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第五話 智慧の祭礼

「おはようございます!」

 予定時間より早く侍女たちの詰所についた。侍女頭さんと数人が既にいつもの姿でお茶を飲みながら今日の話をしていた。

「あら早いじゃない。大変だろうと思うけどがんばるんだよ」

「体力には自信あるので、がんばります」

 というより、体力くらいしか自信ない。今となっては大した事ない儀術者の資格を持った、ただの一般人でしかないのだから。

 渡された制服に着替え、テーブルに着く。昨日と違ってスカートだった。ちょっと落ち着かない。

「初めての仕事がアカデミアだなんてね。大変だよ。三日間しっかりがんばらないとね」

 これまで研究者側で三回ほど参加していたから、雰囲気などは分かる。人数の規模や流れなども。


 ルイアス儀術研究交流アカデミアは、年に一度三日間開催され、高名な儀術研究者達がお城から続く王立研究所から学術施設群の範囲に一斉に集い、自分達の研究を発表したり知識を深めたりする、学術的なお祭り。

 お城の中は一階が会場になる。主に交流広場・休憩所的な役割。

 アカデミアに参加できるのはもっぱら上級儀術者以上のみで、あとは学園の優秀な選ばれた生徒と、招待状が届いた人だけ。

 儀術はまだ未開発の領域もあり時折危険な作業も含まれるため、研究実験をできるのは上級儀術者のみで、中級儀術者以下は学園在籍者以外、原則禁止されている。

 学園の生徒はある一定の水準を越えた成績を持つ人しか参加できないけれど、私やラーシャは参加できていた。同じ学年じゃ二人だけだった。

 学術施設群の一部も会場になるが、許可の出た生徒以外は王立研究所や王宮まではいけなかった。


 さて、侍女たちがそろったところで、昨日からあらかじめ行なわれていた準備が始まった。

 お城の玄関大広間に、前日準備されたテーブルがあり、そこにグラスや飲み物を運んでいく。テーブルや椅子は、近侍の男の人たちが準備したとのことだった。

 数度荷台を走らせ、重い酒樽やワインボトルを運び終え、休憩時間が与えられた。

「メリルの手際のよさに驚いたわ。会場の中を知ってるって感じよね」

 実は去年まで参加者でした、って言っていいんだろうか? 何となく黙っておいた方がいい気はする。

「単に体力があるだけですよ」

「頼もしい! この後もしっかりやるのよ」

「はい!」

 アカデミアは昼前から始まり、日が暮れてちょっと経つころに終わる。

 途中で二回ほど交代で休憩があるらしい。あまり無理しないようにがんばろう。


 太陽が最も高くなる時間の少し前に、多くの人々が王宮に集まり始めた。開会式だ。アカデミアはここから始まる。

 それぞれ談笑しながら開会式を待っていた。ふと、ラーシャが国王様が不在であると言っていたのを思い出し、一抹の不安がよぎる。

 これまで参加者側だったからアカデミア会場内部にいる事は慣れもあってか、特にはしゃぐほどの気分ではない。ただ、今年もこの場にいられることに突然決まったとはいえ、どこか安心している部分もあった。

 開会式の司会進行は、王立研究所の所長が行う決まりになっている。そして、途中で国王様が挨拶なさるのが毎年恒例なのに、そこはどうなるんだろうか?

 参加者ではなく給仕という立場の自分は、お城の玄関大広間の隅にある普段は談話室として使われている小部屋に、開会式で壇上に立つ人々と待機することになった。王立研究所の所長、学園長、どちらも見たことある顔だ。面識あるはずなのに、これまでとは全く違う服装であるこため、どうやら気付かれていないらしい。髪形まで変わっているのも拍車をかけているんだろう。去年参加したときはごく太のみつあみを結った、いかにもガリ勉女学生だった。

 特にしゃべることもなく、談笑する所長と学園長の会話に耳を傾けていると、ひときわざわついた声がこちらに向かってくるのが分かった。

「ではこちらでしばらくお待ち下さいませ」

 その声とともに部屋に現れたのは、ラーシャと、何と国王様だった。背の高くすらりとした佇まいに、まだこの季節には暑そうな重厚な長衣、広がる波打ったような長い髪。

 あれ? 国王様は海外にいらっしゃるはずだから、今回は参加なさらないとラーシャが言っていた。それなのに何故、急な予定変更だろうか?

