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初陣

 アンジュは二十四年の人生において、自分より強い人間というのを見たことがなかった。それは鮮烈な印象を自分に焼き付けていた。戦いの最中(さなか)だというのに目で追ってしまう。

 黒髪が揺れ、魔槍が空を裂き魔物に突き立つ。一瞬で心の臓を貫かれて霧散する。魔物たちの心臓にあたる部分に内包された魔核を的確に穿(うが)ったのだ。

 石突(いしづき)で背面から(せま)る魔物を跳ね上げ、槍を横に振るい鋭い穂先が二体の魔物を同時に()で斬りにする。跳ね上げた魔物の落下地点に、突然隆起(りゅうき)した石の牙が魔核を食い千切る。

 次々と悪意に満ちた魔力が浄化されていく戦場には、血の匂いは欠片もない。命を投げ打つ覚悟すら固めていた騎士団は、勇者とその(とも)に選ばれた三人を前に半端な支援などできようはずもなく見届け続けている。

 サラは認識を改めていた。自分の悪趣味はさておき、この国を守るのは己の魔法でありアンジュたち騎士団の剣だと思っていた。

 勇者といえど誇張された伝説の通りにはいくまいと。せいぜいが筆頭騎士に魔法師団長の実力を一人で持つ程度と(あなど)っていた。

 それがどうだ。勇者は初陣でサラには不可能であろう街壁を全て(おお)うほどの結界を維持しながら、アンジュの倍近い速度で武器をもって魔物を(ほふ)り、あまつさえ片手間に攻性魔法すら放っている。

 もはや伝説すらも(かす)雄姿(ゆうし)。これには年齢の割に大人びた性格のエイルですら言葉にならないようであった。





 三十分前。

 ユウキがサラの肉感的な体躯(たいく)戦慄(せんりつ)し発狂していると、四人の前に伝令官が走り込んできた。伝令官はアンジュの姿を見るなり敬礼し、声を張り上げる。


「伝令! 壁外警備隊より連絡。魔人と魔物の群れがこちらに向かっております。方角は北西、距離は不明。街壁に到達するまで三十分程度と推測されております! 現在騎士団が展開中。勇者さまを魔人討伐に送り出すよう女王陛下から要請が来ております」

「なんと、早すぎますね。サラ様、このような事例は以前にもありましたか?」

「そうですねぇ、稀にですが魔王に従わない魔人が先走ることがあったという記述を読んだ気がしますわ」


 本来、魔王が出現すればすべての魔人と魔族が駆けつけて、魔王に指示を(あお)ぐのだ。だが、いつの世も例外というのはいるもので、今回攻めてきた魔人は己の上に魔王を立てたくないらしい。


 エイルも慌てたように一同の顔を上目遣いに見回す。伝令官の鼻の下が伸びる。不安げに上目遣いの美少女治癒術師――にしか見えない少年は相変わらず人気だった。

 アンジュはそれを気にした様子もなく顔を(しか)めて言う。


「ユウキ、どうやら時間がありません。本来なら魔法というのは適性があり、私のように身体強化を得意とする者。エイルのように治癒を得意とする者。サラ様のように攻撃と妨害を得意とする者に分かれます。ですが、ユウキがどの魔法を使えるかを確かめている暇はないので、身体強化だけできるか確認しましょう。出来なければ鎧を着て後ろから援護していただきます」

「え、あ、はい。わかった。身体強化って、えーっと、つまり体が強くなるようにイメージすればいいんだよな。……ん。よし、できてるっぽい」


 ユウキの体を魔力が循環し、その存在が強固に高まる。体が羽のように軽く、素早い。己の肉体が鋼よりも強靭(きょうじん)になっているという感覚がある。

 こんな簡単でいいのだろうかと首を(かし)げるユウキだが、見ていた一同は(ほとばし)る魔力の(きら)めきに目を(しばたた)かせて唖然(あぜん)とする。

 それほどまでに異常な質と量を持つ魔力だったのだ。それを気負いなくあっさりと魔法に変えてしまう。この世界の常識を()り替えるような所業だった。

 エイルが素直に感心し、アンジュが息を呑む。サラが目を輝かせて、頼もしいですわユウキ様、と笑う。


「では、参りましょうユウキ。貴方の活躍に期待しています」


 そうして、あれよあれよという間に最前線に送り出されて、ようやっとユウキは自分が異世界に呼び出されたという異常を実感する。

 ゲームや漫画にありがちなそれを、外の景色と、魔物の群れを見てやっと実感できたのだ。今更ながらに死んだらどうしようとか、本当にこんなネタ装備っぽい名前の槍一本で戦えるのかと自問してブルリと震える。

