12.往生際が悪い奴ほど眠れない
使用人達も眠り、沈黙に寝静まった大使館本館にある大使の寝室から、闇夜に光る二つの瞳。トート大使が、明かりを消した寝室の窓から、カーテンの隙間越しに親衛隊が駐屯する庭を凝視していた。
正確には二階の窓から、親衛隊に偽装されたチアノ一行が篝火に照らされた庭を経由し、闇夜に紛れて大使館から出て行くのを見送っていたのだ。
トートの背後から、誰かが扉を開け、部屋に入ってくるのが聞こえた。
「トート様、只今、戻りやした。首尾の方はどうです?」
背後から花崗岩の双子の片割れメンチュが問いかけるが、彼は庭園から視線を逸らすことなく冷静に答える。
「やつらは帰った。思ったより調べなかったな」
何かに憚るようにモンチュが恐る恐る言葉を続ける
「衛兵達が棺を全部開けて調べるかと思ったんですが・・・」
そんな二人の不安を取り除き、安心させる為が如く、トートは後ろを振り返り、
「杞憂だったな。意識があれば助けを呼ぶから開ける必要はないのだが・・・いや、意識があれば溶けてしまうか」
はははっと声を揃えて笑う三人。緊張感の余り、くだらない冗談でも声をだして笑ってしまう。
「ま、秘密理に事を進めることに注力した挙句、大使館を、まったく調べなかったのだからな。片手落ちというものだ」
「しかし、これからどうするんで、いづれ此処も調べられるんじゃ?」
メンチュが最もな疑問を口にする。
「そうです。また移すにしても、もしも移しているのを誰かに見られたら」
モンチュも更なる不安を口にする。
「そう思って、一回り大きい衣裳箱を開けておいた」
「それで、こんな時間に、あっしらを故買屋へ衣類を売りに行かせたんで」
納得がいったとう感じにメンチュが眼を丸くし頷く
「そうだ。上手くいったろ」
モンチュも頷きながら
「こんな時間だからこそ、高貴な身分の方が人目につきたくなくてと、勘違いを誘えて上手くいきやしたよ。良い値段で買い叩かれましたぜ」
また、三人揃って笑ってしまう。深夜作業の致し方がないところだ。
「しかし、いずれは私の執務室に置かねばならんな。魔法で棺自体を探されてはかなわんからな」
「けど、どの棺かわからんでしょ?」と、メンチュが、流石に気を廻しすぎだとばかりに聞いてくる。
「万が一ということもある。誰かが倉庫にある予備の棺を、厳密に記録してたかも知れぬ。念には念をいれておかねばな」
もう、峠を越えたつもりのメンチュと違い、トートは悪魔でも慎重にいく気だ。そこへ不安症のモンチュが更なる疑問を口にする。
「なるほど、しかし、魔法が解けて殺しちまったら何時か」
「確かにな。だがな、ここも有名になりすぎた。最近は神面都市に宝石を買い付けに来る奴が多いらしい」
「ええ?故買屋じゃなくて正規の仲買人が」
「そいつは本当ですかい!?」
花崗岩の双子が意外な情報に飛びついた。
「ああ、先程、ドゥーラークからの連絡員が教えてくれた。世界で一番安い都市とかで、周辺国で話題になっているらしい」
ドゥーラークは神面都市に幾つかある犯罪組織の長だ。彼ほど名前と、その顔が世間に知られてる犯罪組織の盟主はいないだろう。
表世間では名士と付き合いもあり、それなりの地位があるのにも関わらず、裏社会では最高の腕を持つ暗殺者として怖れられいて、世間では有名な暗殺事件の犯人は彼の仕業だと噂される事件が幾つかあるが、誰も彼が罪に問われたところを見たものはいない。
顔が割れているせいだろう、幾度か敵対組織や司法神神殿に組織を壊滅されている。にも関わらず、いつの間にか組織を再興し、神面都市にある犯罪組織上位五本指級に返り咲き、なぜか、懲りもせず神面都市社交界に顔を現すのだ。
トートが親衛隊長セムトの動きを知りえたのも、偏にドゥラークが誇る裏社会に拡がる彼の情報網のおかげだった。
メンチュとモンチュがハラをかかえて笑うが、今度はトートが、その笑いに唱和することはなかった。
「そろそろ潮時というわけだ。ま、一生遊べるだけは稼がせてもらったがな」
「じゃあ、黒血真珠が最後ってわけですかい。さっそく最後のお宝を・・・」
メンチュが隣の執務室へ入ろうとすると
「まて、宝石を回収するのは女王が帰ってからだ」
「これは、どうします?」
モンチュが床に無造作に置かれた衣裳箱を指差す。
「とりあえず衣裳箱は寝床の下にでも隠して置け」
「はい」
「後は本棚の裏に棺の隠し場所を作ることにしよう」
モンチュの返事を待たずトートは隣の執務室に移る。
「本棚?一体、どうするんで」
トート後を追いかけるメンチュが問いかけると、トートは執務室にある本棚の最下段から、幼児位の高さを誇る皮革製の本を一冊取り出した。ゲイボルクという西方に住む鉄の民の学者が古の時代に書き記した博物誌だ。一冊金貨数百枚の価値がある。全巻揃ってるのは珍しい。どれぐらいの価値があるだろうか?
