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第十話 世界へ飛び立つファンタジア

「今日はもう疲れたから、この辺で一旦休まない?」

 結構進んだというのにこの身体の状態だから、なかなか出口へと行き着かなかった。

 結果的に私たちは助かった。寸でのところで国王様に助けられた。最後に見た国王様の流した赤い血が脳裏によぎる。あんな事をさせてしまったと胸が痛い。

 だんだんとあの謎の光も薄れてきており、命からがらのところを逃れられたというのにさっきよりも大きな恐怖を感じる。

 せっかく逃がしてもらったのに無事に出られるかという不安。

 水路は一本道だったが割りと曲がりくねっており、複雑な形だった。こんな水路を作るなんて大変だったろうに。

 端にある淵に身を上げ、腰掛ける。あまり広くないためゆっくりと休むことは出来なさそうだ。 何とか寝転がる事は出来そうだけれど、寝返りは不可能。

「身体は無事なんですか?」

「疲れてる程度でまったく何ともないかな」

 淡い光に照らされる肌には、傷のような青い光の線が走っているだけ。

「何なんだろうこれ。大丈夫、あんなにめちゃくちゃにやられて死なないんだから、ちゃんと無事に外に出られるよ。少し休んだら出発しよ。何かあったら任せて」

 ずっと口数の少ないイライアス。割としゃべる印象があったのに、あまりに静かだから変な感じがする。普段は無口なのかな?

「怪我してない?」

「はい。って、心配するのは僕のほうなのに、とくに傷は負ってませんから」

「思えば出会いも奇妙なものだったよね、変な奴らに追いかけられて」

「そんなに前の事でもないんですよね。それにしても、こうなるともう確実にアルヴェイという人物が黒でしょう。しかし僕はこのざま……」

「死んだことになるんだっけ? 少なくとも私たちはもうルイアスにはいないほうがいいかも。国王様まで疑われかねない」

 家族の顔が思い浮かぶ。しかしそれを今言うと、イライアスに余計な心労をかけそうだから黙っておく。例えあんな罪の着せられ方をして処刑にされたとはいえ、命を失わずにいまこうしていられるんだから。それを忘れてはいけない。

「僕たちはもともと国外の者ですが、メリルさんは家族もいるじゃないですか。それを思うと、つらいですよ」

「誘ってくれたラーシャが胸を痛めないでいてくれるといいな……最近辛いみたいだったし」

 火事の晩にだって死ぬ目にあったんだ。あの時死んだと思えば何のこれくらい。

「マーレとアズールさんは大丈夫なの?」

「あの二人は大丈夫です」

「待って、でもイライアス捕まっちゃったよ。もし何者かに襲われてやられることがなくても、もし同じ目に合ったらどうなるか」

「さすがにアルヴェイもこれから活動は出来ないと思います。それにあの二人は僕と違って、アズールさんが治癒の術と日常的な術を使う以外は、マーレットちゃんにいたってはまったく使えません。あ、でも……」

「もしさ、術殺されたと思われた兵士が、ゼフテみたいに自分から倒れたんだったら、疑われてもおかしくないよ、危ない」

「それなんですよね。僕もあれはゼフテと同じようにして倒れたんじゃないかと思いました」

 あれはまさかだった。あんな事で疑われるなんてさすがに想定外。

「とりあえず、少し休もう。どちらか先に目が覚めて、ちょっと揺さぶって起きたらまた進みだそう」

「わかりました」

 ざらざらして湿り気のある水路の淵。そっと身を横たえ、目を閉じた。


 どれくらいの睡眠だったんだろう。お互い動けることを確認して再び水路を泳いだ果て。やっと行き着いて瞳にうつりこんだのは、ひたすら続く青い海と、よく晴れた空だった。陽の光が身にしみる。

