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8.ささくれた心の慰めに宝石はいかが?

「で、どうするんですか?何個か出しましたけど?」

 健全且つ、強大なる教団の過去と、これからの未来を随想し、模索しているチアノの耳元へ、しゃがれ声が現実への帰還と職務遂行を催促する。

 

 チアノが現実に引き戻されると、目の前では、ミルフェが防具棚の奥から、幾つかの儀礼用兜を運び出していた。今は孔雀の羽が飾り立てられている兜を、鼻歌を歌いながら手入れしている。

「もう、演習開始まで間に合わない気もしますけどねー」

 彼の、ちょっとした嫌味も気にせず「じゃあ、その羽根付きのでいいわ」と、チアノはミルフェが櫛で孔雀の羽を手入れしている兜を指差す。

 ミルフェは、へいへいと答えつつ、女法皇が戴冠するかのように恭しく兜を被せると、仕上げに二、三度、孔雀の羽をなであげた。

 櫛を縦に構えて兜を装飾している羽を、しばし黙って見つめた後、意を決したように黙って頷くと「イェイ!俺って最高!」と、威勢の良い一声を挙げて、チアノに向って親指を立てる。

 チアノも頷き返しながら「さすが床屋の息子ね。最高の仕立てだわ」と、心から彼の腕を掛値なしに賞賛した。

「へへへっ、床屋の息子は一言多いっスよ~」と、ミルフェが照れくさそうに鼻の頭を掻く。


 兜を新品同様に清掃し、仕立てたあげるのに、例え魔法で綺麗に仕上げたとしても、それは新品同様の兜が一つできあがるだけで、センスの良い一品が手に入るわけじゃない。

 大体、兜の羽飾りを綺麗に飾り立てることは、姿見を凝視しながら、自分で決めるには儀礼用の兜は重過ぎる。魔法で軽くすれば良いだろうと思うだろうが、年に数度しか出番のない物に資金と時間をかけるのであれば、生き残る為に他の品物に同様の資金と時間をかけるべきだと、現実的なチアノは考える。

 被る前に決めれば良いかもしれないが、実際に兜を被り、姿見で確認をすると、細かなズレでもあるのか、些細な点が非常に気になってしまう。何度も被る仕立てる被る仕立てる・・・と繰り返す内に、やがて疲れ果ててしまうのだ。

 そういう状況に陥らぬ為に、このような独特のセンスが求められる作業が得意であろうと、以前から目をつけていた床屋の息子であるミルフェを騙し、仕度を手伝わせたわけだ。事は思いのほか、上手くいき、良い結果を得られた。

 上々の運びにチアノは上機嫌となり、改めて姿見で、己の姿を見つめなおす。

「うん、確かにいいわ」

 チアノが満足げに頷いていると、背後のドア叩音ノックもなく、勢い良く開け放たれ、禿頭スキンヘッド痘痕あばた面の若い修道士が顔を覗かせ叫ぶ。

「チアノ隊長!隊長の親族とおっしゃる女性が面会に参りました!」

 若者のノックもせずにドアを開けるような無粋さに、チアノは、やや、苛立ちをおぼえつつ「誰!?さっさと通しなさい!・・・この忙しい時に」と、その苛立ちを吹き飛ばさんとばかりに、間髪いれず若者に負けないくらい気合が入った大声で荒く返答した!


 そんなチアノの気持ちも意に介さず、新人修道士が落ち着いた仕草で、まだ姿を見せぬ来客を、こちらへどうぞと促すや否や、薄汚れた長衣ローブを身に纏った女が入ってくる。

「わっ、誰これ?チアノ隊長の妹?いや、娘さん?」

 ミルフェが、そう驚くのも無理はない。部屋にとおされたのは、少し痩せこけてはいるが、10代後半から20代前半くらいのチアノがこうであったろうと髣髴させる美少女だったからだ。

「これ」とミルフェの後頭部を小突きつつ、チアノは女へ歩み寄り「セス!何時、ここに来たの?」と、にっこり微笑みながら両手を差し出す。

 セスと呼ばれた女は差し出された両手を握り返しながら「姉さん、久しぶり。6年ぶりかな?」と、小首をかしげながら少しハスキーなれた声で答える。

「6年ぶりじゃないわよ。今まで、どこほっつき歩いてたのよ」

「5年前の政変があったからねぇ・・・今は研究に打ち込んでます」

 森林王国の政変についてチアノは詳細を知らない。噂では王族の殆どが悪魔崇拝者に堕落していたらしく、改革派の貴族達に粛清され、森林王国は貴族と富裕な国民が中心の議会体制へと変わった。

