、早いし楽だから」

 「なんか、実感がこもった口調ですね。長編の小説とか書いているのですか?」

 「最近、書き始めているよ」

 この人が作品を作るという事は、誰かに恋をしている事だと美咲が言っていた。その相手が、夏美なのは、前に確認しているから間違いない。

 私は、自分のジャケットに袖をとおして視線をルカに向ける。

 「広い意味で行動に起こしているっていう事は、告白はしていないって事ですよね?」

 「さぁ、どうだろうね」

 意味ありげな笑みを浮かべると、ルカは更衣室を出て行った。

 

 更衣室から戻ると、開店準備を始める。ここにアルバイトで勤務するようになってから約一年近くたつため、動きに無駄がなくなった気がする。今日は、マスターも注文する商品の確認のためにお店に来ていた。一通り準備が終わり、ドアの外にオープンと書かれた看板を表に出す。

 昼間の静かであたたかいひと時が、好きだなと感じる。夕方になるにしたがって、お嬢様たちが帰宅する時間帯になる。お嬢様たちがいないと暇なわけでもなく、その間にできる内職がたまっているので、内職道具を持ってくるとカウンターに座った。

ポイントカードや、お店の名刺を切る作業や、お店で出すお菓子に使用する粉類の計量など雑務を行っている。今日は、お店の名刺を切るカードを行う。あと一時間もすれば、お昼時になるので、時間のかかる事はできない。

 「黒崎、さっきの質問だけど。恋って、付き合う事がゴールではないから、告白するつもりはない。かといって、まったく行動しないわけでもない」

 「ん?」

 「ルカにとっては、作品を作る事が行動している事だって考えているから」

 マスターは、在庫確認が終わり、ノートパソコンを開いて、足りなくなってきているものをネットで注文作業をしながら、会話に参加してきた。

 「なんだろうな。作品って、自分の想いの塊で、むきだしになっている部分がある。作品にした時点で、現実を描いているわけではないけれど、その作品の中には、書いた人の心の真実がうつりこむものだと俺は思う。そんな、自分の想いの塊みたいな作品を、あの子が読んでくれる事で、満たされた気持ちになる」

 「えーと、つまり、自分の想いの塊を夏美さんが読んでくれている事が、行動している事ですか?」

 「ストレートには伝えていないけど、ルカの作品だから…読めば、もしかしてって感じてくれていると思いますよ。」

 「……まわりくどい」

 思わず、低い小声でそうつぶやくと2人に苦笑を浮かべられてしまう。

 「ルカの場合、夏美さんに好かれる可能性は低いから、逃げているのですよ」

 「マスター、逃げているって、グサッとくるからやめて」

 「そうですよね。ルカの性格からしたら、ストレートに告白しているから、自分で一番自覚していますよね」

 「で、黒崎、お前は最近どうなの?」

 「どうって、幸せですよ」

 「それは、また、想像通りの答えだね」

 「よかったですね」

 「私の事よりも、ルカの事を聞きたいです。本当にこのまま告白するつもりはないのですか?ルカなら、好意を持たれていそうなのに。はっきりいって、ルカがそんな風に曖昧な態度をとっているから、夏美さんにも迷惑ですよ」

