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24.春雷は離別を流し去り

 得意げに語っていたトートが、この場に居ない筈の人物の声が聞こえ、一瞬、身を固くするが、やや間があって気を取り直し

「誰だっ!」

 トートが驚きの声をあげて振り向いた先には、何時の間にか扉を開けたファオが直立不動の姿勢で聞いていた。

 だがトートを驚愕せしめたのは、その事実ではない。

「まさか!女王が!」

 トートの問いかけに答えるかのようにファオの上半身から、靄のようなものが現れ何らかの形を象っていき、やがて、それは半透明のイリス女王となった。

「この者の五感をとおして聞かせてもらいましたよ。罪無き者を陥れ、私を謀った罪は重い」

「いいえ、滅相も無い!女王陛下をたばかろうなど・・・なにかの誤解です!」

 トートは慌てて平伏し取り繕うとするが、女王はトートの申し開きに、一切、耳を傾けず無慈悲な宣告を口にした。

「追って沙汰を申しつけます。最低でも屍蝋の刑は覚悟なさい」

 多分、ファオの肉体を利用していない状況では執務室で何が起こっているのか見聞きできないのであろう。女王はファオの肉体に戻るとトートを捕えんと部屋へ一歩踏み込むが、途端にファオの肉体は崩れ落ち、そのまま頭から床に倒れこんだ。

 部屋へ倒れこんだファオを追うかのように廊下からチアノと黄金色の鎧を着込んだ男達が数名なだれ込んできた。

「トート閣下、いや横領犯トート!陛下から全て聞かされておりますぞ」

どうやら評議会儀仗兵達の正体はキワサカ隊長代理率いる親衛隊のようであった。

「ファオ!ファオ!大丈夫?」

 チアノは床に倒れているファオを見つけ、介抱しようとしたが首筋に手をあて命に別状がないことがわかると、彼女ファオを壁際へ寄せた。

「嫌だ!屍蝋の刑は嫌だ!亡命を!神面都市グラード・ヤーに亡命をさせてくれぇー!!」

 今、まさにひっ捕らえんと迫る親衛隊を余所に、トートはビゼィの裾に泣きつかんばかりに懇願するが、ビゼィは冷たくトートの指を引き剥がすと少し下がり、なんとも申し訳なさそうな困った表情しながら謝罪の言葉を口にした。

「仲間として、友人として、貴方に協力したいのは山々なんですけれど・・・」

すかさずチアノがビゼィに激しく詰め寄り「なにをおっしゃいますか!そんなことをなさっては外交問題に!」

 睨みあう二人が、途端に無表情な顔にかわり揃ってトートを見つめる。

「そういうことですからぁ~」

 ビゼィが、ちっとも申し訳なさそうな声で言い訳をすると二人はトートを見て微笑んだ。

「私は・・・私は・・・陥れられたのか・・・」

全てを理解したトートは茫然自失となるしかなかった。

   x  x  x

 評議会儀仗兵に変装していた親衛隊達がトート大使を連行してゆくのを見送りながら、ビゼィはキワサカ隊長代理に極めて自然な口調であることを提案した。

「ではキワサカ副長、いえ今は隊長だったかしら」

「いやいや、まだ代理の文字が取れとらんので副長とかわらんですよ」と、念願の下手人を挙げることができて、キワサカ隊長代理は照れくさそうに頭を掻きながら上機嫌に答える。

