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魔人クリスティーナ・ローゼンクラウン

残酷な描写、暴力表現などがあります。ご注意ください。

「さあ名乗り合うのじゃ勇者よ。吾輩(わがはい)はクリスティーナ・ローゼンクラウン貴様らを殺す者じゃ!」

「くっ、俺は……ユウキ・ヒメノ。勇者だ」


 ユウキの顔色は悪い。それでも怯える内心を振り払うように、自分に言い聞かせるが(ごと)く名乗る。

 それを見てエイルは考える。今のユウキでは勝てないかもしれない。ならばどうすればいいか。


「ちょ、ちょっと作戦たーいむ!」

「え? あ、うむ。どうぞ?」


 エイルがぴょこりと手を上げて目一杯の大声で宣言する。彼のファンたちが見ていればあまりの可愛らしさに卒倒していたかもしれないが、幸いにしてここには居ない。なので勢いに負けたクリスティーナが許可を出すだけで済んだ。

 さっそく皆で円陣を組み小声で相談を始める。


「見たところユウキは女の子を叩いたりできないよね? だから、ここはユウキに周りの眷属を担当してもらって、ボクら四人で吸血鬼を倒したらどうかな?」

「なるほど、過去の文献でも魔人だけなら勇者抜きで討伐された記録もありますわ。そこにお馬鹿さんとはいえ魔人の力もあるのですから勝てる見込みはありますわね」

「勝てる見込みがあるのなら、私はかまいません。元はといえば私たちの世界の事情にユウキを巻き込んでしまっているのです。というか、ひとりであの数の眷属を相手取るのもかなりの無茶だと思いますが大丈夫ですか?」

「ごめん、気を遣わせてしまって。とりあえずかなり慣れてきたから、取り巻きくらいは俺一人で十分だ。悪いけどその作戦でいかせてくれ」

「げへへ、いいってことよ。オレ様はあのクソアマをブッ飛ばしてやらなきゃ気が済まないしなぁ?」


 エイルの作戦にそれぞれが同意し、ユウキが頭を下げた。勝てない条件ではないと、皆の胸に希望が宿る。

 それぞれが身構えてクリスティーナと向き合う。

 クリスティーナは眷属の女性に直してもらった化粧を鏡で確認して、勇者たちと対峙(たいじ)する。


「ふんっ、覚悟は決まったようじゃな。この地を貴様らの血で真っ赤に染めてやるわ!」

「今までの歴史が魔人に繁栄などあり得ないと告げています。この地に没するのは貴女だ!」


 クリスティーナとアンジュが口上を述べ、視線がぶつかり合う。戦いの火ぶたは切られた。

 まずはユウキが神速で駆ける。我が身を盾にせんと歩み出た眷属たちを、槍の柄で殴打し気絶させる。

 フルスイングで騎士の眉間(みけん)を打ち、掴みかかってきた村人の鳩尾(みぞおち)に掌底を叩き込み、爪で突き刺そうとするメイドを取り押さえて催眠魔法で眠らせる。

 数秒にして五人ほどが昏倒し、クリスティーナが目を()く。驚愕と微かな期待が見え隠れする。


「なんという力じゃ、これが勇者の……!?」

「ぼんやりしていると火傷しますわよ!」


 そこに打ち下ろされるのは、サラの雷撃魔法。しっかりと時間をかけて()られた魔力によって魔人でも完全にレジストは出来ない。

 ユウキに気を取られていたせいで反応しきれず、飛び退くも足に(かす)ってクリスティーナが舌打ちした。一瞬だけ体が跳ね、体から煙が上がるが活動に支障はない。

 憎々しげに視線を向けるクリスティーナ。彼女の中でまずは雑魚を排除することが決定した。

 蝙蝠(こうもり)の翼で舞い上がり、ユウキの頭上を越えて後衛に突っ込む。それを迎え撃つはゲヒャルトとアンジュ。振り下ろされた爪の一撃を大斧がしっかりと受け止め、長剣が胴を横一文字に()ぐ。