 「んー…そこにはいろいろと考えるところがあって、ですね?」

 わざと私は、冷たい瞳を向けた。嫌いだからではない。友人としては好きだから、そんな曖昧な態度で言い訳しようとしている事が、私の心をいらつかせたから。

 「どんな言い訳をするつもりです?」

 ルカの桜の花は、あともう少しで咲くところまできている気がする。

 「厳しいね」

 苦笑をルカは浮かべていた。

 「雫もルカだから言いたくなるから」

 「それは…言いやすくて、ですか?」

 「ルカが、大切な存在だからですよ。心があたたかいのは感覚で分かります」

 ルカはマスターにそう言われると想定していなかったようで、驚いて軽く目を見開く。私からしてみれば、何を驚く必要があるのだろうと思う。

 「だから、この前2人は、夏美に詩を読ませたと思います」

 「あぁ、アレね」

 ルカは、かわいた笑いと遠くを見るように、目を細める。

 そこまで話したところで、喫茶店のドアを開ける音がした。お嬢様を出迎えるために、入り口まで向かった。


【2】


 本当にどれも言い訳だと、自分でも嫌気がさす。曖昧な態度をとってしまっているのは、自分でも自覚しているところだ。夏美の事が好きだと感じている。それは単純な事なのに、躊躇させているのは、告白が上手くいったその先の事が上手くいくのか分からないのが怖くて不安だからだ。

 新山ルカは、自分の家で好きな音楽をかけてネットサーフインをしていた。少し目が疲れて来たのでノートパソコンから視線を離す事にした。

 自分よりも年下で、恋愛経験も浅い雫に的確な言葉で言われたのがきついと感じている。

若い十代の頃の自分が今の状況を見たら、雫と同じ事を言ったはずだ。だから、運命の相手と出会えていたとしても、二十代の恋は遊びの恋なのだと占いで言われるんだろ?と、言うだろうなと苦笑を浮かべる。


ピンポーン


インターフォンの音がしてテレビモニターを見に行くと、美咲が雫と来ていた。

今日は特に何も約束していなかったはずと首をかしげながら、ドアを開けると開口一番に美咲はこう言った。

「タンポポコーヒー飲みたい」

「……アロマのお店で買って飲めばいいのに。どうぞ」

台所に来ると、2人はいつも使っているコップを用意した。俺は、ノートパソコンを片付けるとお湯をわかしに、ヤカンを火にかける。

「見事に夏美さんのコーナーですね」

CDラックを見て、雫は呆れたため息を吐く。

「ここだけじゃなくて、こっちもコーナーになっているのよ」

美咲が指差したのは、MDの収納スペースだった。

「うわ、こんなにMDあるんですか?」

「CDも消耗品だから。再生回数に限界があるって聞いてからは、全部MDに録音してMDを再生するようにしているの、昔から。それも限界までつめこんでいるから、一本で数時間は聞ける時間は録音されているわ」

「趣味に使える予算が限られていたから、もったいなくて、ついね」

「全部で何曲ぐらいですか?」

「さぁ? 数えた事がないから、分からない」

「この箱の中にしまれているもの全部がMD……音楽好きなのですね」

MDの収納ケースに収まりきらず、今はクリスマスケーキの空箱を代用している。一段はすべてMD。二段目はウォークマンにつけるスピーカー等が置いてある。

「これくらい、みんな聞いているだろ?」

「いや、この量は音楽が好きじゃかなったら聞かないと思う」

「録音してあったとしても、とっておかないと思うわよ」

「これでもCDは、MDにあるのは整理したよ」

「……」

これで、整理されている?と、雫の表情に出ている。タンポポコーヒーのケースを、飲料がしまってある収納スペースから取り出すと、食卓に出した。お湯がわいたので、ヤカンからポットにお湯をいれた。人数分のスプーンを食器棚から取り出して、それぞれのコップに置く。

