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第九話 暗闇の中で、祈る

 どれくらい眠っていたんだろう?

 夜明けを感じられないせいか、相当長く眠っていた気がする。それに、今こうして眼を覚ましても辺りは真っ暗だ。一日寝て過ごしたのかもしれない。

 さすがに寝すぎて疲れた。重い身体に力の入らない腕、そこで気づいた、寝かされているものはいつもの布団ではないと。薄汚れた硬い布。それは身体が痛くなるわけだ。

 しかし何故こんなところに?

 寝ぼけた頭でいろいろ考えるも、なかなか思い出せない。

 喉が渇いたので水でも飲みに行こうと立ち上がろうとしたところで気づいた。

 足につながれた鎖。辺りを見回せばこの暗さが時間による暗さではなく、建築物の生み出す暗さだというのも分かった。通路の奥のほうでぼんやりと元素灯が照らしているらしく、ここにはそのあかりしか届いていなかった。

 何故こんなところに?  勢いよく立ち上がると、目の前にある鉄格子を力いっぱい握り締めて揺さぶった。

 何事かと気づいた見張り兵が駆け寄ってくるのが見える。

「どうした、やっと目覚めたか」

「あ、あの、なぜここに?」

「術殺と聞いたぞ。明日審問だ」

「術殺……?」

 術殺とはそのとおり、儀術を使って命を殺めること。私はその罪で投獄されているらしい。そして明日が審問だと。

 何も言い返せず、冷静に思い当たる理由を考える。しかし頭が痛むだけで記憶は沸いてこなかった。訳が分からない。

「審問があるとはいえ術殺となると大抵は処刑だ。若い娘が残念なことだな」

 言葉が出ない。せめて何故ここにこうしているか、術殺以外の理由が分かればせめて……

「最後の晩餐の献立を聞こう。食べたいもの何でも言え」

 唐突にそんなことを言われるものの、頭にはお母さんの作る生魚のサラダが思い浮かんだ。あれが一番好きだ。お母さんが作ったものじゃないとだめ。そう考えたところで、急に家族の顔が思い浮かんだ。

「とくにない……」

 家族に何と言えばいいんだろう? 術殺の理由を教えて欲しい。

 漠然とした闇に心が塗りつぶされる。重く苦しい。

「そうか」

 それだけ言うと兵士は一旦離れ、飲み水を持って再び現れると、そのまま去っていった。

 ええと、確か王城で働いていて、アカデミアがあって、それで。

 何とかそこまで思い出したものの、大事なことを忘れてる気がしてならない。

 そもそも何故王城で働いていただけの自分がこんなところに術殺の罪で投獄されているのか本当に分からない。兵士もそれ以上教えてくれる気配はなかったし、与えられた水をちびちび飲みながら必死に思い出そうとした。

 この暗闇の中だと、どれくらいの時間が経過しているか分からない。当然時計もない。考え続けることでわずかながらに記憶は戻りつつあるけれど、まだそれはもやに包まれてはっきりとしない。

 審問、そして処刑。何にせよここにこうしているということは、残された時間は少ないということにもなる。

 何故こんなことに、どうして?

 重くのしかかる空気。あまりに漠然としすぎていて、運命に抗う気すら起こらなかった。

 どこか頭の片隅でこれが夢なんだと思い込ませようとしている。


 眠りと覚醒の狭間をさまよいながらぼんやりとしていると、誰かが呼ぶ声がする。

「メリル、メリル」

 鈍っていた記憶回路に勢いよく活が入れられたような感じだった。

 聞き覚えのある声。手に持ったランプがその姿をぼんやりと照らしている。食事を持った侍女、それはマーレだった。

 ゆっくりと立ち上がって鉄格子に近づくと、マーレは手に持っていたランプを足元に置き、そっと手を差し出してきた。

「本来ならばこれくらい素手で折り曲げることはできますが、さすがにそのようなことは出来ません」

「そんなことしたらマーレまで危ないから、絶対しちゃダメ」

 力強く鉄格子を握った手を解き、こちらに差し伸ばしてきた。自分もそれに答えるように手を出しだし、お互いに触れ合う。マーレの表情はあまりはっきり見えない。すたっと屈むと、鉄格子の下のほうにある食事を渡すための小さな窓から、おかゆ、サラダ、焼いた魚の乗ったお盆を差し出してきた。とりあえずこちらに引き入れ、受け取る。