「それも直ぐに取れそうですね。先ほどの手際の良さをみればわかりますわ」

「そっ、そうですかぁ?」

キワサカ隊長代理はビゼィの社交辞令を真に受け、更に機嫌を良くする。

「ええ、わたくし、人を見る眼に自信はありましてよ。ねぇチアノ」

「え、はっ、はい」

 まさか自身に話題を振ってくるとは思わなかったのでチアノが戸惑いながら答える。

「このチアノも私が才能を見出した者の一人です」

「そうだったんですか」

そういった事実は無いが、キワサカは真顔で語るビゼィの勢いに、すっかり呑まれてしまった。

「ええ、そうなんですよ。ところでチアノ、教養神サウレソアル神殿に現場の鑑識は頼んだの?」

「はい、既にファオに連絡を頼んであります。一日でも遅れますと横領品から証拠が取り辛くなりますし、現場も魔法が効かない部屋ですからね」

「なんと、証拠固めまでやっていただけるので」

 驚き恐縮するキワサカにビゼィは先ほどの笑顔から真顔に戻り

「事件を未然に防げなかったのですから当然のことです」

「しかし、防ぐも何も外交官特権があったわけですし・・・」

「ですが横領品は市場に蔓延し、遠方に貴国の汚名を流してしまいました。是非とも現場の鑑識だけでも私達に汚名返上の手伝いを・・・」

 ビゼィが恭しく頭をさげたので、慌ててチアノも後に続く

「貴方がたの苦しみが良くわかりました。では、現場のほうはお願い致します」

ビゼィ達の事情を聞き、決心したキワサカは二人に一礼すると、男らしく全てをビゼィ達にまかせ踵を返し階下へと向かった。

 キワサカが出て行くのを確認した後、チアノは先ほどから咽喉につかえて、しょうがない疑問を口にしようと決心をした。

「ところでビゼィ司祭」

「どうなさいましたチアノ神官」

 ビゼィは、いつもなら神官などと役職をつけることはない。キワサカが部屋にいた頃とは打って変わった明るいくだけた口調だ。

 チアノはビゼィが上機嫌な理由に察しがついていたが、怯むことなく疑問を口にした。

「先ほどの売買ですけれども、もちろん無効ですよね?」

「え?神の名の元に成約した取引が無効とでも?」

 ビゼィは心外だとばかりに細い眼を、そんなに見開けるのかといわんばかりに丸くして驚く。神の名の元に行われた取引であることは確かだが、あの証紙は偽物だ。

 先ほど、奇跡が行使できない、この部屋で青白い薬剤の炎を上げたのは証紙が偽物である証だ。取引はしたが神の名の元で成約はしてないのだ。

 それを言って通じる相手ではないし、こうなることはわかっていたつもりだが・・・目の前で堂々と言われると、心のどこかのなにかが引っかかる。

 しかし、ここで逆らうよりは素直に従って今日の借りを返しておいたほうがいい。ビゼィに借りを残しておいて、後に、とんでもない事に協力させられ、破滅していった人間をチアノは何人も見てきた。否、何人も捕まえてきた。

 ビゼィの言い草に納得はいかないが、借りを残しておいて、より大きな不正や犯罪に協力させられるよりは、この程度の横領で手を打ったほうが良いとチアノはなんとか己を納得させた。

「いいえ、例え盗品、横領品でも神の名の元に成約した取引を無効にするなど、とんでもない!」

「ありがと。じゃあ、これで貸し借りなしね」

 チアノの精一杯の皮肉をものともせずビゼィは今日一番の笑顔で答える。チアノは廊下にいる衛兵にも聞こえるくらいの舌打ちで返した。


 トート連行後、黒血真珠から所持した者の記録を辿り、艶やかな黒血真珠に映った事件当日の映像により、セムト親衛隊長が当日とった行動が、大体、確認できた。

 更に大使館員の協力で大使の寝室からセムトが監禁されていた棺が発見され、セムトの無残な最期が判明した。

 それは悲しむべきことだったが、同時に、それら悲劇的事実に寄ってチアノの潔白が証明されたわけだから、チアノ班の面々も、ようやく枕を高くして眠れることだろう。

 ファオとアルシアが宿舎に帰った頃には暗雲が垂れ込めはじめ、まるで空がセムトの運命を嘆き悲しむかのように雷雨となった。


 寝苦しい夜だった。寝苦しさの余り眼が覚めた。体中、汗だくであったが部屋が暑いわけではない。外は激しい雷雨だったが、雷雨のせいではない。

 その証拠に雷雨が激しい中、部屋に入ると同時に、ファオは金属鎧をアルシアに手伝ってもらいながら脱ぎすて、短衣に着替えると体を湯で拭うまもなく床につくと意識を失ってしまったのだ。今まで溜まっていた疲れが押し寄せてきたのか?それとも女王に体を貸したせいだろうか?