 一国の主を身近にして、思わず緊張して指をピンと伸ばした。国王様は優雅に歩き控え室に入ると、こちらにぺこりとお辞儀をする。予想外の状況に何故か鼓動が早くなり、手先が震え変な汗をかいた。ちょっと緊張しすぎじゃないだろうか。

「これはこれは国王様、おはようございます」

 所長が立ち上がり、学園長も立ち上がってお辞儀する。侍女たちも一気にお辞儀したので、自分もそれに合わせて頭を振った。

 おかしい、朝がんばりすぎたのか、頭を少し振ったらとんでもないめまいがして力が抜けそうになりふらついた。がんばって踏ん張り、何とか背中を伸ばす。

「今年も大盛況でうれしい限りですな」

 笑う二人。国王様はにこやかに微笑んでるだけで特に何もしゃべらなかった。

 国王様のお姿を拝見できるのは、一般市民だと夏至のルイアス島全体のお祭りと、新年のお祭りの時のみ。アカデミア参加者はその時にもお会いする事ができるが、いずれも遠い位置にいる存在という感じで、お近づきする事はできない。

 その国王様が、今、数歩先の手で触れられるくらいすぐそばにいるのだ。

   緊張した。これまでにないくらい。変な汗をかいて指先を濡らしていると、ラーシャがそれに気付いたのか、大丈夫? と口をぱくぱくさせてきた。緊張しているだけだから大丈夫なはずなんだけれど、微笑み返す余裕もなかった。

 そのうち所長が部屋を出、開会の挨拶と盛大な拍手が聞こえてきた。学園長も挨拶のため部屋を出る。順を追って国王様もラーシャとともに出て行った。

 国王様がきちんといらっしゃったことに対して、大きな存在が不在のまま執り行われることに疑問があったから、自分はほっとした。侍女たちのみになった談話室で、体を緩めてハンカチで汗をぬぐった。

「どうしたの、疲れちゃった?」

 きょとんとした顔の侍女が声をかけてきてくれた。

「いえ、そんなことないですよ。国王様がすごく身近にいらっしゃるからちょっと緊張したみたいで、ははは」

「メリル、真っ青です」

 マーレまで心配そうな顔をしてそう言ってきた。そんなに言われるほどひどいのか。

「あんたよく動いてたから疲れてるのよ。マーレ、メリルを休憩所で今のうちに休ませてきておくれ」

「はい。行きましょう」

「あ、ああ、す、すいません」

 手をとったマーレは汗で濡れた手に驚いたのか、こっちをじっと見るときびすを返して小走りに歩き始めた。


「メリル」

 マーレは心配そうな顔で、椅子に座った自分のもとにちょこんと座って見上げてきた。

「大丈夫だから、緊張だよ。何でもないから」

 マーレの顔を見つめていれば、あの時みたいに落ち着くんじゃないかと、死を覚悟した夜のことを思い出した。あの夜も散々だった。こんなに緊張しやすいほうだっけ? ひ弱な自分がいやになる。同時にあの晩のことを思い出して、胸に言いようのない何かがこみ上げてきて、思わずうなだれた。突然座り込んでいたマーレが立ち上がり、私の耳周りを覆うように髪を撫で回してきた。なんだろう、触れられた事で安心したのか、スーッと体が楽になっていった。途中で何か言っていたけれど、ぼんやりとする頭には聞き取れなかった。

 少し楽になって頭をあげると、ちょうどその時詰所に誰かが入ってきた。

「マーレットちゃん、こっちにいると聞いて」

 金髪をくるくると揺らしながら現れたのは、まだ見た事のない侍女だった。けれどその顔立ちと金髪ですぐに思い浮かぶ。ルイアスでは金髪は割と珍しい。

「あ、あの時の」

「おはようございます。今日は大忙しですよ」

 数日前雨の中買いだしに出かけた時に、水道施設の付近で暴漢の集団に襲われてた女の子。初めて木刀以外の本物の剣を振り回した恐ろしいあの一瞬。女の子は何とか助かって今こうして無事だ。よかった、本当によかった。世の中助け合い。そしてこの子も侍女だったとは。