「実は隊長も投獄されています」

「へ、隊長って、イライアスも?」

「メリルは術殺だと伺ってます。隊長の罪状も同じだそうです」

「何で二人で同じ罪に……それに私はここに来るまでの記憶を失ったみたいで、未だに思い出せないんだ。何がどうなっているかさっぱりわからないから、冤罪なんじゃないかって」

「昨日の夜はすっかり熟睡していて、まさかこんなことが起こっているなんて思いもしなかったです」

「私だって分からない。どれくらい時間が経過してるのかすら……」

「翌日の晩です。明日が審問と聞いています。何とかします、必ずや」

「無理しないで、もし助かる見込みがあったら……イライアスを助けて、私にはたいした力はない、お願い」

「そろそろいかないといけません、必ずや」

 再び手を差し出してくるマーレ。指を組み合わせ、きゅっと握った。暖かくてしっとりしている。

 惜しむように手を離すと、ランプを置いたままマーレは去っていった。もって行かなくてよかったんだろうか?

 あまり食欲はなかったが空腹は感じていたので、とりあえずマーレが持ってきた食事をお腹に収めた。皮肉にもマーレを家に寝かせて翌朝に出したメニューと同じだった。

 まさかお城で働くことになった娘が投獄されて明日にでも処刑されるなんて知ったら、みんなどう思うんだろう。

 さすがに申し訳つかない。


 いつの間にか眠ってしまったのか、全身けだるかった。鉄格子を開ける音で目が覚めた。

 そうか、ついに審問、そして処刑されるんだ。

 力なく起き上がり鉄格子を見上げる。兵士が立っていた。

「行くぞ、来い」

 足の鎖を外されるとそれが手に付けられ、足早に廊下を歩かされる。他のところに人が入っている気配はない。やっぱルイアスって平和だったんだなと思った。

 案内された部屋はさして広くもなかったけれど、所々におぞましい器具の置かれた部屋だった。

 これは拷問室だ。もしかして……

 恐ろしい光景が思い浮かんだけれど、審問だと聞いている。頭を振って妄想をかき消した。

 部屋の中央にある罪人を立たせる場所なんだろうか、少し開けた場所に鉄柱が立っており、そこに手首に巻きつけられた鎖がつながれた。

 いやな予感しかしない。

 いつまでこのような状況でいさせられるのか、どうせ開放されたところで待つのは死だ、肉体はおそらく解放されない。

 すこしくらい足掻いてもよかったのかもしれない。そんな元気もわかないけれど。

 首をもたげてただ足元だけ見ていると、鎖のぶつかる音がした。はっとして入り口を見ると、両腕をつながれたいつもの姿のイライアスがいる。

「イラ……イリア!」

 呼びかけてみたが、口先だけ動かして静かに、と言われたようだった。たしかに黙っておいたほうがいいかもしれない。早計だった。

 同じ鉄柱に括られる二人。まさかこんなことになるなんて、想像もしていなかった。

 続いて現れる、裁判官みたいなそれっぽい服を着たおっさんと、どこかで見たような顔。部屋の中には合計六人になった。

 兵士は立ち、それ以外のおっさんたちは机に。

 さあ、何が始まろうというのか。

「罪人メリアレイル・リュノー・アルデーシャ。術殺罪」

 さらっとそんなことを裁判官のようなおっさんが言った。身に覚えはないのに、何だというのか。

「罪人イリア……苗字はないのか? 術殺罪」

 マーレに話を聞いた通りだ。身に覚えがないから何を聞かれたところで答えることはできない。どうなるんだろう。そしてイライアスは?

「犯行は昨晩深夜に発生、王城敷地内にて術殺を犯した罪が二人にはかけられている。では証言者」

「はい。二人は得体の知れない儀術を使って兵士を殺めています。私以外の者は死んだ、だから私の目撃証言だけがすべて。これは事実、証拠は死した兵の遺体、これが明らかに物理的な殺傷で行われたものではない。見ていたから分かる、あれは明らかに術殺。言い返す余地もあるまい。以上」

