吸血鬼と劇的改築
勇者召喚の儀から二週間。ついに世界各地で魔人による侵攻が開始されていた。
各国がこの日に備えていた事も有り、現状では大きな被害は出ていないが勇者の参上を待つ声も次第に高まっている。
ユウキたち勇者一行が訪れた森林王国ツォルキンもそのひとつだ。
現在ツォルキンには吸血鬼型の魔人とその眷属である巨大な蝙蝠や狼を模した魔物が森の中を闊歩しており、ツォルキンの外壁にも散発的な襲撃が行われている。
森の恵みを得られない現状が長く続けば、この国は一巻の終わりである。
すでにこの地が侵攻され始めて数日が経過しており行方不明者も出ている。
そのため、ユウキたちはツォルキンの王城で歓待される予定だったのを辞退してすぐに魔人を探す事になった。これには王や民、騎士たちも大いに喜んで送り出した。
幸いにして騎士団の遠征により魔物がやってくる方角や、魔人の拠点が作られたであろう場所も目星がついていた。そこに加えてゲヒャルトが近づけば大体の位置も把握できるので作戦はすぐにまとまった。
そんなわけで、ユウキたちは薄暗い森の中で襲い来る魔物を撃退しながら進み続ける。
「それにしても、吸血鬼か……やっぱり増えてたりするのかな」
「吸血鬼型の魔人は素質ある人間を眷属にすると聞きます。騎士団の行方不明者には優秀な者も多かったそうですし、覚悟を決めておいた方がいいかもしれません」
ユウキの呟きにアンジュが憂い顔で答える。
その瞬間に木々の合間から狼みたいな魔物が飛び出すが、ゲヒャルトの貫手で魔核を奪われて霧散。彼女はそのまま魔核を口に放り込み笑う。
「げひゃひゃ、シケた面すんなよユウキ。眷属にされてもクソアマからの魔力供給が無くなれば少しずつ戻るからよ、アイツをぶっ殺して眷属は数日監禁しときゃいいじゃねえか」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。それって本当ですか!? そんなこと初めて聞きましたわ!」
「んだよビッチちゃん、そんなことも知らねえのかよ。眷属にされて時間が経ってると治るまでに何か月もかかるだろうけどよぉ、まだひと月も経ってないから三日も引き離してりゃ元通りってな」
何がそんなに愉快なのか、うひはっと笑い声を上げるゲヒャルトにサラは一瞬だけ顔を顰めるが、情報自体は有益だったのでビッチ発言を聞き流す。ここ二週間ほどで毎日のように口論してさすがに慣れたのだ。諦めたとも言う。
ともあれ、吸血鬼化が治る見込みもあると知って一同は安堵する。特にエイルなどは治癒術師としては優秀ではあるが、戦いの場に出るための教育など受けていなかったため、人の死には敏感だった。
「じゃあ被害者の方は出来るだけ傷付けないようにして、拘束しよう。帰り道はボクが眠らせてゲヒャルトさんに運んでもらえばいいね!」
「んあぁ? オレ様が運ぶのかよぉっ! 仕方ねえなユウキのキス一回で手を打つぜ、げへへへ」
「え、いや俺そういうのはちょっと……」
「何を馬鹿な事を言っているのですか! 少しは恥じらいという物を――」
「――ストップ! どうやら当たりのようです」
アンジュの制止に一同は口を閉じる。目の前には不自然に開けた場所。
そこに蠢く大量の魔物が爛々と赤い眼を光らせている。そして、その中心には森に不釣り合いな洋館が鎮座ましましていた。
魔物たちがキーキーと、ガルグルと威嚇の声を上げて戦闘体勢に入る。
ユウキとゲヒャルトが魔物の群れに飛び込み、アンジュがエイルとサラを護るように構える。サラの雷撃が空に舞い上がった蝙蝠の魔物を打ち砕く音。それを合図に戦いの幕は開く。
ゲヒャルトが力任せに大斧を振り回しながら突進すれば、その進行ルートにいた魔物たちが次々と粉砕されて消えていく。魔人の圧倒的な戦闘力は人間の騎士を軽く凌駕していた。
ユウキはそれを横目に、少しでも丁寧に素早く敵を殲滅する。殊更に技術を意識しているのは、どうやら槍から与えられているであろう武技の知識を体に馴染ませているのだ。今はまだ負けるような相手にぶつかっていないが、魔王も同じレベルとは考えられない。
ユウキは強くなるために集中する。
身体強化で認識も加速し空気が泥のように重く感じられる中、左から飛び掛かる狼二匹を槍の穂先で切り裂いて倒す。
