クラスチェンジ 『聖騎士→聖女』
銀糸が蝶の形に刺繍された黒いローブはどうやら魔法の装備らしく、穏やかな魔力を纏っている。幼さを色濃く残した少女が来ていると修道服のようだが、彼の心は男だ。体は間違いなく十二歳から多く見積もっても十五歳程度の少女だが、男だ。
ユウキはとりあえず周囲の視線も忘れて顔の高さを合わせると、少女に問う。
「ナイトウ? 一人っ子だったから妹さんとかでは……ないよな?」
「うぅぅ、オレも何でこんなことになったかワカンネ。姫ちゃんはどうして普通のままなの?」
「そう言われても……」
ポロポロと涙を流して縋る少女――ナイトウに困惑顔のユウキ。それを凝視する聖女親衛隊の剣士たちは嫉妬を隠しきれない。皆、国内では一級の実力者にして見目も麗しく、互いにナイトウを巡って火花を散らしてきたのだ。
それでも彼らへどこか一線を引いている聖女ナイトウに、ぽっと出の少年が全幅の信頼を寄せられていれば面白くないのは当然だろう。
とりあえず気持ちは分かるけどよ、と口の端を釣り上げてゲヒャルトが一同を見回す。
「おうおう勇者ちゃんよぉ、ユウキと感動の再会はいいけど、こっちの仲間と倒して放置してる雪ダルマ野郎も合流した方がいいから場所かえねぇ? げひゃっ、それにあんまりお熱いの見せつけると王子様たちがヤンデレっちまうぞぉ……んん?」
首をしゃくれば、その先には聖女親衛隊の四人。ナイトウはそれを振り返り、ビクリと小動物のように震える。そして怯えたようにユウキの服を掴んで、小声で哀願する。
「姫ちゃん、アイツらオレの事……ぅぁぁ、ごめん……ぐすっ、最近泣き虫になっちゃっ、てぇ……ひぐっ、ふぇぇぇ」
「せ、聖女さま!? くっ、勇者殿、とりあえず聖女さまから離れてください!」
剣士が近づこうとするが、ナイトウはいやいやと首を振りユウキに強く抱きつく。ユウキの目が細まり、剣士を真っ向から睨みつける。ただの高校生だった頃とは違う、死線を幾度も越えてきた彼の威圧感に、カルカソニア王子である剣士も気圧されて立ち止まる。
「すまないが、元の世界の親友なんだ。事情を本人から聞くまで貴方こそ近付かないでくれ。ナイトウが嫌がってる」
「そ、そんな……聖女さま?」
「あー、はいはい、メンドクセーなおい。いいからユウキは勇者ちゃん――聖女ちゃんかぁ? 抱えて付いて来いってば。イケメンズも、オンナノコ泣かしてるのはソッチだから頭冷やしながらフォローミー。おっけ~?」
ゲヒャルトの気だるげな音頭に従ってユウキがナイトウを抱えて歩き出す。もちろんお姫様抱っこだ。中学時代の彼らを知る腐女子がこの場に居れば喜びに悶えただろう。何を隠そうナイトウ×ユウキよりユウキ×ナイトウが多数派なのだ。
それを見て聖女親衛隊も渋々ではあるが追従する。ゲヒャルトが先導しながらひょいと炎の魔人を持ち上げて、コイツまだ温いぜぇと笑みを浮かべる。もちろんお姫様抱っこだ。ゲヒャルトの方が身長が五十センチは低いので剣士たちがギョッとするが、危なげなく運んでいった。
「えっと、体が美少女になっちゃって、勇者なのに攻撃能力が無くて、仕方なく腕の立つ仲間たちに協力してもらっていたけど、オレが男だって誰も信じてくれないし色目を使ってくるんだ」
「あ……うん。なるほどね」
ホットミルクの入ったマグカップを両手で持ってちびちびと中身を啜る様は、可愛らしい女の子そのものだが自分で美少女というあたりナイトウらしい。とユウキは苦笑する。
「あと、なんか精神もちょっと退行してるっぽい。TS漫画とか好きだったけど自分でなるのは最低だと思った」
「そうか……」
言動の中にナイトウを確かに感じて、ユウキは喜んでいいのか悪いのか悩んでしまう。二度と会えないと思っていた親友が、会えたけど不幸になっていた。複雑な気持ちだった。
「ありえねぇ。姫ちゃんとオレ、絶対逆だろ。なんで姫ちゃんが美少女に囲まれてハーレムやってて、オレが女の子になってんだよ。姫ちゃん美少女にした方が売れるだろっ! 異世界召喚の王道無視すんなよっ! もっと熱くなれよ神様!」