 証言者といわれた男はそれだけ言うと、腕を組んでふんぞり返った。

 見覚えのあるような顔、そして声。誰だ。しかし、思い出せない。

「今日検死が行われたが、結果は分析できないような死に方をしていたという。さあ、罪を認めてもらおうか」

 分析できないような死に方といわれて、ふとあるものが思い浮かぶ。

 国王様のにせもの。あれは存在が分析できない不可解なものだった。

 それとこれとどうつながりがあるのか、今は考え付かない。

「さすがに証拠が少なすぎる、もっとないんですか?」

「被告がそのような発言をするなどと笑わせるな」

「残念ながらあの場にいた者は私以外命を落とした。証言できるのは私しかいない、発言に嘘はない」

 たった一人の人物のあれだけの意見で私たちは処刑されてしまうのか? あまりに理不尽すぎる。

 イライアスはしゃべらない。もしかしたら本当にやってしまったのだろうか?  まさか。

「さて、二人の処分について。処刑とする。ただし、行う者はこちらで募った任意の者とし、公的な場面では行わないこととする」

 意味が分からない。ルイアスで育って今まで、表立って誰かが処刑にされたという話は聞かなかった。だから言い渡されたことが普通なのかそうでないのか判断はできない。

「処刑はこれから即刻執り行われる。今からだ。命を惜しむ時間など苦痛なだけであろう」

「少し私は失礼しよう、戻ってきたら開始でよろしいか」

 男はそう言って部屋から出て行った。

「イリ……ア……どうして……」

 振り返ることなく地を見たままぼそりと声をかける。

「あとで」

 返ってきた言葉はそれだけだった。どんな表情かも分からない。あとでって何? そんなものはあるの?

 同じ姿勢でいらされているため、身体が痛くなってきた。これからもっと痛い目にあうだろうにと思うとそんな痛みもないようなものだった。

 ふと、突然鼓動が跳ね上がった。それまで残り幾許かの少ない心拍数を淡々と打ち続けていたはずなのに、急に強く、早く脈打ち始めた。 同時に噴出す汗。疲れが取れてなかったのだろうか?  呼吸すらつらくなって荒い息を吐いていると、イライアスがそれに気づいたのか鎖の音がした。

 部屋の扉が開いた。同時に全身を走る神経が劫火で焼き尽くされるような感覚に思わず呼吸が出来なくなり、むせた。

「国王様、こちらが罪人です」

 中に現れたのは先ほどの男と、まさかの国王様。

 苦痛に耐えながら何とか頭を上げ国王様の目を見た。

 身体の中で何かが暴れている。苦しい。思わずのけぞると鎖が鉄柱にぶつかる音が頭に響いた。

「今更暴れようったって無駄だぞ」

 そうだ、この痛みには覚えがある。また、あれだ。

 意識が遠のいていく。このままだと処刑されるより先にこの苦しさで死んでしまう。ああ、何だかまぶしい。視界が白い。まただ。意識が薄れてだんだんと気持ちよくなっていく。

「やはり。どうですか、これが術殺に使われた儀術です。どのようなことがきっかけでこうなるかは分かりませんが、危機的状況に陥ることで発動するようです。このようなものが儀術でないわけがない。もっとも儀術であるとしても未定義のもの。このような術は現在のところ存在しないのでね。つまり被告は資格を有しないで新儀術の研究を行ったことになる。調べでは開発するための資格を持っていないからな、そうだろう?」

「ここに来て罪状追加か。しかし処刑は決まっとる、どっちにせよ一緒であるな」

 突然身体を支えていたものが壊れたのか、全力で地面に倒れこんでしまった。全身に衝撃が走る。

「おい、こやつ、自分で拘束を壊しおったぞ」

「人を殺めるくらいどうということない術、拘束を解くなどたやすいだろう」

「大丈夫なのであろうな? ったく、おそろしいわい」

 揺らぐ光越しに国王様を見上げる。

 違う、これは違う。またにせものだ。見なくても分かる。身体がそう叫んでいる。

 真っ白な光。まぶしさに目が痛みを感じた瞬間、あのにせものが光の糸に串刺しにされてまるで霧のように消えていくのが分かった。

「なっ! こやつ、国王様を殺しおったぞ!」

「メリルさん!」

「くだらない、これはにせもの、本物はこんなことで消えたりなさらない」

 どうやら苦しさの原因は、今消えたにせの国王様だったらしい。ずいぶん身体は楽になり、身軽に立ち上がることが出来た。

「思い出した、あなたの名はアルヴェイ、話が違う……何も言わなければ黙っておくといったあれは嘘だったんだ」

「馬鹿みたいに信じたのか? 笑わせるな、平和ボケというものだそれは」

「おい、今すぐ殺せ、こっちのみが危ないわい」

「殺されてたまるか! デグラードの謎をとくまでは、死ねない!」

「デグラードとは?」

「私が開発した新技術ですよ。今はどうでもいいこと、さて終わりにしよう」

 控えていた兵士たちがこちらに向かってくる。しかし怖がっているのか、兵士は目に分かるくらいには震えていた。

 後ろから羽交い絞めにされ頭に袋が被されられた。奪われる視界、つかむ腕の力は弱い。そんなに私が怖いのか?

