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9.神の試練か悪魔の悪戯か

 神面都市グラード・ヤーに落陽が射す頃、ザウロニア大使館別館の巡礼祭会場では、明日に供えての予行演習が、今、まさに終わらんとしていた。

「各神殿所属する皆様方のご尽力により、壮途の儀、無事執り行う事ができました。女王陛下に成り代わり、ご協力、感謝致します!!」

 会場奥に設置されている一段高い舞台檀上にある祭壇で、トート大使が終幕の挨拶を読み終わり、総演習終了となった。参加者一同も安堵の溜息を漏らす。

 間髪いれず、祭壇下に並ぶ賓客役の親衛隊兵士の誰かが拍手すると、一人、二人と追従し、拍手をする者達が増えてゆく。やがて、それが拍手の渦となって会場を埋め尽くす頃、トート大使は満足げに両手振りながら応じて一礼し、ゆっくりと檀上を降りていく。


 チアノ達は祭壇上の来賓席を囲むように歩哨警備をしていた。トート大使が控え室に下がると、儀礼用の甲冑に身を包んだアルシアの両手が止まり、彼女の小さい可愛らしい口から一つ溜息が漏れる。彼女アルシアの額は、霧を吹いた様に、うっすらと汗ばんでいた。

 アルシアが隣のファオの様子を覗うと、長い黒髪を総髪に纏めたファオは汗一つ掻いていない。

 鎧が普段着のような彼女ファオと、着慣れていない者の差とはいえ、ファオが精鋭らしく獲物を射るような眼つきで一点を見つめ、室内で汗一つ掻いてないことにアルシアは驚愕した。

 演習が終わっているのに微動だにしない彼女ファオにアルシアが声をかけようとすると、ファオが憧憬の眼差しで、ある一点を見つめて微動だにしないことに気がついた。

 ファオの視線の先を追うと、一人の親衛隊兵士を見つめているようだ。北方の辺境ザウロニア出身らしく色白で、線が細い金髪の若者だ。中性的な顔つきで、その姿は、まるで華奢で耳の長い、森の民の娘を髣髴させた。そう、顔は知らないが、かつて彼女ファオの恋人だった森の民の娘を。

「てっ・・・!?」

 ファオは耳に痛みを感じたので、耳を引っ張る悪戯者を咎めようと振り向いたら「仕事中、なにに見とれてるの?」と、そこには怒りを抑えたアルシアが微笑んでいた。

「え、ん、その・・・珍しい、意匠の鎧だな、って」

「へえぇ、そうなの?」口調に嫉妬の炎が宿る。

 開会前からいる連中の鎧に、今更、見とれるとは可笑しいものだ。ファオ達は他班と二交代制だから、見ようと思えば、会場外で巡礼祭当日と同じ哨戒警備体制を敷いている親衛隊を休憩室から幾らでも眺めれたし、休憩中の彼らに意匠について質問をすることだって出来たはずだ。

「そ・・・そうだよ。なんか可笑しいかな?」

「てっきり、昔の知り合いと見間違っちゃったのかしら?って、耳の長~い子とね」

「ッ・・・」

 ファオの顔が青ざめた。その素直な反応に、嘘のつけない子だなと、その不器用さが可愛くて、アルシアは思わず抱きしめたくなるが、ここはあえて無視して虐めることにした。

 くるりと、踵を返して、そのまま他班を率いる隊長達と歓談しているチアノのもとへ行き、声をかける。

「チアノ隊長!無事に終わりましたね」

「アルシア、お疲れ様。問題なかった?」

「はい、当日も上手くいけば良いのですが」

「そうねぇ・・・」と、何か不備でもあったのか?曖昧な相槌を打つチアノは汗一つ掻いていなかった。

 一応、チアノの外套サーコートには魔術が付与されており、熱気を遮断し、微かな冷気を送ることで温度を自動で調節し、快適さを保っている。

 とはいえ、現場責任者の一人として、演習開始から終了まで微動だにせず歩哨を続けているのだ。その威容な佇まいにアルシアは、ただ、ただ、驚嘆と賛美を表すしかなかった。


 二人が語らっている間に、祭壇下、最前列を警備していた一団から一人、黒色の金属鎧で身を固めた黒髪黒眼の若い男が離れ、チアノに向って、ゆっくりと歩み寄って来た。

 男は顔がハッキリとわかる距離まで近づくと声をかけてきた。

「チアノ様、こちらへおいで頂けますか?」男の外套には外交礼節神アナリンラ司祭であることを示す紋章が縫い付けられていた。

「あら、貴方は外交礼節神アナリンラ司祭の」

  男は頭を深々とさげて一礼をし

「はい、今回の警備の指揮をとってます。アルクェイドと申します」

「みんなは、ここで待ってて!」相手は司祭、故に内密の話であろうと、チアノが気を利かせようとするが、アルクェイドが、気が逸るチアノを抑止するかのように両手あげ「いえ、皆様にも、是非、御一緒に来ていただきたいのです」と告げる。

