17.大地に抱かれて眠れ
映像を見て嘲笑う女の尻を後ろから勢いよく叩く者がいた。
「どうしたM1564号」
ファオ達が宿に入った時に現われた案内映像の男、カスケードだった。叩いた尻をそのまま鷲掴みにし、二、三度軽く揉んでから尻を解放する。
彼の行為は第三者から見れば性的な接触と思われただろう。カスケード自身にそんな気持ちは微塵もない。何故ならM1564号は人間ではない。奇抜な発想と斬新な組み合わせによって造られた新製品。人造巨人や人造人間などの人造生物を超える魔造生物だからだ。
魔導師が警備や護衛に良く用いる魔法によって造られた守護者達。人造巨人や翼のある悪魔の石像などと取って代わるべき新型魔法生物だ。
人造巨人を始めとする従来の魔法生物は、侵入者を殺せなど簡単な命令しか対応できない。命令者の家族が表に出て部屋に戻ろうとした時に、判別して通してくれるなど柔軟な対応はとれない。
が、主人が死んでも動き続け王家の墓や、伝説の魔導師が住んでいた塔を永遠と守り続けるので、そういった単純作業では便利な存在だ。
では、この見た目は人間にしか見えないM1564号とは何なのか?人造巨人といえば、石や金属、死肉などで作り出した巨人を思い浮かべる者も多かろう。
この中で死肉を、肉体だけではなく知識や記憶を流用したものが魔造生物だ。まるで不死者だが、不死者では聖職者に祓われてしまう。
魔造生物は意識を無生物に保管する魔術を流用することにより、知識と記憶を記録した魔法の道具を作り出し、優秀な肉体に埋め込むことによって造られた。
これによって人並みの判断力と魔法によって強化された肉体をもった絶対に裏切らない忠実な下僕が、財産さえあれば誰でも持てるようになった。
人造巨人よりは複雑な過程を経る為、少々時間がかかるが肉体を複製し、埋め込む知識と記憶を記録した道具を量産することも可能だ。
ただ、元が死人であるから表沙汰に出来る代物ではないが・・・それでも手に入れることを望む者は後を絶たない。カスケードが手に入れたもので1564番目なのだろう。違ったとしても、それくらいは売れているに違いない。
人と変わらない姿で呑まず喰わずの睡眠いらずで、精神がないから精神的な動揺も起こさない。まさに護衛、警備に打って付けの完璧な守護者だ。
その感情がない完璧な守護者であるべきM1564号が、人知れず嘲笑うかのような表情を見せていたように見えたのがカスケードの気を引いた。もしかして、コイツは単なる人間で、どこかの密偵ではないのかと疑って思わず尻を揉んでみたが、何時もの石仮面のような冷たい無表情な顔であった。気のせいだったのかと思いつつ、気を取り直してM1564号が見入ってる監視映像を一緒に覗いてみた。
「ん、おまえに似ている女がいるな」
そこには髪型は違うがM1564号と瓜二つの女性が、どこか見覚えのある色白で小柄な女性と激しく絡み、交じり合っていた。
女同士、こと同姓愛の客は珍しくない。ここでは良く見かける組み合わせの一つで、まだ、まともな内だ。ここは酷い組み合わせになると人間外、動物や人間大の無生物などが人間の相手をつとめる光景が拝める。
カスケードはまじまじと隣のM1564号の顔を見つめた。やはり似ている、M1564号のモデルかもしれないなと考えていると「他人の空似です。神面都市の聖女がおりましたので」まるでカスケードが考えていることを否定するが如くM1564号が冷静に告げる。
一瞬、眼を剥いて驚きそうになったが、想定外の大きな事実がそれを押し流した。カスケードが監視映像へ、もう一度、目を向ければ見覚えがあるはずだと思った。小柄な女は神面都市の聖女アルシア・モーンであった。
「おおっ確かに、こいつは光栄なことだ。我が女神ティシュトクルもお喜びになるだろう」
カスケードが我が女神と称するティシュトクルは神面都市西南の少し離れた地域に住む少数民族、イシュビタ人達が信仰する地母神である。実は彼自身は信仰していない。いや、信仰者として認められていないというところか。
彼と地母神ティシュトクルの出会いは彼が若かりし頃、今から三百年ちょっと前、そう寿命を延ばすことができる魔導師にとってはちょっと前になる、百十六歳の頃の話だ。
