第3話 魔法も、野心も、あるんだよ
「アデライトお姉さま、姉さまは魔法というものを使えるのですか?」
屋敷内のアデライトの自室において、妹であるオドレイがそう尋ねる。
「ええ、貴方も使える筈よ」
アデライトと言われた女性…歳は14歳を迎えていた。本来であるなら、彼女はオーランス王国の王都<ルーアラス>の『ルーアラス大学』へ寮に泊まり込みで勉強している筈なのだが、今は丁度春の為休暇中であった。
14歳と言えば、中学生の2年頃であるが胸あたりの発育が妙にいいのである、が、アデライト・オドレイ共に現代知識を持ち合わせておらず、かつ同性で家族なので特に特別な反応は何もない。
「どうするのですか?アデライトお姉さま」
オドレイは目を輝かせて尋ねる。
「体内には魔力という力があるわ、あなたにも私にも、お母様やお父様も、生きとし生ける者全てに血が流れているように、魔力が流れているの。でも、それを使うには魔力を感じる必要があるの。正しい流れを掴めないと火を出しても自分を焼く事になるわ」
姉アデライトはそう静かに妹を諭した。
その後、だったら見せてください!と妹がダダをこねたので、優しい姉は中庭へ出て実演を披露してくれた。
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「猛る火よ、集いて赤き炎となれ!ファイア!」
中庭、それも花壇やバラ園ではなく、周りに何もない空いた原っぱのところで、姉は一瞬の間があったものの、その<魔法>を唱えた。
ぼぉぉと、勢いのいいたいまつの炎のような火が何もない空間に現れ、そして一瞬のうちに消えてしまった。
「す、すごいのぅ!」
私は子供のように(名実とともに子供であるが)それを見て驚く。いや、本当にすごい。元の世界の陰陽師とは違い、ここの術は本当に出せるのだ。
「でも、オドレイ。まだ真似してはいけませんよ?」
「うむ、心得た」
「…でも、オドレイ。試しに胸に手を当てて目をつぶって魔法が出るか試してみる?」
どうも姉は私の返事に信用ができないらしく、実際に使わせようとした。
実際になんの知識もなく魔法を使えばどうなるかを身をもって教え込ませる気なのだろうか。確かに今の術を部屋でやれば火事は免れまい。ここでなら使っても大丈夫という訳か。
「こうですか?」
と目をつぶってみる。
「ええ、それで魔力の流れを感じることができますか?」
姉は事もなげにいう。大体魔力というものがどういうものなのかわからぬ今、そんな事ができる訳がないではないか…。
と、そこまで思うと、今私は5歳になったという事実を思い出す。
まだ7歳にもならぬ童に、魔法という術はまだは早いという訳か。
うん、まぁまだ年もいかぬ童に教えても流行り病にかかって死ぬかもしれぬという理由であろう。ならば無理に学ぶ事もなかろう。死ぬ気はないが。
しかし、このアデライトという女子。自分が当主となるという意識はあるのであろうか…。
どうにも、当主になるには優しすぎる印象がある。これでは家来のいい傀儡になるばかりである。
そして、この女子自体がそれを気が付いておらん気がしないでもしない。…人を疑う事ができない。そんな印象がある。
もし尼として生きるのであれば天性やもしれん。あるいはただ他の大名へ嫁へ行かせられるのなら婿殿の愛を一身に受けられるであろう。
しかし、あくまで当主として、大名として君臨するのであれば。
<優しすぎる><人を疑えない>というのは致命傷以外の何者でもない。
大名として生きるのであれば<狡猾><非情><繊細><豪胆>…それらが必要である。だが、この姉からはそういったものを感じられない。
…感じさせないように演技をしているように見えない。この義元。人をみる目はあると思うが、見破れないのか、それとも元からないのか…。
「オドレイ?大丈夫ですか?」
おっと、いかん。思考を巡らせていて術の事を忘れておった。
「ええ大丈夫です。お姉さま。でもやはりオドレイには少し早いようですの…」
「ええ、気に病む事はないですよ。さ、戻りましょう。もうすぐオドレイは家庭教師の方とお勉強の時間ですからね」
アデライトという姉は静かに、それでいて優しい笑顔で言う。
嫁として考えれば、これほど良い女性はいないであろう。しかし、それでは駄目なのだ。
…姉はそれをわかっているのであろうか?そして姉に当主の座を譲ろうとする父も。
そうでなければ…私は、今川 義元が転生した理由は。
それを<正す>事にあるのではないのだろうか…?
まだそれを決め付けるにはこの現世を生きてはいない。まだ私は5歳の童でしかない。
…ともかく今は師のところへ急ぐしかあるまい…。
史実でのフランドル伯…ベルギー・オランダのネーデルラント地域に実在していた伯領であり、経済的に強力であったが、女領主が続き領主の力が失われ、かつフランスの干渉により弱体化していきました。




