16.汝、如何なる時も望み捨てることなかれ
双子が扉を開けて店内へなだれこむと、店の奥に魔法による明かりが微かに灯る。何が陳列されているのか判別がつき難い、薄暗い店内の様子を入り口で伺っていると扉が勝手に閉まってしまった。
チアノが慌てて近寄り扉を開けようとするが開かない。セスに開錠の魔術で開けさせようと妹を呼ぼうとしたが、既にセスは店の奥へ向っていた。
チアノが慌ててセスを追うと店の奥にある会計所に、黒色の外套を目深に被った怪しげな魔導士が侘しげに佇んでいた。
「へいらっしゃい・・・故売屋通り二番目の店へようこそ」
地獄の底から響くような低い声で愛想よく挨拶をしてくる。
「表の化け物?あれは」
「へぇ、あれは可哀想な子でしてね。ま、この建物に張られた結界は破れないから放って置いてやんなさい」
「ウィル、話したことがあるの?」
セスが興味津々とばかりに話に絡む。
「ええ、セスさんも知ってのとおり怪奇愛好家としては新しい悪魔を見りゃ好奇心を抑えれませんからねぇ」ウィルと呼ばれた男は、見慣れない悪魔をみれば好奇心を持つことが当然とばかりに語る。
ウィルが双子の姉妹に語った悪魔との邂逅は五日前に遡る。
「店先で争う音が聞こえたんで、ひょいと覗いたら血まみれで息も絶え絶えのお客さんと深手を負った女が落ちてたんでさ」
「で、食事を始めたと」
「そうそう、そうなんですよ。もうビックリしちゃいましてね。凍結の魔法で股間と右胸の悪魔を氷らせましたよ」
「左胸の悪魔は?」
「そっちは心臓を狙った一撃のついでに潰されたんだろうね。さすがドゥーラークの旦那が雇う手下だね」
「ドゥーラークが!?」
「ドゥーラークって?」
チアノがいきなり大声をあげたのでセスが質問を挟む。セスも神面都市での生活が長い筈だが、意外なことに闇の名士とは面識がなかったようだ。考えてみれば元王族に使える宮廷魔術師と裏社会の顔役という噂のある男では当然か。
「裏社会の顔役みたいな男ね。話を切ってごめんなさい。その悪魔が何故生きてるの?」
「そりゃ旦那の手下は幾らでもいるが、こういった悪魔は久しぶりだからね。手厚く保護を・・・」
「久しぶり?前にもこんな悪魔にあったことがあるの!?」
思いがけない事実にセスが驚く、悪魔、魔物、亜神など、この世ならざる者どもは数多かれど、多くは異界の生物だ。
この世に具現できない彼らに対して己の肉体を提供し、彼らが元いた世界の姿に戻るための土台となすわけだが、店外にいる売春婦は違う。彼女は肉体に悪魔が寄生しているようだった。その証拠に彼女と複数の悪魔達は別々の意思を持って動いていた。それだけでも異常なのに、そんな異常な実験の産物が他にもいること自体が魔術師のセスにとって驚きであった。
「度々、ここいらに捨てられるんですよ。多くは組織を抜けようとした売春婦ですがね。あの子は表通りで司法神の取締りにもめげずに客を取っていたそうですよ。で、ある日、客をとって仕事中に寝ちまって気がついたら」
「悪魔がつけられてたわけね」
「そうなんでさぁ。もう可哀想でねぇ・・・どうせ助からないだろうし」
「そんなことないわ。私が助けるから、金に糸目はつけないわ」
チアノは売春婦を哀れむウィルの嘆きを断ち切って己の決意のほどを語るが「いやいや、それは無理ですって」ウィルは軽く流した。
「どうして!?魔法で眠らせるか、いっそ一度、殺して悪魔を取り除いてから生き返らせたっていいのよ!」
チアノが興奮して思わずウィルに掴みかかる。セスが止めに入ろうとしたがウィルは気にするなとばかりに右手を軽く振り話を続ける。
「やってもみてもいいですけどね。あの子、死んじゃいますよ。何故だって顔をしてますね。さっきの質問に答えることになりますがね。あっしがね、傷の手当をしたあと、いろいろと食べ物をあげたんですよ。でも、いくら食べても彼女の餓えは満たされなかった」
「お姉ちゃん、いいそびれたけど、あの人から悪魔一体分の魔力元素しか感じとれなかったんだ・・・」
セスがチアノに申し訳なさそうに告げる。異世界の生物は多量の魔力元素を用いて肉体を変換させる。それ故、異世界の生物の肉体には残存魔力元素が多く付着していることが多い。
また、変換後も肉体が現地に適応しないようであれば適応させるため、常に幾らかの魔力元素が必要になる場合もある。