当時、遥か西方に存在していたクラケイル王国の宮廷魔術団に所属していた頃の話だ。
王国が神面都市に向って、海岸線沿いに船を奔らせ外交使節を派遣したときのこと、神面都市周辺にイシュビタ人達の勢力があることを知り調査団を派遣することになった。
その頃から、地母神ティシュトクルの信者、主にイシュビタ人達は神面都市の人々から迫害され、海岸沿いの肥沃な土地から、火山灰によって不毛の大地となった土地へ追い込まれ、そこで生活していた。
迫害された原因は性交を中心とする祭祀を咎められ淫祀邪教であるとして神面都市の住民達が持ち込んだ宗教へ改宗を迫られた。イシュビタ人達が誰一人として改宗しないと不可触民の奴隷階級へ落とした。彼らの内で勇気ある者たちは西南にある不毛の大地へ逃れた。そこへ行けば神面都市の連中どころか、生きとし生けるものと出会い、争うこともないからだ。そんなことがあって既に二百年も経った。
ところがイシュビタ人達は健在らしく、神面都市に訪れる交易商人が周辺地域で姿を見かけたというのだ。稀に農作物と塩の交換を求めてくるという。獣も通わぬ不毛の大地だ、普通なら百年もしない内に飢死にするなり、離散するなりして集落は滅んでいるはずである。
既に絶滅しているの筈のイシュビタ人が生きており、不毛の大地に暮すイシュビタ人が農作物を扱っているという話がカスケード達の興味を大いに誘った。
クラケイル王国は周辺を同じ不毛の砂漠地帯に囲まれた国家である。そこで生活を営む彼らにとって、これほど魅力的な話はあるまい。即座に急造の調査団が編成された。
不毛の大地へ向かったところ、周辺で塩を求めるイシュビタ人に遭遇したので調査団は族長へ貢物を捧げたいと交渉した。するとイシュビタ人達は彼らを丁重に迎えて友好的に接してくれた。だが、族長は存在せず。今は祭祀を司る大巫女が治めているという。
調査団が集落へ辿り着くと彼らは眼を見張った。地母神ティシュトクルの寺院を中心に肥沃な大地が広がっていたからだ。
調査団が驚愕していると大巫女と呼ばれた大いに齢を重ねた老女が、これは地母神ティシュトクルの御神力だという。調査団が、それは如何なるものぞ?と問えば、丁度、日が四つ巡った後に祭祀を執り行う予定だったが、歓迎の印に、急遽、今日とりおこなうことにしたという。調査団達は小躍りして喜んだ。
その晩みたティシュトクルの祭祀は忘れられない。祭壇は肥沃な土地と不毛の地の不自然な境目に設けられた。
祭祀が始まり若い男女がところ構わず体を交わしあう。調査団の若者達も混じり大喧騒となる中、祭壇で祈りを捧げる大巫女を筆頭に年齢順に横並びなった住民達が、何も身につけず、かといって淫らな素振りもなく、ただ一心不乱に祈り続けていた。
生まれつき強力な魔力を宿すものは、その力に比例して生殖能力を失いやすい。カスケードもそんな魔導師の一人であった。彼は冷静に祭祀を観察し続けた。
やがて若者達も果てて体を横たえていたが、一人、一人と次第に中央の祈りの輪へ加わっていく。その厳かな光景は穏やかな月夜の晩に溶け込み調査団に無聊と微睡をもたらした。
次々と脱落していく調査団とは別に、その光景を瞬きもせず見つめるカスケードは一つの疑問にいたった。
大巫女から次の列には男性しかいないのだ。いや、その次の列にも女性はいない。大巫女から離れて四列目当たりで、かろうじて老婆が一人並んでいる。多くの老婆は遥か後方にある若者達の集団に混じって祈っていた。
カスケード自身もその思索に飽きた時、ついに変化が訪れた。大地が揺れ地が割れ幾千年の時を経たものだけが轟かされる深みに溢れる咆哮はカスケードの耳を通り抜け、その頭にある脳を直接震わせた。
月光を受けて輝く女性のような実り多き穂をつけた大麦のような土塊っぽい、その姿から邪悪さは微塵も感じなかった。寧ろ、神面都市の連中が信仰する地母神より、こちらのほうが大地を慈しむ生きとし生ける者達の生命の源、地母神として相応な姿だと思った。
やがて大巫女の後ろに並んだ者達が女神の元へ進み出でて、不毛の大地に並ぶと穂の一つが開き光が迸った。