「本の後ろ半分を刳り貫いて棺を隠せるスペースを作るんだ」
この古代に書き遺された大百科を偽装に利用するのは勿体無いが、こんな嵩張る本を逃走時に持ってゆくのは無理だ、仕方がない。
「「わかりやした!」」
トート大使の命令に、すかさず花崗岩の双子が声を揃えて返事をし、夜を徹しての作業に入った。
それから少し時が経ち、司法神神殿内にあるチアノの執務室では、帰ってきたチアノ一行がある物の到着を待って寛いでいた。
ファオとアルシアが自分の席で談笑している向こうで、いや、アルシアが一方的に笑っているようみえた。もしかしたら、笑顔のような表情でにらみつけているのかも知れない。まだ、夕方の事で詰られているのだろうか?
チアノは椅子の背もたれに身を預ける様に深く腰掛けていた。両の眼を閉じ、腕を組みながら思案に耽っている。
思案に耽るチアノの執務机から見て、真正面にある応接椅子では、セスがディアモントを興味深そうに見つめながら、異国の言語で質問責めにしていた。
「Wa-tah-she-ha sesu-to-ee-mahss Wa-tah-she-ha cat-now-nee-K-yo-me-ga-ari-mahss」
「set-cha-ha-daimon-to-mouth ee-go-you-low-she」
二人が流暢な東方蛮族語で会話をしていることを理解しているのは当人達を除けば、チアノとファオ位だろうか?
アルシアは東方蛮族語で書かれた文章を読むことは出来るが、直に聞いて理解することは難しかった。同音異句が多すぎるからだ。
しかし、ディアモントも棺を数える為に肉体を酷使し、疲れきった身体を休めれると司法神神殿に帰ってきたのに、休むどころか質問責めに遭い、参ってしまったのだろう。
「チアノ殿、此度の勾引かしの件、肝心要の行方に関する手がかりが、まったくござらん。困ったものでござるな」などと、珍しくチアノに話を振る。そんなディアモントの有様にチアノは苦笑しながら、助け舟を出す為に返答しようと重い腰をあげた。と同時に、紙束を持ったミチェットが勢い良く駆け込んできた!
「アナリンラ神殿から報告書がきましたよ!」
「きた!噂をすればなんとやら、なにが書いてあるの?」
チアノはカッと目を見開き、ミチェットに向って問いかける。皆が注目する中、ミチェットが報告書を読み上げる。
「過去投影による鑑定結果、セムト氏が寝具から、勤務時に着用する礼服に着替える光景が確認されたとのことです」
「夜間でも相手にしなければならない目上の者に呼ばれたのね。ある程度、対象がしぼれてきたわ」
いや、犯人は確定したといっても過言ではない。大使館で親衛隊長であるセムトを呼びつけられるのは女王を除けば一人しかいない。その名を騙れる人物を入れても片手で数えれるぐらいだ。
「でも、まだ動機や目的がわかりません」
「誘拐犯がわかれば、それもいずれわかるわ。よしっ!」チアノは勢い良く立ちあがり。「今日は、もう解散!続きは巡礼祭後よ!」と、声高らかに解散を宣言すると、彼女の部下達は、それぞれ挨拶をしつつ部屋を出て行く。
皆が帰宅してゆくのを見送った後、チアノは優しく微笑みながら、セスに近づいていく。
「さて、約束どおり、どこかお店にいきましょうか?」
「でもお姉ちゃ~ん、もう殆どのお店がしまっちゃったよ~」
なにいってんだいとばかりにセスが抗議の声を挙げる。既に月は真上を昇っている。こんな時間に開いているのは繁華街やスラム街のいかがわしい店しかない。そんな所にある店でも腕の良い料理人がいるかもしれないが。
だが、チアノの真意はそこになかった。
「そういえばさ、アンタ、今朝おもしろいこといってたよね?」