2人とも食卓に来ると、それぞれコップにタンポポコーヒーをいれて、牛乳をいれてからかきまぜた。

「それで、今日は何しにきたの?」

「タンポポコーヒーを飲みに、っていうのも目的の一つだけど、ルカってタロット占いできるよね?」

「できませんよ。プロみたいなのは」

「一応できるっていう事ですね。……本当に、あなたは何になりたいのですか?」

「できるって、ほら、カード切ってシャッフルして、本開きながらカードの意味をみるだけ」

「そのわりに、占い当たるのよね」

「ルカの本業って何ですか?」

「収入面でみれば、執事喫茶店」

「いっその事、その全部をきわめてどうですか?」

そう言われて苦笑を浮かべる。

「じゃ、カード持ってくる」

本棚からタロットカードと本を持ってくる。居間の床に置いた。

「それで、何を占いたいの?」

「今後の仕事に関して。何月頃にいい方向に向かうのか?」

「とりあえず、一年間の時期をみるって事でいいの?」

「うん、そう」

「じゃあ、カード分けるね」

一年間で12枚のカードで月の運勢を。真ん中にある一枚は、一年間の運勢を表すカードになっている。占いたい事によってカードの占い方は変わる。何月にという、何時という数字だけ知りたい場合には、あらかじめ必要のないカードを分ける必要がある。

「全部のカードから見るわけではないのですね」

「占いたい事によって違う。大アルカナのタロットカードが、大切で強いメッセージを表す事になる」

「将来の事で少し迷いがあって、もし、その迷いをふっきるなら仕事運のいい時が、直かと思って」

「迷って、転職を考えているって事?」

「違うかな。自分の好きな事で少しでも収入を得るために動きたいと考えている。転職は、生活がなりたたないから無理だと思うから」

「……そう」

目を閉じて、深呼吸する。占いをする時には集中しないと、なぜか上手くいかない。一人で占いをする時には、占う相手の事を強く思い描くようにしている。目を開けるとカードを広げて、ここだと感じたところでまぜてきって、迷いなく順番にカードを置いていく。

結果は、今年の年末の時期がいいと出た。おそらく今すぐは、準備不足だからもう少し準備した方がいいという事だろう。


しばらくして、2人は帰宅すると適当にCDを選び、音楽をかける。食卓椅子に座り、目を閉じた。

最近2人は、よく遊びに来るようになった。隣の部屋だから来やすいのもあるのだろうが、この部屋に来ると落ち着くらしい。

「どうしたいのだろうな、俺は」

雫に言われるまでもなく、自分でもどうしたいのだろうかと思う。自分で迷う事があれば、一人で占うようになったのは、数年前。本当に確かめる事が怖いと感じた事を、カードに質問するようになった。

深くため息を吐きだす。

行動しない事が苦しいと感じているのなら、正面からはっきりと、告白した方がいいのだろうな。

苦笑を浮かべると、冷蔵庫から飲みかけの日本酒をとりだした。コップに珈琲を淹れて日本酒を少しいれてスプーンでまぜると、一気に飲み干す。

ジャケットのポケットから携帯を取り出すと、メールの機能を呼び出した。メールの宛先を検索してから記入する。本文は、一気に打ち込むとそのまま送信した。送信できた事を確認するとパタンと携帯を閉じる。

しばらくすると、携帯の着信音が鳴り始める。携帯のディスプレイは、夏美からの電話である事を告げていた。深呼吸をしてから、いつも通りの口調で電話に出る。

「もしもし、今、話して大丈夫?」


大丈夫だという答えを聞いて、たった一言「好きだ」と告げると、少しの沈黙の後に、「やっぱり」と返ってきた。そして、「ごめんなさい」と一言で返答がきた。

言いにくそうな口調で、「今すぐには、付き合う事はできません」と、言葉を選びながらまっすぐに答えてくれた声に、思わず口元が持ち上げるのを感じた。


「今すぐには、ってどういう意味?」

なるべく声が冷たくならないように気をつけながら質問をすると、電話の向こうで戸惑う気配を感じた。

「……そのままの意味です!」

それだけ言うと、プツンと電話が切れた。それだけ伝えるのが限界だったみたいだ。切れた電話を呆然と見てから、パタンと閉じる。

「そのままの意味って、どっちなのよ?」

俺も勢いに任せて言ってしまったから、こんな事を思っても仕方ないのかもしれないが…これじゃ、蛇の生殺し?

