順風満帆?
「ユウキ殿……いや、ここはあえてご主人様と呼ばせてもらうのじゃ。嗚呼、いい。甘美な響きなのじゃ、官能的なのじゃ、ご褒美とお仕置きのスパイラルが吾輩を深淵なる快楽へと誘うのじゃぁぁ」
「えっと、ごめん。ちょっと離れて欲しいかな。あと、何か用があったんじゃないか?」
ユウキは自分でも意外なほど成長している。それは勇者としてとか、そういうことではなく。女性に迫られても一瞬ではパニックにならなくなった事だ。二週間も女性に囲まれて、しかも女性にしか見えない少年と触れ合い続けてきたのだ。急速に精神トレーニングを詰め込んだようなものだ。
それでも近寄られると冷や汗が出るので、若干声を震わせてクリスティーナに用件を聞く。
現在は森林王国ツォルキンに戻る途中の道。
歩いている一行の後ろにはクリスティーナの指示通り大人しくついてくる眷属たち。時間が経って症状が治まればクリスティーナの命令から解き放たれ、破壊衝動なども落ち着いて普通の人間に戻るのだ。
クリスティーナは、命令してほしいのにと呟きながらも、疑問をぶつけてみる。
「ご主人様の魔力があるなら、歩かずとも魔法で移動したら早くてよいと思うのじゃが、なぜ使わないのじゃろう?」
「……あ、そっか」
「あら、たしかにそうですね。普通の魔法使いでは魔力的に数時間単位の魔法は無理でしょうが、ユウキさまの魔力ならいけますわ。常識の埒外なので失念しておりました」
サラが顎に手を当てておっとりと同意する。
ユウキとしても最初は瞬間移動や飛行魔法なんてどうだろうと思ったのだが、どっちも原理を深く考えずに行えば死亡事故に繋がりそうでそれ以上は考えていなかった。しかし、地面を高速で移動するなら原始的な方法でも可能だと気付いた。
ちなみに同じように魔力の豊富なゲヒャルトは身体強化と探知にしか魔法を使えないし、クリスティーナは液体に関する魔法と身体強化しかできなかったりする。魔人と言うのは九割が脳筋なのだ。それでもそれぞれの特技に関しては小器用だったりするのだが、汎用性は低い。
「ん~、じゃあちょっと頭悪そうな方法で悪いけどやってみるか」
ユウキが適当に皆を座らせて地面に手を当てる。そこから魔力を流し込み、地面を波打たせる。ぐにゃりと布に生じた皺のごとく動く大地。
それに流されるように皆は勢いよく運ばれていく。
「おお、馬より速いですね。さすがユウキ。これがあれば他国へ駆けつけるのも大いに短縮できるでしょう」
アンジュに褒められて、顔をほころばせるユウキ。せっかくだからと速さの限界を目指してみることにした。移動は早ければそれだけ多くの人を助けられる。
その、年頃の少年らしい表情にエイルは少し嫌な予感がしていた。女性に怯えるせいで大人しそうなユウキだが、よく考えれば男の子。調子に乗って失敗することだってあるのだ。
その予感は正しく、波はどんどん加速し、時速百五十キロをマーク。身体強化の末、高速機動に慣れている者たちは平気だった。しかしエイルとサラは違う。
「ちょっとユウキ!? これは速すぎないかなぁ!?」
「ユウキさま、なんだか私吐き気が……」
「え? あ、ちょっ、サラさん俺に寄りかからないでく――うぉわっ!?」
エイルが恐怖を感じ始めた頃にはサラが慣れぬ感覚ゆえ酔ってしまい、ユウキにしなだれかかる。サラも余裕がなかったはずなのだが、つい癖で誘惑するような仕草を見せる。
それは大いにユウキを混乱させた。その結果、コントロールを失った魔法は霧散。彼らは慣性のままに地面を転がる羽目になった。
咄嗟に二人を庇うように抱えたユウキは素晴らしい勢いで木に激突。強化が甘く、打ち付けた背中から発したボグリという音に肺の空気を押し出された。
他の面々はそれぞれ受け身を取り無事。