 水路の終着点は、断崖絶壁の下部にある小さな穴らしい。こんな場所、記憶が確かならかなりお城から離れていたような。

「崖に沿って泳いでいけばおそらく陸地には行き着くでしょう」

「さすがにこの何もなさを泳いでいくのは大変だから、飛行術使うよ」

 水路の淵に上がり外を眺める。すごくいい天気だ、まぶしさにありがたみを感じるなんて。

「とはいえ、どこに行こう? 上空に上がればある程度の地理は分かるにしても、残されてる二人はどうなるの?」

「僕の感覚が間違っていなければ、処刑の日から大体一日くらい経過しています。二人はイフレース様が何とかしていると思いますが」

 飛行術を身に施し、イライアスに手を差し出す。

「つかまって。それだけで大丈夫だから」

「はい」

 水路には風が吹き荒れ、髪は舞い踊り波は大きく揺らいだ。長く暗い水路だった。

 とりあえず崖上を目指して空を走る。結構な高さだ、王城よりも高い。

 崖上は荒地かと思えば、意外なことにもきれいに整えられた公園のようになっていた。そこに建つ何かの石碑。よく見たらそこはどうやら墓場のようだった。同じような形の石碑がいくつも建っている。

「あんな場所の上にあるんだから、墓場でもおかしくないか」

 術をまとったまま石畳の上に降り立つ。

 墓参りに来ている人と遭遇してしまった。五人くらいが花束を持ってこちらに向かってきている。でも、よく見るとどこかで見たことある姿。

「マーレ! それにみんな!」

 物憂げな表情をしていた五人は、呼びかけに気づくと驚いたような顔でこちらを見た。

「メリル! 隊長!」

 マーレにアズールさん、私の家族、そしてラーシャまでいる。どういう風の吹き回しなんだろう?

「何でこんなところに?」

「イフレース様に言われ、西の岬の墓地に向かうようにと、そこにきっと二人は現れるだろうと」

「死ぬなどと思ってはいなかったが、とてつもない災難だった」

「お二人にはご迷惑をおかけしました、これは帰ったらお説教されますね」

「メリル! ……あんたぁ」

 いきなり肩をつかまれる。

「ラ、ラーシャ」

「私のせいで、私のせいでこんなことに!」

 突然突っかかってきたと思ったら、ラーシャはそのまま私の胸で大声で泣き始めた。

「私のせいで、ごめん、本当にごめん……」

「んなことないから、頭上げて、ね」

 やっぱりラーシャは気にしてたらしい。そりゃそうか。ぎゅっと抱きしめ返す。

「そうよラーシャちゃん、この子無事だったんだし、いいじゃない」

 お母さんもラーシャを慰めている。

「一応話は伺ったが、無事ならよかった」

「破天荒にもほどがあるわね、まったく」

 お父さんとお姉ちゃんだ。こんな時間に、仕事は休んだのかな?

「その、何て聞いてるの?」

 すごく気になるところだ。

「お二人の処刑については、小さくですが新聞に載っています。名前と罪状のみでした。お話は昨晩のうちにすべてイフレース様から説明を受けていましたので、メリルのご家庭に今回の件に関する通達を届けるように言われ向かおうとしたところ……ラーシャさまと遭遇し、一緒にメリルの家まで向かいました、一通り説明を終えて、イフレース様の申しつけ通りここに向かったのです」

「新聞を見たときはびっくりしたわよね、何かの間違いかと思ったわ」

「世間じゃ二人とも死んでいることになっているんだろう? 早めに三人が来てくれて、大きく落ち込まずに済んだからよかったよ、無事ならそれが全てだからね」

「大丈夫、本当は殺してなんかいないから。で、国王様に何て聞いてるのか教えて」

 未だに泣き止まないラーシャの背中を撫でる。

「術殺の罪で処刑された、というのは置いておきます。処刑されて亡くなったことにされているので、国王様からメリルのご家族にお詫びが送られるようです。そしてメリル本人にはこれをと預かってきました」