気になるけれど、あの様子だと、かけなおしても出てはくれないだろうな。

いやいや、最初に「ごめんなさい」だから、きっぱり断られたと受け取っておこう。しておいた方が、変に期待しなくてすむ。

これでも、言う時期は選んだつもりだ。夏美は、今の時期ならちょうど春休みで、先の進路はアルバイトをしながら、活動していくと決まっている。アルバイト先も決まっていると言っていたから、そこまで迷惑をかける事もなく頃合いだと思った。


アルコールがまわってきたおかげで、今夜は熟睡できそうだ。布団をひいて倒れこむように、横になる。意識が夢の中におちていく中、いい夢をみられそうだと感じだ。


【3】


執事喫茶でバイト中の黒崎雫は、違和感があった。

いつもの日常で、美咲と夏美がいつものように、閉店15分前にいる。ルカは、閉められるところから閉店作業をしているのもいつもの事だ。

静かだなと思って、違和感の正体に気が付いた。

いつもなら、何かと会話に参加してくるルカが、珍しくほとんど何も話していない。夏美は時々ルカに視線を向けるが、ルカは気づいていない。私は美咲に視線を向けると、美咲は苦笑を浮かべている。気まずい空気が流れたまま、その日は閉店となった。


「え? ルカが告白した?」

「そうみたい。それで、あんな感じになっているらしくて」

「……そうか」

美咲の家に帰宅してから、二人分のコートをハンガーにかける。お湯を沸かすために、やかんを火にかけた。

「それで、ストレートに告白した後に、夏美が『今すぐには、付き合うことはできない』って答えたらしく。そのまま連絡とってないまま、一週間経過して今日になった」

「まぁ、想像できるけど…『今すぐには』の部分の意味を考えても分からないから、お互いに連絡していない状況になってしまっているような」

「うん、そんな状況になっているの」

「それで、結局、夏美さんはルカの事をどう思っているのですか?」

飲み物ストックからインスタントコーヒーの瓶を取り出すと、コップを食卓に出して適度にいれた。夜間のお湯をポットにうつしてから、コップにそそぐ。たまには、カフェオレにしてみようと牛乳と砂糖をいれてかきまぜる。

美咲には、ハーブティーをいれて渡した。

「それが……そのままの意味で。どちらでもないみたいで、戸惑っているらしくて」

「あぁー…なんか、そういう事を聞いた気がする」

あの時は、ルカの家にいたのとその後話題が途切れたから、詳しく聞いてはいない。

「あれ、でも確か夏美って彼がいませんでした?」

そう言うと、美咲は深いため息をつく。

「それが…喧嘩して別れたらしくて。原因は、些細な行き違いみたいだけど…まず、ルカにたいして心がゆらいでいる事も、彼とケンカして別れた事もあって、心の整理がつかないから『今すぐには』っていう意味なの」

「そういう意味、ね」

本当に、どちらでもないという事なのだろう。ただ、ゆらいでいるという事は、ルカにとっては可能性ある。

「心の整理がついたら、あらためて返事をするつもりみたい」

美咲は両手で持ったまま、心配そうな表情を浮かべて飲もうとしていない。

「ただ、ルカはもうダメだったと思っている」

「……それはまた、決断を下すのが早いですね」

彼女は苦笑を浮かべる。

「何回か見てきているけど、あと少しで、あと一歩踏み込めばいいのに、ぎりぎりのところで踏み込もうとしていない事があるから、決断するのが早いのよ。あのバカ」

彼女はそう言い、ハーブティーを味わうようにゆっくり飲む。

「美味しい」

私は黙ってカフェオレを飲む事にした。

ルカも苦しいかもしれないが、ゆらいでいる夏美さんが初めての事で苦しんで悩んでいる気がする。好きか、嫌いかの二択ならば、好きなのだと自覚している。だからこそ、自分の抱いている好意がラブなのかライクなのか決められないでいる。

ラブかライクの境界は、自分で決めるしかないものだ。何かの本で読んだ事がある。心の感度が高い人は、性でラブかライクかを決めないから、両性なのだと言っている人もいる。