 しかし、その一振りに手ごたえはなく、見ればクリスティーナの胴体は一部が霧となり斬撃を透過させていた。


「くはは、人間にしては見事な一撃じゃ。じゃが吾輩は反応さえ間に合えばいくらでも避けようはあるのじゃ」

「ちっ、ならば当たるまで振るうだけです。――せいっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合いと共に振り下ろされる剣。しかし、今度は交差した爪で受け止められてしまう。即座にゲヒャルトが胴体へ目掛けて蹴りを放つも、バックステップで逃れられてしまう。

 そして、飛び退いたクリスティーナは地面を蹴って再度突撃。先ほどに倍するような速度で両手の爪が閃く。受けきれなかったせいで二人の手足や頬に小さな切り傷が刻まれる。

 そのまま連撃で押し切られそうになる直前、雷鳴が(とどろ)きクリスティーナが飛びずさる。

 霧に姿を変えても魔法の雷は容赦なく身を焼くので、純粋に避けるしかないのだ。

 その間に体勢を立て直す二人と、そこに治癒魔法をかけるエイル。クリスティーナの恐るべき強さに冷や汗が出ているが、自然と不敵な笑みが皆の顔に浮かぶ。

 そうして何度か同じような綱渡りの交錯(こうさく)を経て、クリスティーナが呟く。


「ふむ、厄介じゃな。まずは治癒術師から仕留めねばならんな!」

「しまった!」


 驚異的な機動力でクリスティーナが回り込み、エイルとサラの場所まで突撃する。

 戦い慣れしていないエイルに回避する(すべ)はなく、その身に爪を受けそうになる。


「いけませんわ!」


 とっさにサラが間へと割り込み、雷撃を放つも練り込みが甘くレジストされる。高速で飛翔してきたクリスティーナにぶつかり、跳ね飛ばされて木に打ちつけられてしまう。

 だが、その隙にゲヒャルトが追い(すが)り斬りかかる。アンジュがエイルを護るように立ちふさがった。

 エイルは慌てて木にぶつかったまま動かないサラへ治癒魔法を飛ばす。どうやら気絶してしまったらしく、傷は癒えても立ち上がる様子はない。完全に不利になってしまった。

 二人が再度斬撃を繰り返すもクリスティーナには一歩届かず、反撃で傷付くたびに治癒を繰り返すエイルの魔力が枯渇していく。

 これ以上はもたないと判断して、ゲヒャルトが賭けに出る。


「っひゃぁぁぁ!」


 防御をかなぐり捨てての猛攻。大斧が空気を割断(かつだん)しながら縦横無尽に振るわれる。

 クリスティーナが顔を(しか)めて反撃すれば、ゲヒャルトに次々と爪が食い込み、深い傷から鮮血が飛び散る。

 それでも、一方的にやられているわけでは無い。アンジュとの連携で少しずつクリスティーナに傷を負わせていく。


「だめだよゲヒャルトちゃん! ボクの魔力がもう無くなりそうなのに無理をしたら!」

「オレ様は魔核さえ無事なら死なないんだからケチケチすんじゃねーっつの! ていうか痛いぃぃ! あーっひゃっひゃっひゃっ」

「くぅ、この気狂いめっ! 吾輩に傷を付けたな!」


 しかし、力量の差は歴然。ついにはゲヒャルトが倒れ、エイルの魔力も尽きる。それでもアンジュは諦めずに二人を庇うように剣を振るう。


「くくく、吾輩相手によく頑張ったのじゃ。されど、これで終わりよ」

「っぐあぁぁ!」


 二人がかりでギリギリ拮抗していた格闘がひとりで支えられるわけもなく、アンジュは力任せに振るわれた爪に肩を砕かれて倒れ込んだ。

 ニヤリと笑みを浮かべ、トドメを刺そうとするクリスティーナ。そこになりふり構わず飛びついて止めようとするエイル。

 しかし、非力なエイルが抱き着いても腕の一振りで吹き飛ばされて転がるだけだ。