 ためしに身体を思いっきりひねり兵士の腕を振り払い、よろけたところを突き飛ばした。

 どうせ死ぬんだ、暴れたってかまわないだろう。

 たいした力を込めたつもりはないのに、袋をはずすと壁に打ち付けられぐったりとしゃがみこむ兵士たちの姿が見えた。

「おい、早くしろといっているだろう!? ならばそっちからやれ、こいつだ」

 おっさんは焦って兵士に指示を出すが、よっぽど痛いのか彼らは立ち上がらない。

「くそ……役立たずどもめ、お前たちもあとで処分だ!」

 おっさんは斬首用の大きな斧を手に取ると、こちらに向かって振り回してきた。その矛先はイライアスだった。突然のこととはいえ、普段から重い斧を持たない人物なんだろうか、重さに振り回されてよたよたと歩いてくる。それを食らうなんて寝ぼけていない限り無理だ。

 手首に一撃を加え、斧を落とさせる。おっさんは情けない声を上げて尻餅をついた。

「馬鹿力が! おのれ、どうせ死ぬ分際で」

「どうする気だ、逃げるのか? 逃げたところで貴様たちは指名手配犯だ。その身を追われ、家族はみな投獄されるだろう」

「家族にだけは手を出すな!」

「兵士を殺め裁判官に傷を負わせておいて、自分の家族には手を出すなと?」

 壁にかけられた鎌を手に、アルヴェイがこちらに向かってくる。

 兵士たちとは違い怯まない、根性が座っている。

「邪魔だ、さあ、処刑を開始しよう。罪人メリアレイル、処刑執行だ」

 ものすごく早かった。動きが。見えなかった。呆然と立ち尽くす。右腕に走るおぞましい痛感に絶叫しそうになった。

 ほとんど感覚のなくなった手先、わずかに何かが滴って濡らしているのが分かる。

「メリルさん、逃げてください! あとは僕が何とかします!」

 恐る恐る腕を見ると、そこに流れているのは青白い光だった。血じゃ、ない。さっきから何なんだろう、これは?

「化け物め、私がこの手で処分してやろう」

 抗うか? しかし抗っても私たちがさらに重い処分に科せられることには変わりはない。それに家族に危害が及ぶ可能性だって十分に考えられる。

 気づいたら鎌で滅多切りにされていた。何故こうも死に直結するような一撃を何度も受けておいて冷静に自分は相手を見つめていられるのか、分からなくなってきた。目の前で真顔で鎌を振り下ろす男、それを見上げる私。肉に鋭い刃物が切り込んでくる感触。そろそろ失血死してもおかしくないはずなのに、身体から流れ出したはずの血は何か別の生き物がごとく地に広がることなく光になって天へ向かって揺らめいていた。

 ふとイライアスを振り返ると、その顔は眼を見開き、こちらに向いていた。そりゃ驚くよね、自分だって変だと思っているから。

「何故死なない、やはり化け物なのか」

「聞いてください、もう痛みすら感じないんです。これ、なんなんだろう、自分でも分からない」

 胸を深々とえぐられる。噴出すのはやはり青白い光。えぐられる感覚はわずかにあるものの、痛みはまったくない。むしろ一種の気持ちよさすら感じる。

「殺すなら殺せばいい、早く! 今すぐにでも、やってみろ!」

「黙れ!」

 振り下ろされる鎌。狙いは首だった。噴出す光。カランという金属が地に落ちる音。

「一つお願いがある」

「何だ」

「私が死なないことを処刑失敗にして、それを理由に家族を拘束したりしないで」

 気を失ってしまったのかまったく動かない兵士たち、高そうな服を失禁で濡らし情けなく部屋の片隅で震えている裁判官。血の1滴すらついていない鎌を落とし、いぶかしげな表情でこちらを見るアルヴェイといった男。