「僕達もですか?」駆け寄りながらミチェットが訊ねる。未成年の彼は何時もなら蚊帳の外だから。

「そうです。あの御方が、そう望んでいるのです」と、アルクェイドは軽く頷き返した後、ファオに意味ありげな視線を送る。

 既にファオは気がついていた。アルクェイドが、公園を取り締まっていた、あの時の男だと。ディアモントの影に隠れるように佇んでいたのだが、あっけなく見つかったようだ。

「ど、どうも・・・」緊張のあまり、声が上ずるのがわかる。それに気がついてファオは鼻先と頭頂部が汗ばむのを感じた。誰かがファオの肩を、どんと小突く!

「イオリンラの肌着にかけて!どうしたの?今日は色気づいちゃってるのね」

 チアノは、これで、よしよしとばかりに何度も満足げにうなずく。

「水を差すようですみません、私には妻がいるので」

 アルクェイドが申し訳なさそうに告げる。外交礼節神アナリンラの司祭らしく生真面目な性質らしい。

「い、いや、私も知ってますから、あの黒髪の」ファオが慌てて答えようとすると「なんだ相手を探るほど、入れ込んでいたのか」とディアモントが驚きの声を挙げる。

「意外ですね。ファオさん、玉の輿狙いだったんですか?まさか、それで行きお・・・」とミチェットも無邪気に悪気なく、容赦なしで追撃する。

 ファオは慌てて、両手でミチェットの口を塞ぐと「ち、ちが・・・ちが」なんとか否定の声を挙げようとするが、精神的動揺が強すぎて言葉にならない。

 チアノとアルシアは、その様子を微笑みながら見ていて、助けてくれそうにない。だが、微笑んでいる理由は、それぞれ違うのだろう。

 チアノは、悲しいことだが、ファオが異性愛者に更生したと勘違いして。アルシアは、先程の誤解から、今の状況を楽しんでいるんだろうなと、こんな時にファオは周りを冷静に分析してしまった。

 その冷静さと反比例して、声が出なくなった己の弱さを恥じて、昂ぶった感情が顔に熱気を篭もらせていく。それが限界まで達すると、今、瞳に映る状況を拒否するかのように、両の瞼が降りて、全てを拒絶する。

 だが、そうしても何も変わりはしないことを理解しているのか、ファオの熱気をさまさせるように、堪えて溜まりに溜めていた昂ぶりが流れ出ていく。

 頬を伝い流れる生暖かい滴はファオを落ち着かせるところか、更なる感情の昂ぶりへと導いていき。自然と喉からも昂ぶりを吐き出さんと嘔吐きだす。

 どうして・・・どうして誰もわかってくれないんだろう?と、ファオは絶望に全身を小刻みに震わせながら、思わず膝をつきそうになるが、その苦しみに耐え、崩れることがないよう、両の足から、全身へと力を込める。

 そのついでに両手で口を塞いでいるミチェットの顔から、何か硬いものが軋むような音と、鼻と口を塞がれたミチェットの、くぐもった断末魔のようなものが聞こえたような気がするけど無視した。

 (だって、もう、立ってるだけで精一杯。なんか、もう、どうなってもいいよね・・・)そんな全てを諦めかけてたファオに救いの手が差し伸べられた!

 

「いえいえ、違うんですよ。以前、お会いしたことがあるんです」

 ファオが両目を開けると至って冷静なアルクェイドがチアノに事情を説明しようとしている。

 ファオには生真面目なアルクェイドが、救いの神に見えてきた。

「そうなの?何時の間に?」

 意外な事実にチアノはアルクェイドに説明を求める。

「ええ、先週のことなんですが・・・」

 アルクエィドの口が一言一言、意味ある形を象る度に、チアノの顔色が、みるみるうちに変わっていった。

 ファオには生真面目なアルクェイドが、滅びの言葉を告げる死神に見えてきた。


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