ゲヒャルトは初めてジェットコースターに乗った子どもみたいに喜んでいるし、クリスティーナは地面さんと熱烈なキスをして悦んでいた。ユウキから与えられる痛みならそれでいいらしい。よく訓練された変態であった。
この後、サラとユウキが互いに平謝りで謝罪し合う微笑ましい光景が見られた。ともあれ、こうして移動手段の確保できた一同は、それ以来、かなりの速度で各地を回ることが出来るようになった。
一ヶ月後。
あれから、十日にひとり程度の驚異的なペースで魔人を倒していた。つまり三体。この魔人は運の良いことに男性型だったので、容赦なくユウキのクッコロッセで倒された。
結果としてユウキを狙うホモ魔人が一人と、河原で拳を交わした的な強敵魔人が二人増える事となった。ちなみに現在は別行動中である。
時速百五十キロで波打つ地面に運ばれても、すっかり酔う事や怯える事も無くなったエイルが、移動中ふと気になってユウキへ問う。
「そういえば、先日の魔人にお尻を狙われた時は大層な嫌がり方だったけど、女性嫌いなだけで男色家じゃないんだね」
「当たり前だろ。別に同性愛が悪いとかは思わないけど、自分がそうなるのって想像つかないし。それに苦手なだけで女嫌いって訳じゃないよ」
ユウキは苦い表情で答える。
ちょっとトラウマになっているだけで、彼とて男の子だ。いつか美人で優しい嫁と大恋愛の末に結婚、などという健全な妄想に想いを馳せることだってある。
エイルはなんとなく残念な気がして、その心の動きに驚きながらも気が付いてしまった。
「ふぅん。じゃあとりあえずウケじゃないって事なのかな。ゲヒャルトちゃんやサラ様が言っていたユウキ総受けは実現しないわけだ」
「ああそうだな、って、なんだその邪悪な発想は。くっ、あの二人って本当に俺に容赦ないよな。いや、何となく好かれてる気はするけどさ」
エイルが冗談めかして言えば、ユウキが愚痴をこぼす。その注意は話題の二人へ向かっていて、エイルの目が怪しい色を宿していることに気が付かない。
「あの二人の事、まだ受け入れられるほどは立ち直っていないという感じだね。それでもユウキは頑張っているよね。勇者としてもそうだけど、自分の過去に向き合って皆の想いに応えようとしてる」
「う……まあ。元の世界には帰れないし、好かれているのは純粋に嬉しいから誠実な答えを返せたらって思ってる」
そっか、とエイルは呟く。この一ヶ月もユウキのカウンセリングはしてきたが、彼は本当に頑張っている。自分の現状を打破しようと頑張る姿をずっと見ていた。それはすごく魅力的で、女の子たちが想いを寄せるのも当然なのだろうと納得していた。
そして、エイルには一つの想いが芽生えてしまったのだ。
「じゃあ、今日もカウンセリングは移動魔法の集中を切らさず至近距離でボクを見詰める練習だね。不本意ながらユウキから見たボクは女の子みたいらしいし?」
「ん、ごめん。気にしてるんだよな?」
「んー、最近はそんなに気にしてないかもしれないよ? こうやってユウキの助けになれるし、城のおバカな男連中にそういう目で見られたら不快だったけど、ユウキはそんな目で見ないからね」
エイルは花が咲くような、そんな笑顔を見せる。柔らかな頬のラインや、長いまつげがやっぱり女の子みたいでユウキはちょっと焦る。
少しだけ意地悪な顔になって、エイルが近づく。息が感じられるほど顔と顔の距離がつまって、緊張に魔法を乱してしまいそうになった。
その瞬間、二人の間にそっと大斧を挟んでゲヒャルトが首を振る。
二人は思わず距離を離して、そちらを見る。
「げっへっへ、いや邪魔して悪いけどさぁ……うん、眼福なんだけどよぉ。オレ様もまだなんだから先はちょっと譲れないっていうか、オレ様たちの話し合いでそういう事になってるから。ボクちゃんはそこんとこよろしくな」
どこか剣呑な光を湛えたゲヒャルトに、エイルがコクコクと頷く。
ユウキはそれに首を傾げて、またBLな想像を勝手にしてるのかとこっそり溜息を吐いたのだった。