老人達は少しばかりの土塊に還ると同時に女神の足元が白い不毛の地から、黒く瑞々しい肥沃な大地へと変わってゆく。この心が洗われる様な神々しい儀式を見つめる内にカスケードは自然と涙が零れゆくのを感じた。
やがて儀式が老女を含む四列目に達したとき、一心不乱に祈っていたイシュビタ人達が、突如、祈りを中断し身近なものと抱き合い大いに喝采した!カスケードも訳もわからず、イシュビタ人達と朝まで踊り狂った。何時しかティシュトクルは大地へ還って行った。その残滓である麦と土塊が混じった凄まじい量の腐葉土が滞留しており、昨日みた光景が事実であることを証明していた。
翌朝、昨日のことについて幾つか大巫女に聞いてみた。大巫女が語るところに寄ればイシュビタ人が暇さえあれば自慰をし、男女が肉体を混じり合わせるのは体に詰まった穢れを抜けきる為だという。その穢れた気が地上に充満し、時が満ちた時、地母神が現われ、全ての穢れが抜け切ったものだけが大地に還れるのだという。
大地に還れなかった者は地下に広がるという飢え病などこの世の苦しみから解放された地母神の楽園へ行くことができない。死後、生前の行いにより、人間から動植物まで、ありとあらゆる存在に生まれ変わって人生をやりなおし、何時までも苦しむことになるという。
全ての女性は男性に生まれた者と違って前世で罪を負った者だから、罪の証として月に一度、贖罪の日々を迎える。罪を一時的に購える子供を宿している時だけ贖罪の日々はこないという。
また、一人の老女を除いて並ぶことが出来なかったのは多くの女性は穢れが抜け切らないからだという。かくいう自身もそうだと大巫女は恥ずかしそうに告げた。
どうやら魔術を扱える身体に産まれつき、子を為す事ができない自分は信仰する資格すらないようであった。なにより調査団を失望させたのが、地母神は、ここいら一帯の地下に鎮座しているのであり、海の向こうのクラケイル王国へは現れないだろうということと、男性が大地に還り易い以上、老いた知識層は女性に限られてしまう。
そんな女性上位の性交を中心とした特異な文化は、男性が中心となって治めるクラケイル王国では、到底、受け入れることができない文化であった。
調査団は交流できたという結果だけで善しとしたが、カスケードは現地で除隊し残留することを願い、それは受け入れられた。急造の領事、大使ができれば、それなりに面目が立つからであった。
程なくしてクラケイル王国は滅びたが、カスケードは此の地に留まり研究し続けた。あの素晴らしい光景を見て以来、いつもある思いが心を占めた。
あの日、あの時、不毛の大地に追われ、塗炭の苦しみに喘ぐイシュビタ人を救う為に大地を切り拓いたティシュトクルこそ地母神として、此の土地の民に信仰されるに相応しいと。
それに比べて元から肥沃な土地を耕し畑作をするだけのラーメルダなど、まるで農婦ではないか!更に彼らの眷属は、イシュビタ人から肥沃な台地を奪いさると無機質な石と鉄によって大地を覆ってしまった!こんな連中が信仰する女神をいかにして地母神と呼べようか!?
神面都市周辺で生活を営む、イシュビタ人以外の諸民族も情けない。神面都市の連中は神の御名により争うことを好んだ。これは周辺で暮す少数民族にとって大いなる災厄であった。だのに、あんな紛い物の地母神を信仰する者達で溢れていることが許せなかった。
近隣に素晴らしい地母神信仰があるのに、こんな異国の女神を地母神として信仰することはカスケードにとって異常すぎて、とても許しがたい心理であった。
彼は決意した。神面都市地下に地母神の大神殿を作り、やがて神面都市を、神面都市地上に住む者達の欲望によって地母神の御業により嘗ての肥沃な大地に還すのだ。これによって罪深い神面都市住人の罪が贖えるとカスケードは考えていた。
この地が昔どおりの肥沃な大地に還れば、イシュビタ人のみならず、諸民族も戻り、やがて昔日の争いのない光景を取り戻せるのではないかと思っている。いや、その日がくることを常に願っているのだ。
己が信仰することを許されぬ女神に。