カフェオレにいれた砂糖が、口の中に強く甘さがのこり、珈琲の苦みを隠した。


数日後。

平日の昼間、散歩していると公園のベンチで座っている夏美さんがいた。

「今日は一人ですか?よかったら、隣どうぞ」

視線があうと夏美さんの方から声をかけてきてくれた。ちょうどお昼頃なので、公園には他に誰もいなかった。ベンチの隣に座る。

「一人です。たまには運動しようと思って、散歩していました」

「いい天気ですよね」

空を見上げると、桜の花びらが風に舞って散っていく色が奇麗だ。地面におちた花びらは、ころころと転がって、風がやむと桜色で地面を染め上げていく。

「黒崎さんは、誰かに恋愛の告白された事ありますか?」

「ありますよ」

「その時は、どうしました?」

「保留にしてもらいました。恋愛の好きがどういうのか分からなくて。……その後に、返事をしました。よろしくお願いしますって」

「好きって、どういう時に自覚しました?」

「好きだと感じた時に」

そう答えると、思い切り夏美さんに笑われてしまった。

「ごめんなさい。ストレートだったから」

「んー…気が付いたら好きになっていたからなぁ。あとは、大切でこれから先も傍にいたいと感じた時に、『あぁ、好きだな』と自覚するかも。あまり、頭の中で恋愛の好きは、こういうもので、友達の好きはこういうものだって決めつけていない時に、ストンっておちてくる感覚がする。自然に自覚するというのか」

「ストンっておちてくる感覚?」

「こう、このへんにしっくりくる感じ?」

このへんと言いながら、胸のあたりを指差す。

「ごめん、こういう事を説明するのが慣れていなくて…」

ルカなら上手く説明するのだろうなと思いながら、苦笑を浮かべる。

「ううん、言葉で表現するのは難しいから」

「うん、そうだね」

「難しい事を自覚しているから、単純ないつも使われている言葉を使っていても、心に響く作品を作る人は尊敬するし、いい部分を自分のものにしたいと感じている。一緒にいると、わくわくする。この人となら、先を見ながら進んでいけると思わせてくれるところが、好き」

少し前の自分が重なって見えた。テレビドラマ、マンガ、周りの人たちの話でイエスかノーのどちらかの答えを早く出した方がいいのだろうと思って、無理に答えを出そうとしていた自分の姿だった。告白した方から見たら、早めに返事が欲しいのだろう。でも、返事はイエスかノーの二択だけなのか?

「じゃあ、そのまま伝えたらいいんじゃない?その人に」

「そのまま?」

「うん、そのまま。今、感じている事を伝えてあげた方がいいと思うよ。すぐに答えが出ないのなら、その理由に伝えてあげた方が相手も嬉しいと思ってくれるんじゃない?」

「……ありがとう」

風が優しく吹いて、桜の花びらが夏美さんの肩にのった。それを見て、私たちは優しい気持ちになって笑みを浮かべていた。


【4】


数日後。

休日の昼間に美咲の家でルカと3人でお茶会をしていた。鼻歌を歌いながらルカが珈琲を淹れてくれた。人数分のマグカップにサーバーからそそぐ。鼻歌なんてめったにしないのに、珍しい。