「順番じゃ。貴様は治癒しかできないようじゃし、魔力が回復するのも間に合うまい。そこで大人しく見ておれ」

「うぅぅ、やめろ。殺すならボクを……」


 その懇願も(むな)しく、クリスティーナの爪がアンジュへと振り下ろされて、飛び込んできたユウキの背中に突き刺さる。勇者の驚異的な強化魔法でもやはり防ぎきれるものではないが、致命傷には程遠い。


「ぐぅぅ、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」

「ユウキ?」


 いつの間にか眷属たちが全員無力化されていたことに驚くクリスティーナ。そしてまるで暴力亭主から我が子を庇う母のように、アンジュへ覆いかぶさったまま『ごめんなさい』と泣き続けるユウキ。

 クリスティーナはユウキの心が折れているような風情に(いぶか)しみつつも、好機と見てその背中に容赦なく攻撃を加える。

 繰り返される悲鳴と飛び散る鮮血。


「どうしてそこまで……」


 エイルとアンジュは呆然と見続ける事しかできない。その状況を破ったのは意識を取り戻したサラ。

 クリスティーナに雷を落としながら、声を張り上げる。


「ユウキ様! 立ってください! (わたくし)たちを殺したくないなら、せめてその吸血鬼を取り押さえてくださいませ!」


 雷撃に不意を打たれてよろめくクリスティーナを、ユウキは朦朧(もうろう)とする意識で言われるがままに押さえ込む。出血のせいで判断力が鈍っているものの、守らなくてはという意識だけは失っていない。

 恐るべき速度で両手首を掴んで地面に押し倒す。暴れるクリスティーナの抵抗をものともせず、馬乗りになる。


「くっ、やめるのじゃ。吾輩に酷いことをする気じゃな! 離せぇぇ」


 だが、それ以上はどうしても出来ない。催眠魔法も魔力差がかなり大きくないとレジストされるらしく、通じていない。しかし、傷の自然修復が済んだゲヒャルトにはそれで十分だった。心の中でユウキへ熱烈なラブコールを上げつつ跳ね起きる。


「くったばりやがれぇぇい!」


 そして全力でクリスティーナの頭を踏み抜いた。ぼぐりと嫌な音が響き、地面が陥没する。息を呑む一同。

 魔人は魔核を砕かねば死なないとはいえ、人間を模した体ゆえに気絶もする。クリスティーナの体が一度痙攣(けいれん)し、かくりと弛緩(しかん)する。

 割と鬼畜な仕留め方の片棒を担いでしまったユウキは思わず涙目になるが、ゲヒャルトは愉快そうに口の端を持ち上げて言う。


「なあユウキ、こいつ殺していいか?」

「え……ぁ、俺は、できれば殺したくないんだ。みんながこんな目に遭わされたのに何をって思うかもしれないけど……女の人に酷いことはできない」


 ユウキの瞳が揺れる。アンジュがそれを真剣に見つめて、提案する。


「それでは、魔槍を使って従えるのはどうですか? 協力してくれるなら私たちとしても殺す理由は無くなり、戦力増強は望むところです」

「ボクもそれに賛成だなぁ。きっと、ユウキがクッコロッセに選ばれたのは、そのためだと思うよ」


 エイルに後押しされてユウキは恐る恐る槍を持つ。


「はぁ、ユウキが殺したくないって言うんならオレ様も我慢してやるかぁ。たぶん、それ刺さなくても気絶してる相手なら効くだろうからヤっちまえよ」

「あ……ああ」


 ユウキは槍の柄を、意識を失ったクリスティーナにあてて魔力を籠める。

 クッコロッセに膨大な魔力が集まり、クリスティーナに注ぎ込まれた。

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