正面の狼を片手で横殴りにして横転させ、がら空きの胸を踏み抜いて駆ける。上空から首筋目掛けて牙を光らせる蝙蝠を撃墜しようとして、魔力の流れを感知。
「ユウキ様っ!」
サラから援護が来ると判断してその蝙蝠は放置したまま大地に魔力を籠める。土が爪のように次々と隆起して高速で走り、右側にいた狼を引き裂く。ユウキの高い魔力で放たれたせいで、魔物のレジストも空しく七匹ほどが霧散していく。
同時に頭上で蝙蝠が雷撃を浴びて霧散。
「ありがとうっ」
前後から同時に飛び掛かる狼の群れを、回し蹴りと槍を使った殴打で正確に捌いて吹き飛ばす。そして魔物が落下した地点に石の牙が出現して噛み砕く。
それを見届ける暇もなく再度駆けだすユウキ。次の狼に飛び蹴りを放ちながら空中の蝙蝠を素早く突き刺していく。ひとつ、ふたつ、みっつ。
蹴り飛ばした狼に石牙を突き刺し、着地と同時に背中へ飛び掛かってきた狼を背負い投げのように放る。それは見事に生えたままの石牙に突き刺さり霧散。
「あと少しだな。みんな大丈夫か?」
ユウキが素早く周囲を見渡せば楽しそうに暴れ回るゲヒャルトと、しっかりとしたコンビネーションで敵を殲滅するアンジュとサラ。エイルは蹲っているが邪魔にならないように小さくなっているだけで怪我はない。
ユウキは安心して残りの魔物に飛び掛かり、それから数十秒で視界内の魔物は全滅した。
目の前には不気味な洋館。
一同は互いの顔を見遣り、ひとつ頷いてから玄関の扉にユウキが手をかける。
だが、開く前にゲヒャルトが手を上げる。
「ユウキ。なに遠慮してんだぁ? こういう時のお作法をオレ様が教えてやるぜ。ちょっと離れてな。げひゃげひゃっ、いやなに簡単だってほら」
皆が離れたのを確認してゲヒャルトは、大斧を樵の如く構える。そのまま豪快に洋館の壁へ大斧を叩きつけ壊して回る。
「ひゃーっはぁぁぁぁ! おら出てこいクソアマぁ! オレ様がお呼びですよぉぉぉ!?」
興奮しきったゲヒャルトの哄笑が森に木霊し、立派な館は匠の技で見るも無残に崩れ始める。館の周りを半周する頃には、皆の脳内に『なんということをしてくれたのでしょう』というナレーションが聞こえてくるようであった。
ついには自重を支えることも出来ずに崩落する洋館。そして、中から飛び出してくる数十の人影。
「なにをするのじゃこのアホタレーっ! 吾輩の館が壊れておるではないかーっ!」
そこには涙目の美女。ほっそりとした長身にレトロガーリーな金髪、涙に濡れた紅玉のような眼は怪しくも美しい。古式ゆかしいドレスを手で押さえており、眷属らしき女性が後ろから大急ぎで着付けているのさえ無ければ威厳すら感じさせるスタイルの良さだ。
その怜悧な容貌を歪めてぷんすこ怒る様に、ゲヒャルトが腹を抱えてのたうち回る。
「げひゃあひゃうひふ、ふぅーふぅーげへげひゃげひゃ、ひー。マジウケるぅぅ。やめろオレ様が酸欠で死ぬぅぅ」
「き、貴様-! ゲヒャルトじゃな! 魔王さまの元にも推参せず勝手な事をしただけでは飽き足らず、吾輩の館をこんなグチャグチャにしおって、覚悟はできておるのじゃろうなぁぁぁ!?」
美女が怒り狂い眷属にされてしまった騎士たちが必死に宥めているのを見て、なんだか申し訳ない気持ちになる一同(ゲヒャルト以外)。
だが探索の手間が省けたのは確かなので、気を取り直してユウキが前に出る。
「お前がツォルキンを襲撃している魔人だな。まだ死者も出ていないし、その人たちを解放するなら命は奪わない。降伏してくれ」
その言葉でやっと存在に気付いたのか振り向く美女。
「くっ、その魔力は勇者じゃな。ゲヒャルトめこともあろうに勇者の傀儡になったか。ふんっ、しかし吾輩は魔王さまより加護を受けておるのじゃ。どうやったかは知らないが加護無しのゲヒャルトを従えた程度で調子に乗るなよ!」
そう、本来魔人たちは魔王より加護を授かり行動を開始する。つまり万全ではなかったゲヒャルトは弱くて当然だったのだ。しかも、ゲヒャルトは悔しくて言っていなかったが戦闘能力は元々この魔人に劣っていた。
そして、ユウキは内心で焦っていた。女性に暴力は振るえない。だから魔人と勇者が組んでいるという圧倒的不利で降伏してくれるという目論見が崩れた時点で、嫌な汗が出ている。
暴力は振るえない。しかも向こうは暴力に躊躇がない。トラウマが全力で心を折ろうとしていた。