第5話 父の能力値は統率57 武勇51 知力47 内政49です。
「さて、今日はなんの本を読もうかの」
意気揚々と私オドレイは屋敷の書庫へ向かう。
幼少の頃から行き慣れた場所であり、よくここに所蔵されている本を持ってきては母上に読んでもらうのが日課であった。
「オドレイ様、今日はどういった本をお望みで?」
「そうだのぅ…収入証紙が本命なんだがの…」
「そ、それはまた…難しい物をお望みなんですね」
クラリエル・ペシュラーなる小娘がその凛々しい顔を歪ませながら私の答えを返す。
このクラリエル・ペシュラーは、城下の商人の娘であるが、母親が私の乳母という事もあり、私の世話役兼従者兼乳姉妹である。
クラリエルは生まれついて目が見えにくい病にかかっており、眼鏡という物がよく見える2つの丸いガラスの道具を耳に掛けているのが特徴的で、髪の毛が緑色という印象的な特徴も備えている、
物心付く頃から…私の場合は最初からだが…一緒だった為、忠誠心は疑うところをしらない。
そんな訳で書庫。本棚がいくらかあるが、前世の書庫と比べれば少ない。前世の紙と違い、ここの紙は些か本にしにくい材質だからであろうか?
「…ただ本を読む者が少ないだけかの?」
「はい?なんですか?」
「昔を思い出していのじゃ」
おっと、いかん。口に出していたか。まぁいい、既にクラリエルには<夜伽>の時にいくらか前世について話をしている。狙い通りまだ色を知らぬ無垢な幼子で手篭めにしやすかった
しかしながら、私も少女趣味があったのでは、と疑う部分も垣間見えた。初夜は熱が入りすぎた。
「あちらは、本で使われる素材が羊皮紙ではなく紙だったのですか?」
「うむ、領主や当主が出す文章は紙で、それ以外の商人や僧侶も紙じゃの」
「それは…なんとも贅沢な…」
「あー…でも1度書かれた紙の裏側使った物だったりいつも新品使ってた訳じゃないぞ?」
この世での紙はあちらよりは数がとても少なく、よって動物の毛や皮を使った紙を使用している訳である。
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「ふむ、やはりないのぅ…収入証紙」
その後、二人で書庫を探すが、<面白い物>がいくらかあったが、お目当ての物はついに出てこなかった。
「そういうのは政務室にあるのではないのでしょうか?」
クラリエルも一緒に探して、埃が頭についている。
「うむ、そうであろうな。やはり行かねばならないかのぅ…」
私はクラリエルの頭についた埃を払いながら言う。
「なら、私が」
「いや、見つかった時の場合に備えて私が行こうと思う」
クラリエルが申し出るが、私は即座に見つかった時のリスクを考え、自分が行くことにする。
「ですが…」
「お主が見つかればここから出て行かざるを得なくなる。そうなれば困るのは私だ。私を一人にさせないでおくれや…」
「…オドレイ様…」
おうおう、まるで恋する乙女のように顔を赤くするとは、愛い奴、愛い奴。
おっと、いかんいかん。私までその気になってどうする。武田ではないのだからこういうのは夜伽以外はしないでおかないと…。
とにも角にも、私は心配するクラリエルをなだめて執務室へ向かう。幸い父上は出かけているし、他の家臣達も出払っている。よしんば見つかっても怒られはするだろうが、それ以上の面倒な事にはならないだろう。
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「なるほどの…」
かくして執務室に忍び込み、目当ての収入収支の証紙が出てくる。
前世と土地も気風も民もちがうものなので、はっきりとは言えないが…普通と言えると思う。
そう、あまりにも普通。商人達からの賄賂もあるが、まぁ許容範囲と言えるし、税も高くはない方だ…とは思う。
だが、民の余剰分が分からない状態であるし、また経済で繁栄していると言っておきながら物流を把握しているとは言い難い状態である。
この世の国主は自分の領地から年貢(食糧=麦)をとって、かつ家臣達から金を徴収するという仕組みだ。最もそこに商人達からの献金もあるだろうが…。
ともかく、自分の領地においてどれ程の年貢が取れ、また民達の生産力は如何程なのか、そして家臣達の収入はいかほどか…まぁ家臣の場合は反感を買いかねないから容易には手を出せぬが…。
こうしてみると、前の世の父 氏親はなんと名君であったかが身に染みて分かる。
混沌とした領民の揉め事の解決法をまとめた仮名目録 の制定を始めとして、跡を継いだ私が苦労する程の名君であった我が父氏親。それに比べればこちらの父は足元にも及ばぬが、それでも後方の城主は任せられる程ではある。
「さて、戻るか…」
できればこれらの書類は持ち帰りたいが、流石にまずいと判断し、戻ることにする。
「お、オドレイ様?そこでなにをしてられるか」
ふいに声をかけられる。
おおおう!?しまった、バレてしまったか!?