「そんな・・・でも例えば胸から上を切り離して活動を中断させて神殿へ運び、肉体を再生させる治療をうけさせれば!」
「多分、元の体、今の悪魔が寄生している身体が再生するだけだよ」
セスが冷静に答える。チアノはウィルへ視線を向けるが彼も肩をすくめつつ「右に同じだね。大体、そんな予算も超過するような大規模な作戦、いきなりやれないでしょ?」
「神託通信があるわ。それで何時でも許可はとれるのよ」
神託通信とは一定の地位にある者達だけがおこなえる思考を直結させ意思伝達させる技術だ。これにより緊急時でも召集をかけられ、何時でも会議を開くことができる。この会議を神律審判という。
チアノはウィルの胸ぐらから手を放すとセスに向かって強く問う。
「多分なのね?絶対じゃないんでしょ?」
「う、うん・・・もしかしたら助かるかも。でも確率は低いよ」
チアノに気圧されてセスも希望的観測を口にせざるを得なかった。
「ったく、客かと思ったらこれだよ」
その光景を見てウィルも思わず外套を脱ぎ、肩をすくめる。それを聞きセスが思い出したとばかりにチアノの肩を叩きつつ
「お姉ちゃん、ザウロニア、ザウロニア」
「あっ、忘れてた。ねぇちょっと!ザウロニア産の出物ないの!?」
「ザウロニア、ザウロニア関連の出物ですかい?」
いきなり違う話を振られてウィルは戸惑いつつも台帳をめくりだす。
「ええ、今度の巡礼祭の警備にあわせて、私の鎧を飾るに相応しい石が欲しいのよ」
「巡礼際?ああ、なるほどね。それで需要があるからドゥーラークの旦那が血眼あげて黒血真珠を」
「ドゥーラークが?さっきも名前が出てきたわね。そんなに良く来るの?」
「最近、えらい高値で買い取ってくれるんだ。あたしゃ、誰か偉い奴が買い戻してるのかと?」
セスがチアノに近寄り「例えば誰かが横流しして、大使が慌てて買い戻すとか?」自分の推測をチアノに囁く。
「まさか口封じに横領犯を!」
全てが繋がったとばかりにチアノが大声をあげる。
「ひゃあ!おっかねぇ。お嬢さん方さっきから恐ろしいことばかり言って、あんま面倒ごとに巻き込まないでくださいよ」
ウィルが台帳から顔あげて抗議の声をあげた。悪魔の生態に興味を持つ魔術師でも裏社会の首領は恐ろしいらしい。普通の人間なら、どちらも恐ろしい物だろうに裏社会の首領だけが恐ろしいとは・・・その珍妙さにチアノは思わず噴出した。
「なんです?笑うことはないでしょう。私も生活がかかってるんですから、大体ね悪魔は店を潰しに来ないけど、あいつらは店を・・・」
「はいはい、わかったから神託通信を行なうから少し借りるわよ」
神託通信は呼びかける者が精神的な会議を行なう場所を提供するので負担が大きい。ウィルの返事を待たず、チアノは店内会った椅子に腰を掛けると精神を集中させ、司法神高司祭やヤン隊長などに呼びかけを開始しだした。
熱かった。部屋もファオの身体もただ熱かった。あれからどれほど経ったかはわからない。当初は行為の最中にでも意志が伝わればと思ったが、それも無駄な足掻きだった。
アルシアが乳飲み子の様に吸いついた時に、何時も胸に感じる刺激より、強烈な刺激が雷に打たれたかのように強烈な電流となって頭へと突き抜けていく。
(胸だけで?何時もとは違う!?気持ちよすぎるッ!!)このままではいけないと思い両手でアルシアを退け様としたが、既に、それは幾度となく繰り返されており、ファオは快楽により腰が抜けた様に力が入らなくなっていた。
「はっ・・・くっ、ふうっ」
そんな状態では手を挙げることもままならず、目を瞑って、歯を食いしばり、しっかりとシーツを強く握って途切れることのない快楽を耐え忍ぶしかなかった。
(そうだ、なんかおかしいとおもったら、へやがあついんだ・・・)この部屋には何か仕掛けがあったのだろうが気づくのが遅すぎた。これは誰が何の目的で仕掛けたのかファオは考えようとした。いや、そう考えることによって気を逸らそうとしたが、脳は蕩けて煮だったたような感覚になっているファオにとっては薮蛇だった。
(もう・・・ダメだ・・・キモチよすぎてなにもかんがえられないよぉ)
ここを監視しているかもしれない相手に全てを気取られぬため、アルシアに身を任せたのが失敗だ。此処まできては、もう一時的に快楽に身を任せ、ことが終わるのを待つしかないと思った。
