吾輩に酷い事する気じゃな! エロ同人みたいに!
吸血鬼の眷属となってしまった被害者たちは拘束され、今は転がされている。
「んっ……はぁ、ユウキぃ、あと少し……そう、いいよ。そんな顔、しないでぇ……ボクも、初めてでこんなになるなんて、はぁ……はぁ……恥ずかしいんだから」
エイルは自分の物とは思えない声で羞恥心を刺激され真っ赤になっている。それは深い部分で繋がったユウキにも伝播して、これが本当に男の子なのかと疑ってしまう。
熱く荒く吐きだされる息。滲んだ涙に濡れ光る瞳。ユウキの世界には無かった桃色の髪は自然な色合いで艶やかだが、今は微かな汗に濡れて乱れている。細い肩が小刻みに揺れるたび、小さな声が漏れている。
「げっへっへ、いい声で鳴くじゃねぇかエイルちゃんよぉ。オレ様のユウキに色目使いやがって、眼福じゃねぇか。うふぇふぇふひ」
「色目なんか……んぁ! ふぅぅ、つか、てないよぉ」
「あー、すまんがエイル。男だと分かってても混乱するから無理に喋らないでくれ」
結局、ユウキには治癒魔法の適性は無かった。魔法は魔力と想像力が必須なので、どちらが欠けても使えない。傷を治すのは薬や手術という現代人の感覚を持つ彼には、魔法で治癒させるという感覚のイメージがつかめなかったのだ。そして医学知識があるわけでもないので化学物質を作り出したりとか、傷を適切に処置したりというのも難しい。
結果としてエイルに魔力を渡して皆の傷を癒してもらおうとしているのだが、これは上手にできている。問題は必要な分を渡し切るのに十五分はかかりそうな事と、その間に魔力を注がれているエイルが喘ぎ続けている事だけだろう。
ユウキは握った手を離さないように、そこからゆっくりと魔力を押し出すように集中しながらも、顔が赤くなるのを堪えられない。
エイルは知識として魔力の譲渡が魔法によって可能なのは知っていたし、自分から提案したのも確かだ。でも、その時に得られる感覚は人それぞれという記述を甘く見ていたのだ。
甘美な痺れが全身に走って、まるで自分じゃ無いような声が出てしまうのである。
横ではゲヒャルトが珍しく下品でないキラキラとした笑顔で、二人の魔力が交わるのを眺めている。その内で渦巻く情動は、負の感情ばかり抱いていた純粋なる魔人だった頃には無い。
人と人との繋がりを好ましく思う感情、すなわち愛だ。ついでに腐の感情も理解できて一石二鳥だ。
クッコロッセは負の感情の塊である魔人に、好意という正の感情を植え付ける。それは魔人という存在を枠から逸脱させる。それがこの世界でどれほど驚嘆すべき事柄か、残念ながら誰も気付いていない。
「男同士……ですか。許せますわ」
「うひっ、そうだよなビッチちゃん。ユウキはオレ様のものだけど、あれは許せるぜぇ。ぐへえへ」
「貴女たちは何を言っているのですか……?」
真面目な騎士であったアンジュにとって、その会話は理解しがたかった。とりあえずエイルの様子から、男性らしからぬ弱々しい声が出ることを恥ずかしがっているようだから後でフォローしよう程度に思っていた。天然で傷に塩をすり込んでしまうタイプだった。
彼女は同僚から性別を超えた(と相手は思っている)愛の視線を向けられたことも多々あるのだが、ほとんどが天然でフラグブレイク済みである。
そうこうしているうちに、長かった十五分は過ぎ去る。エイルがまるで事後のようにクシャクシャになっている顔を隠しつつ、もう足りるからと言って離れる。
そのままヨロヨロとして結局ユウキに支えられつつも、皆の傷を癒していく。
そして、それが終わる頃に自然治癒で気絶から目覚めたクリスティーナ。彼女は周囲を見回すなり、自分の置かれた状況を理解してブルリと震える。
何やら強力な魔力で編み上げられた鎖によって縛り上げられ、地面に転がされた自分。目の前には気絶する前、圧倒的な力で自分を押さえ込んだ勇者の姿。
