第7話 出会い
「あの馬達はすごいのう」
オドレイは伝令の馬を見ながら言う。
ここはフランドルの館の馬小屋の近く。丁度伝令の馬が入ってきたので、オドレイとクラリエルはその様子を見ていた。
「すごい。とは?」
クラリエルが尋ねる。商人の、それも有数ともいえる家の人間であるクラリエルにとってさして珍しくもない光景である。
「本で見たが、馬の足の裏に鉄を仕込んでいるそうじゃ」
オドレイは小屋のそばの木の影に隠れるように立ちながら話す。日の本の話をする際はこのように誰にも聞かれぬように言うのが二人の間での約束である。
「えっと…当たり前…では?」
クラリエルは言う。それほどまでに、蹄鉄はこの世では普遍的なものであった。
「うむ、当たり前になるほどに普及しているの。あちらでは藁でできた草鞋というものを履かせていたの」
「そ、それでは足の病気になるのでは?」
「それが言うほどならなかったのじゃ。謎なのじゃ」
オドレイは不思議そうに言う。
「あ、それとな…」
さらに話をオドレイは続ける。
「で、あのちっこい方が次女さんかい?」
フランドルの館の館壁の内。裏門から馬小屋へ行く道のど真ん中に、二人の若い男、強気そうで鎧を身に付け第三者からみれば冒険者か何かだと思うであろう風体の青年と、見るからに弱気な青年が話しながら歩いている。
声を発したのは強気そうで鎧を身に付けた青年である。
「は、はい。隣の緑髪がクラリエル・ペシュラー。商人のペシュラー家の三女。その向かい正面が我らの当主、ジェロイク・フランドル様の次女のオドレイ・フランドル様でございます」
そう答えるのは弱気そうな青年である。どうみても鎧の青年の従者である。
「ふん、当主もなにも、俺はもうじきこの領地を出て行ってやる。こんなロクな戦もなく、商人どものいいなりになっている所ではなく、数多な戦場を駆けていずれはここに匹敵するほどの領主になってやる」
鎧の青年はそう悪態を付く。
「し、しかし、ドミニック様に知られたらお叱りどころでは…!」
「ジジイが怖くて傭兵がやれるか。既に兵は集めている。おいルスール。怖気づいてジジイに知らせるなよ?」
ルスールと呼ぶ青年を睨みつける。その眼光に怯えるルスール。
「し、しかし、マルストフ様…」
「くどい。まぁいい。僅かな間だが、顔見せと名乗りぐらいはしていてもいいだろう。行ってくる」
鎧の青年こそマルストフ・ドロール。フランドル家の重臣であるドミニック・ドロールの孫であった。
彼は父に憧れ、自分も立派な騎士になりたいと願っていたが、戦死。そして歳を重ねていき、自分の当主が、彼の望む戦をやりそうもないという事に気づく。
幸いに、ドロール家には自分と弟がいる。とりあえずは今は爺であるドミニックがドロール家当主であり、彼が死ねば弟が継ぐ。彼はそう思い、放浪の旅に仲間と出る事にしたのだ。
だが、決行日のその日が来るまではフランドル家に忠誠を誓う騎士でなくてはいけない。よって半ば業務的に彼は二女へ挨拶へと来たのであった。
「なんだクラリエル。去勢を知らぬのか。去勢というのはだな…」
「うん、うんっ」
だが、彼を待っていたのは五歳児がする内容ではない混沌とした内容の話の真っ只中であった!
「なに話してんだー!!?」
この出会いこそが、フランドル家。そしてクレアシオン界にとって意味のある出会いであった。
次は13日頃に投下予定です。