 ふと、寝床の片隅に腰掛ける白い人影が眼に入った。

「目覚めましたか?今日は貴方に大事なお話があってきました。貴方の想い人にも関係のあることです」

 眼を凝らしてみれば、透きとおる様な幽玄たる佇まいの死者の女王イリスその人であった。

想い人?アルシアのことだろうか?と驚いて声も出ないファオに意を介さず、イリスは微笑みながら語りかけてきた。

「ヴェルナは同姓が愛を交わすことを許してません」

「・・・はい」

 ファオは緊張の余り咽喉が渇き、生唾を嚥下した後、なんとか声を絞り出すことができた。

「もし、よろしければ、改宗して私の為に働いてはくださいませぬか?」

「・・・私が?ですか。なんの力も取り柄もないのに・・・」

「私に仕えるには力とかではなく、私と魂が感応できるか否かなのです」

 昼間の一芝居はチアノが失態を演じた、あの日に女王が見かねて提案したものだ。当初は侍女か大使館員を変装させる方向で作戦が練られたが、女王がファオを指名して憑依の奇跡を試したら上手く行ったのだ。

「あの時、貴方の霊魂が未来を告げた時から、貴方に素養があることはわかりました。巫女の素養があって腕の立つものは滅多に降りません。どうか私めに仕えて内側から支えてくれませんか?」

「でっ、でも改宗となると・・・」

 ファオが躊躇するのも無理はなかった。世間ではナウレイアの使徒は死の御使いとして死神の様に嫌われている。例外は女王と共に巡礼際の時に訊ねて来る時だけ。

 もしファオがザウロニアに亡命すれば、アルシアとは二度と会えないかもしれない。アルシアが全てを捨ててファオと逃亡してくれれば話は別だが・・・

「ここでの生活ですか?あなたは良くても彼女は高位の者です。違背が露見すれば、どうなるかわかりますね?」

 女王のいうとおり、ファオは神面都市グラード・ヤーから追放で済むが、アルシアは一時の記憶を失うか・・・もしくは死刑か。

 どうすれば良いのか答えが出なくて困ったファオは、隣のベッドで寝るアルシアの背中を見つめるが、寝入っているアルシアは何も答えなかった。

「二人で良く相談して、決心がついたら何時でも来てください。貴方だけでも手遅れにならないうちに・・・」

 女王の体の輪郭が徐々にぼやけてきた。

「二人の幸せ・・・か」

 突如として湧いた話にファオは少し光明を見出していた。やはり広い世の中に二人を受け入れてくれる世界は存在したのだ。

「そろそろ馬車が国境を越えます。私の魔力が届かなくな・・・ま・・・お別れの時間です。いつか」

 ファオが見守る中、イリスの姿が雲散霧消してゆく。部屋には静けさと春雷が激しく鳴り響く。

「大丈夫よ・・・」

 突如、背を向けて寝てるはずのアルシアが、今にも泣き出しそうな嗚咽混じりの声で静寂を破ったものだから、ファオは驚きながら振り返る。

「おきてたの!?」

「死者の国なんて嫌よ・・・」

 アルシアが咽び泣きながら搾り出すように答える。ファオのような片田舎で育った移民の子なら、いざ知らず、アルシアの様に生まれた時から文明ともいえる神の教えに染まった者にとって、今まで築き上げてきた地位と信仰は何ものにも替え難いものであり、それを投げ捨て異郷の地ザウロニアで暮らすことは耐え難い苦痛であった。

「今までやってこれたんだもん。絶対、大丈夫・・・大丈夫なんだから」

 毛布越しにアルシアの体が、親を失った小動物が怯える様に、小刻みに震えているのがわかった。

ファオは思った。二人が旅立つには、まだ早すぎたのかもしれないと。

 ファオは全ての躊躇いを振り払うかのように着ている物を脱ぎ捨てると、アルシアの寝床ベッドに、ゆっくりと腰掛け、毛布越しに彼女の体を労わる様に優しく愛撫した。

 春雷が鳴り響きファオの心の迷いをアルシアの嘆きを打ち消してゆく。春雷鳴り響く雷雨は悪しき全てを流し去り、明日の朝までには雷雨も晴れ、二人の心も晴れることだろう。きっと

 おわり 



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