「新人の具合が悪くなって付き添ってるって聞いたんですが、まさか」

「二人とも知り合い?」

「はい、お城の侍女仲間です」

 あの晩のマーレの姿と、追い詰められる女の子の姿が再び脳裏をよぎった。

「ね、ねえ、侍女って兵士みたいなこともやるの?」

 あまりに謎だから、思い切って聞いてみた。二人はぽかんとしている。特にマーレは本人曰く正当防衛だが、紛れもなく戦っていた、服装も違う。この子も剣を持っていた、マーレの同類だ。となると侍女がそういうことをやらないとはいえないのではないかと思った。

「いいえ、侍女の仕事はお城の事のみです。申し送れました、イリアといいます。マーレットちゃんからお話は伺ってますよ、メリルさん」

「お話?」

「と言っても、夜中倒れたところを助けてもらって一晩お世話になったことと、イヤリングの片方を渡したことだけです」

 あの死体の山の中で一人情けなく震えていた事は伝えられてないといいな。あれは恥ずかしいし、悔しい。忘れたい。

「さて、そろそろいかないとご挨拶が始まってしまう。見逃せません」

「あ、待って、もう平気だからいくよ」

 立ち上がりイリアを追いかけて、マーレとともに小走りで歩く。

 人の多い大広間は、しんと静まり返っている。壇上には国王様の姿。ギリギリのタイミングだったらしい。

 国王様がゆっくりとお辞儀をすると、観衆達もお辞儀をした。

「皆様、今日はお集まりいただき、ありがとうございます。儀術の大いなる発展のための研究を日々行われている皆様が、今日も深くそして新しい智慧を得られることを願っています」

 突然力が抜けた。膝を付く前に素早くマーレに抱きとめられる。何なんだろう、国王様の声を聞いた瞬間から、体に力が入らない。それに、血液が体の中で沸騰するように踊り狂う、そんな不気味な感覚が。人は緊張や疲労が重なるとこうなるのかな?

 国王様がお話しているため、口をつぐんでそれを聞こうと集中するが、だらだらと冷や汗が流れてくる。

 挨拶は終わり、盛大な拍手が起こった。突然具合の悪さが風に吹き飛ばされたかのように消えていった。壇上から国王様の姿が消えると、自分はマーレとイリアに強引に腕を引っ張られるようにして再び詰所に戻った。

「メリルさん」

 まじめな顔をしてイリアがこちらを見つめてくる。何だろう?

 こんなに具合悪いようじゃ使い物にならないから、休んでおけとでも言ってくるのかな?

「うーん、こういっちゃ失礼ですが……」

 ああ、何だろう、胸が痛い。せっかく新しく得られた仕事だったのに、初日からこれじゃあ……

「すごく面白いお体をお持ちのようなので、手伝っていただきましょう」

「先ほど軽く処置しましたが、効いていないようです」

 二人は予想外の発言をした。椅子で体を落ち着けながら話を聞く。

「そもそも私と出会ったあの晩も、顔だけでは死んだようでした」

 ああ、あの日の晩の事は話題には出さないでくれ! そもそもあの晩と今日と何の関係があるって言うんだろう?

「た、ただ緊張しやすいだけだよ!」

 と、無理に言ってみる。度胸だけはあったはずなのに。

「メリルさん、これ内緒話ですよ? あの国王様はおそらくにせものです」

 イリアはにっこり笑うと、口の前で人差し指を立ててそう言った。国王様がにせものだなんて、何を言っているのか分からない。しかし、すぐにラーシャが昨日言っていたことを思い出した。国王様は海外に行っているので不在だと。

「突然お帰りになるなんておかしいでしょう。それにお付きの護衛がまだ戻っていません。今朝になって一人で天馬の庭にいらっしゃったそうです」

 急な話に頭が混乱しそうになる。

「出発が長雨の中の七日ほど前です。何の事情でシャルロットまで視察に行ったかは分かりません。アカデミアが終わる翌日にお戻りになられるという予定も疑問でした。いろいろと不審だ」