「鼻歌、珍しいですね。なにか、いい事でもありました?」

「いい事というか、返事をもらったから」

「そうですか…よかったですね」

ルカが探るような視線を私に向けてくる。

「雫、何か夏美に言ったの?」

「さぁ、どうでしょうね」

ルカがそういう風に聞いてくるって事は、夏美さんは、何かしらの返事をしたらしい。ふっと笑みを浮かべた。

「言ってくれたのか。本人がそう言っていたわけではないけど、なんとなく雫が言ってくれたような勘がした」

「相変わらず、すごくいい勘ですね。あてられるなんて」

「直感のままに動いている時が一番うまくいくような気がする。ま、告白するつもりはなかったけど、してみようと思えたのは雫のおかげだから」

「美咲から聞きましたけど、アルコール飲んで告白って信頼をなくしますよ。」

そう言うと、ルカは渇いた笑いを浮かべ、遠く見るように目を細める。

「アルコール飲まないと、告白できそうになかったからね」

「ほどほどにしてくださいよ」

「はいはい、普段はあまり飲んでないから」

「それで、なんて言われたの?」

美咲が興味をもって聞くと、ルカは意地の悪い笑みを浮かべる。

「……それは、秘密だな」

「ま、ルカならそう言いそうな気がしたけどね」

「ルカらしいですね」

「告白する気になったのは、雫のおかげだから。ありがとう」

「どういたしまして」

あたたかい昼の光がまぶしく感じて、そっと目を細めた。ジャケットのポケットにしまっていた携帯の着信音がなって、電話に出ると彩雲の声が聞こえてくる。

「もしもし、珍しいね、彩雲が電話してくるなんて……明後日?うん、予定はあいているよ。じゃあ、いつものところで、いつもの時間でいいの?お茶に誘ってくるなんて珍しいね。うん、分かった」

電話をきると、携帯をポケットにしまった。

「彩雲からお誘いか、珍しいな」

「そうね、仕事以外でのお誘いって、今まで一回もなかったわね」

「……一回もないのか」

ルカは、呆れた表情を浮かべている。

「決めたらすぐ動けるあなたと違って、奥手な男性なのよ」

「何年も近くにいて、一回も誘わないって……信じられないな」

「……一体、何の話ですか?」

心当たりがなくてそう言うと、ルカにため息をつかれてしまった。美咲は苦笑を浮かべている。ルカが淹れてくれた珈琲を一口飲む。

「ほら、彩雲って本人の前では態度にあらわしてないから」

「あぁー…そう言われてみれば、そうかも」

「だから、なんの話ですか?」

2人は視線を合わせると、同じ考えにいたったらしく「なんでもない」と同時に言い、それ以上はその話題に関しては答えてくれなくなってしまった。

「彩雲から直接言われるのを待った方がいいと思う」

「そうかもね」

「彩雲からあらためて言われるような事なんて、ないですよ」

そう言うと、2人とも苦笑を浮かべている。


本当は、彩雲の気持ちにうすうす気づいていたのだろうと思う。

好意を抱かれている事には気づいていた。その好意の種類に疎かっただけで、美咲を好きになって恋愛の好きと友達の好きの違いに気が付いた。その時に、彼の気持ちには気づかないフリをした。

視線があう瞬間に感じる情熱、無意識に接近する仕草、自分が美咲にしている事と同じであろう行動で気づくきっかけはいくらでもあった。でも、それに気づいてしまったら、今のこの関係は壊れてしまうのだと、感じていたからかもしれない。同じ好きではなくても大切だと感じているこの関係が、このままずっと先まで続く事はない。無理に続けていけば、どこかで歪んでしまう事も分かっていた。

そして、美咲の事が好きで付き合っている私は、彼の気持ちにこたえる事ができない事も気づいていたから、気づかないフリをしていたかった。知らないフリをしたかった。でも、それはもう許されないと、感じていた。


「懐かしい、彩雲と2人で会うのが」

二日後。

二人でよく待ち合わせしていた喫茶店に入る。よく学生の頃にこの喫茶店を利用していた。値段も手ごろな感じで、落ち着いた店内では、ゆっくりと好きなだけいていいという安心感を与えてくれるお店だった。

マスターがいるカウンター席が4席と、四人掛けの席が3席用意してある、広くない店内はすいていて、マスターが好きな場所へどうぞと学生の頃と同じ、穏やかな口調で言ってくれた。前によく座っていた席に座った。