「落ち着けナイトウ、意味分からなくなってる」
ユウキがどうどうと宥めれば、ふんすと鼻息をひとつ鳴らしてナイトウがクールダウンする。小さなログハウスの中では、二人を囲んで他の面々が会話に耳を傾けているが、内容は理解し難いだろう。
それでも聖女さまの珍しく無防備な振る舞いに頬を緩める親衛隊の男たち。守りたい、嫁にしたい、この男の子っぽく振る舞おうとするアンバランスさがたまらない、などなどと想いを馳せている。
逆にユウキの仲間である女性陣は何やら強敵の出現に警戒心を露わにしている。ユウキが触れられて緊張すらしない女性など初めて見たからだ。
とにかく、とナイトウは告げる。
「オレ、これからは姫ちゃんと行くから王子は国で待っていてください」
「そんなっ!? 聖女さまを放って国に戻るなんて私には……」
「俺からも頼む。責任もって守るから、貴方は国にとって必要な人間だろう。見たところ近頃の魔人相手では分が悪いようだし、ナイトウも貴方たちを心配して言っているはずだ」
実際は心配しているという事実は無いのだが、嘘も方便だ。まさか男に迫られるのが嫌だからとは、面と向かって言うわけにもいかない。ここで話が拗れれば面倒になると二人も分かっている。
「聖女さま……勇者ユウキは信用に足る相手なのですね? 不本意ですが、そこまで言われては頷かざるを得ないですね。……国で待っています、どうかご無事でお帰り下さい」
王子のキラキラとした真摯な笑顔に、ナイトウは心の中で帰らねえよ! と叫んだが、口に出さないように頭を下げて視線を逸らす。
「ユウキと言ったな。聖女さまに何かあったら許さないからその気でいろよ」
親衛隊のひとりが釘を刺すが、どうやら旗色が悪いので引き下がってはくれるらしい。ユウキは内心でため息を吐く。どうやら悪い人たちではなさそうだが、ちょっと押しが強くてナイトウにとってはキツい相手なんだなと納得する。
話が付いたのを見計らって、エイルが声をかける。
「一応はナイトウさんも勇者らしいけど、戦いに連れて行って大丈夫なの? まだ子どもだし、女の子じゃない」
「オレは男なの!」
「まあ、ゲヒャルトも見てたんだけど治癒と味方への強化魔法が強力だからアテにしても大丈夫だと思う」
エイルはナイトウの言葉にごめんと謝るが、その後によく見て、間違いなく女じゃないかと口をとがらせる。自分のコンプレックスもあって、彼の性別判断力は高い。
ともかく、とサラは咳払いしてナイトウを品定めするように見る。
「恋人と言うわけでは無いのでしたら、ユウキさまに必要以上にくっつかないでくださいませ」
その言葉に女性陣がうんうんと頷く。生真面目なアンジュすら頷いているのは、この勇者さま御一行に毒されてきている証拠かもしれない。
それを見てナイトウの表情が険しくなる。
「お前ら、姫ちゃんは女が苦手なんだからそういう目で見るなっ! 大丈夫か姫ちゃん、なにもされてないか!?」
「うん、大丈夫。みんな信頼できる人たちだよ。俺の事も説明して、ちゃんと納得したうえで好きだって……言ってくれてるんだ」
ナイトウの心配ぶりに懐かしいような、嬉しい気持ちがこみ上げてユウキが笑う。
それを見て、そして言葉を聞いてナイトウは二重に驚く。
「マジか……ていうか姫ちゃん、そんな顔で笑えたんだな」
「……?」
ユウキは自覚がなかったので首を傾げたが、ナイトウにとって彼の笑顔というのはどこか物憂げな色が必ず含まれていたのだ。それが今は無くなって、自然な笑顔を浮かべていたのだ。
オレじゃだめだったのに、と口の中で呟いた言葉はナイトウ自身にも意外だった。
彼は何故か親友の心境の変化を素直に喜べない。
ナイトウが黙り込んだので、とりあえずユウキは皆を見回して言う。
「ともかく、魔人の数もあと少しだから協力して頑張ろう」
それは勇者と呼ぶにふさわしい、毅然とした表情だった。