「おのれ勇者め、吾輩に酷い事する気じゃな! エロ同人みたいに! 知っておるぞ、魔人が頑丈なのを幸いとあんなことやこんなことを……くっ、殺せ!」
頬を紅潮させて叫ぶクリスティーナに微妙な視線を送る一同。ゲヒャルトだけは蔑んだ目で見ている。
「しないよ……俺は、女性に酷いことはできない。だから、どうかこれ以上は人に危害を加えないと約束してくれ」
エロ同人あるのかよっ! と叫ばなかったのは、ユウキがこの世界の理不尽さに慣れてきたのと、目の前で怯えている女性を怖がらせたくなかったからだ。
しかし、その言葉にクリスティーナは表情を歪ませる。
「何故じゃ……」
「ん? いや、何故と言われても、嫌がる女性にそんなことするようなクズにはなりたくない。信じてもらうしかないけど」
安心させようと数歩分の距離を保って、地面に膝を突いて答えるユウキ。
クリスティーナはそれが本心からの言葉だと知って、ますます顔を曇らせる。
「そんな……ちょっとくらい、お仕置きしてくれても」
「?」
空気に溶けるような小声で言われて、ユウキは首を傾げる。
そのやり取りを見て、ゲヒャルトは堪えられないと言った様子で口を開く。この時にはすでに、サラも嫌な予感がしてクリスティーナをマジマジと観察していた。
「そう言えばよぉ、お前なんでユウキに押さえられた時に霧化しなかったんだぁ? 十分逃げる暇はあったはずだろぉ?」
「くっ、分かってて聞いておるな」
クリスティーナと一時期は共に過ごしていたゲヒャルトは知っている。クリスティーナは羞恥に顔を赤らめる。
「ん~、知らんなぁ? あ、そういえば期待したような眼でユウキを見てたよなぁ。なんでだろうなー気になるなー」
ニヤニヤと笑うゲヒャルトと、涙目になるクリスティーナ。他人の口から暴露されるよりは自分で言うしかない。むしろこれもご褒美の一種かもしれないと腹をくくる。
深紅の瞳を潤ませ、熱っぽい視線をユウキに絡める。
「くぅぅ、ユウキ殿……その、吾輩は……強い殿方にいじめられたい、のじゃ」
「……え?(ドン引き)」
「げーっひゃっひゃっひゃ! というわけでぇ、こいつもビッチちゃんなのでしたぁぁ!」
「こんなマゾ吸血鬼と一緒にしないでくださいませっ!」
同枠にまとめられまいとサラが怒声を上げる。ユウキはフィクションだと思っていた性癖の存在に信じられないという視線を向ける。
男子校に通っていたから、自分では見なくても付き合いでアダルトビデオを目にする機会はあった。その上で、そういうフェチズムが存在するのも知っていたが、男性の願望を反映したフィクションだと思っていたのだ。
いや、もちろん映像作品に登場している女性は演じているだけなのだからフィクションだろう。ユウキにとってはその嗜好自体がフィクションという認識だったのだ。
元の世界に帰る術がない以上は、それがこの世界特有の物か知ることも出来ないだろう。
混乱するユウキにクリスティーナはなおも告げる。
「ユウキ殿、もう人間に刃向ったりしないのじゃ。だから、悪いことをした吾輩を……痛めつけて罵って、その槍でお仕置きしてほしいのじゃ……」
「え……いや、ごめん。生理的に無理」
口から咄嗟に出た心からの本音を受けて凍りつくクリスティーナ。
その泣きそうな顔を見てユウキは苦しむ。
酷いことをしないのが酷いことって、これなんてムリゲー?
その直後、他人の性癖を全否定してしまったことに気付いて謝ろうと思い至ったユウキとは対照的に、もしかしてこれは蔑まれているのではと熱いものを感じ始めたクリスティーナ。
「ぶはっ、げひゃ、げひゃははははは! む、無理って、生理的に無理って。ひぃ~、やめ、今日だけで腹筋われちまうよぅぅ」
お腹を押さえて転げまわるゲヒャルトの笑い声が、静けさを取り戻したはずの森に響き渡った。
残念なヒロインその五、ドM吸血鬼。趣味は日光浴で毎日欠かしません。その結果としてかなり弱体化しています。
残りヒロインはひとり、十万字程度で終わらせる予定なので次話からは少し駆け足になります。