「そうだな。最近は、二人では会っていなかったしココもしばらく利用していないから」

「ご注文は?」

「ブレンドコーヒーを二つ」

「かしこまりました」

お冷をテーブルに置いて注文をとると、マスターはカウンターに戻って行った。

「……美咲とはうまくいっているのか?」

「うん、うまくいっているよ」

「そうか」

彩雲は苦笑を浮かべた。

「何か話したい事があるんじゃない?」

「相変わらずストレートだな」

「彩雲がここに来るときは、いつもそんな感じだから」

そして、いつも他愛のない話題を話して終わってしまう。何度か、話そうとしている感じがするのに、そのまま、何も言わないでいる。

私は、コップの水を一口飲む。

「いつもそんな感じだったのか」

「うん、いつもだよ」

「そうだな。今日は話そうと思ってきたんだ」

何も言わずに、まっすぐに彩雲を見る。

「俺、前からお前の事が好きだ。あぁー…その恋人として付き合うとかいう意味で。それで、どうこうしたいとか、そういうのはないけど、一回、ちゃんと伝えておきたくて。半分以上は自分のためだけど」

「……そう」

「驚かないのか」

私は苦笑を浮かべた。

「なんとなく、知っていた。気づいたのは、美咲と付き合うようになってからだけど」

「そうなんだな」

「……うん」

「お待いたしました。ブレンドコーヒーです」

2つマグカップを置くと、注文にない一口サイズのクッキーをつけてくれた。視線で問うと、マスターはにっこりと笑みを浮かべた。

「クッキーのサービスをしていますからどうぞ」

「ありがとうございます」

「どうぞ、ごゆっくり」

それだけ言うと、カウンターに戻って行った。

二人で珈琲を一口飲むとほっと安心する味がした。

「……私も、彩雲に話しておきたい事がある。なんとなく気持ちに気づいていたのに、気づかないふりをしてしまって、ごめん。ちゃんと気持ちに向き合わなくて」

「いや、俺も口に出して言わなかったのがいけないから。俺の方こそごめん」

ぷっと2人して吹き出してしまう。

「何、二人で謝りあっているんだろ? 俺たち」

「本当、告白の場面なのにね」

笑い合って、そのまま、また今度なんて言えたのは、マスターの淹れてくれた珈琲が美味しくて、和やかな気持ちにしてくれたからかもしれない。


「おかえり」

美咲の家に帰宅すると、笑顔で彼女が出迎えてくれた。

「ただいま」

ぎゅっと美咲を抱きしめた。

すっかり、今ではここが帰ってくる場所になっている。

「どうだった?」

「彩雲と喫茶店で美味しい珈琲を飲んできた」

「どこの喫茶店?」

喫茶店の名前を口にすると、美咲が知っている店名だったようだ。

世の中には、気持ちを伝える恋も伝えないで消えていく恋があるのだろうか。恋のすべてがうまくいくわけではなく、ふられて痛みを感じる事もあるのだろう。それでも、恋をしてしまうのは、美しいという事を知ってしまっているからかもしれない。

失う事を知っているから、恋は綺麗なのかもしれない。散ってしまう事を知っている桜が、綺麗な花を咲かせるように。


【5】


「そういえば、ルカになんて返事をしたの?」

いつものように執事喫茶に来ていた夏美さんに、黒崎雫はそんな質問をしてみた。

今日は、ルカの休日で喫茶店に来ていない。マスターは、新メニューを考えているためにノートを広げて集中しているので、こちらの話など耳に入っていない。

「……それは、言わないとダメですか?」

アールグレイを飲みながら、夏美さんは視線をそらす。

「すみません、気になってもので質問してみました」

「単純に傍にいると刺激されてわくわくする存在で、前を向いて進んでいける存在ですって返事しました。今は、まだ、どうしたいのかなんて分からないから。もう少し、自分の気持ちを冷静に考えてみるつもり」