「ならば島流しだ。二人で樽に詰めて流してやろう。いいか、ここから動くな」

 それだけ言ってアルヴェイは部屋から出て行った。それを追ってよろめきながら裁判官も退出する。

 部屋に残された兵士たちと私たち二人。

 静かになった部屋で、呆然と立ち尽くす。

「どうしたら、どうすれば」

 部屋の奥にある死体を流すための水場に近づき、覗き込む。  光を反射して揺らめく水面、どことなく変な顔をした自分。

「おかしなことになりましたね」

「でもこれのおかげで一つ分かったことがある」

 光が出ている部分を水につける。海水だからしみるはず。 当然何ともなかった。

「私さ、前から頑丈な身体だなって思ってたんだ。丈夫っていう範囲じゃないよねこれ、だってあんなにめった刺しにされても血の一滴すら出なければ痛みも感じなくなるし、それにこれ……本当は化け物だったのかな」

「デグラードも効かないわけです」

「驚かないの?」

 イライアスがそばに寄り添ってくる。

 部屋の扉が開いたのはそんなときだった。

「二人とも無事か!」

 この声は!

「国王様!」

 振り返るとそこには苦悶の表情を浮かべた国王様の姿があった。

「二人をひどい目に合わせてしまった、何と詫びていいのか」

 結局私はよく分からないけれど、にせものを二回葬っている。きっとそうした。無意識が勝手にそれらを消した。

「こちらこそ申し訳ございません、組織としてあるまじき状況を起こしてしまい、恥ずかしいばかりです」

「何故こんなことになっている?」

「寝付けなくて散歩に行ったら、アルヴェイという男と国王様のにせものが兵士を殺していた? みたいで、それを目撃したらこんな姿になって、気づいたら国王様のにせものを消してたみたいで、それで術殺の罪で処刑されているところでした。おそらくそれが罪状かと……」

「アルヴェイか」

「僕は異様な気配を察知して城内を見回っていたら、生きている気配のないおかしな兵がいたからちょっかい出したんです。何もしていないのにその兵士がぼろりと崩れ去ったんですよ。それを見られた結果術殺の容疑がかけられてしまいました。あれは何だったんでしょう? 不可解です」

「つまるところやはり裏で活動する組織があって、アルヴェイがそれに関わっていることは確実となったのか。それにしてもえらい早い処刑までの流れだな。このような姿を見せられれば恐れられて処刑されてもおかしくはないが、これは……」

 国王様が手を差し伸べ、光に触れようとする。光の糸は差し出された手に絡みつき、ふんわりと光った。

「化け物なので、処刑されてもおかしくないかなと……」

「ところで二人は処刑なのか?」

「私がこうなっていなければおそらく死んでいたはずです。鎌でめった切りにされたのに、血の代わりに光が」

「みなメリルさんに気をとられて、おかげで僕は無事なようなものです」

「確かこの辺に……」

 国王様は遺体を流すための水路の扉を開く。結構大きい。

「二人には悪いが、直接私が手を下したことにする。見ての通り水路の両端は歩くには低いが通路があるから、そこを伝って脱出してくれ。距離はかなりある。このあとマーレットとアズールに救出に向かわせよう」

 そういうと国王様は落ちている鎌を拾い、何と手首に当て、ああ……

 ぽたぽたと手首から湧き出ては地に染みを作る赤い血液。場所が場所だけに勢いがすごい。そんな、大丈夫なんだろうか?  何故こんなことを?

「早く行け、私は大丈夫だ」

 鎌を落とし、無傷の片側の手で私たちを水路へと押しやってくる。あまり強い力ではなかったが、従わない理由はなかった。

「後日、必ずや」

 それだけ言って国王様は水路の戸を閉めた。

 真っ暗な水路、あの光だけが頼り。しかしすぐに進む気にもなれず、イライアスと手をつなぎあって息を潜める。

「なっ! 国王様、何故ここに?」

 どうやらアルヴェイが戻ってきたらしい。

「死刑囚たちは私が直接裁いた。どのような理由であれ極端に少ない証言者のみで処刑は論外だ。勝手なことをされては困る。それなりの処分を受けてもらおう」

「何はともあれあの化け物が国からいなくなるのならば何でもいい……あとは兵に片付けさせましょう、私は戻ります。国王様もお早めに」

「そうしよう」

 二人の足音が遠ざかり、扉が閉まる。

 水路の天上はものすごく低く、這って出るにはあまりにも過酷そうだった。

 行こう、と二人で見つめあい、真っ暗な水路をひたすら出口に向かって泳いだ。

 海につながる光はまだ、見えない。

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