 やっぱりこの二人、ただの侍女じゃなさそう。そっちの方が違和感はない。

「にせものを目の当たりにしてから、メリルの様子がおかしいです」

「ではそのまま様子を見てますので、マーレットちゃんは会場の様子を、メリルさんはどうしましょう?」

「今日から働き始めたんだ、だからあまり勝手とかそういうものはよく分かんないかな? アカデミアのお給仕が自分がやらなくちゃいけないこと」

「メリルさんは、まだ現状原因がはっきりしていないので、気をつけてください。なるべく国王様に近寄ったりしないで、怪しい奴がいたら離れてください」

 イリアはそういうと胸の前で手を合わせ不思議な言葉をつむぎ、そっと私の頭に触れてきた。突然あの不快感がろうそくの火が消えたようになくなる。何だろう? 初体験だ。

「応急処置は完了。さて、アカデミアが平和に終わるように気を引き締めていきますよ!」

「分かりました」

 平和に終わるように、気を引き締める? それは近衛兵の仕事では? それに決まった人物しかいないアカデミアで警戒するようなことが思い浮かばない。命を狙われている人でもいるのだろうか?  それともこれまで自分がのん気に参加しているだけで、舞台裏は大変だったんだろうか。

 すっきりとしないまま開始されたアカデミアでの仕事をするため、玄関大広間へ戻り持ち場に着いた。ひとまずは飲み物の管理だ。常に新しいグラスをテーブルに並べ、飲み物を切らさないように管理し、使われたグラスを下げて洗い場まで運ぶ。それの繰り返し。


 それにしても久々で懐かしい光景。見知った顔も多い。

 去年私は教授に言われて、ある研究について論文をまとめた。第一元素の合成に関する研究で、そんなの研究している人なんていないみたいでそれほど注目される事はなかった。そもそも第一元素の合成なんて、誰も思いつかないらしい。第一元素というものは勝手に自分が名付け、提唱したもので、地水火風の四つの元素をさらに分解した四つの元素のこと。これまでの儀術は自然四元素と、術を起こすための三大術組成元素で構成されており、実用・研究されてきた。自分が研究しているのは、自然四元素をさらに四分割し、新しく定義された霊素で術を組成するものだから、未確立の定義になる。

 そもそも自然元素の分解なんて、何が起こるか分からないから誰もやろうとしない。教授曰く普通の人はそんなこと思い付きもしないだろうし、自然元素を分解できることに普通は気付かないと言っていた。研究する人が他にいないからこれ以上進まないし、自分がやらないことにはどうしようもないのが現実。当然研究結果もまだまだ謎が多い。取り敢えず弱元素は合成できるようになった。それから卒業したからなあ。本来なら研究所に入って中元素以上をやりたかったんだけど、当然あれ以来さっぱり進んでいない。

 城内は交流広場・休憩所なので、雑談をしている人たちが多い。展示物は王立研究所、発表会は学術施設群の講義堂行われる。すっかり体調はよくなったので、与えられた仕事をしっかりとこなすことができた。


 数時間後、侍女頭に休憩するように言われ、しばしの自由が与えられた。お給仕は自由に会場内を移動できる。いい機会だ。

 仕事をしながら実は発表会の時間割を下調べしていた。休憩時間がいつだとは分からなかったので聞きたい物を聞ける望みは薄い。とりあえず急ぎ足学術施設群の講義堂へ向かった。今日は新儀術の発表があるらしい。運良く聞ければいいのだけど。

 公議堂には多くの人が集まっており、発表の真っ最中のようだった。

「ある物質を別の用途の物質にする事に関しては既存の儀術の追随を許さない事でしょう。他に製紙・油脂精製・薬剤調合などに利用できる事を確認しております。他の用途では、食肉用動物の屠殺技術でしょうか。術により屠殺を行うため、商品への痛みも少なく、効率良く食肉を作る事ができます。これらの儀術の詳細は、後日公開予定のフィネリキーアに掲載されます。御興味をもたれましたら御一読ください」

 どうやら現在発表されている内容は、生活に生かす事ができるものらしい。そんな発言が聞こえた。しかし、屠殺とは何なのか。意味が分からないわけじゃない。食肉を得るために何らかの術でそれを行う必要はあるのだろうか?