「もう働かなくていいくらいの保証をいただいてしまった。お前も無事だというのに申し訳ないくらいだよ」

 マーレが差し出してきたのは、見たことのある小さな金属製の紋章。 「こ、これ……王国認定最上級儀術官の紋章じゃ……ええ!? こ、これを……?」

 宝石のちりばめられた銀細工のきれいな紋章。憧れは憧れでも手が届かないレベルの憧れのものを何故。

 偽造防止のために名前が刻印されるけれど、自分の名前は書かれていない。変わりに違う名前が刻まれている。どういった由来か分からないけれど、プラーナと彫刻されていた。

「国外で活動する際に、これが役に立つだろうと預かってきました」

 差し出された紋章を受け取り、陽の光を当ててみるときらきらと輝いた。いろんな意味でまぶしすぎて、とにかく、すごい。信じられない。

「さて隊長、任務の件ですが、不思議とお二人が処刑されたといわれている時間の後から負力が観測されなくなっています。イブリース様からは一旦戻って、こちらで様子を見るので異常があったらまた連絡をするとのことです」

「結局根本的な解決は出来ずうやむやのままになってしまいましたね、悔しいです。一旦戻って態勢を立て直しましょう」

 一応解決したのなら、それでいいのかもしれない。完璧な解決とは言えないけれど。

「メリル、突然の別れになるんだねえ、荷物持ってきておいたよ」

 お父さんがいろいろな荷物が詰め込まれた大きめのしっかりした鞄を手渡してきた。そこまでは重くない。

「どこ行こうかな、とりあえず国外にでも行ってみよう。ある意味チャンスなんだよね、これ」

「再会したと思ったら急にいなくなるなんてえええ」

 服も持ってきてもらっていたようで、それに着替えた。思えばあの晩の寝間着のまま過ごしていた事になる。


 それからひと時の間つもる話をし、そろそろかな、という時間が来た。

「突然だと思うけど、きっと運命だったんだよ。私なら……多分大丈夫だから心配しないで」

「つらかったら隣の町ででも会おう、すぐ言うんだよ!」

「じゃあ僕たちも一旦これで国に戻ります。もしまた会う事があれば、そのときは平和な出会いをしたいものですね」

「メリル、いろいろありがとうございます」

 一般人としての生活、ラーシャに誘われ侍女になるも、実は謎の化け物で死ぬような傷をおっても死ななかった、それが私。そうだ私はよく分からない化け物の類いなんだ。ひっそりと旅人となって世界の気流の流れに身を任せよう。

 そんな人生も、きっと悪くない。それにまさかの最上級儀術者の資格を得た。人生これからだ。

 みんなが見送る中、飛行術を身に纏い地を発つ。

 それからはもう勢いだった、みんなどんどん遠ざかって小さくなっていった。あっという間に。


 真っ青な海と空。

 突然の旅立ち。

 幸い、ルイアスの付近にはベルセミアという以前から興味を持っている国があった。とりあえずそこに向かい、いろいろ考えてみようと思う。


 どれくらいだろうか、ひたすら真っ青だった海にぽつぽつと小島が見え始めた。

 ずっと強い風にさらされていたからか、不思議な耳鳴りがする。きらきらとした透明な音が空から降り注いでは星に吸い込まれていくような、不思議な音。それが無数に重なり合ってメロディを奏でている。

 ふと飛行をやめ、中空に停まる。

 音は無限に響いていた。それと同時に広がっていく、意識の世界を満たす不思議な感覚。


 あたたかい揺らめき。

 奇妙な浮遊感、体温と一体化してどこまでも広がっていくような壮大な終わりのない海。

 無限の闇の中で揺らめき、全身水に満たされながらも深呼吸している。

 光のない意識の世界の中で見える、きらきらともつれながら輝く細い虹色の糸。それはとてもきれいだった。

 そして遠くから鳴り響く鐘の音。

 たゆたうは始まりも終わりも定かでない、始まりの見えないいくばくもの記憶の集合体。

 星が、世界が、空が、歌っている。


 それは、すべての始まりのきっかけになる、まだ些細な、ほんの小さな出来事だった。

 失われた平穏な日々は、もう戻らない。

 遠い空の彼方を見つめながら、その光景に世界の未来を探した。

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