「ここは子供の遊び場ではございませんぞ!!」
って誰かと思えば爺やではないか…。驚かせおって、寿命が半年減ったぞ。
「なんだ爺やか…父上かとおもったぞよ」
「父上に知らせたくなければなにをしていたかお聞かせ願いたいですな!」
爺やと言われるこの爺やは、ドミニック・ドロール。あの宗滴似のトリストルより年を取った老人であるが、フランドル家の重臣であり、重鎮である。織田家の平手のような人物であり、ガミガミと小うるさい爺やである。
「なに、何か面白いものがないか調べていたまでじゃ。ここは紙と文字しかなく、退屈じゃ」
とりあえず、年相応の言い訳でもってこの場をやり過ごそう。
「そうでございましょう。5歳の女子が来る場所ではございません。ささ、クラリエルの所にでも…」
「うむ、そうするぞ」
ドミニックは私の機嫌を損ねないように丁重に外へ誘導する。
「のう、ドミニック。父上はこの領土を良く治めているかの?」
だが、私はあえて政治の話をする。ドミニックはすれ違いざまに声をかけられ、若干驚いたような顔をしている。
「は?そ、そうですな。あなた様の父上ジェロイク伯はこのブルージュを初めとする領土をよく治めており、フランドル領は押しも押されぬ伯爵領でございます」
ドミニックは答える。まさかそなたの父上の政治手腕は中から中の下ぐらいです。とは言えんだろうな。
「しかしのう」
私は真っ直ぐにドミニックを見つめて言う。
「民はその事に感謝や信頼を得ているのかの?」
禅問答の如く、それを尋ねる。
「か、感謝…ですと…?」
「ええ、領主の仕事は川があふれないようにする工事や領土中の決まり事を決めたり、外の領主が攻め込んでこないようにするのが仕事じゃないのかの?」
つまり、領主もとい国主なるものの仕事とは治水・法度・守護ではないか。と。
「…それらをしていれば、おのずと民は王に従い、慕われ、感謝するのではないのかの…と訪ねているのじゃ」
私は微笑むように言い切る。最も、これをしたとしても、民というものはしたたかで狡猾な存在。
力がこちらにあれば従うが、なければ牙を剥く。扱いには重々気をつけねばならない。
だが、爺やの顔には汗が見えるような気がする。やりすぎたか?
「と、本に書かれてたのじゃ~」
そんなときは童の特権である笑顔でごまかす。あからさまに爺やの顔つきが緩む。
あまり能力があるところを見せると逆に「妹様に逆心あり」といわれてしまう。そうなれば尼になるしかなくなってしまう。
そんな訳で私はそのまま部屋から出て行く。これを他の家臣に二・三回行えば「オドレイを他家の嫁にではなく、騎士として」という声にも繋がるであろう。かつ、上手く演技をすれば「姉様より妹様の方が御しやすい」と家臣達に思わせれば、次期当主となるのも夢ではない…が、そう容易くはいかないであろうな。
どっちにしろ、姉上との対決は避けられぬであろう。どのような対決となってもいいように、私の家臣団の形成は急がねばならないだろう…。