 儀術書フィネリキーア、興味ある。図書館に寄贈されるだろうから、それを待つかな。

 発表会は終わったらしい。たいして聞けなかった、残念だ。次の発表をまとうか、展示を見て回ろうか迷う。人が講義堂から出てくる流れで、自分も一旦外に出る。次の発表まで若干時間はあるが、休憩中にすべてを聞く事はできない。

 学術施設群の広場をとぼとぼ歩いていると、呼び止められた。

「メリルさん、もしかしてさっきの発表聞いていました?」

「あっ、イリア。終わり際だったからほとんど聞けてないよ」

「大事なお話があるので、付いてきて」

「え、ああ」

 イリアに手を握られ小走りで広場を抜けると、そのまま城内の物置のようなところに連れて行かれた。

「とんでもない新儀術が発表されました」

「とんでも?」

「はい。その、即死できます」

「え、待って、即死?」

「屠殺って、それって結局のところ動物を対象にしているだけで、人に使えばどうなると思います?」

「でもルイアスじゃ儀術の対人使用は禁止されてる。やったら投獄だよ。殺人なら処刑確定」

「投獄される前提で使われたら? とまあ、そういう儀術が発表されています。実際のやり方までは発表されませんでしたが、大まかなメソッドは公開されてます。グラヌロメトリアの詳細が分かれば実際に使えますよ」

「……どうしてそれを私に? ただの侍女だよ、しかもなりたて」

「今ある研究をしてるんですよ。メリルさんは言わば興味の対象。実験台になってください。これでも表向きは侍女です」

「ええ?」

「多少は苦しい事はあると思いますが、これも仕方のないことですが、気になさらず」

 実験台って、そんな、何故?

「と、とりあえず、その新儀術についてちょっと説明してよ」

「分かりました」

「新儀術は、『生命元素の活動と停止の操作儀術』だそうです」

 なるほど、既に最初のお題から危険な感じだったんだ。

「まずは生命元素・エーテルについて。端折りますが、エーテルについての既知の解説です」

 エーテルと言えば、生命を決定付ける元素。例えば、人が生きていて、物理的世界の身体と精神的世界の魂があるなら、その二つの世界のつなぎ役をする形而上のもの。体力と同じで減っていくといろいろときつい。

「今回発表された新儀術は、このエーテル自体を人為的に操作する儀術だそうです。例えば、現在一般で使用されている治癒儀術などは、このエーテルを周囲から術対象に呼び寄せる事によって生命活動を活性化させ、治療するもの。ルイアスでは使われていないようですが」

 こういういかにも御説明な話を聞くの、かなり久しぶりだ。私は治癒儀術に関してはほとんど知らないから、聞く価値ありだ。

「とまあ、治癒儀術リメディオ・トゥスの解説が行われています。ここも端折りますね」

「うん」

「では、意図的に対象のエーテルを術で第三者が操作する事ができるか。今回の発表の焦点はそこですね。リメディオ・トゥスにくらべてこちらの方がグラヌロメトリアは単純なんだそうです」

 意図的に対象のエーテルを操作する方法。もともとリメディオ・トゥスついて詳しくないから、その方法は具体的に思い付かない。

「これまでこのような研究を記した論文・書簡はごさいませんでしたが、今回、儀術名をデグラード・トゥス、それらの研究をまとめた儀術書をフィネリキーアとするそうです」

 新しい儀術の名前はデグラード・トゥス。その技術書がフィネリキーア。

「デグラード・トゥスは、エーテルを操作する儀術で、四つの自然元素を分解した新しい元素、三大術組成元素のすべての元素に呼び掛け」

「待った、今何て言った? 自然元素を分解した新しい元素って言わなかった?」

「ええ、言いましたけど」

「あ、いやなんでもない、続けて」

「ええっと、それで、生命体とエーテルを切り離します。で、この儀術を使えば、簡単に木材から木炭を生成する事ができるんだそうです。具体的な方法は、第一詠唱でエーテルを切断し、第二詠唱、第三詠唱と続き、完成になるそうです、ちょっと大雑把すぎてよく分かりませんでした」

 木炭か。木炭に興味はないけど、この技術を完全に習得したら、木炭屋として一儲けできそう。じゃなくて。

「木炭はほんの一例で、基本的にデグラード・トゥスは『変化の儀術』だそうで、ある物質を別の物質にする事に関しては既存の儀術の追随を許さない、とのこと。そして最大の懸念点ですが、食肉用動物の屠殺儀術として使用可能なこと、これです」