カチャっと音をたてて飲み終わったカップをソーサーに戻した。ティ―ポットに手を伸ばして、二杯目をそそぎいれる。

「ルカの書く作品は、いい意味で刺激になる。なんていうか、一つの事を表現するのに、こうくるのかっていう驚きが多くて」

「そうですか。私は作品を作るのが苦手なので、作品を作る人同士が感じている感覚が分からないです」

「んー…私にとっての作品たちは、「手紙」を書くようなものです。人の想いがこもっている作品は、受け取る誰かに向けた「手紙」ですね。受け取り手が「手紙」を読んでどう思うのかは、それこそ相手しだいのところがあるかな」

「そういうものなのですね」

「よく分からないって、顔に書いてある」

「すみません」

夏美さんは紅茶を一口飲みながら、笑みを浮かべている。

「雫さんは、分かりやすいですね。そうだなぁ、雫さんだとコレかな。紅茶や珈琲を好きな相手の事を考えながら、淹れているけど、その感覚に近いかも。味だけじゃなくて、雰囲気にもあたたかみがあるような感じ?」

「あぁ、なるほど。ソレなら分かります」

先日、彩雲と一緒に言った喫茶店のマスターを思い出した。

はっきりいってしまえば、珈琲などの飲み物は、自宅や自販機、スーパーで安く売っている。わざわざお店に行かなくても、飲めてしまえる。飲むことだけが目的ならば、行く必要すらないものなのに、喫茶店で丁寧に淹れてもらえた飲み物は、それだけであたたかみがます。きっと、人のぬくもりを近くで感じられるからかもしれない。

「そういう雫さんは、なんて答えたの? 美咲さんに聞いたけど、彩雲さんから告白されたみたいだけど」

「あぁ、それは、断りました。私にはもう決まった相手がいるので。気づいていたけど、気づかないフリをしていた事と、告白した事、お互いに謝っていて…最後はお互いに笑っていました」

「……そうか」

「はい」

新メニューを考えていたマスターが、ふと視線をあげる。

「あ、そうそう。夏美さん、メイド服のデザインができたから見ていきますか? ついでに、サイズも図って行ってもらえると助かります」

「分かりました」

「え?」

「雫には、話してなかったよね。私、4月からココでバイトする事になったの。マスターに話したら、いいよって言ってくれたから」

「四月からのバイト先が決まっているって言っていたの、ココだったの?」

「うん、ココならやっていけそうな気がして」

「マスター、ココって執事喫茶ですよね?」

マスターは苦笑を浮かべている。

「それを言い出したら、ルカも雫もココで働いているじゃないですか。それに、美咲さんもココでバイトしてみたいって言ってくれた時からデザインの試作考えていたから無駄にならずにすんでよかったです」

「すみません、かけもちは難しいので」

美咲はダージリンを飲みながら、苦笑を浮かべている。

「『目の保養になって、お店の統一感があればいいと思います♪』ってルカも言っていた事ですし」

「ルカが言いそうな事ね」

「えぇ、あの人楽しい事を思いつきで言うわ、おおざっぱなところもありますからね」

美咲も私もそういうと視線をあわせて笑う。

「そんなわけなので、夏美さんのサイズを美咲さんが図ってもらっていいですか?」

「あ、はい。分かりました。メジャー貸してもらえますか?」

サクサクとサイズを計っていくのを見ながら、ルカは策士だなと感じていた。

きっと、ココで働いてみたら?と誘ったのはルカだろう。単純に仕事の紹介が目的だけでなく、うまくいけば傍にいられる時間もふえるという下心もあったはず。そこで、チャンスをつかもうと思っているのかもしない。


失う事を知っているという事は、得る事も知っているという事。永遠という言葉の響きが気になるのは、気持ちが変化していくものだという事を知っているからだろう。

変化していくものだから、今のこの瞬間は今しかないから、桜が、はかなくも美しいと感じる事ができるのだろう。散る事があるのだから、咲く事もあると希望をもてるのだろう。

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