アルシアはファオが弓なりに身を反った後、ぐったりと肉体を横たえたのを見計らって、胸から唇を離し満足気に微笑むと左右の手でファオの両手首を押さえながらジッと火照り赤らんだファオの顔を見つめる。
やがて自分を取り戻したファオが何かをしようと身をよじるが、まだ、その腕に力が戻らないようだった。ファオが詮索をしている犯人の内、一人は此処の施設だ。効率よく人の情欲から発する気を回収するために欲情を促す照明が設置されていた。しかし、それが設置されてるのは寝室だけだ。
ではファオが、こうまで狂う原因は一体なんなのか?それは施設に置いてある魔法薬であった。ファオの為に浴室を準備する振りをしてアルシアが浴場に撒いたのだ。
これらの魔法薬でトラブルが起こらないように、経営者のカスケードが全ての魔法薬を中和できる魔法薬も一緒に置いていたのだが、それはアルシアが先に飲んでおり、余った魔法薬も便所に捨てられてしまったのだ。
二人は見つめあっていたが、やがて、ファオがせつなげな表情で魚が水面にでて息を吸うかのように口を動かす。
「どうして欲しいの?ちゃんといわなきゃ伝わらないわ」
アルシアはファオの両手を解放すると、子供あやす母親の様に優しく微笑んだ。ファオは照れくさそうに顔を背けながらも、先ほど愛でられた方とは逆の胸を突き出す。
「こっ、こっちも・・・」
「私、素直なファオ、大好きよ」
アルシアは右手でファオの臍の辺りを撫でながら、耳元へ自分の淫らな呼吸を確認させるかの様に囁くとファオの望むところを叶えた。
ファオの口から声にならない歓喜の喘ぎがもれると間髪いれずアルシアの右手が丘へと向って駆け下りてゆき谷間の手前でとどまる。右手は谷間へ降りることを戸惑うかのようにゆっくりと小さい旋回運動をとる。その旋回運動を続ける掌が、ある地点に触れるたびにファオの肉体が陸に揚がった活きの良い魚の様に腰を元気に反らせ反応した。
アルシアの右手は焦らす様に幾度も谷間の上にある森を迷ったあげく、意を決したように先程よりやや湿った谷間の奥へ探索に向う。
ファオが艶のある獣のような声をあげ、軟体動物か何かが咥えこんで離さないのか濡れすぼった音が部屋を充たす。やがて寝床の一部だけが床上浸水となってしまった。
意識を失ったファオが気がつくと、まだ、軟体動物がしっかりとくわえ込んでいる濡れすぼった音が聞こえる。体の芯からくる疼きが全然抜けなかった。
「ねぇ、そろそろ指を離してほしいんだけどなぁ?」
アルシアがファオの顔を覗き込むように小首をかしげて悪戯っぽく微笑む。
「まだ、おしゃぶりが好きなの?甘えん坊さんね」
何時までも指を咥えて離さないファオの甘えん坊な口の上にある鼻先を、親指で少し擦る様に触れるたびにファオが短い悶え声をあげる。
ファオが何とか左手でアルシアの右手をつかむと、アルシアは未練なくファオの体液に満たされた右手を引く。
(もう、どうでもいいかな・・・アルシアのことが好きなのは確かなんだし)
ここまでやられてしまえば後には引けないと思った。その考えすら薬によって正常な思考を奪われた結果のものなのだということにファオは気がつかない。
ファオは自分から分泌された液体に塗れたアルシアの右手を口元に運ぶと、それを指の一本、一本、綺麗に舐め取りながらアルシアに懇願する。
「アルシア、もっと愛して・・・」
ファオがありのままの自分を受け入れてくれたという事実に、アルシアは身震いするほど嬉しかった。ファオが自分との関係に嫌気が差しているのなら、思い切って好き勝ってなことをやり、嫌われて関係を清算してしまおうと考えていた。
それを乗り越えたのだ。もう何も言えないだろう。アルシアは黙ってファオに体を重ねると二人の永い夜が始まった。
ここは宿の各部屋を監視する部屋なのだろう。部屋の様子が映し出されている魔法の水晶が幾つも並んでいた。その中にファオとアルシアが借りている部屋が映し出された水晶もあった。
「あさましいものね・・・」
水晶に映し出された二人が激しく愛し合う光景をみて一人の女性が嘲笑った。体に吸いついてるかのような黒い革鎧を身に纏った女性は、短髪の髪型を除いて全てがリン・ファオに瓜二つだった。