「なるほど、エーテルを意図的に操作する時点で、それは死を意味する可能性もあると。だけど、そんな儀術は聞いたことがないから研究もされてないんじゃないかな?」

「おそらく今回の発表でされたものが、第一です。知る限りでは、ですけどね」

「で、具体的なやり方は分かるの? もしかして使えたりする?」

「儀術者の資格を持ちませんから、無理ですよ」

「あれ? 詳しそうだからてっきりそっちの人かと思ったのに」

 思わず拍子抜けした。実験台になってくれという話も上級儀術者だから出来るのかな、と思ったのに違うとは。

「大丈夫です、それくらいの知識はありますから。でも知識があるだけで実用できないだけです」

「私も学園を卒業した高等儀術者程度だから、よく分からないな」

「これ、メソッドが分かって使用許可がでたら……」

 やはり不安は拭えない。いくら屠殺と言う言葉を使っても、動物を対象にしているだけで、人間に使えば簡単に殺人が可能だということを否定は出来ない。

「フィネリキーア、公開されちゃうのかな? まあでも大丈夫だよ、ルイアスはそんなに治安悪くないし、刑も厳しいし」

「メリルさん、火事と長雨のこと、ご存知でしょう?」

 思ってみれば、あの不審な火事と長雨からルイアスはおかしくなっている。実際にそれを目の当たりにした。

 突然海外に視察に出発された国王様と、その国王様不在で開催決定されたアカデミア、そしてこの危険そうな新儀術。イリアの言う偽者の国王様。

「万が一既にこの危険な儀術が使われていたとしたら……?」

「待った、さすがにそれは」

 胸に何かが詰まるような気持ち悪さを感じる。信じたくない、考えたくもない脳裏をよぎる一つの予測。

「メリルさん、よろしくお願いします。事件の解明にあなたが必要です」

「どういう話の流れ? 単なる侍女だよ、それにイリアもそうなんじゃないの?」

「国王様の命で、ある不審な現象を調査するために侍女としてルイアスに呼ばれた者なんですよ、厳密には侍女じゃないです」

「私に言っちゃっていいわけ? そんな重要そうな機密事項みたいなものを。それにもっと役に立つ人がいるんじゃないの?」

「メリルさんじゃないとだめなんですよ。だってメリルさん」

 イリアはどれだけ断っても無駄だ、みたいな表情でこちらを見つめてくる。何も言い返せない。何が彼女をそうさせているんだろう?

「何を?」

「火事の晩、あなたは実際にデグラードの攻撃を受けています」

 突然あの光景と恐怖が蘇る。ゾクッとした。それに、すでにその危険な儀術の攻撃を受けた? そんな傷、自分にはない。

「焦げた死体が転がっていた場所にいたこと、マーレットちゃんに聞いています。そこで不審な男に襲われませんでした?」

「ああ、そういえば聞いたこともない言語で火を起こされて、殴られて……てっきり火傷じゃすまないと思ったのに、殴られただけで終わってた」

 確かにあれはおかしかった。まだ鮮明に覚えている。

「それですよ。メリルさんが普通の人だったら、おそらく他の人と同じように黒焦げの死体になっていたでしょう」

 意味が分からない。

「ええっと、で?」

「無効化した。原因は今のところ分かりません。ようするにメリルさんにはデグラードが通用しないことになります。特定の儀術が通用しないって、すごいと思いません?」

「そもそも自分にはデグラードが分からないから、どれくらいすごいのかいまいち分からないよ」

「そんなわけで研究させていただけますか? うまくいけばデグラードよけの儀術が開発できます。治安維持には重要ですよ?」

 イリアはにっこりと微笑むと、こちらにすたすたと寄ってきて手をぎゅっと握ってきた。

 デグラードを無効化する私。どういうことなんだろうか? そして研究させてくれ、と。

「わ、分かったから、何をすればいいのか分からないけど、侍女の仕事をやりながら出来るのなら、手伝い……出来ると思う」

「ありがとうございます!」

 イリアは大喜びのご様子。あまり状況が分からない上に不穏さがぬぐえないから自分は喜べない。

 儀術実験でもない実験ってつまり物理的な実験の可能性がある訳で、何が起こるか想像つかないし、ああもういろいろと分からない。

「そろそろ時間だから、私は戻る」

「はい、またアカデミアが終わってからじっくりお話ししましょう」

 ものすごく嬉しそうな笑顔のイリア。なんだかなぁ。

 物置を出ると、私たちはお互い持ち場に戻った。


 残りの開催時間、がっつり仕事をこなした私は、その日はお城に泊まるように言われ、宿舎で一晩過ごした。

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