 王妃は行方知れずらしいが王は変わらなかった。ただ、君臨するだけの存在となったことは確かだ。

 元々、驕奢、奢侈な王族であった。チアノが持つ、セスから送られた品も、そういった浪費の一部にあたる。普通では手に入らない強力な魔力を籠めた物だ。

「研究?ゴーレム?」

「あたり、さすが姉さん。名推理!」と、指を鳴らして、はしゃいで答える双子の妹にチアノは呆れて両肩をすくめた。


 ゴーレムは石や死肉などで作られる主人の命令どおりに動く意思をもたない巨人だ。ゴーレム作成の基本は無生物に魔力を籠めることから始まる。つまりセスの特技はゴーレムからアクセサリーまで、物品に魔力を付与することだから推理でもなんでもない。


「あのさぁ、アンタからソレとったら何も」

「わーっ、そこまで言う。元宮廷魔術師の一人に!」

 セスは森林王国宮廷魔術師の一人であった。第三王女付きとなったセスは、神面都市グラード・ヤー東頭教区にあるクリュオ大使館に、第三王女と供に赴任してきた。

 良く宴などに招かれたものだが、そのおかげで幾度か政変後の森林王国から調査官がきて、取調べに応じる羽目になったのも嫌な思い出だ。

 第三王女は器量が良く、彼女に心酔する者達が数人いたが(いつしかセスも、その一人となった)人の上に立つ器ではないし、能力もいささか不足していた。

 所謂、暗愚であったが、政変が起こり、森林王国の査問官が大使館を接収に来た時に、見苦しい真似をせず、堂々と接収に応じてたのをチアノは警備をしながら目撃している。

「国や主人の一つも守れないで・・・もう、無駄話はいいから、なんの用できたの?」

 未だに宮廷魔術師という肩書きに拘る妹に少し嫌味でも言ってやろうかとチアノは思ったがやめた。性にあわないのと時間がないからだ。

「あっ!ごめんごめん忘れてた。でね、学院で私の研究成果の発表があってさ。誰か護衛を貸してくれないかなーって・・・」

「護衛?貸してあげてもいいけど高いわよ」と、チアノは意味ありげに、にやりと口の端をあげる。

「ええーっつ!!手持ちがあったら頼みに来ない・・・」

 大使館の接収時、セスは第三王女の勧めるままに逃亡した。当時、セスが作成した物に、主人を護る為に魔力を籠めていた武具と、ゴーレムという軍事的な要素の絡む物が多かったからだ。しかし、第三王女の善意が仇となった。セスが研究の助手として使ってた魔道人工生命体ホムンクルスと一緒に、土鬼ゴブリンがいたからだ。

 土鬼ゴブリンは、くろがねの民には劣るが金属の扱いに長けており、くろがねの民と違い魔術にも理解があった。また、人間より魔道に長けていた。助手としては、この上ない存在だが、異教を崇める彼らとは文化的に合わなかった。むしろ、お互い悪魔崇拝者と罵りあい、純粋に殺しあうことが多い相手だ。信仰のない魔導師同士だからこそ上手くいったのであろう。

 どのように手なづけたかは知らないが、土鬼ゴブリンと誼を通じたという事実は、社会的地位を失うのに充分且つ、致命的な事実だった。

 第三皇女も己の身を守る為に、全ての責任をセスに擦り付けるしかなかった。セスの身から出た錆びであったが、この件で女法皇は司祭への道を断たれたのだと、事実無根の噂を信じる者もは今も多い。


「冗談よ。明日、ザウロニアの巡礼祭があんのよ。で、護衛しなきゃいけなくてさ。それ以降なら貸せるわ」

「巡礼祭?へー女王様が来るんだ。そりゃ大変だねぇ・・・」

「そうよ。だから警備の指揮がうちじゃなくて、外交礼節の女神アナリンラさんが握ってる!」と、チアノは露骨に不満げな顔をした。久方ぶりに双子の妹という肉親がきているせいか、段々、素の感情を露にしてしまう。

