第1話 死去、そして転生
「天は奴を選ぶか」
私は静かにそうつぶやく。
眼前に広がるのは戦場、皆槍や刀でもって乱戦を繰り広げている。
戦況は芳しくない。いや、もはや負けともいえる状況であった。
こちらの戦力は3万に対してあちらは5千、だが敵はこちらの動きを狭める為に、こちらの拠点となる城を囲むように砦を設置し、その3万の軍勢を可能な限り分散させ、総大将である私が率いる本隊の動きすら狭めた。
…敵の狙いは地形を利用した後方への奇襲。3万もの軍勢である。消費する食料は膨大で、折りしも飢饉の続くこの時代の6月。後方を脅かせば士気を保つ事は危うい。そして何よりも本陣であるここが襲撃される可能性もある。いや、現にこうして襲撃されている。
だが、私はあえてその相手の策に飛び込んだ。重ねて言うがこの飢饉の時代、もはや春秋時代の如くの乱世の世である。戦をすれば滅ぼすか滅びるかの二択である。
ならば、私が体現してみせよう。今までしてきたように、今回もまた体現してみせよう。
私は戦が苦手だ。良き師にめぐり合わなければ私は僧として、戦に苦しむ民たちを救う為に説法を繰り返して、そして平穏に死ぬであろう。
その生き方もよかったのかもしれない。だが、私はもっと多くの人間を救いたかった。
故に、大名となりて天下に法を敷き、太平を築きたかった。
「しかし、天は奴を選んだ」
再び私はそうつぶやく。
相手は銭についてよく知っている。今は内乱が続き、力を付けられずにいるが、今に天下を手にすることもできるであろう。
だが、奴は、あまりにも能力がありすぎ、かつ地位は低い。守護大名の家臣の家臣であった家である。天下を望めば荒れるであろう。将軍やそれに順ずる名家達、ほかにも武田や北条、上杉に毛利、敵対すれば仏すら斬るやも知れない。
天は、それを望む、か。
それも悪くない。と静かにつぶやくと自然と笑いがこみ上げてくる。
自分は今から死ぬと言うのに、まるで自分の息子のように期待と心配がこみ上げてくる。
そういえば実の息子は無事に生きられるであろうか。この戦で私が死ぬとなれば、武田は手のひらを返して攻め入ってくるだろうし、松平も故郷へ帰れば独立するであろう。
なぜなら今川家は私と師による統治支配。力ある者が力によって万民家臣を治め、支配をする。故に家臣らは補佐する程度の能力にとどめていた。師亡き今、今川家は私のみで支えている現状、私が死ねば全てが裏目に出る事になる。
子・氏真にはあいつなりの才がある。武家としてはやってはいけないが、運が向けば公家として名を残すやも知れない。
眼前に敵の兵が躍り出る。
死ぬとわかってもなお、ただで首を取らすのも癪である。服部と名乗る兵に切りつけた。
しばらく、目の前の兵達と戦うも、すでに主なこちらの武将は討ち取られている。もはやこれまで、か。
と、思考をしていたら、案の定槍で刺されてしまった。
槍を刺した者は毛利良勝と名乗る者。先ほど斬りつけた際に指を何本か落としたが、無駄だったらしい。
「見事なり」
私は血が滴り落ちる槍を引っこ抜き、静かにその場所に座る。もはや力はでない。ならば武士らしく腹を切ろう。
「介錯し、この首を信長殿に届け、手柄と致せ」
私の声に、毛利良勝は刀を構える。
歌を詠む気にもなれず、ただただ残念である。私も天に選ばれたかった、それだけである。
私は手に持った脇差で腹を掻っ切り、そして毛利良勝から刀が振り下ろされ、視界は闇になった。
切腹というのも、中々痛いものだ。
こうして、私、今川義元は死んだ…のだが…。
「おぎゃーおぎゃー」
気が付いたら赤ん坊になっていた。
どういうことだ、これは。何なのだ、これは、どうすればいいのだ、まるで訳がわからぬ。誰か説明してくれ。