 今まで女性に対するパニックで遠のいていた非常識に対する混乱が襲いかかってくる。目の前で化け物と戦う西洋甲冑の集団がこれを現実だと押し付けてくる。

 そんな時、魔物の群れの奥。宙に浮く全身甲冑の小柄な人影が鈴を転がすような美声を張る。


「げーひゃっひゃっひゃっ! いいぞぉ! 壊せ燃やせ! ここにいる人間はみ~んなオレ様の物だ! 勝手に殺すなよぉ? こいつらは食ってよし犯してよし働かせてよしの素晴らしい資源だからなぁ」


 美声が台無しである。どこからか取り出した大斧をぶんぶんとご機嫌に振り回して、配下の魔物たちを(けしか)けているのが魔人なのだろう。漆黒の全身甲冑の兜には穴が開いていて、そこからは牛のような角がにょっきりと顔を出している。


「あれは……品のなさといい姿といい。恐らくはミノタウルスと呼ばれる肉体派の魔人ですわ」


 サラが魔人たちの前例を記憶から引っ張り出し、類似した魔人が幾度(いくど)か登場していることを思い出す。知能が低くて品が無く、異様な怪力を誇る魔人だった。

 魔物たちは意思が無いため、主である魔人の声に従い痛めつけ気絶した相手を拘束して連れ去っていく。行く先は人間にとっては地獄であろう。魔物を受肉させるための苗床として犯され、死ぬまで過酷な労働を科せられるのだ。

 ユウキは魔人の下種(ゲス)な言動に、その様をありありと想像して怒りに身を震わせる。彼は男でありながら犯される苦しみも知っているし、暴力の恐ろしさも体験している。だからこそ許せなかった。

 その衝動が(おび)えていた心を叱咤(しった)し、槍を持つ手に力を()める。

 気持ちは同じであろう仲間たちに目を向ければ、真剣な眼差しで魔人を(にら)む三人の姿。

 ユウキは求められた役割の通りに叫ぶ。


「やめろぉっ! 俺が相手だ」

「ん~? なんだあのガキは。オレ様を魔人ゲヒャルト・ゲドー様と知っての事か? ッヒョー! 気に入ったぜウチで種馬として飼ってやるぜぇ、げへへへ」


 ユウキは思いつく限りに魔法を行使しながら魔物の群れへと()け込む。こういう時は結界で街を守って、親玉目掛けて突っ込むのがマンガとかのセオリーじゃないだろうかと考えて、そのままに実行する。

 その結界の完成度に目を()くサラとゲヒャルト。それは王宮魔法使いが数十人規模で織りなすような見事な守護結界だった。


「げっひゃぁお! いいないいなお前が勇者ちゃんかよぉ!? そんだけスゲェ魔力があればどんな立派な魔物が生まれるか楽しみでしょうがないぜ。やっちまえお前ら!」

「っく、勇者ユウキ、()して(まい)る!」


 空気にあてられて中二な名乗りを上げてしまい内心で(もだ)えつつも、空気に酔うぐらいじゃなきゃ足が(すく)みそうなユウキ。それに追従するは王国筆頭騎士アンジュ。


「私は女王の剣、アンジュ・ローゼンハルト! 魔性の物よ、我が剣の錆となれ!」


 二人の走る道を開かんと、魔物の群れに後方から雷を落とすのはサラ。


「さあ、雷槌の聖女サラ・ウルズラグの魔法を味わいなさいませ!」


 そして負傷した騎士たちを甲斐甲斐(かいがい)しく癒すエイル。


「負傷した皆さんはこちらへ! ここは勇者さまに任せて今のうちに体勢を立て直しましょう!」


 こうして、魔人との戦いは幕を開けたのだった。

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