外交礼節神アナリンラ神殿だけでやればいいのにねぇ。で、本当に明後日からでいいの?大丈夫?」

「可愛い妹の為だもの、なんでもするわ。だから暫くどっかで大人しくしてて」

「OK!じゃあ魔力石マナ・ストーンの原料にする宝石でも探してる」

「ここじゃロクな物がないわ。良い物を身につけてるのは死人だけよ」

「あれ?知らないの?ここが一番安い原産地だって聞いたよ」

 セスが意外だとばかりに驚いた表情をする。

「確かに交易の中心地だし、周りを山に囲まれてるけど。そんな話、聞いた事もないわ」

「2,3年位前から安くて良い宝石が出回ってて、確か、ここで良く出るって・・・」

「どこか別の街と聞き間違えたのよ。もう篭って研究ばかりしてるから」

「そっそうかなぁ」

 そんなはずはないと、見聞きしたものを一瞬で憶えるほどの記憶力をもつセスは言いたかったが、姉の状況を見る限り、今は言うべきではないと思い曖昧に答えた。と、そこへ、背後のドアから女性の声が「チアノ隊長!そろそろ集合時間です!」何時もと違い、金属鎧に身を包んだアルシアが、痺れを切らしてチアノを呼びに来たのだ。

「さすがアルシア、どんぴしゃね」

まるで想定内とばかりにチアノは満足げに微笑む。

「ドンピシャじゃないです!もう、ギリギリです!」

 会場から急行してきたせいかアルシアは息が荒い。先程から、声を搾り出すように言葉を紡ぐ。早馬で駆けて来たとはいえ、慣れぬ金属鎧が負担なのだろう。

「アルシアちゃん、俺のファオは」

 チアノに司法神ヴェルナの紋章が燦然と輝く外套サーコートをかけつつ、ミルフェが軽い調子で問いかけるが、拒絶するかの様にアルシアは黙って睨みつける。

 話好きの彼が、こんな慌しい状況を作り出した原因とでも誤解されたのだろう。本当はチアノの出立を間に合わせた立役者なのだが。

「からかうのはおよしなさい。私の馬は?」

「用意してます。表で待ってますから、早く」

「さてと、じゃ、明日の予行訓練に行って来るから。今晩、一緒に食事でもしましょ」と、チアノはセスに向って軽く右手を振りながら部屋を出ようとする。

「うん、ここで待ってる!」

「急いでください!みんな、まってますから!」

既にアルシアの姿は見えなくなっていたが「はいはい」と返事をしつつ、チアノは、ゆっくり歩いて部屋を出て行った。

 チアノを入り口まで見送った後、セス小首を傾げつつ

「・・・聞き間違えることもないと思うんだけどなぁ」と、独り言ちに呟いた。生来、記憶力は良いほうで、それを何時ぞやの遺跡探索で見つけた古代の秘宝により、記憶力を強化してもらい、あらゆる物事を一瞬で記憶できるようになったのだ。聞き間違いはありえない。勿論、情報源が間違えてないことが前提だが・・・

 ゴホンと、わざとらしい咳払いがセスの背後から聞こえた。そこには綺麗に並べられた先達方の品々と、ミルフェが戚然と立ち尽くしていた。

「アンタ誰?それにそこの良さげな品物は?」と、セスはミルフェと陳列された遺品棚の品々を指差す。

「私の名はミルフェ、司法神ヴェルナに仕える修道士でございます。以後、お見知りおきを」と、ミルフェは恭しく頭をさげる。セスもつられて頭をさげた。

 ミルフェは満足げに軽く頷くと、傍らの遺品たちを指し示しながら語り始めた。

「これらは聞くも涙、語るも涙の英雄達が遺した司法神ヴェルナ神殿に伝わる逸品の数々・・・」

 ミルフェも空気が読めないわけじゃない。ただ、少々、ファオに関してだけ、いや、ファオと幾つかの(女性が関係する)物事に対して無神経なだけなのだ。

 (ああ、もう、俺はだめだ。どうせヤン隊長に痛めつけられるなら、せめて束の間だけでも天国を味わおう)と、ミルフェは心の中で呟いた。

 ミルフェは少しでも睡眠をとって夜勤に備えるより、全ての可能性を投げ捨て美人との一時を選んだ。

 そういう奴なのである。



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